1-23 世界との繋がり
大災害から6日目の朝。
俺たちは大会議室に集まって、明後日の物質化能力取得に向けた会議を開いていた。
レオさんがいつものように全員の飲み物を用意してくれている。会議に飲み物があると、不思議と和やかな雰囲気になる。おかわりも適度に声をかけてくれるし、そういったことをさりげなく出来るレオさんはすごい。
会議は、昨日の相談会のおかげで、それぞれの物質化する品や、パターン別の決定順序が決まり、全体の役割分担の再確認が終わった。
「では、トップバッターは莉子ちゃんからでいいですね?」
「食料は、備蓄が十分あるから、例え失敗しても影響は少ねぇしな」
「悠真より莉子の方が、状況をしっかりと伝えてくれるので向いていると思います。二人とも、何度も練習しているんですよ。やっと自分たちも役に立てるって張り切ってました。ふふふ」
物質化を試す順番も決まった。今後は、魔物対策へと議題がシフトしていくだろう。
でもその前に、俺はみんなに相談があった。
「皆さんの意見を聞きたいことがあります」
俺の言葉に、みんなが注目する。
「ずっと迷っていたのですが、陽菜乃ちゃんが作ってくれたサイトを使って、世界中の人たちに物質化能力の情報を事前に伝えようかと思うのですが──」
陽菜乃ちゃんがパッと顔を上げた。
「それナイス! やろうやろう! あのTOPの宮廷風動画のアクセスはずっと続いてるんだよ~。俺も水が欲しい、私は靴が欲しいとかの書き込みもあるし」
「俺も見ました。動画の感想スレッドなのに、けっこうみんなが欲しいものを書き込んでますよね」
レオさんは、彼らしい慎重な意見だった。
「情報発信自体は良いアイデアですが、出す情報は確実なもの限定にした方がいいと思います。複数種類が可能かもしれないという5種類の話は、まだ不確かですから、1種類の情報だけにしておくべきでは?」
「確かに、載せた情報が外れると、サイトの信用が無くなります。これから、魔物やウイルスについての情報も発信していきたいので、確実なことだけにした方がよさそうですね」
田村さんが苦笑いしながら言う。
「まぁ、信じないやつが大半だと思うけどな。でも、ダメ元でも出す価値はあるんじゃねぇか? 災害時は情報が命だからな」
「そうなんです。たとえ荒唐無稽と思われたとしても、誰かの目に留まっていざと言う時の助けになるかもしれませんから。前世でも、あらかじめ知っていたらもっと違った対応ができたと思います」
桐島博士は研究者らしい計算をしてくれた。
「私も賛成です。災害前に、ステラネット契約者は全世界で1000万人を突破したと発表されていました。今でも、数万人はアクセスできるのではないかしら。多くの人の目に留まって、その中の数%でも対策してくれたら、かなりの人数が助かると思うわ」
みんなの賛成が得られたので、俺は前世の経験を詳しく話し始めた。
「前世では、情報不足で多くの悲劇が起きました。まず、物質化能力付与のアナウンスを『敵の罠』だと主張するコミュニティがあったという噂を聞きました。『謎の存在が人類を騙そうとしている』と言って全員が能力取得を拒否した集団や、リーダーが『物質化なんて不可能だ』と全員に否定するように強要した集団があったようです」
陽菜乃ちゃんが驚く。
「え? そんなもったいないことを?」
「ええ。結果的に、その集団は食料不足で全滅したらしいです。まぁ、噂なので誇張されているだけかもしれませんけど。非常時だし、疑い深くなるのも理解できますが、事前に情報があれば、その集団の中の数人だけでも物質化を試してくれるかもしれません」
桐島博士が心配そうな表情を浮かべる。
「他にはどんな問題があったのですか?」
「役割分担の失敗が深刻でした。俺がいた大学には300人もの避難者がいましたが、武器を物質化したのはたった一人だけ。その結果、魔物との戦いで多くの犠牲者が出ました」
田村さんが表情を曇らせる。
「300人もいて武器が一人だけか……それじゃ守り切れねぇな」
「はい。逆に、水を選んだ人は20人以上、米を選んだ人も15人以上いました。完全に無駄です。事前に話し合いができていれば、もっと効率的な分担ができたはずですが、10分しかなかったので」
レオさんが頷く。
「確かに、事前の情報共有と計画は重要ですね」
「なので、必ず周りと協力して計画的に物質化設定をするよう情報を流しましょう」
桐島博士が手を挙げた。
「では、具体的に10人、100人、300人のコミュニティを想定した役割分担例をいくつか載せたらいいんじゃないかしら? 私も栄養学のデータを調べて、効率的な食糧のプランを考えてみるわ」
「それいい! わかりやすいもん」
「そうだな、そういうリストがある方が、特に日本人は協力体制をとりやすそうだ。俺も日用品で武器や防具になるものを考えてみるよ」
田村さんも協力を申し出てくれる。
「では、今から準備して、夜の公開を目指しましょう」
俺は前世の経験を詳しく整理し、レオさんと一緒に実用的な分担例の検討。
桐島博士は人数別の食料と医薬品プランの作成。
田村さんは誰でも触れたことがありそうな日用品から武器候補を選定。
陽菜乃ちゃんはサイト構築と多言語対応を担当した。
夕方になると、俺たちは再び会議室に集まった。
「よし、一通りまとまったな」
陽菜乃ちゃんが大型ディスプレイにサイトを映し出す。
『緊急警告:物質化能力付与に関する重要情報』
というタイトルで始まる多言語対応のページが完成していた。TOPの宮廷風動画の上にそのページへの誘導リンクが大きく貼ってある。
「まず、能力の基本説明から始めて、次に役割分担の重要性、そして人数別の分担プランについて詳しく解説しています」
画面には、わかりやすいイラストと共に情報が整理されている。ところどころに、温かい服を着た子猫や嬉しそうに水を飲んでいる子狸が、詳細情報を解説していた。
『重要:明後日、生存者全員に物質化能力が付与される』
『◆物質化能力の基本ルール:
・ 一日一回の使用制限
・ 一立方メートル以内の容量制限
・ 具体的に知っているもの限定
・ 必ず能力を取得すること』
『◆事前検討事項:物質化選択の決定(選択時間10分)
※コミュニティ全体で役割分担することにより、生存率大幅上昇の可能性あり』
『◆【10人グループ】物質化の多様性が確保できる最小単位の推奨分担例
食料担当:4~5人(塩は必須、小麦か米、肉、野菜を分担)
水担当:1人(清水または浄化剤)
燃料担当:1~2人(ガソリン、灯油、カセットガス等)
医薬品担当:1人(解熱鎮痛剤、消毒液等)
日用品担当:1~2人(包丁、石鹸、ライター、ロープ等)
武器担当:1人(金属バットまたは工具類)
重要:必ず事前に話し合いで決定すること。独断専行は破綻の原因』
『◆【50人グループ】専門分担が可能な推奨分担例
基本生活班(30人):上記10人構成×3セット
専門技術班(10人):医療、建設、通信、機械修理等
研究開発班(5人):武器改良、薬品調合、農業技術等
指揮統制班(5人):情報管理、交渉、長期計画立案等
管理体制:各班に2名以上のリーダーを置き、権力集中を防ぐ』
『◆【100人グループ】本格的な分業と社会システムが構築可能な推奨分担例』
『◆【300人グループ】完全自給自足コミュニティの推奨分担例』
『◆重要な対策:
・ 武力の分散:複数人で武器を分担
・ 透明性の確保:物質化は公開の場で実施
・ 相互監視:権力集中の兆候を早期発見
・ 定期的な役割交代:固定化の防止』
『◆食料選択プラン(人数別)
・和食プラン
・アジア料理プラン
・ヨーロッパ料理プラン
・中東・アフリカ料理プラン
・アメリカ料理プラン
・ハラル食プラン
・アレルギー別対応プラン』
「俺たちすげぇな、これが数時間でできあがるのか」
田村さんが感心している。
「公開するよー!!」
陽菜乃ちゃんがエンターキーを押すと、物質化の特設ページが世界中にアクセス可能になった。
「生き残ってるローカルSNSとか掲示板でも拡散するね」
「私も、個人的なネットワークで、世界各国の研究者、ジャーナリスト、政府関係者などに情報を送ってみます」
陽菜乃ちゃんとレオさんは、さらに情報を広めようとしてくれた。
反応は早かった。生きているネット情報が少ないため、俺のサイトには常駐者もいるのだ。
「反応きたよー!!」
画面には、世界各地からのコメントが流れ始めた。
『これは何かの冗談ですか?』(英語)
『科学的にありえない』(ドイツ語)
『でも、今起こってることを考えると……』(スペイン語)
『信じたくないが、準備はしておこう』(中国語)
『コミュニティで話し合います』(フランス語)
『スイスの山間部集落です。37人で役割分担を検討中』(英語)
『中国の農村コミュニティ。300人の分担を計画しています』(中国語)
『北海道の避難所。68人で準備します』(日本語)
「おお、もう実践してくれてる人たちがいる!」
俺は嬉しくなった。
その後も、次々と世界各地から反応が寄せられた。
『アメリカの大学研究チーム。検証準備をします』
『オーストラリアの農場コミュニティ。45人で計画中』
『ドイツの避難所。120人の技術者集団で分担決定』
『ブラジルの山間部集落。28人で食料重視型分担採用』
『フランスの研究所。科学的検証と並行して準備』
もちろん、懐疑的な意見も多かった。
『完全に狂った陰謀論』
『災害に便乗した詐欺サイト』
『科学を無視したファンタジー』
だが、「万が一に備えて」という理由で準備を始めるコミュニティが続々と現れていた。娯楽扱いされている雰囲気もあるが、それでも構わない。
「これだけでも十分な成果ですね」
レオさんが満足そうに言う。
「そうですね。信じてもらえなくても、頭の片隅に残っていれば、いざという時に思い出してくれるかもしれません」
夜が更けるにつれて、アクセス数は急激に増加していった。
「うわー、すごいことになってる。アクセス数が1万を超えたよ!」
陽菜乃ちゃんが興奮している。
「翻訳機能も活躍してるね。20以上の言語でアクセスされてる」
世界地図上に、アクセス状況がリアルタイムで表示される。北米、ヨーロッパ、アジア、オセアニア、南米、アフリカ。全大陸からアクセスが来ていた。
「こんなに多くの人に情報が届くなんて、インターネットってすごいな」
俺は改めて情報技術の力を実感していた。
「そうですね。明日は、より詳細な情報を追加で公開しましょう」
こうして、俺たちの世界への情報発信作戦は、予想以上の反響を得た。
世界中の人々が、まだ見ぬ未来に向けて準備を始めている。俺たちの警告が、どれだけの命を救うことになるのかはわからない。しかし、少なくとも何もしないでいるよりは、はるかに良い結果をもたらすはずだ。
俺は窓の外の静かな海を見つめながら、明日への決意を新たにした。
──俺には前世からの宿題が残っていた。