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前編

 ぽろんぽろん


 優しいギターの音色に導かれて私は森の中を進む。ギターに合わせて鳥がさえずり、女性の神秘的な歌声が辺りに響く。


「あら、お客さん?」


 森を抜け、開けたところで切り株に座りギターを抱える女性。いや少女と言ったほうがいいのかもしれない。その少女は年相応のコロコロと鈴がなるような声で言葉を奏でる。その声は歌っているようにも思えて、不思議な感覚を誘う。


「えっと...」

「もしかして迷子かしら。森の出口まで案内するわよ?」

「あの...違くて...。」


 否定をしつつも、まるで妖精のように木漏れ日に照らされる少女に目を離せずにいる。


 ぐぅー


 突然なったお腹の音に恥ずかしくなって私は顔を手で覆う。


「あらあら、お腹が空いたのね。そろそろお昼の時間だもの。いっしょに食べましょう。」

「いいの?」

「ええ、今日は作りすぎちゃって困ってたの。」

「そうなんだ。」


 多分嘘だ、でも優しい嘘だ。私は笑みを浮かべ少女の隣に座る。


「私はファラ。あなたはの名前は?」

「え...?」


 あれ?私の名前ってなんだっけ?思い出せない。あったはずなのに。


「わかん...ない。」

「そうなの...どこから来たのかは分かる?」


 私は首を振る。なんでだろう。あったかいおうちがあって、近所の猫と仲がよかった記憶だってあるのに。もうここがどこなのか、どこから来たのか、名前すらもわからない。


「まぁいいわ。たいしたことではないもの。でも、名前がないのは困ったわね...。」

「ねぇ、ファラがつけて?私の名前。」


 もう...思い出せないのなら、それでいい。もうあそこに思い残りはないのだから。


「いいの?名前があったのではなくて?」

「いいの。多分、もう戻れないから。」

「そう...じゃあロアはどうかしら?」

「ロア...。」

「ええ。気に入ってくれたかしら。」

「うん!ロア、いい名前!」


 これでもう今までの私ではない。私はロアになったのだ。


「じゃあお昼にしましょう。こっちについてきて!」

「うん。」



 着いていくと、小さなログハウスに着いた。周囲は開けていて、清々しく日の光が立ち込めている。 思えばここは暑くもなく寒くもない。まるで春のような暖かさを孕み、それでいて夏のような強さを感じられるようなそんな気温な気がした。


「ちょっと待っててくれる?」

「うん。」


 心なしか、ファラの言葉遣いが軽くなった気がする。少し、心に近づけたようで嬉しくなる。


「お待たせしたわね。」

「ううん。」


 ファラの持っていたものを見て私は思わず駆け寄る。可愛らしいピクニックバスケット。中を覗き込むとサンドイッチが詰まっている。


「これ、ファラが作ったの!?」

「ええ、大したものではないけれどね。」


 ファラは恥ずかしげに頬を紅潮させる。


「もう少し待ってくださる?今ピクニックの準備をするから。」

「ピクニック!わかった!」


 ピクニックという言葉を聞いて、気分が高まる。そんな様をみて、ファラは少し嬉しそうに微笑む。


「さぁ、ピクニックを始めましょうか!」

「やったー!」


 ピクニックシートに座り、渡してもらったサンドイッチにかぶりつく。


「おいしい!」

「そう、よかった!」


 心地よい風が髪を揺らす。隣を見ればお上品にサンドイッチを食べるファラがいる。誰かと食べるご飯はとても久しぶりな気がした。

 ふと、遠くを見るファラの瞳が揺れた気がした。何か遠いものを見ているような、ずっと近くを覗いているような、綺麗なのに、悲しそうで、少し希望に満ちている、そんな目。私はこの目を知っている...?


「ファラ...?」

「あら、どうかした?」

「ううん...。」


 思い出せそうで、思い出せない。ただ、あの瞳はとても美しいと思った。確かに誰かを惹きつける瞳だ。


「ファラは、綺麗な目をしてるね。」

「そうかしら?」

「うん。無垢で、静かで、何も知らないのに、全てを見透かすような目。」

「そう...。」


 なんで、こんなことを思ったんだろう。私は彼女を知らないのに。


「少し...昔話をしましょうか。」

「昔話?」

「そうよ。」

「聞かせて?」

「ええ。」


 ファラの周りの空気が少し変わった気がした。


「昔、あるところにスミという少女が居ました。スミは見るもの全てが不思議で知らないものを見つけては、お母さんにいっぱい質問してました。

『ねぇねぇ、お母様?このお花はなぁに?』

『これは、カスミソウよ。あなたの名前が入ってるの。』

『ほんとだぁ!カスミソウ!いいお花ね!」

『ええ。』

『お母様、お姉様にこのお花摘んで行ってあげていい?』

『ええ、スイもきっと喜ぶわ。』

『うん!』

 スイは、もう死んでいます。でも、お空からみんなを見守っていました。そんなスイには悩みがありました。

『もっと近くで、スミとお母様を見たいなぁ。』

 お空は、スイにとっては少し遠かったようです。でも、スイはとってもいいことを思いつきました。

『そうだ!あのカスミソウになればいいんだ!』

 スイは嬉しそうにカスミソウに入っていきます。スイは、カスミソウになりました。

『わぁ!地面がとっても近い!』

 おうちに帰ってきたスミは、真っ先にお空に向かって話しかけます。

『見て!お姉様!このお花カスミソウって言うの!私の名前が入っているのよ!』

 スミがおでかけをした日はいつもこうやってお花を摘んできてスイに話しかけてくれます。それをスイはいつもとても楽しみにしていました。ですが今日はそうではありません。

『スミ、私はそっちではないわ。こっちを見て!』

 スイはカスミソウになっているので、お空を見てるスミとは目が合いません。なんだか、知らない人と話しているのを眺めている気持ちです。

『とってもつまらないわ!』

 カスミソウは、スイが思っているものとは違ったようです。そんなとき、スイにとって嬉しいことが起きました。カスミソウの元気がなくなってきたのです。摘んで長い時間が経ってしまったお花はもう枯れるのを待つのみです。

『ラッキーね!』

 そのままカスミソウは枯れてしまい、スイはお空に戻ることができました。落ち込むスミは可哀想でしたが、もうあんな思いはしたくありません。

『もう、あんなのはこりごりだわ!カスミソウになるなんて思うんじゃなかった!』

 この後、スイがお空から降りてくることはありませんでした。

 おしまい。」


 私は出来るだけ大きな拍手をする。


「すごいね!本当にスイちゃんみたいだった!」

「嬉しいわ。」


 ファラは照れたように笑う。ファラのお話しを聞いてると、本当にその世界に行ったような気分になった。ファラが気づいたらスミちゃんのようで、気づいたらカスミソウのようにすら見えた。まるで風や太陽すらもコントロールしてるようで、そこには確かにカスミソウが咲いていた。


「ロアはこの話を聞いてどう思った?」

「うーん...スイちゃんに会ってみたいなぁって思った!」

「そうね。」

「うん...。」


 なんだかファラが悲しそうな顔をしている気がした。


「何かあったの?」

「いや、なんでもないわ。」

「そう?何かあったなら話してくれない?」

「そうね...昔ね、私スイちゃんに会ったことがあるの。」

「え!?どんな子だった?」

「そうね...優しくて、強くて...少しロアに似てる子。」

「そうなんだ!」

「少し思い出しちゃった。」

「そっか...。」


 ファラは少し寂しそうで、でも悲しそうではなくて、確かに前を向いている。

 その理由が私には、わからない。

 何か悲しいことがあったのかもしれない。もうスイちゃんには会えないのかもしれない。

 でもこの話を聞いて、知らなくてもいいと思った。なぜかその目を知っている気がした理由も、ファラが寂しそうな理由も。


 多分そこに答えがあるから。


「スイちゃんに会えるかなぁ?」

「会えると...いいわね。」

「うん!」


 きっと、もう会えないんだろう。

お読みいただきありがとうございます。


ちなみにこの世界にカスミソウはないらしい。


誤字脱字等教えていただけるとありがたいです。

よろしければブックマーク、評価、感想など、気軽にしていってください。

次回もお楽しみに。

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