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こちら、婚約破棄代行サービス『モーイヤ』でございます

作者: Mel

「お世話になります。わたくし、婚約破棄代行サービス『モーイヤ』のアイシャと申します。本日はお時間を頂き、誠にありがとうございます」


 こんな得体の知れぬ女、依頼人様経由で約束を取り付けていなければ門前払いだったことでしょうね。営業用の微笑を浮かべると、目の前に座る青年とそのご両親様は目を瞬かせていらっしゃいました。

 

「婚約破棄代行サービス……だと?」

「はい。この度は、ダーレン様の婚約者でございますカタリナ様の代理人として参りました。カタリナ様より婚約破棄のご意向を賜りましたので、今後の手続きについてご案内差し上げたく存じます」

「待て。待て待て待て。カタリナが、俺との婚約を破棄すると……お前はそう言っているのか?」

「はい、左様でございます」


 此度の交渉のお相手様……ダーレン様は、ぽかんと口を開いたまま黙り込んでしまいました。まぁ、よくある反応でございますので、特に気にすることもなく、書類を一枚ずつテーブルの上に並べてまいります。


「だから待てと言っているだろうが! そもそも代行とは何だ? カタリナとの婚約は家と家との正式な契約だ。そんな戯言が通用するはずがないだろう!」

「そうは仰いましても、こちらには正規の委任状がございます。形式としても手続きとしても何ら不備はございません」


 まだ飲み込めていないのか、ダーレン様の隣に座っていらっしゃるお母様は眉をひそめ、扇で口元を覆われました。一方、お父様は何を言われているのかわからないといったご様子です。


「カタリナが……そんな無礼を働くと? あの子は従順で大人しい娘だった。何を吹き込まれたのだ?」

「婚約破棄の理由としてはいくつかございますが、主にはダーレン様の不貞行為が挙げられております。お心当たりがございますね?」


 やんわりと目線を送ると、先ほどまで赤らんでいたダーレン様の顔色が、今度は青林檎のように青ざめていきました。何か反論されたいご様子でしたが、それを遮るように新たな書類をテーブルの上へ置かせていただきます。


「こちらはカタリナ様から伺ったお話と、当事務所で調査した内容をまとめたものでございます。……随分と熱心に、夜の社交をお楽しみだったご様子ですね」

「く、くだらん! これは……些細な遊びにすぎん! 貴族たるもの、この程度の道楽は付き物だろう!」

「左様でございますか。ですが、お子様までもうけられたとなれば――少々軽率でございましたね」


 お貴族様でございますから、妾の一人や二人お抱えになられること自体は珍しくはないでしょう。

 ですが、本妻となるべきお相手を差し置いて御子を設けるとは、あまりにも不義理。政略結婚であるからこそ、順序を違えてはなりません。


「その件なら、すでに内々に処理は済んでいる! それをいつまでも蒸し返して――まったく、女というものは下手に出ればすぐつけあがる」

「カタリナをここへ呼びなさい! 紙切れ一枚で納得せよとは、いったい我々を何と心得ているのですか!」


 ダーレン様はすっかり開き直り、お母様は目じりを吊り上げて怒声を上げておられました。

 きっと直接カタリナ様を呼びつけ、言葉巧みに――あるいは威圧的にこの件を収めるおつもりなのでしょう。ええ、これまでも、そうしてこられたように。


「申し訳ございませんが、カタリナ様は体調を崩されております。それにもうお話しするようなことは何もない、とのご意向でございます」

「あれほど目をかけてやったというのに、なんと恩知らずな娘でしょう!」

「カタリナのご両親は何と仰っているのですか! 確かにうちの息子にも若さゆえの至らぬ振る舞いはあったかもしれません。ですがそれとて、将来の伴侶であるカタリナの未熟さも原因でしょう? それに、あなたのような素性の知れぬ者を寄越すとは……常識ある家のなさることとは到底思えませんね!」


 あらまあ、お得意の責任転嫁というわけですね。カタリナ様から事前に伺っていたとおりでございます。

 これまでもダーレン様は何かと問題を起こされてきたようですが、そのたびにご両親様がこうしてお出ましになり、カタリナ様を無理やり抑えつけてこられたとか。お可哀そうに……すっかりお疲れのご様子で、虚ろな目でこの家の悪行を語られる姿に、私も涙を禁じえませんでした。


 それにカタリナ様のご両親も、本来なら対等なはずの立場にもかかわらず、こうして上から目線で責め立てる方々にすっかり辟易されていたご様子。直接お話ししても埒が明かぬのでは、と危惧されておりました。


 こうした場合こそ、私のような代理人の出番です。

 

 本来であれば当事者同士で話し合われるのが筋であることは、重々承知しております。ですが、かつて決闘ですら代理を立てるのが通例であったことを思えば、何らおかしなことではございません。


「不義理と仰られようとも、カタリナ様が婚約破棄を望んでいらっしゃるという事実に変わりはございません。なにせ、事前に交わされた誓約書には『不貞行為を禁ずる』と明確に記されておりますから」


 貴族の婚約は、単なる約束事ではなく、政治的な結びつきでもございます。そのため、誓約書や協定書が交わされるのは当然のこと。署名捺印もされており、ダーレン様のお手元にも控えがあるはずです。

 ――所詮は紙の誓いと侮っていらしたのでしょうけれど。


 一昔前ならば、そうした甘い認識もまかり通ったかもしれません。ですが、時代は移ろうもの。貴族だからといって何をしても許されるわけではございません。庶民の範たるべく、清廉であることが求められるお立場でしょう。

 ましてや当事者たるカタリナ様が到底看過できぬと判断されたほどの不貞行為。……お相手にいくばくかの金子を握らせ帳消しになさったおつもりかもしれませんが、それがどれほど深刻な事態であったか――今一度、冷静にお考えいただきたいものです。


 お三方が沈黙されたのを見届けてから、私は静かに最後の書類をテーブルへと差し出しました。

『婚約破棄に関する承諾書』

 これに署名をいただき、然るべき機関へ提出すれば晴れて婚約は解消されます。その後には賠償や保証の手続きが控えておりますので、これですべて終わりというわけには参りませんが。


「それでは、ご納得いただけましたらこちらにサインと家紋印をお願いいたします。お預かりしております婚約指輪につきましても、書類と引き換えにお返しいたしますので」


 ペンを差し出すと、ダーレン様はまるで子犬のようにぷるぷると震えていらっしゃいました。

 ――そんなにお嫌であれば、最初からもっと大切になさればよろしかったのに。どうせ何も言えぬと高を括って、下に見ていらしたのでしょうね。

 

「納得などできるか! そもそもこれは本当に正式な書類なのか? 貴様が詐欺師でないという保証はどこにある!」

「そ、そうよ。代理人だなんて、委任状一枚くらいどうとでも誤魔化せるのではなくて?」

「やはり本人を連れてきてもらわねばこちらとしても承服しかねる! これは子どものままごとではないのだぞ!」


 さっさとご納得いただければ話は早いのに、やはりそう簡単にはいかないものですね。

 今にも掴みかかってきそうなお三方に対し、私は静かに胸元のバッジを取り外しました。ことり、と机の上に置かれたそれに彼らの視線が吸い寄せられ――露骨に、顔色が変わりました。


「ク、クロッカン王国の印章……」

「はい、本国王家より正式に授与された印章でございます。すなわち、私は王家公認の代理人ということになります。こちらも偽物と仰るのであれば、ご一緒に王宮まで参りましょうか。官吏が確認してくださいますので」

「つまり、これは王命でもあるということか……?」

「まさか。一貴族の婚約に王家が口を挟むことなど、滅多にございません。ですが――王家の認める代理人を軽んじたり、ましてや危害を加えたともなれば……どうなるかは、説明せずともお分かりですよね?」


 にっこりと微笑むと、お三方はすっかり意気消沈され、項垂れたご様子で承諾書にサインと押印をいただきました。

 書類を確認し、一枚は控えとしてお返しいたします。


「……最後に! カタリナにもう一度だけ会わせてはもらえないか! このような仕打ち、ひとこと言ってやらねば気が済まん……!」

「申し訳ございませんが、ご遠慮くださいませ。書面に記載しております通り、今後いかなる理由があろうとも当人への接触は禁じられております。これに違反された場合、王立裁判所にて然るべき措置を講じることとなりますので、どうぞお含みおきくださいませ」


 何をしでかすかわからないお方との面会など承服しかねます。それに何より――この代行サービスを選ばれた時点で、もう二度と顔を見せたくないと明確に意思を示されているのですから。


「この度はお時間を頂戴し、ありがとうございました。それでは、失礼いたします」

「ふん! あんな陰気な女、せいせいしたくらいだ……! 戻りたいと縋っても無駄だと伝えておけ!」


 反省の弁どころか見事な捨て台詞を頂戴しましたが……まあ、これもよくあること。

 なおも何やら怒鳴り立てていらっしゃるお三方にはもはや用もございませんので、さっさとお暇いたしました。


 お屋敷を出た足でそのまま依頼人であるカタリナ様の元へ向かえば、ご両親も揃って大層お喜びになっていらっしゃいました。

 悪評が広まることはどうしても避けられないとはいえ、それを差し引いてもあの家とは縁を切りたかったと仰っておりましたものね。


 その喜びようを拝見すると、私も達成感で胸がいっぱいになります。

 それに……これで私の事業の実績がまた一つ、積み上げられたのですから。


 

 ――婚約。それは家と家との結びつき。

 主に貴族の間で交わされるものでございますが、どうしたことか、昨今は『劇場型婚約破棄』なるものが横行しておりました。


 例えば、偽の証拠や陰謀を鵜呑みにし、問答無用で行われる断罪劇。

 例えば、「真実の愛に目覚めた」と豪語する御方による、堂々たる不貞宣言。


 破棄を言い渡すご本人様はさぞご満悦なのでしょうけれど――図らずも観客となってしまった側にとっては、心臓が縮み上がるような光景です。


 しかも、事前の手続きも根回しもなくまるで思いつきのように行われるものですから、現場はたちまち大混乱。廃嫡だの修道院送りだのと、穏やかならぬ結末を迎えることもしばしばでございます。

 それだけならまだしも、その様子が大衆向けの娯楽小説に赤裸々に描かれてしまう始末。鵜呑みにした頭のおめでたい方々により、婚約や破棄が軽々しく扱われるという悪循環が生まれつつありました。


 風紀の乱れを憂えた王家もこれには頭を抱えておりまして――そこで、暇を持て余していた私は、ひとつの妙案を思いついたのです。

 

 この、婚約破棄代行サービスなるものを。


 なにも公の場で宣言なさらずとも、関係者の間でひっそりと執り行えば、無用に衆目に晒されることなく大きな混乱も避けられます。

 それに、たとえ相手に明確な非があったとしても、立場の弱い方から婚約破棄を申し出るのは容易ではないもの。

 それならば、依頼人に寄り添いながら事前に準備を重ね、円滑に破棄を遂行できる存在があって然るべき、と考えたのです。


 ……今回のケースが、まさにその典型でしたね。

 カタリナ様が勇気を出して我が事務所の門を叩いてくださり、本当に良かったです。


 

「所長、お疲れ様でした」


 ここは、私の仕事場――貴族街の片隅にある事務所。唯一の所員であるシャナムが出迎えてくださいました。

 設立から日が浅く知名度も低いため、所長の私と所員のシャナム、たった二人で運営する小規模な事業所です。


「お疲れ様でした。あなたが綿密に調べてくださったおかげで、話が早く済みました。ありがとうございます」

「お役に立てたなら光栄です。……しかし、随分と品性に欠けた一族でしたね。カタリナ嬢のご苦労がしのばれます」

「まったくですね。婚約を結んだからといって、何をしてもよいわけではございませんのに」


 ダーレン様は女癖の悪さもさることながら、社交の場においても無遠慮な物言いでたびたび周囲を困惑させ、さらには賭場通いの噂まで囁かれる有様。――破棄されて然るべし、ということでしょう。


 サインを頂いた書類を渡すと、恭しく受け取ったシャナムはすぐさま決裁印を押し、関係各所へ提出する手続きを進めてくださいました。

 彼にはこうした細かな作業を任せられるので、非常に助かります。おかげで私も交渉に専念できるというものです。


「早速ですが、新しいご依頼が入っております」

「まぁ、それは僥倖ですね。どのような内容かしら?」


 まだカタリナ様の残務処理も残っているというのに、これは嬉しい悲鳴というものですね。


 さて、今回はどのようなお話なのでしょうか。

 用意してくれた紅茶を傾けながら説明を聞くと――。


 ……これはまた。なかなかに、強烈なお相手の予感ですね。


 早速二人で作業の割り振りを決め、準備に取り掛かります。


 お相手様であるご令嬢とのアポイントも無事に取れましたので、私は襟を正し、書類を鞄に収めてから、馬車の停留所へと向かいました。

 

 

 

 ――◇◆◇――



 

「……なるほど。婚約破棄代行サービスとは、また興味深い事業をお考えになりましたね。ぜひその詳細を伺いたいところですが――あいにく、私はその婚約破棄とやらを認めるつもりはございませんのよ」


 ご挨拶もそこそこに、開口一番、強い視線を向けられてしまいました。

 本国クロッカンの貴族令嬢であらせられるグレイス様。御年十九歳。隣国ユングの王太子ヴィクトール様と婚約を結ばれておりましたが、今回のご依頼人は、そのヴィクトール様。王族直々のご依頼など、これまでで最も大口の案件と言えるでしょう。


 国をまたぐ案件となると手続きも煩雑になります。その点でも一筋縄ではいかない難しさがございますが、それに加えてグレイス様ご本人もまた、容易には折れぬご性格のよう。やはり、婚約破棄にはご不満があるご様子です。

 ユング王城内の彼女の居室に設えられた椅子へ腰を下ろし、差し出された苦いお茶を口に含みながら、私は彼女の言葉を待ちました。


「――まず、わたくしはどうしてもと請われて、ヴィクトール様との婚約を結びました。まったく気乗りはしませんでしたが、彼の教育も兼ねて、ということで推薦されたのです。ですから身を粉にして尽くしてきたというのに、今さら婚約破棄などと……いったい、どのような了見なのかしら?」

「グレイス様のご不満はごもっともですわ。実際、貴女様の知見によってユング王国にも多大な恩恵がもたらされたことに、疑いの余地はございません」


 そうでしょう? と、満足げに微笑まれるグレイス様のことは、私も一方的に存じておりました。

 なにせその才覚は比類なきもので、幼少期より一目置かれる存在。彼女はユング王国においても、行政改革から農業の効率化、さらには軍備の見直しに至るまで、その手腕を存分に発揮されておりました。

 実際こうして初めて訪れたユング王国の繁栄ぶりも、彼女の着任以来、短期間で成し遂げられた成果なのだと伺っております。


 だからこそ、ヴィクトール様が何を思い、なぜ婚約破棄を望まれたのか当初の私には理解できませんでしたが――。

 いかに優れた才知をお持ちであっても、世の中にはままならぬこともあるのだと改めて思い知らされました。


「わたくしは幼少の頃より本国の王妃となるべく教育を受けてまいりました。それなのに、まるで身売りのようにこの国へと送られ、今度は不要だと切り捨てられる。いったい、わたくしが何をしたというのでしょう?」

「ええ、グレイス様の功績につきましては、私も重々承知しております。ただ……こちらの国では、貴女様の功績があまりにも大きくなりすぎました。ヴィクトール様を『婚約者の陰に隠れた無能』と揶揄する臣下まで現れてしまうほどに」


 そう。このユング王国は現在、極めて不安定な情勢にございます。

 王太子ヴィクトール様と、その弟君レオナール様の間で王位を巡る争いが水面下で繰り広げられており――グレイス様のあまりに鮮やかなご活躍は、皮肉にも、ヴィクトール様の立場を危うくする一因となってしまったのです。


「愚かな……。わたくしのしたことは何一つ間違ってはいないはずですわ。国は栄え、国民は喜び、国力も増しております。それのどこが問題だと仰るのです?」

「此度の婚約破棄につきましては、ユング王国側の事情によるものと伺っております。もちろん、これまでの功績に報いる謝礼と破棄に伴う慰謝料等は、きちんとお支払いするとのことです」

「お金の問題ではございません! 納得のいく説明を、と申し上げているのです!」


 激しい怒りを露わにされるグレイス様に、私は「あらあら」と頬に手を当ててしまいました。

 やはり、ご納得いただくためにも、きちんと理由を開示する必要があるでしょう。

 事情はすでにユング王国の方々からもお聞きしておりますし、なにより、私には優秀な所員が控えております。さすがに一日で、とはまいりませんでしたが、すべて調べ上げていただきましたとも。


 それでは、ご自身にはまったく非がないと仰るグレイス様に、ご説明差し上げることにいたしましょう。


「グレイス様は、ヴィクトール様の"教育"に随分と心を砕いていらしたご様子ですね。毎晩、夜遅くまでお話をなさっていたとか」

「それは当然でございましょう。あの方は、わたくしの考案する施策をまるで理解なさらないのですから。一から十どころか百まで説明せねばならず、時間はいくらあっても足りません」

「ですが、ヴィクトール様は政務もお務めになられております。せめて夜くらいは、お早めにお休みいただくお心遣いがあってもよろしかったのでは?」

「為政者に休息など不要ですわ。まさか、そんな甘えたことを代理人である貴女様に訴えていたのですか?」

「ええ。きちんとお聞きいたしました」

「……?」


 私の含みのある物言いに、グレイス様の整った眉がぴくりと動きます。

 そこで私はカバンの中から小さな水晶玉を取り出しました。最近、本国でも流通し始めたばかりの魔道具。天才魔道具師の傑作と称されるそれを軽く操作すると――。


 そこから、お二人の声が響き渡りました。


『ヴィクトール様、まさかこの程度のこともご理解いただけませんの? 以前にもご説明いたしましたが、もうお忘れになったのでしょうか? それとも、わたくしの半分にも満たない御業務にも関わらず、細かなことまでお気が回らぬご事情でも?』

『す、すまない……。だがグレイス、明日も朝から外遊があるんだ。今日はもう休ませてくれないか? それに、その件については予算が下りないと確かに伝えたはずだが……まだ研究を続けていたのか?』

『まあ、それはつまり……王太子殿下ともあろうお方が、たかが一人の役人にすら侮られているということかしら? なるほど、殿下のご意向が軽んじられるようでは、さぞかしお立場もお苦しいことでしょうね』

『いや、そんなつもりでは……私だって、』

『ご心配には及びませんわ。わたくしの方で、財務大臣にお話をつけておきます。殿下にお頼みするより、いくらか話が早く済みそうですので』

『…………』

『あら……溜息ですの? こうして日々、貴方様の御不足を補うべく尽力しているというのに、まだまだ至らぬ点があるということかしら。では、お邪魔はこの辺りにしておきますわね。どうぞごゆっくりお休みくださいませ』

『ま、待ってくれ! ……また、弟の元へ行くのか?』

『レオナール様とは何もございませんわ。変な勘繰りはおやめくださいませ。あの方はわたくしのお話を真摯に聞いてくださるだけです。――"話を聞く"という簡単なことすら、貴方様には難儀なことのようですので』


 会話はそこで途切れておりました。これが毎晩、深夜に及ぶまで繰り返されていたとなれば……心労が重なっても不思議ではございませんね。

 それに、宮中で『不出来なヴィクトール様』と囁かれるようになってからというもの、弟君であるレオナール様が急速に台頭なさっているとか。その影にグレイス様の御姿があるとなっては、口さがない方々があらぬ憶測を巡らせるのも当然の成り行きでございましょう。


「……盗聴の是非についてはまた別の機会に論じるとして、このやり取りのどこに問題があると仰るのかしら? わたくしはただこの国のためを思い、行動してまいりました。むしろ、正直申し上げて――ヴィクトール様の無能さにほとほと愛想が尽きておりますのは、わたくしの方ですわ」

「そうですね。グレイス様に非があるとは、こちらの王様も仰っておりません。その功績を称えていらっしゃるほどです。ただ……すっかりヴィクトール様もお疲れのご様子でして、『もう嫌だ』と仰っておられます。この状況では、もはや婚約の継続は難しいでしょう?」


 ヴィクトール様からも直接お話を伺いましたが、以前お見かけした時とは別人のようにやつれ、自信も感じられませんでした。

 本来であれば、無能などと誹られるようなお方ではございません。グレイス様には及ばずとも、王太子としての責務を果たさんと、懸命に努めておられたご様子です。

 しかしながら、思うようにはいかなかったのでしょうね。……蓄積された睡眠不足と削られ続けた自尊心の欠如により、思考停止に陥っているようにも見受けられました。


 ですから、追い詰められたヴィクトール様が突飛な行動に出られる前に手を打ちたいと。

 表向きの依頼人こそヴィクトール様でございますが、その背後には国王夫妻の深いご意向が、確かに存在しておりました。

 

「――そう。それならば仕方ありませんわね。わたくしとはもう、直接お話もできないということなのでしょう?」

「お話が早くて助かります。この件につきましては、すでにグレイス様のご実家の皆様もご了承済みとのこと。あとは、グレイス様のサインをいただければ、すべてが終わります」

「……随分と手回しが良いこと」


 冷ややかな表情を向けられましたが、私は穏やかに微笑み返しました。

 喧嘩をしたいわけではございません。ましてやグレイス様を糾弾したいわけでもございません。あくまで私の役割は、ヴィクトール様の代理として正式な手続きを完了させること。ただそれだけなのです。


「……はい、これでよろしいのでしょう。それで、婚約破棄されたわたくしは、今後どうすればよろしいのかしら? このような形で婚約を解消されたとなれば、いい笑いものになってしまいますわ」

「そうですね……。懇意にされている財務大臣様にご相談なされてはいかがでしょうか? これまでにも、随分と便宜を図っていただいていたのでしょう?」


 その瞬間、グレイス様の表情がかすかに揺らぎました。――あら。顔色が優れないご様子ですね。

 これはシャナムが伝手を辿って調べてくれたことですが、どうやらグレイス様は財務大臣を取り込み、さまざまな権益を手中に収めていらっしゃったとか。その財の一部がクロッカンのご実家へ流れていたという事実もすでに把握しております。……ご両親様が速やかに手を引かれたのも、賢明なご判断かと存じます。


 とはいえ、この程度であればそこまで大きな問題にはなりません。多少の着服も貴族社会では珍しいことではございませんし、お目溢しされる範囲というものを巧みに計算されておいでのようでした。


 ただ、「何もない」とは仰っておりましたが――レオナール様とも、随分と親しくしておられるご様子。

 王太子と対立する彼と密かに逢瀬を交わすのは、いささか軽率なのではないでしょうか。レオナール様の婚約者であるご令嬢も、「最近はレオナール様が冷たくなってしまわれた」とすっかり憔悴していらっしゃると聞き及んでおります。


 グレイス様がこの国の発展に多大なる貢献をなさったことは、疑いようもございません。

 しかし今となっては、その才幹ゆえに制御のきかぬ存在と化し、この国の安定を揺るがしかねない存在となってしまわれたのも事実。

 

 だからこそ、此度の婚約破棄は両国の面子を保つための措置であり、同時にこれまでの功績に報いた温情でもあるのです。ユング王国が私という代理人を通して事を進めたことこそ、穏便に収めたいという両国の思惑を雄弁に物語っておりました。


「……そこまで調べ上げていらっしゃるのに、よくものこのこと一人でおいでになりましたわね。ずいぶんと不用心なことで。その可愛らしいお口をが閉ざされる羽目になるやもしれませんのに……?」


 その言葉に、空気がぴんと張り詰めました。突然の不穏な発言に、私もさすがに驚きを隠せません。


「お戯れを。身を護るための魔道具くらいは当然、持ち歩いております。それにグレイス様ほどの賢いお方が、そんな無謀な手段を選ぶとは到底思えません」

「……少し考えれば分かることですからね。両国を繋ぐはずだった婚姻。その交渉の場に、王家がただの人間を代理人として寄越すわけがありませんもの」

「ご理解賜り、恐悦至極に存じますわ。それでは……こちらに、サインをお願いいたします」


 グレイス様は承諾書を手に取り、さらりと目を通されました。優秀な方ですもの。みなまで言わずとも状況は十分にご理解されているはず。

 ――だからこそ、溜息をつかれた後は、何の迷いもなくすらすらとサインをくださいました。


「……そういえば、ヴィクトール様が下位貴族に入れあげている件は、あちらの有責にはならないのかしら?」

「その件につきましては当然承知しております。ですが、深く探られて困るのは、どちらかと言えばグレイス様の方ではございませんか?」

「ふふ、そうですわね。来月の舞踏会でヴィクトール様から婚約破棄を言い渡されると楽しみにしていたのですけれど、残念ですわ。……せっかくここまで時間をかけてヴィクトール様を"その気"にさせたと思ったのに、婚約破棄代行サービスなるものがお出ましになるとはね」


 ――本当に、危ないところでございました。グレイス様の手腕と執念には舌を巻くものがありましたが、未然に防げて何よりでございます。


 どことなく、肩の力が抜けたように見えるのは、綿密に積み上げてこられた計画が崩れ去ったことへの諦観か。それとも、常に気を張って歩まれてきた日々に終止符が打たれたことへの、穏やかな開放感でしょうか。私に書類を手渡す際、小さく息をつくように笑われました。


「……それにしても、この『モーイヤ』という名称、もう少しどうにかならなかったのかしら? 王家直属の機関にしては、あまりにも俗っぽい名前ですわね。もう少し、ふさわしいものをお選びになればよろしかったのでは?」


 ……天啓だと思った我が事業名を、小馬鹿にされただけだったようです。言葉を失った私の反応を楽しむように、グレイス様は優雅に微笑まれました。

 

「そ、そうでございますか? シンプルで分かりやすく、かつ印象にも残る、マーケティング的にも優れたネーミングだと思うのですが……?」

「なるほど、貴女の考案でしたか。貴女のことはよく存じ上げていなかったのですけれど、どうやらセンスは致命的に欠落しているようですわね。……そうだ、コンサルタントとしてわたくしを雇ってはいかがかしら? きっと、一大事業にして差し上げますわよ?」

「それは素敵なお申し出ですね。ですが――乗っ取られかねませんので、ご遠慮申し上げます」


 即答されると思わなかったのか、虚を突かれたような顔をしております。その表情は憑き物が落ちたようにも思えて――しばらく見つめ合っておりましたが、くすくすと、どちらからともなく忍び笑いを零してしまいました。

 

 グレイス様がどこまで本気で仰っているのかは分かりませんが……。

 そうですね、もし事業をさらに拡大する日が訪れたなら、その英知をお借りするのも一興かもしれません。もっとも、彼女の手綱を握れるかどうかは――また別の話でございますが。


「まぁいいですわ。しばらくは好きなことをさせてもらいますから」

「そうしてくださいませ。きっとグレイス様でしたら、どこに行かれても素晴らしい功績を遺すでしょうから」

「嫌味にしか聞こえませんわね。……次はもっと上手くやりますわよ。何事もほどほどに、ね」


 お言葉通り、おそらく彼女はまたどこかで、その才知を武器に新たな道を切り開くことでしょう。

 ヴィクトール様とのことは――ええ、ただ少しばかり、相性が悪かっただけのことですから。



 

 ――◇◆◇――


 


「所長、お疲れ様でした」

「お疲れ様でした。今回も貴方のおかげで、つつがなく終わりました」

「それは良かったです。散々調べた甲斐がありました」


 そう言いながら机に向かって手際よく書類を整理するシャナムは、グレイス様にも負けず劣らぬ優秀さを誇ります。彼がいなければ、婚約破棄代行サービスなど到底成り立たなかったでしょう。

 

 なにせ、私自身には特別な才覚があるわけでもなく――本国クロッカンの王族とはいえ、第七王女などという王宮に名を連ねるだけの存在。表舞台に立つ機会もほとんどなく、政略結婚の駒となるにしても七番目では意義も曖昧なもの。一応は王族ですから待遇は良うございましたが、婚姻の日を待ちながら、ただ毎日を無為に過ごすだけでした。

 

 ――でも、それだけの人生は嫌だったのです。

 だって、今この世界には『働く女性』という新たな生き方が生まれつつあるのですから。

 彼女たちの活躍を見聞きするたびに、私にも何かできるのではないかしら、と常に考えておりました。


 幸いお父様は頭の柔らかい方です。私の意向を汲み、この事業を認めてくださいました。近頃は粗雑な婚約破棄が横行し、王家としても頭を悩ませていたところですから。仮にも王族である私が間に入れば、問題も少なく済むとご判断なさったのでしょう。

 

 まさか隣国から相談を持ち掛けられるとは思いませんでしたが……高位貴族であるグレイス様の暴走を止められるのも、やはり王族である私くらいなもの。国王であるお父様が表立って動けばこれはもはや正式な外交問題となり、たった一人の令嬢も御しきれないのかと、両国の面子は丸潰れになってしまいます。


 それならば、王家の名のもとに正式な場を設けるのではなく、代理人を立て、あくまで内密に、円滑に。

 結果として大きな問題になることもなく、両国の思惑通りに事が運んだのではないでしょうか。


「グレイス嬢もすぐに納得なさったのですね。些か心配しておりましたが……」

「損切りもお上手で、噂に違わぬ才女でございましたよ。もう少しヴィクトール様に寄り添っていたのならば……いえ、これは詮無きことですね」

「国際問題に発展せず、なによりでございました」

「本当に。来月の舞踏会には、久しぶりに私も参加予定でしたの。また心臓が縮むところでした」


 ――下位貴族との「真実の愛」に目覚めたヴィクトール様が婚約破棄を高らかに宣言し、その場でめためたに返り討ちに遭った挙げ句、グレイス様とレオナール様が結ばれる……そんな茶番劇など。


 もう、お腹いっぱいでございますから。


「そういえば、ドルマン家より抗議のお手紙を頂戴しましたが、いかがいたしましょうか」

「ドルマン家……ダーレン様ですね。捨て置いてくださいませ。あまりにしつこいようであれば、お父様にご相談いたしましょうか。品格を欠いた家の今後の処遇につきましても」


 ――ええ、この代行サービスも、結局のところ王家の威光を笠に着る形にほかなりません。

 ですが、せっかく王族に生まれたのですもの。使えるものは使う。それが私の信条でございます。


 恭しく頷くシャナムも、元は私の傍付きの執事。

 完璧主義の彼はこの仕事にもすぐに順応し、私への呼び方も改め、共に事業を盛り上げていくことを約束してくださいました。


 本当にありがたいことだと思い、彼を労おうとしましたら――シャナムは、なぜか愉快そうに微笑んでいます。


「実は、新たにご依頼を頂戴しました。所長が長期出張中でしたので、私の方で詳細は承っております」

「まぁ、それは嬉しいことですね! ありがとうございます。今回はどのようなご相談でしょうか?」


 次々とお仕事が舞い込むだなんて、なんて喜ばしいことでしょう。

 うきうきと仕事の詳細を尋ねると、シャナムは穏やかに微笑みました。


「ご依頼人は、ニール・トールデン様です」

「……え?」

「婚約破棄のご理由は、婚約者が胡散臭い仕事にかまけて、まったく相手をしてくれないこと。さらに、仕事と称して年頃の男と二人きりで過ごしているのも疑わしい。このままでは白い結婚になりかねないので、仕事を辞める気が無いのであれば婚約を破棄したいとのお申し出でした」

「…………」


 くらりと、眩暈がしました。

 ――ニール・トールデン。

 それは、同姓同名の別人でもなければ、私の婚約者です。


 ですが、そうですね……。最後に彼に会ったのがいつだったかも覚えておりませんし、いくら仕事仲間とはいえ、シャナムと二人きりで過ごす時間が長いのも事実。外から見れば疑念を持たれても仕方のないことかもしれません。


 ……あら? これ、どこかで聞いたことのある話ですね……。


 確かに、お仕事の詳細については十分に説明できておりませんでした。私が働くということ自体に、あまり良い反応を得られなかったからです。

 とはいえ私から婚約破棄を提案するほどのことでもないと思い、そのまま放置してしまったのですが……。

 

 私も一応は王族。相手方から面と向かって破談を申し出るのは、難しかったに違いありません。

 それにこの事務所は私の名を冠しているわけでもなく、シャナムの顔が広く知れ渡っているわけでもございません。

 評判を聞いて、偶然依頼をしてしまったとしても――それは、十分にあり得ることでした。


 ――それにしても、どうしたものでしょうか。

 まさか、自分の婚約者の婚約破棄を代行することになるとは、さすがに想定しておりませんでした。

 どのように段取りをつけたものか、思案せずにはいられません。


「……アイシャ様は、大人しくお受けになられるのですか? きちんとご説明されましたら、ご納得いただけるかと存じますが……」

「え? ええ、そうですね。私はこの仕事を辞めるつもりはありませんし、不安にさせてしまったのは私の落ち度ですから。……申し訳ございませんが、シャナムは慰謝料の算定と承諾書の作成をお願いいたします」

「もちろん構いませんが……本当によろしいのですか? 仮にも婚約者様ですよね?」

「ご理解賜れなかったのであれば仕方ありません。ニール様のことを思えばこそ、受け入れるべきでしょう。それに悪いことばかりではございませんもの……。これで実績がまた一つ、積み上がるのですから」


 ハハハ……と苦笑するシャナムについウインクを返してしまいます。

 そう、それに――正式に婚姻を結ぶ必要もなくなったのですから、これからは思う存分この仕事に集中できるというものですね。


「もう少し実績を積んだら、人を増やして広告を出してもいいかもしれませんね。シャナム、忙しくなりますよ」

「はい。どこまでもお供いたします」


 そう、所詮私は第七王女にすぎません。今の時勢を鑑みれば、結婚しないという選択肢があっても何ら不思議ではございません。

 ならば、働く女性の一例として、ただひたすら邁進するまでです。

 


  ――後日。事務所の一角で、シャナムがニール様の代理人として説明をしてくださいました。

 私はテーブルの上に置かれた承諾書に隅々まで目を通します。


 ……なるほど。サインをするときは、こういう気持ちになるのですね。

 この重みを知った今、今後はよりいっそう、依頼人や関係者に寄り添った対応ができることでしょう。


 私にとっても、貴重な学びとなりました。



 

 ――◇◆◇――



 

 アイシャ様からお預かりした『婚約破棄に関する承諾書』。

 それをニール様にお渡しした時の――あの絶望に染まるお顔。


 もしもあのご様子を目にしていたなら、アイシャ様も心を動かされたかもしれません。

 ですが、もはやあのお方の興味は完全に仕事へと移っておりました。


 結末は分かりきっていましたから、一応はお止めしたというのに。

 それでも、ニール様はどうしても確かめずにはいられなかったようです。


「……私よりも、仕事を選ばれたということですか……」


 静かに項垂れるニール様。

 ――彼は、本気で婚約破棄をするつもりなどなかったのでしょう。

 彼がこのサービスを利用したのは――言い方は悪いですが、試し行為、もしくは脅し。

「考えを改めるから、婚約破棄はしないで欲しい」と、アイシャ様に縋っていただきたかったのだと思います。


 ですが、結果はご覧の通り。

 承諾書には、アイシャ様の流麗な文字が確かに署名されておりました。


「こちらの提出をもって、正式に婚約は解消されます。アイリーシャ様は慰謝料に加え、迷惑料もお支払いすると明言されておりましたので、そちらはまた後日お渡しいたします」

「……そうですか。そこまでの意思があるというのであれば、私の出る幕ではなかったようだ。……ただ、少しでも揺らいでくだされば良かったのですけれどね……」


 迷いのない署名を見つめ、寂しげに微笑むニール様。

 彼も決して物分かりの悪い方ではございませんが、アイシャ様が市井に紛れて働くことに、どうにも強い嫌悪感を抱いておられたようでした。

 王族であるアイシャ様には、貴族としてふさわしい振る舞いを求め、己を支える立場であってほしいと――ただ、それだけを望んでいたのでしょう。


 もし、きちんと話し合われていたなら――あるいは理解も得られたのかもしれません。

 ですが、アイシャ様はそこまでの熱情をお持ちではなかった。

 その事実をニール様も痛感されたのでしょう。彼は、潔く身を引く決意を固めたようでした。


「こちらで手続きは完了となります。何かご不明な点はございますか?」

「いえ……。最後に……アイリーシャ様には『ニールは貴女様を愛していた』とお伝えください」

「承知いたしました。それでは、これにて失礼いたします。どうか、良きご縁に恵まれますよう……」


 そう申し上げ、私は彼の屋敷を後にしました。

 どこかすがすがしい気分でした。


 ――もちろん、あんな陳腐な愛の言葉をアイシャ様に伝えるつもりは毛頭ございません。

 これまでもニール様のことなど、たいして気にされていなかったのですから。今さら雑音を耳に入れても、何の意味もないでしょう。


 そもそも、アイシャ様のおかげで救われる方がどれほどいらっしゃることか。

 そんなお方に、婚約者のために仕事を手放せなどと――口が裂けても申し上げられませんでした。


 ニール様とのことは残念ですが、そう……価値観の相違でございますから、仕方のないことですね。

 

 これで、アイシャ様は大好きなお仕事に専念できる。

 そのお傍で仕え続けるためにも――私自身も、より一層、優秀であり続けねばなりません。


 なにせ、本国に戻られて早々にアイシャ様のことを探っているグレイス嬢は、どうやら私の座を狙っているご様子。あのような腹黒い方に、この立場を明け渡すわけにはまいりません。

 往生際の悪いドルマン家にも改めて釘を刺す必要がありますし、新たな依頼もすぐに舞い込むはずです。

 

 やるべきことはまだまだ山積みですが――。

 それでも、私はどこか軽い足取りで事務所へと急ぎました。

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