1-17 島内見学ツアー(前半)
大災害から3日目。
俺は、ロビーに集合したみんなに話しかけた。
「皆さん、おはようございます。今日は島内を案内する予定ですが、その前に重要な仕事があります。まず火山灰の掃除から始めましょう」
桐島親子には、掃除が終わるまでお勉強タイムにしてもらい、事務棟のロビーから直接移動できる屋内駐車場に、残りのみんなを案内した。
「建物周りは、この火山灰スイーパーに任せます」
俺が指差した先には、ロボット掃除機のような形の直径1m高さ60cmほどの機械が10台並んでいる。
「へぇ、上部にセンサーとカメラを搭載しているってことは、灰の多い場所を自動判別するのかな」
レオさんが興味深そうに見ている。正解です。
「ほう、クローラー式の車輪なら凸凹の地形も走行可能だな」
田村さんは、ペタペタ触りながら下部を覗き込んでいる。正解です。
「島には、3ミリくらい火山灰が積もりました。計算上は、この10台がこれから3ヶ月かけて建物周りや平地を掃除します。そうですね、森林部分は放置したとしても、1㎥詰められるフレコンバッグ1,000個分以上にはなると思います」
「えぇぇ、3ミリだったら、放っておけばいいじゃん。自然に風で散るんじゃない?」
陽菜乃ちゃんが疑問を口にすると、田村さんがすかさず説明してくれた。
「いや、神崎君が正しいよ。火山灰はガラス質の粒子で、見た目より重いんだ。表面は多少風で飛んでも、下の方は固まって残るだろう。それに、雨が降ったら泥状になって、もっと厄介なことになるからな」
「へぇ〜、そうなんだ」
「外を歩いてみたらわかるよ。靴で踏むとザクッて音がするから。目に入ると痛いし、喉はイガイガするし、ちゃんと集めて処分しないと意外に厄介なんだ」
田村さんの説明に、陽菜乃ちゃんも納得したようだ。それにしても説明が上手い。
前世は、この頃はまだ規律があったし、みんなが協力的で人数も多かったから、あっという間に大学構内の火山灰は片付けられた。今世、最初は一人で引き篭るつもりだったので、できるだけ自動化する装置を開発してもらったのだ。
「このスイーパーは、あちこちの建物外部に充電ステーションがあって、自動でドッキングしてくれます。パックした火山灰は島に数か所ある集積所で自動排出する仕組みで、充電しながらだけど24時間稼働してくれます」
「完全自動ですか、すごいですね」
レオさんが感心している。
「メイン道路は、スイーパーを動かす前に、先に掃除しましょう」
次は、奥の道路清掃車の方へ移動する。
「3台ありますから、男性3人で手分けしましょうか。田村さんは慣れてますよね?」
「ああ、現場でよく使ってるからな。任せてくれ」
田村さんも、レオさんも快く了承してくれた。陽菜乃ちゃんは、田村さんの助手席に乗って、色々と教えてもらうつもりらしい。工事現場のDXに興味津々だ。
「散水用の水は、昨晩、補給しておきました。火山灰が舞い上がらないように、水を撒きながら掃除するタイプなんです」
「へぇ、散水装置まで付いてるんですね。これは本格的だ」
レオさんが感心している。
「冬は後ろの接続部を交換したら除雪車にもなるし、道路の凍結防止剤散布にも使えます」
『高級リゾートだから、常にチリ一つ落ちていない状態にしたい』 『枯葉や黄砂も素早くきれいにしたい』 と言い張って、開発してもらった機器たちだ。あの時も、呆れ顔のうちの社員と、生き生きとアイデアを語る開発メーカーの社員の顔が面白かったなと、懐かしく思い出す。
皆さん、使わせていただきます。心の中で手を合わせて感謝した。
3台の清掃車で手分けして作業を開始すると、1時間ほどで、事務棟から各施設へのメイン道路はすっかりキレイになった。
「清掃車で集めた火山灰も、フレコンバッグに詰め変えてください。後でスイーパーの分と合わせて、クレーン付きのトラックで崖まで運びます」
「ユニック? 俺がやるよ」
田村さんが即座に手を上げる。
「いいんですか? これから毎日の作業になりますよ」
「ユニックは慣れてるし、神崎君は他にもやることが山積みだろう?」
「助かります! 田村さん、ありがとうございます。申し訳ないんですが、火山灰が詰まった袋は、島の崖から海洋投棄するつもりです」
「ははは、この状況じゃ仕方ねぇよな」
「他に処理方法がありませんからね。環境には良くないですが、致し方ないでしょう」
田村さんも、レオさんも頷いていた。
火山灰スイーパーのスイッチを入れると、10台のスイーパーが一斉に動き出した。方々に散っていくのを見守っていたら、陽菜乃ちゃんが、感心したような声で茶化してくる。
「さすが魔王様、死角なし! 火山灰の掃除機まで完備してるなんて、ほんと抜かりないよね〜」
「いや、魔王って何だよ」
俺は苦笑いしながら答える。
「だって、この島まるごと神崎さんの支配下でしょ? みんなの生殺与奪を握ってるわけだし。優しい魔王様って感じじゃん」
「陽菜乃ちゃん、神崎君は嫌がってるみたいだぞ」
田村さんが軽く注意するが、本人も笑いを堪えているのがわかる。
清掃作業を終えて、俺たちは本格的な島内見学ツアーを開始することにした。桐島博士と子供たちも呼んできて、みんなに装備を渡す。
「火山灰を吸い込まないように、車の外に出る時はマスクとゴーグルをつけてくださいね」
俺は防塵マスクとゴーグルを配布した。N95レベルのマスクで、子供用サイズも用意してある。
「子供たちの呼吸器への影響を考えると必要ですね」
さすが医療関係者。桐島博士が型式検定の表示をしっかり確認してから、マスクの付け方や外し方をみんなに教えてくれる。
「ママ、忍者ごっこ?」
「僕も忍者になる!」
子供たちも楽しそうにマスクをつけている。
結構、息苦しくなるので、基本は車内からの案内と、施設内の案内にする予定だ。
7人乗りの大型四駆にみんなで乗り込む。子供たちと陽菜乃ちゃんは、3列目で仲良くはしゃいでいる。
2列目のレオさんと、桐島博士はたまに英語を混ぜながら、穏やかに海外の話をしているようだ。二人の周りは知的な落ち着いたアカデミックな雰囲気で、俺から見ると別世界だ。
助手席の田村さんは各施設の図面を束で持ってきている。なぜか、赤鉛筆と蛍光マーカーも。
役所の人に完了検査を受けた時の緊張感を思い出した。
今は、口八丁で丸め込んでくれる頼もしい現場監督も、俺をサポートしてくれる有能な社員もいない。俺が、みんなと作った施設をちゃんと案内しなくてはと気合を入れて出発した。
「昨夜、話したように今後の計画にも関係してくるので、島全体を案内しますね」
昨夜、俺の前世の体験を踏まえた今後の展開──物質化や魔物、ウイルスに対して真剣に考えると、みんなが言ってくれた。思い切って告げた「前世」という言葉は、男性二人だけでなく、桐島博士や陽菜乃ちゃんからも華麗にスルーされたが。
そして、まずは、5日後の物質化選択に向けて、それぞれの役割分担や種類を決める前に、島内の設備や大型倉庫を自分の目で確認してもらうことにしたのだ。
離れたところに見えるソーラーパネルにも火山灰が薄く積もっている。
「ほう、ソーラーパネルは自動洗浄なのか」
田村さんが、目ざとくつぶやいた。
「魔物が出るようになったら、しばらくは屋外に気軽に出られなくなりますからね。火山灰が落ち着いても、パネルの自動洗浄は大切です。あ、魔物が出るようになったら、フレコンバッグの回収は止めてくださいね。集積所に800袋分くらいは貯めておけますから」
「なるほど、神崎君は先々の想定までして全てを整えたのですね。非常に興味深いです」
レオさんが、車窓越しに写真を撮っていた。いつか、サバイバル記録の記事を書くためにと、さっき、撮影の許可を求められたのだ。そんな日が来るといいですねと言いながら、撮影でも録画でも好きにしていいと答えた。ただし、島外の人に見られると困るので、当分は外部に送信するのは、絶対にやめるように約束してもらった。島内外の通信は、ログを確認できると話したので、大丈夫だろう。
最初に、島のインフラ施設に案内した。
「ここが発電施設エリアです」
車から降りる前に、みんなマスクとゴーグルをつけた。
ソーラーパネルの奥には、高さ15mほどの風力発電機が5台並び、そして建物内には燃料自動補給タイプの大型のディーゼル発電機が4台設置されている。
大型の風力発電機だと、島外から目立ちすぎるので小型で我慢し、木々に紛れるように落ち着いた緑色に塗装してもらっている。ディーゼル発電機は稼働しているのは1台で、いつでも使えるホットスタンバイが1台、カバーをかけた予備のコールドストレージが2台だ。
「すげぇな、3系統で冗長性を確保してんのか。これなら、ソーラーの出力が多少下がっても停電の心配はねぇな」
田村さんが図面に何かを書き込みながら、発電機を確認している。
「水はどうしてるんですか? このくらいの森林面積では保水力が足りませんよね」
レオさんは、風力発電機や森林の方の写真を撮っている。
「地下水を汲み上げています。浄化設備も完備しています。森の奥に、雨水用のため池は作ったけど、どうなってるかな。現在の状況は後で確認しますね」
地下水汲み上げ施設と、下水浄化施設も案内した。
「ふむ。完全に自立したコミュニティですね。この島の中で完結している」
レオさんが感心したような声を出す。田村さんがすかさず設備図をチェックする。
「この下水浄化施設の機械は、見たことねぇな。メンテはどうやるんだ?」
「下水処理のメンテは、プロでも嫌がる非常に臭い作業だと聞いたので、開発中だった最新の汚泥自動処理装置を入れました。脱水、圧縮、乾燥、パッキングまでしてくれます。さっきのスイーパーのごみパックと同じような感じですね。この人数なら、パッキングの交換も月1くらいでしょう」
現場監督の説明を真似してみた。3億円の発注を即決した俺に、現場監督が連れてきた開発会社の人たちが驚く中、現場の職人やうちの社員たちがニヤニヤしていたのを思い出す。
次に、コテージ群を案内した。
「20棟のコテージ型宿泊施設です。それぞれが2LDKの間取りで、広いキッチンやお風呂も完備しています。長期滞在のリゾート用として開発したので、広々とした間取りと最新の設備や家電を備えています。海側に張り出したウッドデッキにはジャグジーもついてますよ」
「できたら、私たち家族はコテージを使わせていただきたいです。子供たちが騒いでも迷惑かけないし」
桐島博士が、コテージの一つを覗き込んでから尋ねる。
「そうですね。家族水入らずの方が落ち着きますよね。お好きなところを使ってください。建物間の移動は電動カートがありますし、事務棟との連絡設備も整っています。ただし、魔物が出る前には、戻ってもらいますよ?」
「えー、莉子たちのお家なの? すごーーい!!」
はしゃいだ莉子ちゃんが、奥の部屋に入っていくと、悠真君がトコトコと大人たちに近づいてきて、真剣な顔で主張した。
「あのね、僕は騒いだりしないからね? うるさいのは莉子だからね?」
俺もみんなも、思わず声をあげて笑ってしまった。