2-5 アナウンス再び
さて、昼飯はカップ麺かなと考えながらキッチンへ向かっていると、陽菜乃ちゃんが走ってきて俺の前にタブレットを突き出した。
「ねぇ、見て見て! 今朝3時から、海外で魔物のアナウンスが始まってた!」
「どういうことだ?」
田村さんとレオさんも寄ってくる。
「アリスの掲示板管理が上手くいってたから、あまり見てなかったの。気づくの遅れて、ごめんなさい」
陽菜乃ちゃんが申し訳なさそうに説明する。
「陽菜乃ちゃんは悪くないですよ。アリスに任せて、自分たちの戦闘訓練に集中しようとみんなで決めたことです」
レオさんがフォローする。
「北海道の自衛隊からのDMも幹部に確認するって言ったっきり返事がないからなぁ。俺も確認してなかったよ。すまん」
田村さんも頭をかきながら言った。
毎日の戦闘訓練で疲れて、余裕がなかったのは確かだ。だが、俺たちは情報提供だけにして、掲示板に介入しないようにしようと決めたのは、この前の代金未払い騒動の時だった。世界中の人が掲示板に頼りきりになるのは、問題だと感じたのだ。善意のアドバイスに対して段々と他責思考が強くなったり、いざという時のリアルの判断力が鈍ったりしそうな気配があったからだ。それからは、掲示板のチェックは、俺も疎かになってしまっていた。
タブレットには、各国からの投稿が並んでいる。
『3:05 ロサンゼルス - 頭の中に機械音。明日より魔物が出現するという内容』
『3:06 ハワイ - 同じ内容確認。ポイント制、モノリス、レア種について言及』
『6:08 デンバー - 魔物討伐でポイント獲得したら、物質化が2倍に』
『9:03 ブラジル - アナウンス確認。魔物の事前情報に感謝する』
『12:02 パリ - 魔物が明日から出現すると警告、「モノリス重要」の意味は?』
「ポイント制、レア種、前世では聞いたことがないです。モノリス重要? 一体、何のことだか……そもそも前世では魔物の出現予告アナウンスなんてなかったはずです」
俺は動揺を隠せなかった。
「時間割は物質化の時と同じパターンだね~」
「ということは、日本では今夜18時頃ですね」
陽菜乃ちゃんが、すぐに世界地図を表示し、レオさんが推測する。
「まぁ、細かいことはいいんだよ。気にすんな。みんなで、飯、食おうぜ! 肉だ肉!!」
田村さんが、肩に手を回して、立ち尽くす俺をキッチンへ連れて行ってくれた。
14時すぎ、森林の奥にある射撃場。ここは元々、外国人富裕層向けのクレー射撃場として作られた施設だが、今は実弾射撃の訓練場になっている。
周囲を高い防音壁で囲まれ、銃声が外に漏れにくい構造だ。的が5mから30mまで、5mおきの距離に設置され、今はそれぞれに中型魔物の人型のシルエットターゲットが並んでいる。
ボウガンの訓練は延期して、この5日間は拳銃の訓練だけに集中していた。
『塩水に漬けた弾丸での攻撃』──これが一番、魔物に有効な手段だろうという判断からだ。
「みんな、ひとまずアナウンスのことは忘れろ! ここで実弾訓練ができるのも今日で最後だぞ。集中しろ! 神崎君、今日こそ10mに合格しろよ」
田村さんの最後の言葉に、俺は苦笑いする。
正直、射撃に関しては自信がない。2日前から10mで停滞している。いや、10mですら、ようやく6割の命中率になったばかりだ。
初日は酷かったなと思い出す。
緊張で震える手で拳銃を構え、5m先の人型の的に向かって引き金を引いた。
パン!
銃声と同時に手首に衝撃。反動で銃口が跳ね上がる。
『あ、外れた……』
5発中1発しか当たらなかった。5mという至近距離なのに。しかも頭を狙ったのに当たったのは腰の位置だった。
『力み過ぎだ。ガチガチに握ったら、引き金引く時に銃口がブレるぞ』
田村さんの指導を受けながら、何度も練習した。
グリップの握り方、両手の力配分、スタンス、呼吸法。覚えることが山ほどある。
2日目、ようやく5mで頭部に8割以上当たるようになって合格した。
3日目に10mに挑戦したが、距離が倍になっただけで命中率はまた2割に落ちた。
俺と違って、レオさんはすごかった。
初日から10mで7割の命中率。落ち着いた姿勢、10発連射の滑らかなトリガーワーク。スタイルがいいから、本当にかっこいい俳優さんみたいだった。しかも、ちゃんと中型魔物の弱点である額付近だ。
『海外の射撃場で、何度か遊んだことがありますから』
レオさんは謙遜するが、これがセンスというやつなのだろう。
今では20mでも7割を超える命中率だ。警察官でも15mで8割くらいが訓練の基準らしいので、かなりすごい。田村さんも「レオ君、25mで9割当てられたら、特殊部隊に入れるらしいぜ?」と笑っていた。
陽菜乃ちゃんも負けていない。
最初は「反動怖い!」と言っていたが、すぐに持ち前の負けず嫌いを発揮した。毎日居残り練習をして、昨日ついに15mで8割を超えた。
『やった~! 合格!』
飛び跳ねて喜ぶ陽菜乃ちゃんを見て、俺も嬉しかったが、同時に焦りも感じた。
今日から陽菜乃ちゃんは20mに挑戦している。
「よーし、頑張るぞー! レオさんに追い付かなくちゃ~」
元気よく的に向かう姿が眩しい。
桐島博士も着実に上達している。医者だからなのか研究者だからなのか、手先が器用で集中力が高い。10mは3日目にクリアし、今は15mで7割程度の命中率だ。彼女も今日中に合格するだろう。
「神崎さん、肩の力を抜いて」
桐島博士からもアドバイスをもらう始末だった。
「よし、神崎君、10mからやってみろ」
田村さんが的を設定する。
深呼吸して、拳銃を構える。照準を合わせる。フロントサイトとリアサイトを一直線に。的の中心を狙う。息を吐きながら、ゆっくりと引き金を引く。
パン、パン、パン、パン、パン。
等間隔で5発撃つ。息を整えて再度5発撃つ。
「6発命中。あと一息だ」
田村さんが的を切り替える。
構え直して、もう一度深呼吸をしたところで、田村さんが止めた。
「待て、一旦置け」
拳銃を下ろす。
「神崎君、呼吸が浅くなってるぞ。焦るな。もっと深く吸って、ゆっくり吐け。撃つのは吐いてる最中だ」
緊張すると、どうしても無意識に呼吸が浅くなってしまう。
横からレオさんも声をかけてくれる。
「神崎さんは、的を凝視しすぎかもしれませんね。フロントサイトに焦点を合わせて、的はぼんやり見る感じで」
「あと、引き金はもっと真っ直ぐ引いて! 第一関節の腹で、真後ろに引く感じだよ~」
陽菜乃ちゃんまでアドバイスしてくれる。
みんなのアドバイスを頭に入れて、もう一度構える。
深く息を吸い、ゆっくりと吐き始める。フロントサイトに焦点を合わせ、的はぼんやりと視界に入れる。吐きながら、引き金を真っ直ぐ引く。
パン、パン、パン、パン、パン。
「5発全弾命中!」
続けて5発。
パン、パン、パン、パン、パン。
「9発命中! 合格だ!」
田村さんが背中を叩く。
「やったぜ!」
思わずガッツポーズ。5日目にして、ようやく10mをクリアできた。
「おめでとう~神崎さん!」
陽菜乃ちゃんがハイタッチしてくれる。レオさんと桐島博士も、俺の保護者のように笑顔で頷いている。
「これで全員10m以上クリアか。5日でこれならいいペースだ」
田村さんも満足そうだ。
その後、15mにも挑戦したが、また2割コースに戻ってしまった。でも、10mをクリアできた満足感で、気分は上々だ。
後半は、防具を着けた状態での射撃練習だ。
ガスマスクとゴーグルで視界が制限され、グローブで引き金の感触が変わる。防刃ベストの重さで姿勢も安定しない。
「実戦では、こんな良い条件で撃てねぇからな」
田村さんの言葉通り、装備を着けると命中率が大幅に落ちる。実戦では深呼吸をしたり、照準をゆっくり合わせたりする暇がないことは、VR訓練でわかっている。それでも、少しずつ実弾に慣れてきているのを感じていた。田村さんの物質化で、実弾が豊富にあるおかげでもあった。
15時、事務棟に戻る。
1階の除染室で装備を清掃する。ヘルメット、ガスマスク、グローブをそれぞれ専用の方法で手入れし、使用した拳銃は残弾確認、安全確認を3回行ってから簡易分解して清掃する。この作業にもようやく慣れてきた。
シャワーを浴び、着替えを済ませて2階のラウンジに集まる。
ソファにだらけた格好で座り、冷たい水を飲む。訓練の緊張から解放されるこの時間が、一日で一番リラックスできる瞬間かもしれない。特に今日は、満足していた。
「いやー、合格できて良かったな~」
「このペースなら、来週には全員20mクリアも夢じゃないですね」
桐島博士が前向きだ。申し訳ないが、俺は無理だと思う。
「ねぇねぇ、やっぱり15時にインドとか東南アジア、中国からアナウンス報告が上がってるよ」
陽菜乃ちゃんは、2階に上がってくるなりタブレットを確認していた。
「アナウンスがあろうがなかろうが、やることは変わらねぇよ」
田村さんが俺を見てニヤリと笑った。嫌な予感がする。
「そういえば神崎君、グロックの分解組立タイムも縮めなくちゃな。今日もタイムアタックやるからな」
やっぱりそう来たか。
「はい……頑張ります」
みんな30分を切ってるのに、俺だけが40分以上かかってるのだ。
16時、会議室での田村さんが講師をしてくれる座学が始まった。
今日のテーマは緊急時の対応。ホワイトボードには、田村さんが書いた優先順位が並んでいる。
1.自分の安全確保
2.仲間の救助
3.敵の排除
「これ、もう一度確認するぜ。順番を絶対に間違えるなよ」
田村さんが赤いマーカーで1番を囲む。
「死んだら元も子もねぇ。まず自分が生き延びる。これが大前提だ」
負傷者救助の優先順位、担架の作り方、銃のトラブル対処法など、次々と田村さんからの説明が続き、みんなで討論して実践してみる。止血法や骨折時の対応などは、桐島博士がしっかりと教えてくれた。
この座学の授業は、対魔物戦を想定した現実的な内容で、どれも大切な知識だった。
「じゃあ、神崎君お待ちかねの完全分解の時間だ」
全員の前にグロック19が置かれる。この5日間で、何度分解しただろう。
初日は簡易分解から始まった。
スライドを外し、バレルとリコイルスプリングを取り出す。たったこれだけの作業に、最初は7分もかかった。
『何をそんなに時間かけてんだ』
田村さんに呆れられたが、暴発したらどうしよう、壊したらどうしよう、そんな不安で何度も頭の中で手順を復唱しながら慎重に分解組立をしていたせいだった。
2度目のチャレンジの時は、スライドが上手く外れなくて焦って、銃を覗き込んだ。
「おい!」
雷のような田村さんの声が飛んできた。素早く銃を奪い取られる。
「例えカラと分かっていても、銃口は絶対に覗くな! 習慣ってのは命を守るんだ」
田村さんの本気は、痛いほど伝わってきた。おかげで、銃口の射線には敏感になった。
3日目には2分でできるようになったが、4日目から始まった完全分解は全く違った。細かいピンやスプリングが次々と出てくる。
「これ、元に戻せるの?」
不安なのは俺一人だけだったようで、みんなは粛々と分解して組み立てていた。
頼もしい味方は嬉しいが、もう一人ぐらい俺並みの仲間が欲しかったと、贅沢な悩みに肩を落とした。
「よーい、スタート!」
田村さんの合図で、今日も分解を始める。
まずは簡易分解。これはもう体が覚えている。30秒で完了。次にフレームを分解。トリガーハウジングやトリガーを取り出す。ここまで15分。マガジンキャッチとスプリングを外し、スライドのストライカーとエクストラクターも外す。30分で分解完了。
テーブルの上に、30個近い部品が並ぶ。今度はこれを元通りに組み立てる。
組み立ては逆順だが、これがまた難しい。エジェクターの取り付けで手間取る。角度が悪いのか、なかなか入らない。焦る。35分経過でようやくフレーム組立完了。スライドを戻し、最後に合体させて動作確認。
「タイム!」
42分だ。また40分を切れなかった。ネジを落として探した時間を含まなければワンチャン……ダメか。
「陽菜乃ちゃん16分、レオ君17分、桐島博士22分、神崎君、42分」
予想通りの結果に、ため息が出る。陽菜乃ちゃんは、俺が1回やる間に2回目もやっていた。しかも余裕で鼻歌をうたいながら。
「俺が遅いんじゃない。陽菜乃ちゃんもレオさんも桐島博士も早すぎるんですよ!!」
思わず声を上げて文句を言う。
「えへへ、電子機器に比べたら単純で楽しいんだもん~」
陽菜乃ちゃんが舌を出す。確かに、彼女は楽しんでいる。トリガー機構を分解する時も、「あ、ここがこうなってるんだ~」と目を輝かせていた。
「構造を理解すれば、そんなに難しくないですよ」
レオさんも涼しい顔で言う。この前の、化学式をスラスラと書いていた姿を思い出す。機械の構造も、秒で論理的に理解できたらしい。
「手先の器用さは研究者の基本ですからね」
桐島博士まで当然という顔をしている。確かに、細かい実験器具を扱う訓練をしていれば、銃の分解くらい簡単なのかもしれない。
「くそー、絶対に30分切ってやる!」
俺の悔しがる姿に、みんなが笑い声を上げた。
ちなみに田村さんは8分で完全分解組立ができる。プロの銃整備士なみらしい。競技に出る人は3分でできるらしく、異次元過ぎて想像もつかない。
17時45分。
「あと15分だな。最後に明日の確認をするぜ」
田村さんが真剣な表情で全員を見回す。
「明日、何時から魔物が湧くかわからねぇ。とりあえず、朝7時には全員、装備を用意して会議室に集合してくれ」
俺も注意事項をみんなに伝える。
「事務棟のシャッターは今晩から全て閉めっぱなしにします。朝になっても開けないようにしてください。出入りできるのは、正面玄関横の非常用出入り口と、医務エリアの処置室だけです。また、万が一、停電になった場合は、倉庫の冷凍室や冷蔵室の扉は開けないように。その時はトイレも、1階の非常用トイレだけを使用してください」
全員が頷く。さらにいくつかの注意事項と、質疑応答が続く。
「桐島博士、子供たちに監視カメラで戦闘を見せるかどうかは、博士が判断してくれ」
「状況を見て決めます。トラウマにならない程度に、現実は知らせる必要があるかもしれません。6歳には残酷に映るかもしれませんが」
難しい判断だ。見せれば恐怖を植え付けるかもしれない。見せなければ、危機感が持てないかもしれない。
「よし、あと5分だ。子供たちを──」
田村さんが言いかけた瞬間には、子供たちが入ってきて桐島博士に飛びついていた。
「山羊さんたちも、1階の駐車場に入れてあげたよ~」
「明日から、怖い魔物が出るから危ないんだよね?」
えっと……後で、山羊たちの餌や藁を運んでこなければいけないな……忘れてたなんて言えない。
18時ちょうど。
『全人類ヨ......注目セヨ......』
頭の中に機械的な音声が響いた。
全員がハッとして顔を上げる。コトリというペンを落とす音が響く。
前回より明瞭な機械音。まるで頭の中にスピーカーがあるような、不思議な感覚だ。
『明日ヨリ……魔物ガ……出現スル……討伐ポイントヲ獲得……物質化種類……倍増可能……』
「やっぱり種類が増えるんだ!」
陽菜乃ちゃんが嬉しそうな声を上げる。
『魔物討伐……モノリス……重要』
『レア種討伐……特別ボーナス獲得……以上……健闘ヲ祈ル』
そして、音声は途切れた。
会議室に重い静寂が訪れる。
エアコンの音だけが響く中、俺は声を上げた。全員の視線が俺に集まる。
「ポイント制、モノリス、レア種、前世には、こんなシステムはなかったです。掲示板の情報を確認しながら、我々でも色々と検証していきましょう」
「ポイント数が不明ですが、『倍増』と言うからには、我々は予定通り10種まで増やせそうですね。種類を早めに増やした方がよい田村さんや陽菜乃ちゃんにポイントを稼がせる方がいいかもしれません」
レオさんは、先々を考えた冷静な提案をした。さすがだ。
「レア種ってのが気になるな。ノーマルより強いだろうし、弱点も違うかもしれねぇ」
「じゃあ、監視カメラの映像解析で、アリスに注意するように言っておくよ。見た目が大きいとか、色が違うとかだよね、きっと。羽が生えて空を飛んだらやだなぁ」
「おい、フラグはやめろ。やっぱ6つ目でライフル、7つ目でその弾丸だな」
田村さんや陽菜乃ちゃんは相変わらずだ。
「まぁ、でも、やることは変わらねぇよ」
全員が田村さんを見る。
「魔物を倒して、みんなで生き延びる。ポイントだろうがレア種だろうが、やることは同じだ」
「そうだよね! みんなで頑張れば大丈夫~!」
陽菜乃ちゃんが拳を上げる。
「準備は十分にしました。あとは実践あるのみです」
桐島博士も冷静だ。
「訓練の成果を見せる時ですね」
レオさんも前向きだ。
みんな、いい顔をしている。恐怖はある。でも、それ以上に闘志がある。
「明日7時、遅れんなよ」
田村さんの締めの言葉で、解散となった。
部屋に戻る廊下を歩きながら、俺は考える。
前世とは違う展開。それは不安でもあり、希望でもある。
ポイント制があるなら、計画的に強化できる。
モノリスは思いあたらないが、魔物を倒していればわかるだろう。
レア種だって、討伐できれば有利になるはずだ。
何より、今回は頼れる仲間がいる。十分な準備もできた。武器も豊富にある。
魔物との戦いが、いよいよ始まろうとしていた。
キリがいい所までと思うと長くなってしまいました。これ以上、分割したくないのでドーンと投稿します。すみません。