エピローグ:光を織る街
夏の終わり、図書館の窓から夕日が差し込んでいた。
完成した織物は、特別展示室のガラスケースの中で、静かな輝きを放っている。キャプションには、『光を織る技術の研究 - 1924年 G・モンターニャ&中原つむぎ』とだけ記されていた。
「面白い展示ですね」
訪れた利用者が、ガラスケースを覗き込む。若い女性で、カメラを持っている。
「この織物、光って見えません?」
「ええ」私は答えた。「特別な織り方なんです」
「まるで、記憶が織り込まれているみたい」
彼女はそう言って、微笑んだ。
気付いているのかもしれない。この街に住む人々は、みな少しずつ。織物に織り込まれた光の存在に。
新堂さんの研究室では、祖母たちの技術を現代の科学で解明する試みが続いている。量子光学の新しい扉が開かれつつあるという。
でも、それはまた別の物語。
私は今日も図書館の窓辺に立ち、夕暮れの街を見下ろす。レンガ造りの工場、石畳の坂道、そして古い民家の屋根。それらの間を、かすかな光が行き交っているのが見える。
マリアは相変わらず、図書館の窓辺で本を読んでいる。ジョヴァンニは時々、実験ノートに新しい書き込みを残していく。
そして祖母は——。
「お姉さん」マリアが声をかける。「また誰か、来てるよ」
振り返ると、エントランスホールに、初老の男性が佇んでいた。迷子になったような様子で、辺りを見回している。
「織物の展示は、どちらですか?」彼が尋ねる。「祖父の作品が、ここにあると聞いて」
私は微笑んで、案内することにした。
この街で織られる物語は、これからも続いていく。
光となって、記憶となって。
永遠に、織り続けられていく。