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1-13 王道ハッカーと秘密基地

「ここが合流場所です。ちょっと確認してくるので、三人は車の中で待っていてください」


 俺は4WD車を岬の施設の近くに停めて、桐島博士と子供たちに説明した。

 ブーイングする子供たちを、博士が苺大福を渡してなだめている。さすが母親、対応が上手だ。

 俺は一人で、駐車場から岬の施設へと向かった。


 車庫の奥から下った、道からは見えにくい位置にある建物に近づくと、大きなリュックを背負って停車した原付に跨っている女の子が見えた。


「神崎さーん、お疲れさまー!」


 手を振って原付から降りたのは、SilentKeyことたちばな陽菜乃ひなのちゃんだった。




 2カ月前に直接会ってみると、SilentKeyの正体は、背が低くてかわいらしいゆるふわ系の女子高生だった。ドッキリ大成功と言いたげにニヤニヤしている陽菜乃ちゃんにムッとして、あのダークウェブでの口調はなんだったのかと聞くと、ドヤ顔で説明してくれた。


「え? AIに決まってんじゃん。私が 『ちょっとヤバいけどいいよ~急いでやるから1000万ね』 ってしゃべったら、 『ハッキングは危険を伴います。短納期対応の割増料金込みで1000万円ですね(キリッ)』 って自動変換してくれるんだ~」


 会う日時を決める時のボイチャの声も男性だったから、完全に騙されてしまった。だが、あぁいう危ない世界だし、特に女の子は自衛が大事なのは理解できる。実力は十分にわかっていたので、迷わず正式に長期の協力契約を結んだ。陽菜乃ちゃんに、何で直接会ってくれたのか聞いたら、 「変な依頼ばっかりで、しかも近所なのが面白かった」 と、あっけらかんと笑っていた。


 その時に聞いた話だと、陽菜乃ちゃんは、中学生から不登校だったそうだ。ハッキング技術は、FPSゲームで仲良くなった外国人プレイヤーたちに手ほどきを受けて、自分で磨き上げたらしい。 「女子高生ハッカー」 なんて、キャラができすぎじゃないだろうか。いや、王道テンプレと言えば王道テンプレなのか? 少なくとも、腕力で負けることはなさそうだから、協力者としては安心だとホッとした覚えがある。




 そして、今、目の前にいる陽菜乃ちゃんは、長い黒髪を三つ編みにして、ピンクの革ジャンとピンクのミニキュロットとピンクのニーハイロングブーツ姿だ。避難用の服や靴は準備しておくようにと言っておいたのだが、この服装が避難用ということでいいのだろうか。天才ハッカーの思考回路なのか、女子高生の思考回路なのか……どちらにしろ、俺には理解できない。スルーしよう。


「陽菜乃ちゃん、津波は大丈夫だった?」


「うん、聞いてた通りだったから。それより、ついに島に行けるのね? サーバールームにやっと入れる~!」


 嬉しそうに跳ねている。災害の現実よりも、サーバーへの興味の方が勝っているようだ。

 2カ月前には、すでに島の工事は第2期まで完了して職人さんたちが引き上げてしまっていた。女子高生と二人きりで島に行くのは、俺的に気が引けてしまい、頼まれても断っていたのだ。


「私がリスト化した電子機器も、全部、揃ってるんだよね? マジで楽しみ過ぎる!! あのね、オリジナルAIのアリスちゃんを育て始めたんだよ。めっちゃ便利になるはずなんだ~」


「えっと、その前に……」


 興奮している陽菜乃ちゃんに、俺はちょっと詰まりながら切り出した。


「桐島博士という女性研究者とその双子のお子さんも一緒なんだ。車で待ってもらってるから、紹介するよ」


「博士? あ、ウイルスの人? すごい人なんだよね。緊張しちゃう」


 そう言うけど、陽菜乃ちゃんの表情は全く緊張していない。ダークウェブを遊び場にしていただけのことはある。頼もしい限りだ。




 俺たちは車に戻り、桐島親子と合流した。


「こちら、たちばな陽菜乃ひなのちゃんです。IT・通信技術に詳しくて、今後の活動に欠かせない仲間です。凄腕のハッカーでもあります」


「え……あの、え? あ、えっと、初めまして? 私は桐島きりしま里美さとみです。この子たちは、娘の莉子りこと息子の悠真ゆうまです」


 桐島博士にもドッキリ大成功を体験してもらった。少し驚いているようだったが、割とすぐに立ち直って丁寧に挨拶している。ちょっと悔しい。


「よろしくお願いします。陽菜乃って呼んでください! 莉子ちゃん、悠真君、よろしくね~!」


「陽菜乃さんは高校生ですか? 随分お若いのに、IT技術の専門家なんてすごいですね」


「高校3年生だよー。まぁ、全然通ってないけどね。えへへ」


 陽菜乃ちゃんが照れ笑いを浮かべる。


「お一人で大丈夫なんですか? ご家族は……」


 桐島博士が心配そうに尋ねると、陽菜乃ちゃんの表情が少しだけ陰った。俺も何度か聞いてみたけど、陽菜乃ちゃんは 「大丈夫」 としか言わなかった話題だ。


「母は5年前に死んじゃって、父はずっと会ってないからわかんない。母方の祖父母は隣の市にいるけど、そっちも2年以上は会ってないかなぁ。今は一人暮らしだから、神崎さんに声をかけてもらって、めっちゃ助かったんだー」


 桐島博士の表情が優しくなった。


「そうでしたか……これからは一人じゃないから、安心してくださいね」


「ありがとうございます! えへへ」


 莉子ちゃんが興味深そうに陽菜乃ちゃんを見ている。


「ピンクのお洋服、とってもかわいいね! お姉ちゃん、パソコンできるの?」


「うん、めっちゃ得意だよ。今度、面白いゲームを作ってあげるね? ツインテ幼馴染我儘美少女育成ゲームとか!」


「やったー!」


 莉子ちゃんが手を叩いて喜ぶ。

 悠真君ものんびりと陽菜乃ちゃんに近づく。


「お姉ちゃん、お腹空いてない? 苺大福があるよ」


「ありがとう、悠真君。イケメンな上に、優しいのね。将来はヤンデレ溺愛スパダリ確定かな」


 陽菜乃ちゃんが悠真君の頭を撫でると、悠真君が嬉しそうに笑った。二人とも、意味がわかっているのだろうか……。とにかく、仲良くやっていけそうだな。うん、そういうことにしておこう。




 俺は車に積んである地図を広げて、島の位置を説明した。


「ここが俺たちの避難先です。船で30分くらいですね。基本的なインフラ・通信設備、大量の備蓄も揃っています。この5人なら30年以上は暮らせるかな」


 莉子ちゃんが手を上げた。


「莉子も一緒に住むの?」


「もちろん、莉子ちゃんがママと悠真君と一緒に暮らす部屋も用意するよ」


 莉子ちゃんが桐島博士を見上げて、嬉しそうに笑った。




「では、第二波も落ち着きましたので、今から島に向かいましょうか」


『プライベートマリーナ施設』 として道路からはほとんど見えない位置に建設したこの施設は、大災害後に港湾設備が使えなくなるのを見越して作った施設だ。ここは海面から40メートルほどの崖の上にある。


「神崎さん、こんな所からどうやって島に向かうの?」


 入り口の鍵を開けている時、陽菜乃ちゃんの言葉に、不意に懐かしい記憶が蘇った。




『神崎社長って、お若いのに本当に心配性ですよね。こんな高台に予備のクルーザー格納庫を作るなんて』


 現場監督の笑顔が脳裏に浮かんだ。あの時は、みんなで大笑いしていた。


『まぁ、金持ちの道楽ですよ』


『さすが、社長! 災害対策無駄遣い王の本領発揮ですね』


 みんなの明るい笑い声が聞こえる気がして、俺は思わず胸を押さえた。

 あの人たちは、もう……。



 俺は、一瞬だけ目をつぶって深呼吸をした。


 後ろを振り返って4人の顔を見回す。桐島博士親子と、女子高生ハッカー。人数が少なくなって、予定とは色々と変わってしまったけど、この新しい仲間を大切にしなくては。


「あー、えっと……津波で港湾施設が壊れるのはわかってましたからね。中に入れば、この施設の機能がわかりますよ」


 俺は明るい声を出して説明することで、気持ちを立て直そうとした。




 大型倉庫の中には、10人乗りワークボート風クルーザーが格納されていて、海側の大きなシャッターを開けると、倉庫の裏手には大型の移動式クレーンがある。つまり、クルーザーをクレーンで釣って海に下ろすのだ。大災害が起こる時は、島に避難済みの予定だったが、念のために用意しておいた施設だ。


「これで島に向かいます」


 心配性と笑われたこの施設が、今、避難の役に立つ時が来た。


「クレーンで船を降ろすなんて、青ヶ島みたいですね」


「ガチでやばい! 天才じゃん?」


「「てんさいじゃーーん!」」


 4人が目を丸くしてクレーンとクルーザーを見つめている。

 陽菜乃ちゃんは興奮すると飛び跳ねる癖があるようだ。ピョンピョンしながらクルーザーの周りをまわりだした。その後ろを双子も飛び跳ねて付いていくのが面白い。


「神崎さんは、前々から計画されてたんですか?」


 不思議そうな顔で聞いてくる桐島博士に、俺は感慨深く答えた。


「そうですね。2年前からです。長かったような短かったような……でも毎日が宝物のような2年間でしたよ」




 俺はクルーザーを崖下に降ろすための準備を始めた。博士の荷物を台車で運んできて、船に積み込む。陽菜乃ちゃんのバイクもスロープをかけて積み込んで固定する。クレーンの点検、専用スリングの確認、ガイドロープの設置。


 確認作業をしながら、俺は内心、頭を抱えていた。


 実は、クルーザーを実際に上げ下ろししたのは、クレーンを搬入してもらった時の1回だけなのだ。来週、もう一度じっくりと、レンタル業者から操作を教えてもらう予定になっていた。クレーン操作と玉掛けの資格はちゃんと講習を受けて取っているし、もちろん実技試験も合格している。だが、大型クレーンはレバーの数が多く、安全装置の操作が複雑だ。ここにも、大災害が早まった弊害が出ていた。

 だが、今はやるしかない。


「よし、やるぞ」


 俺は決意を固めて、クレーンの運転席に座り、慎重に少しずつ長いブームを伸ばして立ち上げ始めた。

 そして、いよいよクルーザーを格納台車から吊り上げる前に、もう一度、固定に問題ないか確かめようと運転席から降りたその時、県道の方から人の声が聞こえてきた。


「おい、あそこでクレーンが動いてるぞ」

「こんな時にクレーン作業ですか? 人命救助かもしれませんね」

「よし、俺たちも手伝おう!」


 作業を中断して振り返ると、県道からこちらに向かって歩いてくる二人の男性が見えた。一人は迷彩服を着た体格のいい男性、もう一人はスリムで整った顔立ちの男性だ。


 二人は急ぎ足で俺たちの方に近づいてくる。


 こんな時に迷彩服なんて、トラブルの予感しかしない。ちゃんとシャッターを降ろしておけばよかった。俺はジッと近づいてくる二人を見つめることしかできなかった。




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― 新着の感想 ―
いまのところ出てくる人いい人しかいないけど、これから人同士の戦いも始まるのかな
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