2-8 反省会とモノリス
レア種討伐から帰り、除染室で丁寧に自分と装備を清拭して、シャワーを浴びてサッパリしてから、俺たちは会議室に集合した。
「田村さん、さっきの指揮は見事でしたね。拳銃の判断も的確でした」
レオさんがコーヒーを淹れながら穏やかに言うと、陽菜乃ちゃんも大きく頷いた。
「うんうん、めっちゃカッコよかった~! 人数が少なくてもチームで頑張ればどうにかなりそうだね~」
「全員が怪我なく戻れたのは、田村さんの判断のおかげですね」
桐島博士も微笑みながら賛同し、みんなにカップケーキを配ってくれる。
だが、田村さんは難しい顔をして首を振った。
「いや、俺の判断ミスだ。すまなかった」
田村さんが突然、机に両手をついて頭を下げたので、みんなが驚いた。
「なんで? レア種も倒せたし、電気柵も大丈夫だったじゃん」
陽菜乃ちゃんが首を傾げる。
「武器選択を間違えた。俺がショットガンなんて選ばなければ、もっと楽に戦えたはずなんだ。ほんとに、すまん……」
田村さんは深くため息をついて続けた。
「俺は、物質化を決める前、神崎君から魔物のデータをもらった時に、中型魔物の情報を見て、近距離戦を想定してたんだ。2m超の魔物の眉間が弱点なら、どうせある程度は接近戦になるだろうと。しかも鱗が硬いなら火力が必要だとな」
「確かに、前世では倉庫まで囮役が魔物を連れてきて、6~7人で毛布で抑え込んでから日本刀で刺してましたから」
俺が相槌を打つと、田村さんは苦笑いを浮かべた。
「それは、武器が日本刀だからだけどな。サバゲーでは、バリケード戦や屋内戦では、ショットガンが強いと俺は思ってるんだ。散弾だと多少狙いが甘くても当たるし、フルオートが禁止される場所では、すげぇ頼りになるんだよ。1発当たりの総合火力も文句なく高いんだ」
「まぁ、サバゲーでは、ヒットすれば即『アウト』ですからね」
レオさんが理解を示す。
「そう。あくまでも『サバゲーでは』なんだ。今までの小型魔獣だと、サバゲーのようにヒット判定1発で倒せたが、レア種は違った。一発じゃ倒せねぇ。サバゲーの弾数制限やヒット判定のルールなんか、魔物には関係ねぇとわかってたはずなのに、その感覚が捨てきれてなかったんだ。完全に、俺のミスだ」
「つまり、サバゲーでの成功体験で、武器選択の判断を誤ったということでしょうか」
桐島博士が、シンプルにまとめる。
「そうなんだ。それに、チーム戦での継続戦闘の重要性を軽視しちまったのも失敗だ。もっと汎用性が高くて、チーム全員が使える短機関銃を選ぶべきだった。ショットガンは威力が強い分、陽菜乃ちゃんには反動がきつすぎた。神崎君も慣れるまで時間がかかるだろう」
「サバゲーは個人プレーの要素が強いですからね。しょうがないですよ。グロックでは決定力に欠けるから、一撃必殺のショットガンを選んだのも理解できます」
レオさんが、田村さんをフォローする。
「でもさー、日本刀で戦うよりは拳銃をぶっ放す方が全然マシだよ~! 田村さん、気にすることないって!」
陽菜乃ちゃんが明るく言うと、みんなが笑った。
「それは確かにそうだけどな」
田村さんも少し表情を和らげて、今後の物質化計画を話し始めた。
「それで、今後の物質化のことなんだが、6種目でアサルトライフル、7種目でNATO弾を既に指定してるんだ。今日から、その弾を物質化できるようになっている。塩水に浸ければ、これからは中距離狙撃も戦術に組み込めるはずだ。そして、今後の分は……あの中南米の動画で見たような過激派武装勢力に対抗することを想定していたんだ。8種目と9種目で、M240機関銃とその弾、最後の10種目は使い捨てタイプのAT4対戦車砲にしようと」
「機関銃は、どこに固定するんですか? 携帯するのは無理ですよね」
レオさんが確認すると、田村さんは頷いた。
「最終防衛として、島ではこの施設の周囲と港に固定しようと考えている。小型ダンプにも、一つくらいは固定してもいいかもしれないな。本土に渡ったら、本土拠点の73式小型トラックに固定する予定だ」
「え、自衛隊の車両って払い下げ禁止ですよね?」
「神崎君が、どこから手に入れたかは知らねぇが、リストには3台あったぞ」
「あはは、守秘義務があるので追及しないでください」
「裏ルートがあると聞いたことはあるから、追及しねぇよ。でだ、10種目の対戦車砲なんだが、日本でそこまで使う可能性は低いだろ? 大型魔物に使えるかとも考えたが、そもそも大型魔物も神崎君の記憶でも都市伝説レベルだ。それなら、グロックと同じ弾を使える短機関銃のUZIを8種目で物質化しようと思うんだ。精度は最近の銃より落ちるが、信頼性は高い。中型魔物に対しても、頭部めがけてこれで連射したら」
「UZIですか。シンプルでタフ。田村さんが好きそうですね。もし、AT4を諦めるなら、私の化学物質で代替できるかもしれません。過酸化水素とグリセリンで、手榴弾に近い爆薬が作れます。RDX爆薬と組み合わせれば、相当な威力になるはずです」
レオさんの提案は、田村さんにはとても魅力的だったようだ。
「マジか! それなら対戦車砲はスッパリ諦めるよ」
俺は、手を上げて発言した。
「俺は、武器のことは詳しくないし、そもそも触ったことなくて物質化もできません。だから、田村さんには感謝しかないです。それに、選択の失敗をしたとしても、今のチームワークなら乗り越えていけると思うので心配はしていません。それより、今日の戦闘で考えたことがあるんです」
みんなが俺に注目する。
「前世で、魔物は怪我を負えば動きは鈍くなるけど、消滅するわけではありませんでした。それに掲示板では、体表に塩や塩水をかけても消滅しないとの報告がありましたよね。だから、消滅させるには、魔物の体内に塩分を入れる必要があると思うんです」
「確かに、そういうことでしょうね」
レオさんが頷く。
「塩水スプリンクラーを嫌がるのは、目・鼻・口から吸収する可能性があるからじゃないかと思います。そして、ノーマル種は1発、レア種は200発以上というのは、消滅させるのに必要な塩分の量が違うということではないかと」
「なるほど! 弾数というより塩分の量か......」
田村さんが納得したような表情を見せる。
「つまり、1つの弾に付着する塩分を増やせたら、もっと少ない弾数で倒せるのではないでしょうか」
「それは、ありだな。どうやって塩分を増やすかだ……」
みんなが考え込む中、陽菜乃ちゃんが提案した。
「ねぇねぇ、1晩じゃなくて、3晩くらい浸けたらどうかな?」
「それは意味がないですね。飽和濃度以上には溶けませんから」
レオさんがすぐに否定する。
「水ではなく、糊に塩を混ぜて弾を浸けたら、しっかりと塩分が貼りつくのでは?」
俺が提案すると、田村さんが首を振った。
「弾詰まりをおこすぞ。危険すぎる」
「いや、ありかもしれません。先端だけに糊で塩分を足すならいけますよ」
レオさんが提案すると、桐島博士も手を挙げた。
「糊なら医療用の生体接着剤があります。生体適合性が高く、体液に触れると素早く溶けて剥がれるようにできているので、普通の糊より効率よく塩分を与えられるかもしれません。しかも、神崎さんがたっぷりと備蓄を用意してあります」
みんなの目が輝いた。
「よし、それで試してみよう!」
田村さんが決定し、みんなでやり方を検討した。
今まで通り、弾は塩水に一晩浸け、さらに先端にだけ塩を混ぜた生体接着剤を塗布する。塩と生体接着剤の割合や、塗布する量はいくつかサンプルを作って拳銃の安全性を試すことにした。
「まぁ、弾数を減らしてレア種が倒せるとしても、やはりUZIを物質化するよ。4日後から現れる予定の中型魔物の戦術なんだが......」
田村さんがホワイトボードに、図を描き始めた。
「中型魔物の弱点は額の第三の目だ。これを正確に撃ち抜く必要がある。陽菜乃ちゃんは、4日間でアサルトライフルでの狙撃を練習してほしい。中型魔物は力が強いから、前衛に出るのは避けてほしいんだ」
「任せて!」
陽菜乃ちゃんが、何故か自信満々に手を挙げた。
「高性能スコープとか反動制御システムとか、便利グッズを積めば腕はカバーできるっしょ! まずは三脚を自動制御に改造しよっかな~」
「あー、そっち方面からのアプローチか。まぁ、陽菜乃ちゃんに任せるよ」
田村さんが少し笑いながら頷く。
「うん! 田村さんと同じくらい正確に撃てるようになってみせるからね~」
「いや、俺はライフルは苦手なんだが。まぁいい。それなら、戦術はこうだ」
田村さんが新しい配置を説明する。
「まず、中型魔物をみつけたら、それぞれの配置につく。こういう感じだ。最初に陽菜乃ちゃんが50m地点、できれば高所か遮蔽物裏からアサルトライフルで額を狙撃する。当たれば終了だ」
陽菜乃ちゃんがガッツポーズをする。
「外れた場合は、神崎君が 30m地点からUZIで腰から下に弾をばらまいて、動きを鈍らせる。鱗が硬くてUZIじゃ貫通しない場合は、足元の地面を狙って足止めだ。その間も陽菜乃ちゃんは狙撃を続けてくれ」
よかった。俺は、精密さはいらないようだ。さすが田村さん、適材適所だ。
「魔物を20mまで引きつけたら、俺とレオ君がグロックで額を狙う。俺が撃つ時は、レオ君は動きに合わせて狙いを定めて、俺が外したら即座に撃つ。交互に狙いを修正しながら撃ち続けるんだ。10発外したら、神崎君が煙幕を撒いて、全員、即時撤退だ」
「眉間の第三の目って、どのくらいの大きさなんですか?」
レオさんが質問する。
「前世の記憶では、500円玉くらいの大きさでした」
「それなら20mでもいけそうですね」
レオさんの爽やかな笑顔がまぶしい。適材適所って、いい言葉だよな。俺には無理だ。
「俺とレオ君と神崎君で、小型魔物相手に2マンセルの実戦練習をするぞ。二人で交互に額を狙う練習だ。10発目までは通常の弾丸、それ以降は塩水弾にしたマガジンを使えば安全だろう。神崎君も、練習に入ってもらうからな。誰がいつ負傷するかわからねぇんだ」
「俺だけVR訓練でも……いえ……頑張ります」
確かに、属人化はダメだって、よく俺の会社の社員が怒ってた。もう、社長じゃないけど、あの人たちの顔を思い浮かべたら、頑張るしかない。いつか胸を張って会うために。まずは、発煙手榴弾を投げる練習からだな。
「最初はこのフォーメーションで試してみる。失敗したら、ドローンや罠の活用も考えよう。とにかく6~7人がかりで毛布に包んで格闘する必要はねぇからな」
田村さんが言うと、みんなが笑った。
新しい塩水弾が上手くいったら、掲示板で公表しようかと話し合っている最中に、タブレットを見ていた陽菜乃ちゃんが声を上げた。
「え、待って……なんで? 魔物が電気柵内に沸いてる!!」
みんなが話し合いをやめ、会議室が静まり返った。
壁のディスプレイ映しだされた監視カメラの映像と魔物地図には、確かに大型倉庫周りに5体の魔物が確認できた。
「どういうことだよ。あれだけ徹底してつぶしたのに」
田村さんが舌打ちする。
「新しく魔物が沸くのなら、電気柵は意味がないですね」
レオさんも呟く。
「みんな、ちょっと待って。ねぇアリス、この5体の動きを遡って解析して。どこから来たか特定できる?」
陽菜乃ちゃんがアリスに、解析させ始めた。
しばらくして、地図上に動線が表示される。5体とも同じ方向から移動してきているようだった。その方向に監視カメラの向きを変える。
「大型倉庫の裏の低木がある辺りだね。でもカメラには何も映ってないね~」
「よし、行ってみるか。戻ってきたばかりだが、しょうがねぇ。みんな水分はちゃんと補給してくれ。武器はグロックを2挺すつ携帯だ」
今回は、4WD車に乗って大型倉庫に向かった。
車内からも四方を確認するが、大型倉庫の5体以外は見つからなかった。
車を離れた位置に停め、5体はサクッと倒す。武器10種を優先することにしたので、田村さんに全てお任せだ。だが、見てるだけでも、今までと感覚が違う。さっきの30秒のレア種戦で、ゲームでいう10レベル分の経験値がいきなり増えたような感じだった。
俺たちは倉庫を回り込んで、5体が移動してきた場所へ向かった。倉庫裏は、少し開けた場所で、奥の森林が始まる場所の手前に電気柵が張ってあり、所々に低木が茂っている。
慎重に低木の隙間を探ると、薄青色の透明な物体を発見した。高さ50cm、幅20cmほどの柱状で、完全に周りの景色に溶け込んでいて、よくよく見ないと気づかない。
「なんだ、こりゃ。おい、触るなよ?」
田村さんが警戒しながら近づく。
「あぁぁぁ!! ねぇ、これがモノリスじゃない?! なんかヒントのやつ!!」
陽菜乃ちゃんが突然、大きな声を上げた。
その時、俺の頭に前世の記憶が蘇った。
「あ! 思い出した!」
みんなが俺を見る。
「前世でも、これ、見たことあります。みんな、石碑って呼んでて、もっと長かったです。大雨で大学の裏山の一部が崩れたことがあって、土砂と一緒にこの石碑が流れてきました。それから、そっち方向から降りてくる魔物が減ったから、魔物はこの石碑が苦手なんじゃないかと噂になってました」
「苦手どころか、ここから沸いてたってことじゃねぇのか?」
田村さんが呆れたように言う。
「そうだったみたいですね。すっかり忘れてました、あはは」
思わず苦笑いしてしまった。
「その石碑はどのくらいの長さだったんだ?」
「この3倍くらいですかね」
「じゃあ、地面に1メートルは埋まってるのか。重機とロープを持ってこないと無理だな」
レオさんが薄青色の透明な柱を、色々な角度から写真に撮りながら観察している。
「念のために、モノリスが見える位置に監視カメラを仕掛けましょう。これが本当に魔物の発生源なら、対策を考える必要があります」
「じゃあ、一旦戻るか。昼飯を食ってから、これを迂回するように電気柵を張り直しだな」
魔物の謎が、一つ明らかになったような、逆に深まったような。
『魔物討伐、モノリス、重要』
もしも、モノリスが魔物の発生源なら、これを壊せば魔物が出なくなるということだろうか。
地中に1m深く刺さっていたとしても、周りを掘るとか、梃子の要領で倒すとか、工夫したら誰でも簡単に倒せるだろう。そうなら、世界中に朗報だなと、モノリスがお宝に見えた。
──まぁ、もちろん、そんなに甘くはなかったが。




