1-19 物質化戦略会議
3日目の夕方、大会議室に再び集まった。
「午前中に、一通り島の施設をみていただいたので、物質化能力付与に向けた具体的な戦略を話し合いましょう」
俺は会議室で全員を見回しながら話し始めた。
「皆さん、メールでお送りした在庫管理システムはインストールしてもらえましたか?」
これは、陽菜乃ちゃんが使いやすく改良してくれたシステムだ。マニュアル無しでも直感的に使いやすいUIに作り直してくれて、検索速度も格段に上がっている。今後は、スマホアプリ版も作ってくれるらしい。
「これなぁ、目を通すだけで1週間かかりそうだぜ」
田村さんが画面を見ながら苦い顔をしている。
「ぶっちゃけ、俺も全ては把握してませんよ」
俺も苦笑いで答える。本土施設の備蓄も入っているため、発注した俺ですら把握しきれないほどの膨大な量だ。
「リストの赤文字は間に合わなかった備蓄品です。例えば武器の拳銃や金属製BB弾などは、大災害の直前に手に入れる予定だったので……まぁ、裏社会から調達予定だったのですが」
「神崎君、そうとうぶっ飛んでるな、ははは」
田村さんが豪快に笑う。
「田村さんは、武器か建設の大分類タグを確認してもらったらいいかもしれませんね。現在の武器は合法的に調達できたもののみで、1階奥の武器庫にあります」
「ぷぷっ、武器庫とリゾートって、組合せおかしすぎ~」
陽菜乃ちゃんが噴き出す。「騎士団長と武器庫は似合い過ぎだし」と呟いていた。
田村さんが在庫リストの武器分類を確認し始めた。
「ボウガンに特殊警棒、サバイバルナイフ……おお、建築工具も武器として使えるな。ハンマーにバール、鉄パイプもある。これなら魔物と戦えそうだ」
「詳しい内容は後で確認してもらうとして」
みんながデータを確認している中、俺は大きめの声を出した。
「物質化の役割分担を話し合う前に、一言、謝らせてください。皆さんをこの島に連れてきたのは、親切心だけではありません。前世の経験があったので、人数が多い方が物質化の利点が大きいという打算もありました。何も言わずに騙して連れてきたような形になって、申し訳ありませんでした」
俺は頭を下げた。だが、みんなの反応は予想と違った。
「こっちが頼んで連れてきてもらったんだから、気にすんなよ」
「子供たちと一緒にいられるだけで感謝しています」
「私も声をかけてもらってめっちゃ助かった! 引き籠ってたら津波で死んでたもん」
「合理的な判断だと思います。この施設を見れば、神崎さんの努力は明らかですから」
俺はみんなの言葉に、胸のつかえが少しとれた。みんなに詳しい情報を話してから嶺守島に来ることに同意を得たわけではなかったことが、ずっと気になっていたのだ。大げさに言えば、ある意味、彼らの運命を俺が変えてしまったとも言える。もちろん、あの状況では、そんな悠長な話をしている時間はなかったけれど。
「ありがとうございます……では、具体的な物質化の分担を話し合いましょう」
レオさんが手を挙げた。
「その前に、重要な情報があります。海外の掲示板で1週間前に『物質化能力の選択方法』というトピックを見ました」
「えぇぇ、他にも前世の記憶がある人がいるってこと?」
陽菜乃ちゃんが目を丸くする。
「最初に大分類を決めてから、その分類の具体的な種類を選ぶと、5種類まで物質化できるそうです。さらに魔物討伐で最大10種まで増やせるとか」
「10種類!?」
俺は驚いた。前世のセクハラ教授が3種類を物質化できたのは、「飲み物がいい」と考えてから具体的な種類を思い浮かべたからだったのかもしれない。そこは納得できなくもない。だが、魔物討伐で種類が増える? 暴力チームは、そこそこの数の魔物を狩っていたが、そんな話は前世で聞いたことがない。
「ソースは確認できますか? 俺の前世の記憶では、3種までなんですが」
「先ほど探してみましたが、掲示板自体が繋がらなくなっていました。ですが、その掲示板はフェイク情報は書き込まれない、ある特殊なルート繋がりの掲示板でした」
「そうですか。でも、レオさんの情報ならありえそうな気がしてしまいますね」
短い付き合いだが、レオさんは不確かなとんでも情報を教えるような人ではない。それなりに信憑性がある独自ルートの掲示板の情報だった可能性が高そうだ。それなら戦略を練り直す必要がある。
「俺はエネルギーの物質化を考えてました。ガソリン、軽油、灯油の3種をどうにか選択したいと。でも5種、最大10種となるともう少し色々と考えられます。念のために、1種、3種、5種、10種それぞれのパターンを考えておくようにしましょうか」
「そうですね、一人目が5種類を選択ができたら、他のみんなも5種類プランにするようにしたらよいと思います。当日の選択する順番も決めておいた方がよさそうですね」
田村さんが手を上げる。
「俺はやっぱり銃火器にするよ。みんなが使いやすいのを選ぶ」
桐島博士も決めていた。
「私は医薬品にします。足りないものや劣化しやすいものを選びます」
「私は特殊電子機器! 神崎さんに頼まれてたやつね〜」
陽菜乃ちゃんもにっこり。
「私は化学物質にしましょう。工業の基礎になりますから、長期的に有用なはずです。日用品は備蓄で十分でしょう」
レオさんも宣言した。
「桐島ママ、莉子ちゃんと悠真くんはどうするの?」
「そうですね、生鮮食品が赤文字だらけでしたから、二人には食品を分担してもらいます。私たちの世代は備蓄で十分でしょうけど、あの子たちの世代では、最終的に食料が不足するでしょうから」
桐島博士が静かに答える。
俺は思わず息をのんだ。
生き残るには、まぁ50年分の備蓄があれば何とかなるだろうと計算していた。だが、莉子ちゃんと悠真君は、俺たちが死んだ後も、生きていかないといけないのか。その頃には、今ある設備は使えなくなるだろうし、文明レベルは後退する可能性が高い。例えば、電気照明は獣脂か蜜蝋のロウソクになるだろう。
色々と落ち着いたら、その辺の率直な話をしようと肝に銘じた。
「詳しい種類とパターンは、各自で考えて、また明日にでも話し合いましょう」
俺が会議を締めくくろうとした時、レオさんが手を挙げた。
レオさんが手を挙げると、ちょっと身構えてしまう。
「気になっていたのですが、初日に神崎さんが陽菜乃ちゃんにお願いしていたSプランとは何ですか? 先ほど、陽菜乃ちゃんの物質化の内容も神崎さんに頼まれたと言ってましたが」
思わず、俺と陽菜乃ちゃんは目を合わせる。
「あのね、神崎さんと私は、元々はネット経由の依頼者と請負者だったんだー。神崎さんが依頼者側ね。んで、災害後に運営するホームページの構築を依頼されて、そのサイトのPRをSNSや掲示板でしてたの。 『生存者、応答せよ。―Survivors, respond.―』 っていうの見たことない? 迷彩服の子猫たちの動画がバズったんだけど」
陽菜乃ちゃんがディスプレイに動画を映すと、田村さんやレオさんは 「あぁ、これか」 と頷いた。
津波と地震で崩れる街並みを背景に、迷彩服を着てヘルメットを被った子猫たちが、かわいらしく組体操を披露し、最後に子猫たちが敬礼すると 『生存者、応答せよ。―Survivors, respond.―』 という文字が大きく画面に表示されてサイトへと誘導する動画だ。
「みんなにサイトをブックマークさせるために、この動画をバズらせるのが、Sプラン──Survivorプランの第一段階だったんだよ~」
「災害後もこのサイトは生き残るって、印象付けたかったんです。ブックマークしてもらうために、便利な避難グッズの紹介や、緊急時の応急処置なんかの記事をたくさん載せています」
「んで、一昨日の第二段階っていうのは、このサイトのTOP画面の動画に災害後バージョンを追加することだよ~」
『今、あなたが欲しいものを1種類だけもらえるとしたら?』というタイトルの動画を、ディスプレイで再生する。煌びやかな宮廷で子猫がドレスを、子犬が勲章を、子狸が豪華なデザートを楽しげに見せびらかしている舞踏会のシーン。それが、暗いボロボロの大広間に切り替わって、子猫は暖かい服を、子犬は剣を、子狸は水を欲しがって泣いている。
「物質化能力は、アナウンスから選択まで10分しかありません。先に、少しでも必要なものを考えてもらいたかったんです。自分なら米かなぁとか、靴が欲しいなぁとか一瞬でも思い浮かべてもらえたらいいと思って。ところで皆さんは、衛星通信システムのステラネットってご存じですか?」
俺はみんなに聞いてみた。
「大規模サバゲーをやるガチ勢の奴らが契約してたな。あの変人実業家イーサン・マスクが運営してるやつだろ?」
田村さんが答える。
「それです。ステラネットは、地上の携帯基地局が壊れようが、海底ケーブルが断線しようが、アンテナさえあればネットに接続できます。でも前世では、その衛星通信がせっかく使えても、大手の掲示板やSNSは繋がらなくなってしまって、情報交換があまりできなかったんですよ」
「んで、情報交換のプラットフォームを私が依頼されて作ったの~。動画と静止画をアップロードできる掲示板と、匿名投稿できるフリマ機能付きだよ。神崎さんから、島の位置が絶対にバレないようにしてほしいって言われたから、その辺もバッチリ!」
「陽菜乃ちゃんって、ほんとに何者なんだよ……」
「私? てへっ、女子高生ハッカー☆です! にゃん!」
田村さんのあきれ顔に、陽菜乃ちゃんは動画の子猫と同じポーズを決めて、さらに呆れさせていた。
「物質化のことを今の段階で知らせても、まず信じてもらえません。なので、あの動画は苦肉の策ですね」
「いや、もう何というか……神崎君についてきて本当によかったとしか言えねぇな」
田村さんが苦笑いで頭を振る。
「用意周到と言うレベルを超えてますね……思いつく神崎さんも、形にする陽菜乃さんも素晴らしいです」
レオさんは、真面目な顔で動画を繰り返し再生させている。
「陽菜乃ちゃんに頼んだ物質化は偽装機器なんですよ。この島が見つからないように色々と工作してもらうには、俺の備蓄じゃ足りないって言われちゃって」
「なるほど。陽菜乃さんは天才ハッカー、桐島博士はウイルス学の第一人者、田村さんは建設と戦闘のエキスパート……実に興味深いメンバー構成ですね」
レオさんが微笑む。
「レオさんの情報収集能力もすごいですよ。物質化が1種類か5種類か10種類かで、生き残り戦略が全く変わりますからね」
俺は改めてチームのバランスの良さを実感していた。というか、備蓄と前世知識以外の俺自身の能力は、みんなに比べて、いたって平凡だなと少し落ち込んだ。