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1-29 遠雷

 事務棟へ向かう4WD車の中で、俺は運転席で上機嫌だった。


「みんな、思った以上に上手でしたね。これなら本当に余裕を持って魔物と戦えそうです。前世なんて、日本刀でしたからね。あはは」


 助手席の田村さんも満足そうに頷いている。


「あぁ、特に桐島博士とレオ君は安定してたな。丁寧な性格が射撃にも出てる」


「え、それって、俺をディスってますか?」


「どうだろうな。それより、今晩はBBQしようぜ」


「やりましょう~、物質化記念ですね!」




 ふとルームミラーを見ると、3列目に座っている陽菜乃ちゃんが、真剣な顔をしてタブレットを見つめている。


「陽菜乃ちゃん、なんかあった?」


 俺がルームミラー越しに声をかけると、陽菜乃ちゃんが顔を上げた。その顔は明らかに青ざめている。


「あの……ちょっと気になる情報があるの。事務棟に着いたら、みんな会議室に来てほしい」


 普段の明るい声色とは明らかに違う、深刻なトーンが混じっている。






「それで、何があったんですか?」


 陽菜乃ちゃんはタブレットを操作して、ディスプレイに掲示板を表示する。


「物質化の報告は順調だったんだけど……トラブル報告が増えてきてるの」


 画面に映し出されたのは、これまでとは全く違う内容の投稿だった。



『みんな平等だと確認して分担決めしたのに、物質化で武器担当になったやつがえらそうになった。今後が不安だ』


『リーダーが勝手に物質化の割り当てを決めて、反対した奴は追放された』


『子供が物質化に失敗したという理由で、その家族の食料を減らすことが決まった。反対意見が少数で悔しい』


『ガソリン担当になった男性が、自分の家族だけ載せて車で出て行ってしまった。ガソリン担当は一人だけだったので混乱している』


『隣町のやつらが、機関銃の物質化をしたという噂が流れている。至急、防衛のアイデアを教えてほしい』



 重い空気が会議室に流れる。俺たちが心配していた通りの状況が、世界各地で起こり始めているようだ。田村さんがすぐにアドバイスを書き込んでいる。


『機関銃本体より物質化能力者が問題。毎日補給されるため、根本対策が必要。


 ①能力者の特定と無力化 

 ②連続戦闘で弾薬消耗 

 ③交渉による解決を優先検討。もしくは周囲と同盟を組んで対抗。


 機関銃に対しては、側面攻撃、夜間奇襲、高所からの狙撃で対処可能。まずは本当に持ってるか情報収集を』




「神崎君が危惧してた通りになりましたね。やはり、物質化が権力闘争のトリガーになったようです」


 レオさんがため息をつく。


「そうですね。もう一度、集団心理の特設ページを、TOP画面で強くアピールしましょう」


「うん、やってみる。でもね……」


 陽菜乃ちゃんが真剣な表情でタブレットを操作する。


「でも……もっと深刻な動画もあるの。本当に殺し合いとか起こってるみたい……拳銃レベルじゃなくて、もっとすごい過激な武器を物質化してるっぽくて……」


 陽菜乃ちゃんがスマホの画面をディスプレイに映して見せる。


「これ、ローカルSNSのライブ動画で、見るのかなりキツいけど……現実を知っておいた方がいいと思う」






 荒い画質の縦動画。

 南米らしき住宅街の風景が映し出される。黄色い壁の家々が密集し、細い石畳の路地が見える。


「Hi~!」という陽気な声と共に、スマホのインカメに家族の顔が映る。人柄が良さそうな父親、優しそうな母親、10代から20代の美人三姉妹。五人全員が笑顔で手を振っている。


 父親がおどけてタコミートを物質化する。母親がウインクしながらトルティーヤを、三姉妹が踊りながらトマト、レタス、チーズを次々と物質化する。

 5人ですごく美味しそうに作ったタコスを食べて、父親がスペイン語らしき言葉で何かを言いながら、背景に見える小さな屋台を指差している。

 翻訳機能は使えないが、身振り手振りから「明日から屋台で営業するよ! みんなで頑張ろうね!」と言っているような雰囲気が伝わってくる。

 つられてこちらも笑顔になるような温かい動画だ。


 画面の端に、父親の背後に立てかけられたショットガンがチラリと映る。


 突然、映像が激しく揺れる。


 遠くから「ドドドドドッ!」という連続する低く重い発砲音と叫び声が近づいてくる。そして路地の向こうから、機関銃を乱射しながら五人の武装した男たちが現れた。

 父親が咄嗟にショットガンを掴もうとするが、銃弾が胸を貫く。母親の絶叫。そしてその母親も撃たれて地面に崩れ落ちる。


 スマートフォンが落下し、画面が斜めになった。


 その画像の端に、三姉妹が男たちに無理やり奥の建物へと連れて行かれる様子が映り込む。「No! No!」という必死の叫び声が響く。


 ひときわ大きく悲鳴が響き渡った、次の瞬間、「シュゴォォ...」という風きり音が聞こえ、奥の建物の一帯が爆発と共に崩壊する。爆風でスマートフォンの画面が真っ黒になり、車両が近づく音と複数の男の笑い声や煽るような音声だけが続く。しばらくして動画は終わった。






 会議室に先程よりさらに重苦しい沈黙が流れる。


「たぶん、最後の砲撃はロケットランチャーだな」


 田村さんは腕を組んで目を閉じている。自分を落ち着かせようとしているのだろうか。


「こういう動画は1つじゃないの……もっと酷いやつも……」


 陽菜乃ちゃんの声が震える。


 画面に映る惨状は、人間の最悪の部分を露呈していた。力を得た人間が、その力をどう使うか。その答えの一つが、ここにあった。




 俺は胸が重くなり、手足の先が一気に冷えて力が入らなくなった。呼吸が上手くできない。前世の記憶が流れ込んでくる。

 あの地獄のような集団生活。暴力に支配され、見てみぬふりをしてわが身を守る生活。そして、次々と死んでいく友人たち。すべてが鮮明に蘇ってくる。


 避難所での食料の独占。強い者が弱い者から物資を巻き上げる。女性が最初に犠牲になる。そして俺も、結局は何もできずに見ているだけだった。


 会議室の空気が重く、圧迫感に満ちている。外の美しい海とは対照的に、世界の他の場所では人類の醜い争いが繰り広げられているのだ。俺たちが、外界から隔絶された楽園にいることを、強く意識させられた。


「日本でも、火力が高い銃火器を物質化できる人間はいるはずです。同じようなことが起こる可能性がありますね」


 レオさんが、誰にともなく声を出した。


 俺はきっと白くなっているであろう顔を上げて、呼吸を整えながらみんなに話した。


「俺たちは、絶対に協力して生きていかなければならないんです。力を持った者が弱い者を踏みにじる……そんな地獄は、もう二度と見たくない。物質化能力があるからって偉いわけじゃない。命を軽々しく扱うなんて……大災害で亡くなった人たちに、顔向けできないじゃないか……俺たちには、その人たちの分まで生きる責任があるんだ」


 涙が止まらなくなっていた。前世の友人たちの顔、避難準備に協力してくれた人たちの顔、そして、事故で死んでしまった両親の顔……次々と現れては消えていく。


 魔物よりも、人間の方が怖いと、俺は知っていたはずなのに。

 頼もしい仲間ができて、苦労してきた準備が報われて、掲示板で世界の人達に感謝されて、いい気になっていた自分が悔しかった。射撃訓練から帰る時のさっきの俺は、銃という武器に、確かに浮かれていた。




 田村さんが、俺の頭をグチャグチャに撫でる。その大きく温かい体温が、俺の震えを少し止めてくれた


「このメンバーなら必要無いと思っていたが、ちゃんと武力の分散をしよう。拳銃は、全員に携帯してもらう。使用するタイミングは、みんなを信じて、各自に委ねるからな」


 田村さんの声には、いつもの力強さがあったが、俺には彼の内心の葛藤が見えるような気がした。サバゲーという安全なゲームの中でしか人を撃ったことがない田村さんが、実際に人に銃を向けられるのか。その答えは、きっと彼自身にも分からないはずだ。



「念のため、船着き場にペンキを塗って、壊れているように見せた方がいいかもしれませんね」


「これからは夜の街灯も止めた方がいいですね。この島が無人に見えるように偽装しましょう」


「あ! 銃を配るなら、みんなの発信タグを作る! 銃の先にその信号を感知したら、銃の先につけたLEDライトが明るく光るようにしたら事故が防げるよね」


「発信タグ?」


「うん、小さな電波発信器をペンダントにしたりして身に着けるの。そうすれば、暗闇でも仲間かどうかがすぐ分かる」


「面白いアイデアだが、重心が変わるな」


「みんな、今から訓練を始めます。最初にその重心に慣れたら、問題ないでしょう」


「そうですね。子供たちにも、ペンダントを外さないように徹底させます」


「じゃあ、作ってみる! 小型タグなら、すぐにできると思う」


 みんなが話し合う声が聞こえる。


「みんなで協力すれば、きっと大丈夫ですよ。神崎さん、大丈夫ですからね。あなた一人で、世界を背負う必要はないんです」


 桐島博士の優しい声が、俺の心に届く。暖かく湿らせたタオルを渡してくれる。止まりかけた涙が、また溢れてきた。


 ダメだ、ここでただ泣いてるだけじゃ、前世と変わらない。俺は変わるんだ。


 タオルで顔を拭い、俺は声を上げた。


「皆さん、お願いがあります」


 みんなが、俺を見た。


「陽菜乃ちゃん、動画の位置を特定してください。レオさん、使えるルートで、その近くの軍や警察にその位置情報と動画を送ってください。田村さん、さっきみたいな時の逃げる方法や防衛する方法を考えてください。桐島博士……アフターピルの代わりの方法を探してください。よろしくお願いします」


 俺はみんなに頭を下げた。


「俺は、この楽園にいることに罪悪感は持ちません。俺だって内臓を売る覚悟でここを準備しました。でも、ここからできることもあります。島の外も同じように平和な世界になるために、できることはやりたいです」


 みんなが、真剣に頷いてくれた。






 夕方、18時。


 どうにか、みんなのおかげであちこちに連絡をとったり、掲示板サイトに具体的な注意喚起を上げることができた。


 俺たちがトピックを上げると、人々が他の対処方法を次々と書き込んでくれ、同じように憤ってくれる人も多かった。


 陽菜乃ちゃんは、巡回プログラムとアリスを組み合わせた新しいシステムを作っていた。暴力的なトラブル動画やコメントが見つかったら、すぐにその地域をリストアップして、掲示板のトップに新しく作った「危険地域」に情報が流れる。近隣の人は、それで自衛を固めてもらうためだ。


 田村さんは「俺の知識は、ミリオタレベルの素人だから」と、軍事板を立ち上げ本職経験者へ呼びかけた。世界中の元軍隊経験者や傭兵経験者の人たちが集まって、『対重火器市民防衛マニュアル』を作ることになった。避難経路の確保、遮蔽物の活用、集団での対処法など、素人でも実践できる内容を少しずつまとめていくそうだ。




「よし、今、できることは全てやったな。約束していたBBQをしようぜ! Tボーンステーキ用の熟成肉を見つけたんだ」


「BBQ?」


 陽菜乃ちゃんの表情が少し明るくなる。


「Tボーンステーキ……いったい何処に……」


 俺の胃が鳴った。さっきまでの緊張感が、少しずつ和らいでくる。


「熟成肉って、どのぐらい寝かせたやつですか?」


「45日だ。アウトドアで焼くには最高の肉だぞ。ワイン&チーズ兼用セラーに眠ってたお宝だ!」


「なぜ、そんな所に……」


「やったー! お肉! お肉!」


 陽菜乃ちゃんが椅子から跳ね上がる。肉食女子の本領発揮だ。


「でもさー、Tボーンステーキって、焼くのが難しいんでしょ?」


「任せておけ。熟成肉の扱いは慣れてるんだ。温度管理から火加減まで、全部俺がやる」


「騎士団長から料理長にジョブチェンジだね~!」


「料理も建設工事と同じで、手順と段取りが大事なんだ。特に熟成肉は普通の肉より繊細だからな。常温に戻すタイミング、塩胡椒のタイミング、すべてにコツがある」


 田村さんと陽菜乃ちゃんの会話は、噛み合ってないけど、息はあっていて面白い。


「それじゃあ、みんなで準備しましょう。子供たちも呼んでくるわ」


「テーブルセッティングや火起こしの準備は俺たちがやります」


 田村さんの提案で、重苦しい空気が一変した。

 明日からまた厳しい現実と向き合わなければならない。でも今夜は、仲間たちと温かい時間を過ごそう。

 そう思いながら、俺はようやく前を向くことができた。


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面白かった 主人公いろいろ背負いまくってちょい心配
ディストピア世界では、やっぱり人が敵になるのか、、 島が直接狙われないといいけどなぁ
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