2-7 レア種
魔物討伐を始めて3日が経った。
俺たちは今日の魔物討伐を終え、会議室に集まっていた。魔物討伐は順調だ。塩水弾で、見つけ次第にサクサクと倒している。
「事務棟、娯楽棟、大型倉庫を囲む電気柵に、電気を流しました。これで、柵内は安全地帯になるはずです」
俺が地図を表示しながら説明すると、田村さんが満足そうに頷いた。
「やっと柵内の魔物を、全て討伐できたな」
「魔物出現前に、電気柵を張っておいて正解でしたね」
レオさんは穏やかに微笑みながら言うが、俺は、毎晩の肉体労働を思い出して、思わず文句を言ってしまう。
「田村さんが次々と支柱を打ち込むから、レオさんと二人がかりでも電線を張るのが追いつきませんでしたよ」
「ははは、杭打ち用の重機アタッチメントがあったからな。しかも支柱は、碍子もフックも最初から付いた既製品だ。神崎君の備蓄がたっぷりなけりゃ、あんなに早くできなかったよ」
「電気柵は、山羊を放牧する時に、農地を囲むつもりで準備してたんですよ」
俺が説明すると、レオさんが興味深そうな表情になる。
「それにしては、まだまだ支柱も電線もありますよね。何十km分も」
「はい! 修理用に、30年分の計算をして備蓄していたので」
俺が胸を張って言うと、みんなが黙り込んだ。「魔王ぱねぇ」と呟く陽菜乃ちゃんの声が聞こえる。
田村さんが気を取り直して話を続ける。
「まぁこれで、明日の最終確認が済んだら柵内の移動は解禁だな」
「子供たちが音楽室に行きたがっていたので喜びます」
桐島博士も、嬉しそうにしていた。
6歳の子が建物から出られないのは窮屈だろう。一応、3階の100帖の大広間に、VRの訓練装置やカラオケセットなどは運んできているが、それくらいじゃ退屈だろうし。
そして、いつものように、陽菜乃ちゃんがアリスを使ってまとめた、世界中からの魔物に関する最新の書き込みがディスプレイに映された。
「今日の報告で~す! まず、ポイント関係からいくね~」
画面に次々と投稿が映し出される。
『1000ポイントでやっとアナウンスが流れた。2種目を選択可能に』(フィリピン)
『トウモロコシを追加。前回と同じく10分以内に決定』(メキシコ)
『水の次に米を選択。選べるのは同種のみ。銃は不可と拒否された』(中国)
『妻は1000ポイントまで時間がかかりそうだ。武器が足りない』(クロアチア)
「1000ポイントか......みんなは334体の魔物を倒してやっと2種目なんだよな」
田村さんが、頭をかきながら小さなため息をついた。
「俺たちは、100ポイントで6種目、200ポイントで7種目まで増えてる。たぶん1000ポイントで10種目までいけるに違いねぇ。だが、さすがに少し後ろめたいな」
「しょうがないよ。あの時点で複数選択の確信はなかったんだもん……」
陽菜乃ちゃんも、7種目まで増えている。そのせいか、しょうがないと言いながらもちょっと気にしている感じだ。空気を換えるために、質問してみる。
「陽菜乃ちゃん、レア種の情報は?」
「今日は動画が投稿されてたよ~!」
『銀色で尻尾が3本のレア種確認。添付動画参照』(イギリス)
『10人で囲んで塩水銃弾200発以上でやっと討伐。動きが素早く危険』(ケニア)
『レア1体倒すより、ノーマル5体の方が楽。大量の塩を使用』(ノルウェー)
動画には、7体のノーマル種を引き連れて移動する銀色のレア種が映っていた。群れているせいか、犬というより狼のようだ。尻尾はやはり3本あり、それぞれが違う動きをしている。撮影時間が夕暮れ時のせいか、神々しくすら見えるような堂々とした姿だった。
「島内でも、森林部の監視カメラで一瞬だけそれっぽいのが映ってたよ。はっきりとは確認できてないんだけどさ」
監視カメラのスロー映像に切替えられた。確かに、画面の端に一瞬、白っぽい塊がよぎるだけだった。監視カメラが角度を変えて自動追尾する頃には、ノーマル種7~8体の集団が走り去る後ろ姿だけが映っていた。
「やっぱりレア種は群れのリーダーなのか」
田村さんが深刻な表情になる。
「塩水銃弾200発以上か。周りのノーマル種や、外すことも考えると300は準備したいが、グロック1挺は15発だ。予備マガジンの早替え練習はあまりできてねぇし……武器も弾丸も十分あるのに、人数が少ないのがここにきて痛いな」
確かに。だが、この人数でどうにかするしかない。
「例えば、何度かに分けて攻撃するのはどうですか? 1回で50発くらい撃ち込めたら、4~5回で倒せますよ」
「50発で、向こうが引いてくれたらいいけどな。あいつら、真っすぐに向かってくることしか能がねぇからなぁ……」
「確かにそうですね……うーん」
俺と田村さんが唸っていると、レオさんがアイデアを出してくれた。
「では、罠を仕掛けて、先に爆弾で弱らせましょう。怪我したら動きも鈍くなるでしょうし、2人ずつ交代でマガジン交換したらいけるのでは? どちらにしろ、森林まで進むにはまだ時間がかかりますから、ゆっくり作戦を練りましょう」
「そうしよ~! マガジン交換の特訓をしたらいけるよ。田村さんは2秒で変えられるじゃん」
「いざとなったら、私も行きます」
桐島博士も手を挙げた。
「あ! そう言えば、魔物から出てる高周波音がわかったよ!」
陽菜乃ちゃんが興奮気味に新しいデータを見せる。
「スマホアプリと高感度マイクで、データがとれたんだ~。桐島博士と子供たちが測定してくれたの!」
桐島博士が詳しく補足説明をしてくれた。
「陽菜乃さんがスマホの超音波解析アプリを作ってくれました。隠しカメラ検出器に付いていた高感度マイクを流用してスマホに外付けし、子供たちが言う『キーン』は22.5kHzの持続的な単一波形、『キュイキュイ』は24kHzと25kHzの信号を不規則かつ断続的に発信していることが分かりました」
「すげぇ......本格的な解析だな」
田村さんが感心している。
「スマホの基本機能だと22kHz以上は拾えないから、外付けマイクとアプリの組み合わせが必要だったんだ~。でも意外と簡単にできちゃった!」
陽菜乃ちゃんは、いつものようにあっけらかんとしているが、かなりすごいことなのではないだろうか。
「今後は、魔物が高周波音を発するタイミングや、二種類の使い分けを調査する予定です」
「これは戦術的に重要な情報になりそうですね」
レオさんが真剣な表情で言う。
「そこがハッキリしたら、魔物センサーを作れるかも! 監視カメラが無いとこでも、魔物の位置を特定でいるようにしたいんだ~」
「それができたら、世界中の人が助かるだろな」
「世界中の人かぁ。ん-、それなら、スマホで22kHz以上を検出できるような工夫をしなきゃ……ちょっとアリスと一緒に開発してみる!」
なんか、またサラッと恐ろしいことを言っている気がする。だが、スマホアプリで魔物の位置特定ができるようになれば、高周波センサーのような精密機械が無い人でも助かるだろう。陽菜乃ちゃんの開発が、将来、世界を救うかもしれない。
その他の発見も共有される。こういう小さな積み重ねも大事だ。
『夜間は魔物の出現が少ない』(ハンガリー)
『夜行性ではなさそう。教会の聖水も効果なし』(ルーマニア)
『火に怯える様子なし』(コロンビア)
画面の最後に、陽菜乃ちゃんオススメの心温まる投稿が流れ始めた。
『俺たちは1人じゃない。ここで情報を共有してみんなで戦っている』(岩手)
『みんなで支え合って生き延びよう』(ペルー)
『世界中に仲間がいると思うと勇気が出る』(トルコ)
『明日も一緒に戦おう』(韓国)
俺たちは画面を見つめて、しばらく無言になった。
世界中で戦っている人たちの、心からの言葉だった。
「みんな......頑張ってるんだな」
田村さんの声が少し震えて聞こえたのは、気のせいではないだろう。
「私たちだけじゃないのね......」
「世界中に仲間がいる。いい言葉ですね」
「こういう時だからこそ、人の優しさが見えるね~」
「俺たちも、もっと情報を発信していきましょう」
俺が提案すると、みんなが頷いた。
翌朝、いつものように朝のミーティングを始めようと会議室に全員が集まっていると、スマホに通知が来た。
ピロン、ピロン。
全員のスマホから音が鳴る。
地図アプリを確認すると、娯楽棟の近くに大きな赤いバツ印が表示されている。これまで見たことのない大きなマークだ。
「どういうことだ?」
「え、嘘……このマークって……」
田村さんの問いかけに、陽菜乃ちゃんが即座にバツ印の近くの監視カメラ映像をディスプレイに映す。
「何故、レア種が……森林部にいたはずでは……」
誰かのうめく声が聞こえた。
画面には、銀色に輝く毛並みの魔物が映っている。通常の小型魔物より一回り大きく、3本の尻尾が独立して動いている。1本は鞭のようにしなって地面を叩きつけ、1本は何かを突き刺すように伸び縮みし、1本は折れた木の枝に絡みついて振り回していた。その周囲には、8体のノーマル種が従っている。
「知能が高そうですね......」
桐島博士が眉をひそめる。
レア種は電気柵の支柱の根元を前足で掘ろうとしたり、木の枝を電線に投げてぶつけたりしている。明らかに、電気柵を無力化しようと試行錯誤しているようだった。
「絶対に電気柵を破らせたらダメだ。どう見ても、あいつはヤバい。一度、成功すると何度もくるようになるぞ」
田村さんが立ち上がる。
「レオと神崎も二丁拳銃でいくぞ」
「「え、二丁拳銃?」」
俺とレオさんが同時に声を上げる。
「さすがに練習したことないのですが」
いつも冷静なレオさんも、立ち上がりながら困惑している。
「博士は医務室で待機してくれ。怪我人が出るかもしれん」
立ち上げりかけた桐島博士に、田村さんが声をかける。
「陽菜乃はいつも通り1挺で確実にノーマルに集中しろ。急げ、移動しながら注意事項を教える」
すぐに全員が、慌ただしく会議室を出た。
ロビーの一角で、タイムアタックの成果を発揮して、最速で装備を身に付ける。田村さんが武器庫から拳銃とホルスターを次々と取り出して、みんなに渡す。
「拳銃は予備も持っていく。両腿に1挺ずつと腰背面左右に1挺ずつ、このホルスターを使え。俺は6挺持っていく。これで210弾だ。全てカラになったら予備マガジンに交換だ」
俺たちは言われるがまま、体の各所に拳銃を装着していく。重い。こんなに多くの銃を身に着けるなんて、完全に映画の世界だ。
「いいか、よく聞け」
田村さんが真剣な表情で説明を始める。
「初心者が両手で同時に狙うのは無理だ。片方ずつ撃て、交互にな。腕は突き出して、反動は肩で受けろ。1回、1回、狙わなくていい、弾をばら撒く気でいくんだ!」
「狙わなくていいって......」
「トリガーは引きっぱなしじゃなくて、しっかりと引いて戻して、引いて戻してだ。忘れるな、暴発するぞ!」
田村さんの指導を受けながら非常口から外に出る。
「弾が切れたら迷うな。スライドが止まったら、銃を下に捨てて予備を抜くんだ!」
娯楽棟へ向かって、速足で移動する。ゴーグルに映るの魔物の位置と目視確認で四方に目を配る。
「新しい銃を抜く時は、目線はターゲットから外すな。手は銃、目は敵だ」
一度、娯楽棟の非常口から建物の中に入り、レア種の位置をしっかりと地図アプリの監視カメラで再確認する。その間に、田村さんが受付室の奥から武器が詰まったコンテナを運び出してきた。
「俺が撤退の合図を出したら、すぐここに戻るんだ。武器は十分にあるから態勢を立て直す。いくぞ、準備はいいか」
俺の心臓が激しく鼓動している。今まで経験したことのない、本格的な戦闘が始まろうとしていた。両手に拳銃を握りしめて、田村さんの後に続く。
建物の角を曲がり、裏側へ出るとレア種が見えた。
リアルで見る銀色の魔物は、電気柵のところで、動きを止めてじっとこちらを見ていた。どことなく知性を感じる黄金色の目が、不気味に光っている。
「集中射撃だ! ぶちかませ!!」
田村さんの合図で、俺たちは一斉に射撃を開始した。距離30m。
パン!パン!パン!パン!
俺は右手、左手と確実に交互に拳銃を撃つ。
いつも両手で支えていたのが片手になり、反動がきつい。手首が跳ね上がらないように、腕全体と体幹に力を込める。そして、田村さんに言われた通り、怯まずにひたすら弾をばら撒く。
「予備1!」
すぐに田村さんの落ち着いた声がヘッドセットから聞こえた。早い。
「予備2!」
「予備いきます!」
今度は、田村さんとレオさんの声が重なって耳元で響く。斜め前にいる田村さんは、さらに2挺を両脇から引き抜き、銃撃を続けている。
「リロード!」
田村さんは予備2回分も終えて、マガジン交換に入った。カチャリという金属音が耳に刺さる。
俺も遅れて、引き金が「カチッ」となると同時に反動がなくなったのを感じ、両手の銃を下に落とす。焦っているせいか指が少しひっかかる。
腰の後ろへ手を回し、背面ホルスターのグリップを握る。背中側の銃を抜くのは初めてだが、なんとか両手に二挺の拳銃を構える。時間がとてつもなく長く感じられる。
「リロード!」カチャリ
「リロード!」カチャリ
また二人の声が響く。レオさんもマガジン交換に入った。
「ノーマル種、掃討完了!」
陽菜乃ちゃんの声も聞こえた。
まだ倒れないのか!
右、左、右、左、右、左。
当たっているかどうかもわからない。
ひたすら交互に引き金を引く。
数秒にも数時間にも感じる。
倒れろ!倒れろ!倒れろ!
右、左、右、左、カチッ、カチッ。
俺もマガジン交換だ。
左手の銃を落として、その手で左胸内側ポケットのマガジンを取り出す。手が震える。マガジン交換の手順を思い出そうとするが、上手く思い出せない。手元を見ないで交換なんて無理だ。一瞬、顔を下げる。
その時、耳元のヘッドセットから大きな声が聞こえた。
「撃破! よし、終了だ!」
ゆっくりと顔を上げると、目を見開いたまま倒れていく銀色の魔物が見えた。
その瞬間、なぜか、目が合った気がした。
黄金色の瞳が、まるで値踏みするように真っすぐな視線を俺に向けていた。
そして、数秒後、魔物は消えてなくなった。
思わず座り込むと、周りには、すごい数の真鍮の薬莢が散らばっていた。これは、さすがに拾って帰るべきかとボーっと見ていると声をかけられた。
「大丈夫か、神崎?」
座り込んでじっとしていた俺の肩を、田村さんが心配して叩く。
「はい......なんとか」
レオさんは、少し肩で息をしながら、自分の両手をじっと見ていた。
「大変……興味深い経験でした。私が熱くなるなんて……」
陽菜乃ちゃんだけは意外にケロッとしていた。
「ノーマル種は全部、私がやったよ~! 電気柵の向こうだから、あんま怖くなかったよね~」
田村さんが全員を見回す。
「みんな、よくやった。陽菜乃ちゃん、柵はいつ破られてもおかしくないと思っていないと危ないぞ。レオ君は両手撃ちの練習を始めてくれ。神崎君は......まぁ、慣れの問題だな。焦らずに確実にな」
「「「はい」」」
みんなの声が重なる。
ということは、俺の弾は、結構、外れていたのだろうか。落ち込んでる時間はない。練習するしかないな。うん。
こうして、(主に俺の)課題が多い小型レア種との第一戦は無事に終わった。
撃ち始めてから倒すまで、実は30秒程度だったことを後から知って、俺は力が抜けてしゃがみ込むことになるのであった。
それにしても、田村さんの背中は頼もしかった。
※ グロック19の場合、実際はチャンバーに1発装填可能なので、実質16発いけるらしいです。