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1-16 火山噴火と地形崩壊

 田村さんが笑い声を上げた。


「おいおい、火山は繋がってるわけじゃないんだぜ? そんな広範囲で連鎖噴火するわけねぇだろ。しかも1時間毎だって?」


「明日になればわかりますよ」


 俺は静かに答えた。田村さんの態度は常識的だ。気持ちはわかる。

 レオさんは何も言わずに、少し首をひねって自分のPCを見つめていた。


「噴火がなかったら、明日、島内を案内します。朝食は各自でとって、8時前にここに集合してください」


 俺は全員の顔を見回した。

 桐島博士と陽菜乃ちゃんは、俺の話す未来の情報を半信半疑ながらも受け入れてくれている。田村さんとレオさんは、まだ完全には信じていないようだが、少なくとも敵対的ではない。


「明日、本当に火山が噴火したら、その時は神崎君の話を全面的に信じるよ」


 田村さんが笑いながら言ってくれる。嫌味も揶揄もない、率直な言葉だった。


「それで十分です。みなさん、今夜はゆっくり休んでください。あ、悪いけど、陽菜乃ちゃんはSプランの第二段階を発動してくれる?」


「さっき、ご飯前にやっといたよ~! 被害範囲的に、大阪茨城、三鷹、印西や川崎のデータセンターも全部浸水してそう。明日、那須岳が噴火したら白河もヤバいし、生き残っている人がネットを見られる環境は今夜までかもね」


「さすがだね、ありがとう」


「ねぇねぇ、サーバールームで遊んでいいよね? ちょっとだけだから~」


「明日は早いからほどほどにね」


 スキップで部屋を出ていく陽菜乃ちゃんを、大人四人は 「若いなぁ」 と羨ましく見送った。





 翌朝、8時前に会議室に集合した。


 ちなみに俺は、冷凍オムライス、フリーズドライの玉ねぎスープ、野菜ジュースでサクッとすませた。田村さんは、昨日のサイコロステーキの場所を聞いてきたので教えると、朝っぱらからガーリックステーキライスを山盛り作っていた。他の人たちは、自室で食べたようだ。


 子供たちは2階のラウンジの大型テレビで、アニメ映画を見ていてもらうことになった。


「ここで仲良く見ていてね」


「「はーい!」」


「二人とも、飲み物とお菓子はここに置いておくわ。こぼさないように気を付けてね。それと、テレビに近づきすぎないで、ちゃんとソファに座ってみるのよ? それからママを呼びたい時は──」


 元気よく返事をする双子に桐島博士が細々と注意をしているのが聞こえてきた。

 大会議室からも、防音ガラス(瞬間調光タイプ)越しにラウンジの様子は確認できるから安心だろう。




 会議室では、昨夜と同じように各自のノートPCを壁の大小のディスプレイに接続する。それぞれの画面には、日本地図や世界地図、情報収集用のサイトが表示されている。


「さて、どうなるかな」


 俺は今日も日本地図を中央の大型ディスプレイに表示させた。

 陽菜乃ちゃんがスマホとタブレットで、まだ繋がるSNSや掲示板の情報を収集しはじめた。レオさんも、PCをカタカタと鳴らしている。外国の報道機関や個人的なコネクションから情報を集めているようだ。田村さんは半信半疑の表情で腕を組んでいる。


「8時になったね……あ、きた!」


 陽菜乃ちゃんが声を上げた。


「桜島が噴火したみたいだよ」


 ディスプレイに鹿児島からの投稿動画が流れる。巨大な噴煙が立ち上がる桜島の映像だった。桜島の噴煙はある意味、見慣れているけど、今日は赤い溶岩が流れているのが見える。

 俺は地図の桜島の位置の青い三角を赤に変え、横に「8:00」と入力した。


「は? まさか……本当に?」


 田村さんが困惑している。




 9時。


「阿蘇山が噴火したよ~」


 陽菜乃ちゃんが次の情報を報告する。熊本側からの映像が流れ、俺は地図の二つ目の三角を赤く変えた。阿蘇は広範囲で火砕流を発生させたようだ。




 10時。


「大山だって!」


 鳥取からの映像。田村さんの表情が次第に険しくなってきた。

 陽菜乃ちゃんがスマホを見ながら言う。


「ネットで 『#日本式時刻表型噴火』 ってハッシュタグが流行ってるよ~」


「時刻表型噴火……」


 レオさんが呟く。


「未曽有の災害でもユーモアは忘れないとは、何とも興味深い民族ですね」


『夜と霧』だっけ? いかなる時もユーモアは大事だとは言うけれども。




 11時。


「乗鞍岳が噴火!」


 岐阜・長野県境からの映像。みんなで食堂の窓側へ移動し、遠くかすかに見える噴煙を確認する。

 10分後には、窓がわずかに震え、遠くから地鳴りのような音が聞こえてきた。


「ここまで音が聞こえるわ……」


 桐島博士が呟く。




 12時。


「富士山! 山梨方面からのライブだよ~」


 生々しい家族の会話が聞こえる映像を、みんなで食い入るように見ていると、SNSのライブ中継が、悲鳴と共に暗転した。火山弾が投稿者の家を直撃したようだ。



 お昼ご飯は、大人たちは言葉少なく、子供たちのおしゃべりを聞きながら冷凍寿司と冷凍茶わん蒸しで簡単にすませる。




 火山噴火だけではなかった。

 まるで、内陸都市を狙ったように大陥没がおこったり、地面が隆起したりと各地で地形崩壊がおき、昨日に続いて日本地図に黒い場所が広がっていく。火山の噴火は、次々と山火事も引き起こしていて、さらに黒い場所は広がるだろう。




 13時。


「浅間山が噴火!」


 浅間山の噴火から30分ほど経った頃、陽菜乃ちゃんが新しい情報を発見した。


「中央で巨大な地溝が出現だって~」


 画面にSNS投稿されたドローンか何かからの映像が表示される。長野から静岡方面に向かって、巨大な亀裂が走っている映像だった。幅が数百メートルはありそうで、深さは暗くて底なしに見えた。静岡と反対側の先は糸魚川だろうか。


「まさか、フォッサマグナで? でも、地質学的にありえないわ」


 桐島博士が困惑している。俺も前世では、二日目の被害は火山噴火しか聞いていなかったので戸惑った。前世より被害の規模が拡大しているのか、それとも前世が情弱だっただけなのか。判断ができない。



「神崎さん、松代大本営に避難した政府要人が全滅したようです」


 レオさんがマウスをクリックしながら、何かを確認している。


「なぜ、そんな所に? 政府要人が……え、全滅?」


 田村さんが信じられないという表情を見せる。




 その後も予定通り、1時間毎に火山の噴火が続いた。


 14時 那須岳

 15時 磐梯山

 16時 岩手山

 17時 有珠山

 18時 十勝岳




 レオさんや桐島博士が集めた情報によると、世界各地でも同様の異常事態が起こっているらしい。


 北京では天安門広場を中心に地面が大規模隆起し故宮地下からマグマが噴出、パリではセーヌ川沿いの地面に大きな亀裂が入りエッフェル塔周辺からマグマが噴出、シカゴでは20km四方の市街地全体が大規模陥没。ロンドン、モスクワ、ニューデリー。全世界で、昨日の津波被害を逃れた内陸都市が蹂躙されていた。


 活火山や死火山の噴火、大規模な地形崩壊からのマグマ噴出。地質学的にありえない場所でありえない地形崩壊が次々と起こっていた。


 日本でも、京都、奈良、前橋などの内陸都市が、狙ったように壊滅的な被害を受けていた。




 時間が経つにつれ、SNSの更新や掲示板の書き込みが少しずつ減っていき、そのSNSや掲示板自体が繋がりにくくなっていく。各地でネット環境が壊滅しはじめたのだろう。今後は、衛星通信に繋がる人しかネットを使うことができなくなるはずだ。




 そして19時


「羅臼岳が噴火しましたー!」


 北海道からの最後の映像は、夕焼けで赤く染まった羅臼岳の噴火だった。


 俺は12番目の三角を赤に変えた。

 宣言通りの12回の噴火。会議室は静寂に包まれていた。




 田村さん、レオさん、桐島博士、陽菜乃ちゃん──全員が俺を見ている。


「すまん、神崎君。俺が間違ってた。これは確実に自然災害じゃねぇ」


 田村さんが頭を下げた。


「最初は偶然だろって思ったよ。でも、こうも見事に周期的に噴火するとなると⋯⋯もはや、作為的なんて生やさしいもんじゃねぇ。『俺の仕業だ!』って見せびらかされてる気になるぜ」


 物質化アナウンスの機械音を発しているヤツが引き起こしているのだろうか? 俺には、全く想像がつかなかった。




 静かな会議室の中で、レオさんが手を挙げて、淡々と報告を始めた。


「皆さん、現在の日本の組織は事実上、壊滅状態です」


「だろうな。自衛隊はどうなってんだ?」


「日本政府は総理、閣僚、中央官僚、全て不在で機能していません。自衛隊も、海自の基地は津波で破壊され全滅です。洋上の艦艇も補給基地を失い活動継続は不可能でしょう」


「航自は?」


「ほぼ壊滅です。沿岸部の基地は津波被害、内陸部も地形崩壊でヘリですら使用不能。航空機は燃料と滑走路なしでは飛べません」


「となると、陸自だけか」


「ハッキリと確認できる残存駐屯地は4か所ですね。北海道、東北、関東、山陰の内陸部だけです。そこでも、防衛省、各方面隊司令部はすべて機能停止して指揮系統が断絶しているので、独自判断で災害救助を開始している状態のようです」


 田村さんとレオさんの会話を聞いていた桐島博士が、手を挙げる。


「警察も同じ状況でしょうか」


「警察庁、各都道府県警もほぼ壊滅。組織としての警察機構は機能していません」


 重い沈黙が会議室を覆った。





 桐島博士が背筋を伸ばして、俺の方を向く。


「欧州の研究機関によると、昨日と今日で地球上の人口の9割を失ったようです。日本は、もっと厳しい数字かもしれません。神崎さん、物質化のアナウンスまで判断を待つ必要はありません。あなたの話を全て信用します。これから、魔物もウイルスも、きっと起こる未来なのでしょう」


「え? 物質化? 魔物?? いったい何の話なんだ」


 田村さんが、目を丸くして桐島博士と俺の顔を見る。




 俺は深呼吸をしてから、隠すつもりだった話を静かに始めた。


「正直に話します」


 俺は全員の顔を見回した。


「俺には前世の記憶があり、この大災害を一度、経験しています」


 誰も驚かなかった。ありえない火山噴火が俺の言うとおりに起こった後では、前世の記憶という話も受け入れやすいのだろうか。陽菜乃ちゃんだけが、目を輝かせて「転生キタキタキタ」と呟いている。


「前世では、俺は何の準備もなく被災しました。大学構内での避難生活で、暴力に支配されて、最後は同じ避難所の奴らに殺されました」


 俺は前世での体験した今後の展開を簡単に話した。

 物質化能力の取得。

 魔物の出現。

 そしてウイルス感染。


「俺は、この2年、思いつく限りの準備をしてきました。物質化もあらゆる可能性を考えています。魔物の対応は……大災害が早まったせいで万全とは言えませんが、それでも武器はたくさん用意しています。ウイルスは、桐島博士頼みになってしまいますが、研究施設や感染症対策は用意しています」


 俺は全員を見つめて、頭を下げた。


「これからは、皆さんの協力が必要です。どうか、よろしくお願いします」




「俺にできることがあったら、何でも言ってくれ。神崎君の指示に従うよ。」


 田村さんの声は低く、静かだったが、その言葉には強い決意がこめられているようだった。



「情報収集と記録なら任せてほしい。明かせないけれど、いくつかのルートがあるからね」


 レオさんがノートPCを指先で軽く撫でながら、ゆっくりと顔を上げる。彼の口元には、かすかな微笑みが浮かんでいた。



「私は神崎さんと長期契約してるからね〜! えへへ」


 陽菜乃ちゃんは、いたずらっぽい笑顔を浮かべていた。軽い口調は変わらないが、その言葉には信頼を感じた。



 桐島博士は、ラウンジの方を一度振り返った。そこには彼女の大切な双子の子供たちがいる。


「抗ウイルス薬の開発でも、その他のことでも、私にできる限りの協力をします。あの子たちの未来のためにも」



 俺は、胸の奥からこみ上げてくる熱いものを、早口の言葉で押し隠そうとした。


「皆さん、ありがとうございます」


 感情が声を震わせそうになる。俺は急いで続けた。


「まず、6日後の物質化能力の取得に備えます。その後、魔物対策、そして変異ウイルスへの対応。段階的に、みんなで決めていきましょう」






 外は、火山灰がチラチラと雪のように降っていた。厚い雲が上空を覆い、星も月も見えない暗闇だった。

 だが、この施設の中は、確かに温かい光に満ちていた。


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― 新着の感想 ―
フライングし過ぎたせいで、対策されてきてるのかね〜 物質化能力は本当に付与されるのか? まあ、必要最低限の準備としてソレ前提なのかもしれんけど…
先読みしすぎて怖がられそうだな。 だけど,必要なんだろうって思われるのは人望か。
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