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1-1 予定より早い終末

久しぶりの投稿になります。

ご都合主義も詰めが甘い設定も、ご笑納いただければ幸いです。




 エンジンの心地よい振動が伝わってくる。五月の爽やかな風が頬を撫でていき、新緑の山々が眼下に広がっていた。俺は愛車のオフロードバイクにまたがり、曲がりくねった山道を駆け上がっていた。このバイクは後輪がチューブレスタイヤになっていて、多少の悪路でも安心して走れる。


「いい天気だな。平和だ」


 空は雲一つない快晴で、気温も程よく暖かい。こんな日にバイクで走るのは最高に気持ちがいい。純粋にツーリングを楽しめるといいのだが、今日は予定が入っている。


 山道の途中にある日本海を臨む展望台でバイクを停めて、ヘルメットを脱ぐ。汗ばんだ髪に風が通り抜けて涼しい。眼下には日本海が青く輝き、遠くには半島の山々が見えている。リュックからペットボトルの水を取り出して一口飲んで、喉の渇きをゆっくりと癒す。


「X-dayまで、あと一か月か。博士が仲間になってくれると心強いんだが。……えっと、明日は忘れずにみんなへ招待状を発送しなくちゃな」


 俺は一つ一つ指を折りながら、確認した。


「あとは、2週間後に武器を受け取って、3週間後に生鮮食品の仕入れか。ヘリはやっぱり間に合いそうもないな。中古にしとけばよかった。それから、本土拠点と外資倉庫の最終確認にも行っときたいし、税関で止まっている荷物の連絡もしないと」


 やることはいっぱいだが、最後の一か月、気を抜くわけにはいかない。まずは今日の博士の説得からだ。




 これから向かう先は、山の奥にある国立研究所だ。そこでウイルスの研究をしている女性研究者──通称 「博士」 に会う予定になっている。彼女とはメールのやり取りしかしていないが、研究論文や学会発表で検索すると一番に名前が出てくる有名人だ。ウイルス関連の論文で国際的な賞をいくつもとっているし、一昨年に大流行して猛威を振るった新型インフルエンザの特効薬の開発にも大きな影響を与えたらしく、非常に有能な人物らしい。


 今回、忙しい博士に無理を言ってアポイントを取ったのには理由がある。信じてもらえるかどうかは分からないが、どうしても伝えておかなければならないことがあるのだ。資料は先にメールしておいたけど、見てもらえただろうか。荒唐無稽すぎて怒っていないといいのだが。




 時刻は12時を過ぎたところ。約束の13時まではまだ余裕がある。昼食は済ませているし、もう少し休憩してから──


 その時だった。


 南東の空が一瞬、強烈に光った。


「ん?」


 最初は雷かと思った。しかし雲一つない快晴の空に雷が起こるはずがない。続いて遠い南西の方角でも、また別の空が閃光で照らされる。


 そして、小さな地鳴りのような重く低い音が響いた気がした。


「あの閃光……まさか……」


 鳥たちが一斉に鳴き声を上げ、木々から飛び立っていく。微かな振動が足元から伝わってくる。揺れているというほどではなく、気のせいだと言われたら納得してしまいそうな振動だ。



 俺は展望台の手すりから身体を乗り出して周囲を見回した。遠く、眼下に広がる港町の風景は、いつもと何も変わらない。青い海、穏やかな港、平和な住宅街。何事もなかったかのような日常の光景だ。


 しかし、俺は知っている。この後、2時間後に何が起こるかを。


「バカな!」


 俺は思わず声を上げた。


「大災害の日まで、まだ1ヶ月あるはずじゃ!?」






 俺には前世の記憶がある。全てを変えた大災害を一度経験している。

だが、記憶によれば、大災害は梅雨時の来月のはずだ。なぜ1ヶ月も早く起きてしまったのか。万全の準備の予定が狂ってしまう。


 そして何より──


「まだ、みんな島に来てないのに……」


 昨夜、招待状の最終チェックをしていた時に思い浮かべた、一人一人の顔。明日発送予定だった招待状は、もう彼らに届くことはないだろう。信じられない。信じたくない。




 俺は急いでヘルメットを被り、バイクにまたがった。エンジンをかけながら、心臓が激しく鼓動しているのを感じた。


 落ち着け、まずはあいつに連絡だ。きっと、明け方まで起きていて、今は寝ている時間だろう。イライラしながら起きるまでしつこく電話を鳴らし、寝ぼけ声のあいつに予定通りの行動をするように言う。あいつも博士と同じくらい重要な仲間だ。


 そしてすぐに、バイクを発車する。




 前世の記憶では、正体不明の閃光から約2時間後に、この辺りにも最初の津波が到達する。誰もまだ知らない、25メートル級の第一波だ。

 津波到達までに博士を捕まえないと、二度と会えないかもしれない。とりあえず研究所まで行き、博士を説得しなければ。


 バイクのアクセルを開けて、山道を駆け上がる。微かな振動が続いているが、運転に支障はない。研究所まではあと5キロ。


 博士はこれからの新世界のキーパーソンだ。

 この大災害の後には、今までの常識では考えられないことが起こり、経験したことがない世界を生き残らないといけない。


 俺は歯を食いしばって、さらにアクセルを開けた。悲しむのは後だ。まずは博士。




 


 ──この世界の終わりが、新しい世界の始まりが、俺の記憶よりも1ヶ月早く始まったのだ。


本日は、あと2話、時間差で投稿します。

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