1-10 【閑話】社員吉田のメモより
本日、2話目の投稿になります。
7月××日
神崎総合企画に転職して1週間が経った。
給料の良さと、「2年後に海外赴任」というこの田舎には珍しい募集条件に惹かれて応募したが、神崎社長の最終面接を受けた時は驚いた。とても若くて大学生みたいな見た目。まさかの20歳だった。まだ大学生だけど、遺産を元手にリゾート開発を始めるらしい。羨ましくなんてないんだからね!
でもさ、時々見せる目が違うんだ。まるで過酷な人生を送ってきた老人のような、深い疲れを湛えた目をする。20歳でそんな目をするか? 普通。
9月××日
神崎社長の株取引を見ていると、頭おかしいレベルの神がかった直感力だ。
「来月、この銘柄が17%上がります」
そう言って実際に17%上がる。一度や二度ではない。まるで未来を知っているかのような精度だ。
「これからの事業展開のための軍資金作りです、どんどん投資しましょう」
社長は知っているの? 銀行や証券会社がしつこく接待に誘ってくる理由を。あの人、全部、あっさり断ってるけどな。俺も料亭に行きたい。
社長本人は、夜遊びもしないし、衣食住も普通の生活だ。何が楽しいんだろう?
10月××日
嶺守島の建設が本格化。神崎社長の要求がまたエスカレートしている。
「震度8の地震でも大丈夫にしてください!」
「停電が半年続いても自給自足できる発電設備を!」
建設会社の担当者が 「リゾート施設にしては過剰すぎませんか」 と言うと、あの遠くを見つめる老人のような目をして答える。
「災害に備えるのは経営者の責任ですから」
20歳がそんなこと言うか? 人生何周目だよ。
12月××日
フランチャイズの物資発注が異常な量になってきた。ドラッグストア2店舗分、ホームセンター2店舗分……まだ店舗の建物どころか土地すら決まっていないのに。
「社長、来年から届き始める注文品がすごいことになってますが……」
「腐らないから大丈夫です」
「いえ、保管場所が足りませんよ」
「では、本土に我社専用の物流センターを作りましょう。金ならあります」
総額200億円のプロジェクトが秒で決まった。桁も頭もおかしい。
社長は偏執的なこだわりが強い。物資への執着は変態レベルの異常さだ。前世で餓死でもしたのかな?
3月××日
今日は神崎社長の変わった一面を見た。
突然、もじもじしながら聞いてきたんだ。
「俺、独善的になりすぎてないか? みんなの意見も聞かずに、勝手に決めすぎてるかな?」
意外だった。あれだけ強気で確信を持って行動してるのに、内心では不安に思ってるのか。なんか憎めないんだよな、この人。ずるい。
「いえいえ、社長の判断はいつも的確ですよ」
そう答えると、ほっとしたような顔をした。
ぶっちゃけ、ワンマンで変人なのは確かだ。「金ならある」という口癖、何度聞いたことか。でも嫌味に聞こえないのは何でだろ?
7月××日
神崎社長がまた突拍子もないことを言い出した。
「嶺守島の森林部分を遊歩道で60区画に分けて、それぞれに小屋を建ててください」
「60区画って……そんなに必要ですか?」
「観光客の休憩所です。あと、各小屋には床下に収納スペースを作って、非常用物資の備蓄をしてください」
今日も出た。「金ならあるから」
ふとからかいたくなって、冗談を言ってみた。
「社長、そこまでやるなら、各小屋に非常電源や通信設備も用意したらいいんじゃないですか?」
その時の神崎社長の顔! 満面の笑みで、本当に嬉しそうに言ったんだ。
「それです! それだよ、吉田さん! さすが! すぐに設計に追加してください!」
まさかあんなに喜ぶとは思わなかった。子供みたいに純粋な笑顔だった。
1か所1千万円。6億円の工事を追加発注することになったけど、現場監督も神崎社長の非常識発言には慣れている。苦笑いですぐに引き受けてくれた。
この監督もかなりおかしいよな?
10月××日
現場の若い職人さんたちがバイオレンスアクション映画の話で盛り上がってると、神崎社長は席を外してしまった。
「すみません、ちょっと苦手で……」
暴力的なものが嫌いらしい。
21歳という年齢を考えると、刺激的なものを好みそうなものだが。
夜の街へのお誘いも必ず断られる。きれいなお姉さんに興味がない21歳って希少種すぎるだろ。あの人の全ての欲は、物欲に変換されているのか?
12月××日
島のリゾート施設第一期と本土拠点が完成した。
内装仕上げも、神崎社長のこだわりが爆発していた。
「壁は珪藻土と漆喰の特殊配合で、有毒ガスや放射性物質も吸着するように」
「床の帯電防止加工は、爆薬の静電気爆発防止にもなりますよね?」
「空調は特殊フィルターで、生物兵器やウイルスにも対応できるように」
「防火区画は建築基準法の3倍にして、細かくシャッターで隔離できるように」
社長はいったい、何と戦っているのか?
でも、また例の質問が来た。
「俺、やりすぎてないか? 一方的すぎるかな? でも必要なんだよ」
もじもじしながら聞く21歳の社長。ギャップがすごい。萌えないけど。
2月××日
災害のニュースを見る神崎社長の表情が印象的だった。人が亡くなったニュースには、本当に悲しそうな顔をする。
避難先で、小さな子供が黄桃の缶詰を嬉しそうに食べている映像が映った。
「吉田さん、備蓄の件ですが、果物の缶詰を追加発注してください」
「また増やすんですか?」
「最近、災害が多いじゃないですか。在庫が余っている物資は送ることもできます……金ならあるし」
そうか、救援物資としても使うつもりなのか。それなら大量の備蓄も納得だ。優しい神崎社長らしい。備蓄量は頭おかしいけどな。
3月××日
海外派遣の発表があった。確かに雇用条件にはあったが、突然すぎて驚いた。
「オーストラリア、カナダ、ニュージーランド、スイス。新しいリゾート施設の候補地を現地で生活しながら視察していただきます」
「さすがに急すぎませんか?」
「時期が重要なんです。今がチャンスです。金ならあるから、条件は最高にします」
家族帯同で3年契約。給与と別に、1世帯3000万円の生活費支給。破格の条件だった。家に帰って嫁に来月から海外転勤だと言うとヒステリーを起こした。が、3000万の話をするとニッコニコになった。
ナイス! サンキュー社長!
4月××日
引き継ぎ作業。完璧なマニュアルを作らないと、神崎社長の頭おかし──じゃなくて、独特な要求を新しいスタッフが理解できないだろう。
【物資発注の手順書】
【建設関連の引き継ぎ】
【社長対応マニュアル】
- 「独善的になりすぎてないか?」と聞かれた時の対応
- 災害ニュースで落ち込んだ時のフォロー方法
- 暴力とエロの話題は避ける
4月××日(最終日)
「皆さん、本当にお疲れさまでした」
深々と頭を下げる神崎社長。逆じゃね? 俺らのセリフだよな。
「おかげで、理想的なリゾート施設に近づきました」
「社長こそ、お疲れさまでした」
「私たちも、とても良い経験をさせていただきました」
最後にまた聞いてきた。
「俺、独りよがりでみんなを巻き込みすぎたかな?」
「いえ、社長のおかげで、私たちも成長できました」
ほっとした笑顔を見せる神崎社長。本当に愛すべき人だ。変人だけど。
「くれぐれも、体調には気を付けてください。特に……災害には気を付けて。水や食料の備蓄は常に心がけて」
また災害の話。この人の災害への恐怖は異常だ。でも、何か理由があるんだろう。
4月××日 (スイスへ向かう飛行機の中)
妻と神崎社長の話をした。
「不思議な人よね、あの社長さん」
「本当に」
22歳の大学生の外見と、時折見せる老人のような深く疲れた雰囲気。
物資や災害対策への偏執的な執念と、「独善的すぎないか」と心配する心配り。
「金ならあるから」と気前よく投資する豪快さと、災害を異常に恐れる慎重さ。
すべてが矛盾しているようで、でも妙に一貫している。
神崎社長の投資の的中率といい、災害への異常なまでの備えといい、まるで何かを知っているかのような行動。もしかして、あの人は本当に……。
「ま、今はそんなこと考えても仕方ないか」
窓の外の雲を眺めながら、神崎社長の無事を祈った。不思議で、謎だらけで、偏執的で、でも本当に優しい上司だった。
あの老人のような目の奥に、一体何が隠されているのだろう。きっと、私たちには想像もできない重いものを背負っているに違いない。
そして、その重荷を一人で抱えながら、私たちを守ろうとしてくれているのだろう。
◆◇◆
後日談
世界規模の大災害の発生により、私たちが神崎社長と再会することは叶わなかった。
だが、彼の異常なまでの災害対策や、あの老人のような疲れた眼差しが、何を見据えていたのかは理解できた気がする。地方分散型のスイスでも人口の70%が失われたが、人口が都市部に集中している日本はほぼ壊滅状態だと聞いた。
社長、私たちを海外に送り出してくださり、本当にありがとうございました。
追伸
神崎社長から餞別に貰った衛星通信システムのアンテナと専用スマホとソーラーパネルとポータブル電源のおかげで元気にやってます。あの時は「重てぇよ!どうやって持って帰るんだよ!専用スマホの月額はもちろん会社持ちだよな、おい!?」と暴れてすいませんでした。でも、最初に無礼講って言ってましたよね?
いつか、お会いできる日まで、お互い、絶対に生き残りましょう。
明日から第1話の続きに戻ります。