1-15 島到着と初会議
「あ、ハッキリと見えてきたな。あと10分くらいか」
田村さんが島を見ながら呟く。
クルーザーは順調に島へと近づいていた。
「しかし、崖上マリーナ施設には驚いたぜ。クレーンで船を降ろすなんて、正直、秘密基地みたいで、ちょっとワクワクしたよ。ははは」
「ちょっと事情がありまして。島に落ち着いたら、お話させていただきます」
俺は苦笑しながら答えた。
レオさんが口を挟む。
「ところで、あの島にはインフラ設備はあるんですか? 大きなアンテナ塔が見えますが、あれは衛星通信用ですよね」
「えぇ、衛星通信用の自動追尾アンテナですね。生活に必要なインフラは一通り揃っていますよ」
レオさんは、物腰は丁寧だが、やはり職業柄か観察眼が鋭い。値踏みされてるような緊張感を感じるのは、俺が警戒し過ぎているからだろうか。
田村さんの方は分かりやすい。建設現場で鍛えられた職人気質で、率直で行動力がありそうだ。子供たちにも優しく接してくれている。同じ年くらいの甥っ子がいるから慣れてるらしい。
津波対策の巨大な消波ブロックを避け、さらに防波堤を回り込んで港へ入っていった。S字に進まないと辿り着けないこの島の構造は、工事中は運搬船泣かせだったが、守りには適している。周りはほとんど断崖で、唯一の入り口はこの港だけだ。
「おお、天然の入り江を利用した港湾施設か。こっちもかっこいいな。津波の被害もほとんどなさそうだ。おいおい、あれすげぇな! 陸閘かよ」
田村さんが感嘆の声を上げる。
建物群があちこちに見える。メインの事務棟、娯楽棟、インフラ設備、コテージ、大型倉庫。
「すごいわね。あそこは温室かしら? ガラスの屋根も見えるわ」
「聞いてはいたけどさ、神崎さんの本気度がビシビシ伝わってくるね」
桐島博士も、陽菜乃ちゃんも島の規模に驚いている。
係留施設は少し被害を受けていたが、使用には問題ない程度だった。
港から高台の施設へと登る道の入り口には、頑丈なステンレス製の横引きゲートタイプの陸閘がある。高さ8m、横幅15mの巨大なゲートだ。
通常時のセキュリティ対策ではあるが、数時間前は消波ブロックと共に津波の遡上をギリギリ回避してくれたようだ。ゲートの上から50cmくらいのところに、黒い横線が入っていて海藻が貼りついていた。
俺は上陸して、防水スイッチボックスを開けて電源を入れ、巨大ゲートを動かした。ゲートの内側にある車両倉庫から2台の4WD車に荷物を積み込んで、まずは事務棟に向かった。
「こりゃまた、頑丈に作られてるな。これは免震用のエキスパンションジョイントか」
田村さんが事務棟の建物周りの外構を見ながら言う。さすがに本職だ。
3階建で、基礎で免震構造にしてもらい、耐震性は万全だ。窓も強化ガラス仕様シャッター付きで、頑丈に作ってある。大災害で地震が起こらないのはわかっていたが、あらゆる災害対策を施してもらった。
事務棟の中に入って、受付・警備室のメインブレーカーを上げ、水の汲み上げ設備、発電設備、通信設備に問題が無いことを確認する。それから、みんなに、ざっと説明をした。
「ここがメインの施設です。1階が屋内駐車場スペースと冷蔵冷凍庫がメインの倉庫で、主に食料が入っています。2階が各種会議室と食堂とラウンジなどの公共スペース、3階が宿泊施設と和室の大広間です。地下にも倉庫があってこちらは日用品ですね。他にもいろいろありますが、落ち着いたら案内しますね」
みんな、入口受付横の棟内案内図を見て、倉庫スペースの広さ驚いている。魔物が出たら籠城できるように、屋外の大型倉庫の他に、事務棟内にもかなりの備蓄倉庫を作っていたのだ。
莉子ちゃんと悠真くんは、ロビーを走り回って、あちこちのドアを開いている。
「ママ、広い! すごく広いよ!」
「このお部屋は、テレビがいっぱい!」
桐島博士は疲れた顔だが、優しく微笑んでいる。
「本当に立派な施設ですね。研究室もここですか?」
「えぇ、あちらの廊下の奥です。明日以降のことは、夕食後にみんなで話しましょう。まずは風呂を浴びてサッパリしてください」
最初に地下の倉庫へ案内する。
「各部屋に簡易キッチン、風呂、トイレ、家具・家電が備え付けられています。石鹸やシャンプー、着替え、タオルやスリッパ、飲み物などをここで選んでください。食器や調理道具などの日用品は、また後で必要に応じて持って行ってください。部屋の冷蔵庫はコンセントを抜いているので、冷えるまで3時間以上かかります。冷えた飲料や食料は、1階の倉庫に寝る前に取りに行ってください」
みんなは、あらゆる生活用品が整然と並んだ倉庫に唖然としていた。
「質問は後で」 と言って、とりあえず小型のカートを全員に渡す。
子供服は大型倉庫にしか置いてないので、女性用のXXSサイズで我慢してもらった。悠真君は不服そうだった。申し訳ない。
それから3階へ上がり、1LDKと2LDKと3LDKの部屋を見てもらい、好きな部屋を選んでもらう。ここは住み込み従業員用社宅という名目で作った部屋なので、部屋数はそれなりにある。
各部屋に水回りが完備されているので、プライバシーも保てる。
田村さんとレオさんは1LDK、陽菜乃ちゃんと桐島一家は2LDKの部屋を選んだ。
陽菜乃ちゃんが、 「やったー!シャワートイレだ~!」 と無邪気に喜んでいた。
俺には、すでに色んな物資や機材を置いているかなり広い3SLDKの部屋が3階の奥にある。
みんなに風呂に入ってゆっくり休憩してもらっている間に、俺は手早くシャワーを浴びて夕食を用意した。
レトルトカレーを鍋で湯煎し、パックご飯をまとめて業務用レンジで温める。途中の道の駅で買った新鮮なトマトとキュウリのサラダは切っただけだ。
レトルトカレーは肉が少ないので、田村さんを思い浮かべて、冷凍サイコロステーキを追加で焼いてカレーに載せる。赤と黄色の冷凍パプリカと冷凍ナスも素揚げして付け合わせにする。ついでに冷凍目玉焼きも茹でて載せる。なかなか豪華なカレーライスになった。冷凍デザートも何種類か用意した。
「この肉、すげぇ旨いな。和牛のいい部位だろ?」
「スイーツまで揃ってるなんて、神崎さんについてきてよかった~」
「食後の飲み物は、私が煎れましょう。コーヒー、紅茶、日本茶、ジュース、何でもありましたよ。コーヒーだけで10種類以上あったかな」
無精ひげがなくなった田村さんは大盛りのカレーをガツガツと食べ、かわいいワンピースに着替えた陽菜乃ちゃんはスイーツに目が釘付けになり、少し長めの髪を後ろで結んでキラキラ度が増したレオさんは早くも食料品の備蓄を把握していた。
子供たちも嬉しそうに食べている。甘口のレトルトの備蓄もあって助かった。
「甘くておいしい! また作って!」
「僕は辛くても大丈夫だもん!」
「ははは、じゃあ悠真君はママのを一口もらったら?」
田村さんが悠真くんをからかうと、口元を両手で押えて涙目でフルフルと顔をふっている。
みんなの笑い声が響く平和な光景だ。こうやって、夕食をみんなで囲むことになるとは、ほんの数時間前までは思いもしなかった。しみじみと人の縁の不思議を感じた夕食だった。
夕食後、子供たちを先に3階の部屋で寝かせてから、大人たち(陽菜乃ちゃん含む)は2階の会議室に集まった。
宣言通りに、レオさんが全員の飲み物を用意してくれる。コーヒーのいい香りが漂う中、お互いあらためて軽く自己紹介をした後に、俺は話を切り出した。
「では皆さん、お疲れとは思いますが、まず、現状を確認しましょう。その後に、今後の予定を話したいと思います」
会議室に並ぶ大小の壁掛けディスプレイに、それぞれのノートPCを繋ぐ。
桐島博士と陽菜乃ちゃんと俺は自分のノートPCだ。田村さんとレオさんは持っていなかったので、倉庫の中から選んでもらう。
レオさんは、データは全てクラウドに置いているというので、外付けHDDを渡して、すぐに全てをダウンロードするように言った。明日以降、各地のデータセンターや基幹施設が崩壊して、接続できなくなる可能性が高いからだ。
「隕石と津波の被害状況ですが……」
中央の大きなディスプレイに日本地図を表示する。並んだ他のディスプレイには、桐島博士のPCからは海外のニュースが、陽菜乃ちゃんのPCからはSNSの動画が次々と表示される。
俺は、以前から予想していた情報と調べた情報を発表した。
「日本の沿岸部の被害は甚大です。東京、大阪、名古屋の都市圏はほぼ壊滅状態。札幌、仙台、福岡などの海岸沿い地方都市も同じ状況です。今日一日で、関東地方3000万人、東海地方1200万人、関西地方1600万人、地方主要都市部で2500万人、合計8300万人が巨大津波の犠牲になったと考えられます」
レオさんが手を挙げて続ける。
「先ほど、18時過ぎにインド洋沿岸にも隕石が落ちたようです。東南アジア、インド、中東、アフリカ東岸でも大規模な津波被害が発生しています。全世界規模で、そうですね、5割近くの人口が失われたのではないでしょうか」
画面には世界各地に落ちた隕石の場所と、津波が到達した範囲が表示されている。
12時に太平洋沿岸、15時に大西洋沿岸、そして18時にインド洋沿岸とは、自然災害とは思えない不自然さを感じる。しかも分裂した欠片は、各地の沿岸付近の海上にきれいに分散して落下している。大陸には一つも落ちてない。
前世では、日本各地の津波動画を見て友人と騒いでいただけだったので知らなかったが、こんなに世界中で不自然な災害が起こっていたとは。
「日本はさ、平野が少ないもんね。沿岸部に集中しすぎなんだよ」
陽菜乃ちゃんが、SNSや掲示板を自動巡回させて各地の情報をサーチし、日本地図の上に自動で色分けさせている。壊滅した海岸沿いは黒く塗りつぶされていた。
「俺の実家は千葉だけど、連絡付かない。たぶんダメだろうな。海の近くだし」
田村さんが、深く息を吐いてコーヒーを飲んだ。
レオさんが、首都圏の地図に津波到達時刻と津波の想定高さをプロットした図を表示する。
「私が集めた情報では、津波は隕石落下の20分後には東京に到達しています。政府要人も一部しか長野に避難できなかったようです。どの国もまだ政府の会見は開けていない状況ですね」
「え、それってどこ情報? 私は見てないよ?」
「仕事柄、個人的な繋がりがあちこちにあるのです」
穏やかに微笑んで答えるレオさんは、かなり情報通のようだ。
「やっぱ、腹黒宰相枠ね……」 と、少し悔しそうな陽菜乃ちゃんに、少し笑いそうになる。
俺は、前世ではほとんどわからなかった災害の規模や、世界の現状をかなり詳しく知れることに驚いた。今世でも俺一人なら、きっとここまではわからなかっただろう。
桐島博士が、青ざめた真剣な顔で画面を見つめながら発言した。
「隕石の落下時刻およびその位置から考えて、何らかの作為的な介入を疑わせる挙動です。NASAの通信は、大西洋側での津波発生以降に断絶しましたが、その直前に、『観測網に捉えられていない隕石が、突如として太平洋上に出現したとしか考えられない』『それ以外に地球へ接近中の小天体は確認されていない』と明言していました」
「作為的ですか……それは間違いありませんね」
俺は中央のディスプレイの日本地図に12の青い三角を表示させた。これから話す情報で、田村さんとレオさんがどういう反応をするだろうか。少し緊張しながら、切り出した。
「今後も、ありえない災害が続きます。明日は1時間毎に12の火山が日本で噴火します」