1-30 一人で生き残るつもりだった
娯楽棟の屋外プールに面した中庭のテラスでBBQが始まった。
夕暮れの空が、スモーキーなオレンジ色に染まる中、陽菜乃ちゃんが南国っぽい楽しい音楽を流している。災害から1週間。ようやく訪れた、のんびり楽しめる時間だった。
設置されている大型グリルに、田村さんが炭を熾し、手際よく肉を焼き始めた。莉子ちゃんの牛肩ロースやシイタケも串に刺されて並んでいる。
レオさんが、魔法のように冷凍食品でササッと作った、生ハムマンゴーやエビとホタテのマリネがおしゃれに盛り付けられ、桐島博士が用意してくれた、醤油焼きおにぎりと味噌焼きおにぎりも控えている。
俺は、レオさんに言われて、温室までフレッシュハーブを取りに行ったり、炭を熾す田村さんのために氷入りの水を渡したり……うん、雑用係も大事なお仕事です。
「今日は特別な日だからな、いろいろ焼くぜ~!」
Tボーンステーキはもちろん、スペアリブ、厚切りベーコン、各種ソーセージ、ロブスターや牡蠣まで用意されている。ちゃんとクラッシュアイスの上に並べられているのが、いかにもマメな田村さんらしい。
「うわ、豪華~。マジでリゾートじゃん!」
陽菜乃ちゃんが目を輝かせる。
「神崎さんの備蓄は、本当になんでも揃ってますね」
「お肉だ~い好き! 莉子のお肉、みんな食べてね~」
莉子ちゃんが嬉しそうに跳び跳ねる。
「あのね、このお塩は僕が作ったお塩だよ? すっごく美味しいからね。お肉をちょんちょんってしてね」
悠真君も負けじと、みんなの取り皿に塩を配って回る。
「熟成肉は最初強火でサッと表面を焼いて、それから弱火でじっくりとだ」
ジュージューという音と共に、美味しそうな香りがテラスに広がる。
「いい匂い~! お腹すいた~」
莉子ちゃんと悠真君が、今度はグリルの前でクルクル踊っている。元気だな。
焼き上がった肉を皿に盛り、みんなでテーブルに着く。今日は特別に、大人たちはアルコールも用意した。子供たちはジュース、大人たちはビールとワインで乾杯だ。
「それでは、物質化能力獲得と、これからの新しい生活に乾杯!」
俺がグラスを掲げると、みんなが続く。
「乾杯~!」
火山灰で曇った夕空だが、テラスには暖かいランプの明かりが灯り、みんなの笑い声が、あちこちで弾けている。
「このステーキ、本当に美味しいです」
「熟成肉は違うよな。この旨味が癖になる」
「田村さん、料理上手だね~」
陽菜乃ちゃんが頬張りながら褒める。
「おい、神崎君。アウトドアで熟成肉を焼く時はいろいろ注意が必要なんだ。今度俺がちゃんと教えてやるよ」
田村さんが、この前の宣言通りに張り切ってくれている。
「ぜひお願いします」
「次はピザ窯作ってピザパもいいなぁ。燻製もやりたいし、これからは、定期的にやろうな」
子供たちが、飛んできて「ピザ食べたい~」と、田村さんにまとわりつき、「グリルに近づくな!」と怒られていた。
美味しい肉と料理、温かい仲間、美しい夕景。
つかの間だが、平和な時間を過ごすことができた。
「焼きマシュマロ美味しかった~」
莉子ちゃんが満足そうに言う。
「明日も、いーっぱいお塩を出すね!」
悠真君が、大きな身振りで元気よく宣言する。
桐島博士が子供たちの頭を撫でる。
「それじゃあ、莉子と悠真はそろそろお風呂の時間ね。皆さんにご挨拶して」
「「はーい! おやすみなさーい!」」
子供たちが元気よく挨拶をして、桐島博士と一緒にコテージへと向かっていく。
「おやすみなさーい!」
「また明日ね~!」
手を振りながら去っていく親子の後ろ姿を見送って、残った俺たちは焚火の準備を始めた。今日はとことんのんびりすることにしたのだ。
テラスの焚火台に薪をくべて、田村さんが火を熾す。パチパチと薪が爆ぜる音が心地よく響く。椅子に柔らかいクッションを足して寛ぎ、ゆったりとアルコールを口にした。
「焚火っていつまでも眺めてられるよな」
「久しぶりに、のんびりできますね」
「デジタルデトックスは大事なんですよ」
「お腹いっぱいすぎ……」
俺たち四人は焚火を囲んで座った。海からの風が心地よく、炎の温かさが身体を包んでくれる。
アルコールが少し回ってきたのか、みんなの話し声も自然とゆるやかになっていく。
「そういえば、あのクレーンで船を吊る時、めっちゃスリルあったよね~」
陽菜乃ちゃんが思い出したように言う。
「あぁ、神崎君の秘密基地な。あれはワクワクしたぜ、ははは」
田村さんが笑う。
俺は少し酔いが回って、のんびりとみんなの話を聞いていた。
「でもあのクレーン、もっと大きいのがあったら面白そうだよね。事務棟をまるごと持ち上げれば、魔獣なんて敵じゃないよ~」
「おいおい、それは無茶すぎるだろ」
「なんか無茶をやりたいなぁ……最近、ハッキングしてなくて腕が鈍りそうなんだよね~。ひまわりちゃんもアクセスできちゃったし」
陽菜乃ちゃんが急に愚痴り始める。
「ひまわりって気象衛星かよ……陽菜乃ちゃん、君は何をやってんだ」
「だいじょぶだってば~、悪いことはしてないから!」
「それ、すごく怪しい言い方だぞ」
田村さんが苦笑いする。
「でもさー、うちら専用の衛星を10万個くらい打ち上げてさー、地球全体をメッシュで覆えたら敵なしなのになー」
「10万個って……陽菜乃ちゃん、君は本当に酔ってないのか?」
「飲んでないってば! でも考えてみてよ、全世界の情報が手に入るんだよ? 情報王に俺はなる!」
「陽菜乃ちゃん、それより綿飴器が欲しいって、昨日、騒いでなかったかい?」
レオさんが冷静に突っ込む。
「あ、そうそう! 神崎さんの備蓄って本当にすごいけど、綿飴器はないんだよねぇ。綿飴食べたかったなー」
「ごめん、綿飴器の備蓄は1ミリも考えたことなかったよ。あはは」
俺も苦笑いする。
「俺は10万なんて贅沢は言わない。1000人で十分だよ。島を包囲して、一斉掃討作戦をしたら気持ちいいだろうな~」
田村さんが焚火の薪を組みなおしながらつぶやく。
「あとさ、復活ルールがほしいよな。そしたら、もっと無茶な戦術も試せるのになー」
「復活って、ゲームじゃないんだから! 死んだらゲームオーバー!! ん? ゲーム? リアルオーバー? ん?」
陽菜乃ちゃんはやっぱり酔っぱらってそうだ。
「私なら、そうですね……この屋外プールを硫酸で満たして、魔物を全部ここに誘導したら面白そうですよね」
レオさんが真面目な顔で言う。この人は、顔に出ない危険なタイプの酔っ払いだな。
「おい、それは危険すぎるだろ!」
「硫酸って、人間にもヤバくない? レオさん、さすが鬼畜宰相!!」
「確かに危険ですが、魔物には効果的かと」
「レオ君、君も大概だな……」
「でも面白そう~! 魔物プール、なんか響きがいいじゃん!」
「陽菜乃ちゃん、それは面白がるとこじゃないぞ」
「ねぇ、魔物ってモフモフかな? テイムできないかな?」
「ふむ、硫酸じゃなくて麻薬で満たせば、コントロールできるようになるかもしれませんね」
レオさんがおかしくなってきた。
「でもさ、魔物プールもいいけど、魔物温泉もよくない? そしたら──」
話題がクルクルと変わっていく。
流れる音楽は、心地よいジャズに変わっていた。きっとレオさんセレクトだ。
俺は温かい焚火と仲間たちの他愛のない話に包まれて、心地よい酔いに身を任せ、少し微睡み始めた。
「そういえばさー、ねぇねぇ神崎さん!」
陽菜乃ちゃんに大きな声で呼ばれて、思わずビクッと目が覚める。眠りかけに起こされると、吐きそうになるのだが……。
「神崎さん、知り合った最初の頃ってさー、礼儀正しいけど、なーんか深入りさせない雰囲気があったよね?」
「あぁ、俺がクレーンのとこで声をかけた時も、すっごく警戒してたよな」
田村さんも焚火から顔を上げて、俺を見て微笑んでいる。
「今なら、他人を信用してなかったんだーってわかるけどね。でもなんか、途中から変わった気がするんだよねー。掲示板サイトだって、最初はさ、神崎さんが情報を集めるためのツールって感じの依頼だったじゃん? なのに、今は世界中の人を助けようとしてるし?」
俺は少し考えてから答えた。
「……確かに、ずっと他人を信用してなかったかな。前世で散々な目に遭ったし、今度は一人で生き残るつもりだったから。ぶっちゃけ、陽菜乃ちゃんと契約した後も、ちゃんと丈夫な家とインフラを準備したんだから、後は自分でやってくれって思ってたしなぁ」
「マジ、魔王」
「でも……この2年間に知り合った人たちが、俺を少しずつ変えてくれたんだと思う」
「誰ですか?」
「うちの会社の社員、工事関係者、フランチャイズの担当者……みんな信頼できる人たち。ここの設備や備蓄ってさ、前世の話を知らなかったら異常にしか見えないでしょ? でもみんな、口では文句言うんだけど、いつも親身になって、俺の無茶な注文に一生懸命に応えてくれたんだよ。じゃあさ、俺は未来を知ってるのに、そんな人たちを見殺しにして、一人で生き残って、その先に何があるんだって……」
波の音と、薪が爆ぜる音を聞きながら話を続ける。
「それで、考えが変わって、その人たちとこの島に避難しようって、一緒に生き残ろうって決めたんだ。ちゃんと大災害の前に呼ぶ予定だったんだよ……」
「だが、大災害が記憶より早く起こった……」
「うん。なんでだよって、絶望しかけたけど……でも、この島で過ごしてると、みんなの笑顔しか思い浮かばなくて……どこかで生き残っているかもしれないって思い始めたんだ。だって、みんなタフで、いつも諦めが悪くて、どんなトラブルにも負けない人たちだったから」
「うん、わかる気がする。この島は、エネルギーが詰まってるもん。ビタミンたっぷりって感じ~」
「シュレディンガーの猫って知ってる? 生死は観測するまで決まらないんだよ。だからさ、世界に発信って言いながら、俺は掲示板の向こうにその人たちがいると思ってやってるんだ」
陽菜乃ちゃんは少し驚いた後、納得したような表情を見せた。レオさんが持っているグラスから、氷の音が小さくカランと響いた。
「……神崎君にとって掲示板サイトは、単なる世界への発信じゃなくて、大事な人たちへのメッセージなんですね」
「うん。彼らが生きていて、情報を見てくれることを信じてるんだ」
焚火がパチパチと音を立てて、火の粉が夜空に舞い上がる。
田村さんやレオさんの優しい笑顔が、焚火で温かいオレンジ色に染まっている。
海からの風が心地よく、焚火の温かさと仲間たちの存在が、俺の心を満たしていく。
まだ不安はある。でも、この仲間たちとだって、未来は切り開いていけるはずだ。
俺は、あの人たちと同じように、出会って1週間の新しい仲間たちも信頼できる自分を、とても幸せ者だと感じていた。
(第一章 完)
少しお休みして、週末から第二章を開始したいと思います。ここまで、お読みいただき、本当にありがとうございました。