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SF短編集

全人類の宝物

人類の存亡をかけた戦いだ

 その日、人類は、終わりと救済を同時に迎えた。


 空に、巨大な水晶細工のような宇宙船が現れたのだ。全長は、東京が丸ごと入るほど。絶望する我々人類に対し、その宇宙人――自らを「ゾラール」と名乗る精神生命体は、驚くほど友好的だった。


『我々は、汝らに争いをやめてほしいのです』


 テレパシーで、全人類の脳に直接語りかけてくる。彼らは、瞬く間に地球上の全ての核兵器を無力化し、汚染された大気を浄化し、無限のクリーンエネルギーの設計図まで提供してくれた。まさに、神だった。


 そして、神は、我々にたった一つだけ、見返りを求めた。


『我々に、汝らの……最も貴重なる「宝物」を、一つ、譲っていただきたい』


 さあ、大変なことになった。


 世界中の指導者、哲学者、科学者、芸術家が集められ、国連本部で「人類の宝物」選定会議が始まった。


「やはり『愛』ではないだろうか!自己犠牲の精神こそ、我々の宝だ!」

「いや、未来への『希望』こそが宝だ!」

「芸術だ!ダ・ヴィンチの『モナ・リザ』を渡すべきだ!」

「アインシュタインの相対性理論の論文こそ至宝!」


 議論は紛糾した。僕は、その会議の隅っこで、ひたすら議事録を取っている、しがない外務省の職員、ケンジだ。連日の徹夜と、人類の存亡がかかったプレッシャーで、僕の胃はキリキリと悲鳴を上げていた。


 試しに、候補に挙がった「宝物」を、一つ一つゾラールに提示してみた。


『愛、ですか。素晴らしい概念ですね。ですが、我々が求める宝では、ありません』

『希望。美しい言葉です。ですが、違います』

『モナ・リザ。見事な芸術です。ですが、これも……』


 何を提示しても、ゾラールの答えは「ノー」だった。彼らは親切だったが、その態度は変わらない。人類は、神からの宿題を解けない、愚かな子供のようだった。


 会議は一ヶ月続いた。僕の胃痛は、もう限界だった。


 その夜も、僕は一人、静まり返った議事堂で、ゾラールとの通信ログを整理していた。


「もうダメだ……なんだよ、宝物って……。プレッシャーで胃が、胃が……」


 僕は、机の上に常備していた、安物の胃薬の箱を、震える手で掴んだ。


「宝物なんて、今の俺にありゃしねえよ……。あるとすりゃ、この……『胃薬』くらいのもんだ……」


 絶望の中で、僕がそう呟いた、その瞬間だった。


 議事堂のスピーカーから、今まで聞いたこともないような、壮大で、歓喜に満ちたゾラールの声が、鳴り響いたのだ!


『そ、それだッ! ついに言ったな、地球人よ! 我々が、何万年も、銀河の果てから果てまで探し求めていた、伝説の宝! その名を!!!』


 僕は、何が何だか分からなかった。だが、ゾラールは、僕の呟きに反応している。まさか。


『我々の言語では発音しにくいのだが……『イ・ヤク』! それこそが、我々を救う、宇宙の至宝なのだ!』


 ゾラールの宇宙船から、巨大なホログラムが地球に投影された。それは、とある化学式の構造図だった。


 僕は、恐る恐る、手の中の胃薬の箱を裏返した。そこに書かれていた「主成分」の化学式と、天に輝く化学式を、見比べる。


 ……完全に、一致していた。


 後に、ゾラールは全てを説明してくれた。

 彼らは、不老不死の精神生命体だが、唯一の弱点があった。時々、エネルギーの循環が滞り、ひどい「宇宙酔い」のような症状に悩まされるのだという。


 彼らは、その症状を治す薬草が、銀河のどこかにあるという伝説を信じ、何万年も宇宙を放浪していた。そして、偶然、地球から発せられた古い電波を解析し、風邪薬か何かのCMを、「伝説の薬草の在処を示す、神託だ」と、壮大に勘違いしたらしい。


 地球を救ったのは、彼らの善意などではない。ただ、薬局で薬を買う前に、相手の機嫌を取っておこう、という、宇宙規模の丁寧すぎる処世術に過ぎなかったのだ。


 数日後。ゾラールの巨大な宇宙船は、地球中の製薬会社から、コンテナ満載の胃薬を「宝物」として受け取ると、満足げに去っていった。


 僕は、この一件で「英雄」となり、外務大臣にまで出世した。理由は、人類の未来を憂うあまり、重度の胃痛に悩まされていた、その類まれなる誠実さを評価されて、だそうだ。

どうだ!くだらねえだろ?でも、案外、真理ってのはそういうもんかもしれねえ。壮大な問題の答えは、すぐ足元に転がってるんだ。

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