1-22【閑話】お悩み相談会その2
本日、2話目の投稿になります。
お昼過ぎになると、みんなが自然と食堂に集まってきた。
基本的に朝昼は各自で済ませ、夜だけ当番制で作るというルールにしていたが、やはり一人で食べるより賑やかな方がいいのだろう。
神崎は手抜きしたカップ麺のカレーうどんをすすりながら、畳の小上がりに座っていた。田村は、隣で冷凍焼きおにぎりと冷凍唐揚げをレンチンしたものを豪快に頬張っている。唐揚げには、たっぷりとタルタルソースがかかっていた。
「うめぇな、これ。冷凍食品のレベルが上がってんなぁ」
斜め前に座っている陽菜乃は、冷凍明太子クリームパスタに野菜スープを追加している。
「カフェでも、こういう業務用冷凍食品を出してるとこあるもんね~」
小上がりではなく、テーブルに座っている桐島博士は子供たちのために、パンと具だくさんスープ、野菜ジュースという栄養バランスを考えたメニューを用意していた。
「莉子、ちゃんと野菜も食べなさい。ビタミンが足りないと風邪をひきやすくなるのよ」
「はーい。でも、このスープ美味しい!」
「僕、パンにスープつけて食べるの大好き~!」
悠真が楽しそうにパンをスープに浸して、口いっぱいに頬張っている。さながら、ドングリを両頬に貯め込むシマリスのようであった。
のんびりとした昼食の雰囲気の中、神崎が抱えている悩みがつい口からこぼれた。
「俺、物質化の選択で迷ってるんですよね……」
「どんな感じで迷ってるのですか?」
隣のテーブルで優雅に食後のコーヒーを飲んでいたレオが、興味深そうに聞いてくる。レオは、夕食のために朝からじっくり煮込んでいる手羽元の参鶏湯のスープで作った、白湯風ラーメンを食べ終わっていた。神崎も少しもらったが、身体に染み渡る旨さだった。
「大分類はエネルギーにします。1種ならガソリン、3種なら軽油と灯油を追加するのは確定なんですけど、5種の時にどうするか。他の燃料にするか、基本的な石油や石炭にするか……でも石油は精製できないから意味がない気もして……」
「なるほど、確かに素人に石油の精製は難しいですね」
「戦時中は、ドラム缶で精製したりしてたみたいだけど、今の車や発電機は粗悪品の燃料じゃ動かないですよね。ってか、壊れそう……どうしようかな」
レオが少し考えてから答える。
「神崎さん、本土拠点に化学プラントの設備がありましたよね。あれを使えば、原油からの精製も不可能ではないかもしれません」
「え、そうなんですか?」
「産業団地の資料を見た限りでは、化学プラントとしてはかなり本格的な設備が揃っていました。規模は小さいけど、基本的な分留装置もありましたよ」
「じゃあ、10種の方に入れておこうかな。助かりましたレオさん。俺より設備を把握してそうですね、ははは」
神崎は、スッキリした顔で笑った。
やり取りを見ていた田村が、遠慮がちに手を上げた。
「俺も相談していいか?」
「もちろんです。お役に立てるかはわかりませんが」
レオが穏やかに応える。
「銃火器の場合、例えば拳銃だと拳銃本体と弾がねぇと使えねぇよな? 1種類に両方とも含まれると思うか? それとも別々にカウントされちまうのかな?」
「たぶん本体と弾は別の扱いになると思いますよ。同じ銃でも弾の種類を変えることがありますよね? フルメタルジャケットとホローポイントとか」
「あぁぁ、確かにそうだな。じゃあ、1種目は念のために爆薬系、3種だと拳銃と弾を追加。5種だとショットガンと弾を追加にするか」
「ショットガンよりアサルトライフルの方が遠距離から使えるのでは? 拳銃は近接ですよね」
「ショットガンの方が構えて撃つだけだから操作がシンプルなんだよ。メンテもしやすい。もちろん、10種の中には、アサルトライフルも入れるけどな」
「なるほど。魔物との戦いを想定すると、操作性を優先するのもありですね」
田村は、スッキリした顔で具体的な銃の選定に入った。
桐島博士も控えめに手を上げた。
「私も医薬品の選択でアドバイスをいただきたいのですが」
「どうぞ、博士」
レオが促す。
「物質化される時はどういう状態で出現するのかご存知ですか? 用意できる遮光瓶の量も限られているし、液体の場合はどうなるのか気になって」
「物質化は、本人が思い浮かべる形で再現されるらしいので、桐島博士が容器に入っている状態を想像したら、その状態で出てくる可能性が高いのではないでしょうか」
レオが答える。
「そういえば、前世では、水は2Lペットボトルだったやつと500mlペットボトルだったやつがいました。米は、俺は紙袋だったけど、ビニール袋のやつもいたな。本人の思い浮かべた形態と言うのは、合ってるかもしれません。量も、本人の希望通りに1立米以下に調整できていましたし」
神崎が前世の記憶を説明すると、桐島博士がニコニコと微笑んだ。
「あら、物質化アナウンサーの方って、とても親切なのね。隕石を落とした方とは別の方なのかしら」
みんなは「え、この人、天然?」という驚きの表情で桐島博士を見つめた。世界を混乱に陥れている謎の存在を「親切」と評価する発想は、彼らには理解できなかった。しかも「アナウンサー」。
陽菜乃ちゃんも手を上げる。
「はいはいはーい! あたしも相談したい~! 特殊電子機器の選択なんだけど〜」
「どんな候補ですか?」
「んっとね、パッシブレーダー受信機とかAIS受信機とか、軍用レベルの監視機器を中心に選ぼうと思ってるんだけど」
「それは……かなり専門的ですが、島の偽装防衛には良いですね。まずは情報収集と言う選択は、理にかなっていると思いますよ」
田村が興味深そうに身を乗り出す。
「おい、なんで女子高生がパッシブレーダーなんて知ってるんだ? しかも触ったことあるって……俺でも雑誌でしか見たことないぞ、そんな最新機器」
「えへへ、ネットで知り合った海外のお兄さんのお仕事を手伝ったら、お礼に送ってくれたの~。面白そうだから分解して改造してたんだ〜。『RF信号ジャマー』とか『ソフトウェア無線機』とか、普通じゃ絶対に手に入らないやつも!」
「海外のお兄さんって……まさか軍事関係者じゃないだろうな?」
「さあ? 英語でやり取りしてたからよくわからないけど、すっごく詳しい人だったよ! 『君は才能があるから、これで勉強してみなさい』って~。ウケるのが、密林の箱で届いたんだよ? 」
田村が頭を抱える。
「神崎君……この子、もしかして国際的にヤバい人たちと繋がってないか?」
「手伝ったお仕事って、まさか前に言ってたペンタゴンのハッキン……いや、陽菜乃ちゃんのスキルに助けられてる以上、詮索はしない方向で」
「RF信号ジャマーというと、SDRですか? あれは面白い技術ですよね」
レオが珍しく目を輝かせる。
「そうそう! 周波数帯を自由に変更できるから、色んな通信を傍受できるの」
田村もミリオタの血が騒ぎ始める。
「EMPジェネレーターはどうだ? 電子機器を無力化できるぜ」
「あー、それも考えたんだけど、小型のやつでも結構な電力が必要でしょ? それより『ドローン迎撃ジャマー』の方が実用的かなって」
「あー、確かに。最近はドローンテロも増えてるな」
「最初はさぁ、こんな特殊な電子機器っていくつもいらないなって思ったんだけどさ、よく考えたら、高級パーツの取り放題じゃん? 他の電子機器の魔改造も、やり放題なわけなのよ~うふふふふ」
「おい、ちょっと待て! ってことは、パッシブレーダーの光学部品で、アサルトライフル用のスコープが作れるんじゃねぇか?」
「理論上は、RF機器の発振回路を応用したら、レーザー素子もできますね。制御回路を作れたらレーザーサイトも自作できますよ」
「回路設計なら、ここのサーバーに軍事技術の資料が山ほど入ってるよ。えーっと……あった! 『小型レーザー照準器の回路設計と光学調整』 英語とロシア語でいくつも! 赤外線レーザーと可視光レーザー、どっちがいい?」
「マジかーー!!! 陽菜乃様、レオ様、よろしくお願いします!」
三人の専門用語だらけのオタク話が盛り上がっているのを見て、神崎と桐島博士はそっとその場を離れることにした。
「あの……桐島博士、俺たちは先に作業に戻りましょうか。さっぱりわからない会話になりましたし」
「そうですね。楽しそうだからお邪魔しちゃ悪いわね」
二人は苦笑いしながら、熱心に議論を続ける三人を残して食堂を後にした。
陽菜乃、田村、レオの三人は、その後も軍事技術と電子機器の専門談義に花を咲かせていた。
「久しぶりに同好の士と話せて、大変、有意義な時間でした」
「俺もだよ。それにしても、ここのサーバーってどんな情報でもあるんだな。最強すぎねぇか?」
「私も一人でハッキングばっかりしてたから、リアルでこういう話できるの楽しい~」
三人とも満足そうな表情で、ようやく会話を終えたのは2時間後だった。
物質化の相談は、思いがけず新しい友情を育む場となったのである。