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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

なんでこんな女と

少々下品な描写があるのでお食事前やお食事中は読まない方がいいかもしれません

「椎名ちゃんと結婚したよ〜!今日から椎名小春になります」

地元のグループLINEに小春からそんなメッセージが来たとき、思わず声に出して言ってしまった

「なんで、小春なんかと」

椎名とは中学のとき3年間同じクラスだった

昔から静かで穏やかで、何を考えてるのかいまいち掴めないような奴だった

恋愛方面もどんな感じなのか全く分からず、好きな女はいるのかなんて話も一度はしたはずなのだが、上手いことはぐらかされて何も教えてはもらえなかった

だからどんな女がタイプなのかとか、そんなことは全然知らなかったわけだが

それにしたって、なんでよりにもよって

小春なんかと。

椎名は昔から頭が良く勉強が得意だった。だから高校は偏差値の高い進学校に進んだし、大学だって名門に現役で入っていた。

今は某大手企業で働いているらしいし、給料だって相当いいはずだ。

結婚相手なんて選びたい放題だろうに。


小春とも中学が一緒で、2年と3年のときに同じクラスだった

こいつとはなんとなくずっと連絡を取り合っていて、成人してからも地元で仲のいいシンジや由美を含めた4人で年に2、3回は飲みに行っているのだが

まあよく分からん変な奴で、酒癖も悪ければ金遣いも荒い。男の俺がひるむような下品な話もバンバンするし、正直言ってあまり魅力的な異性とは言えない、いや、むしろ異性として意識できないタイプの女だ。

たしか今は病院で働いていたはずだが給料はそんなに良くないと言っていたし、容姿や社会的地位なんかのスペックはお世辞にも高いとは言えないのに

なんでこんな女が、椎名と結婚できているんだ?


「おめでとう!近いうちにお祝い飲み会でもしよう。椎名も来れる?」

気付いたらそんなメッセージを送っていた

以前地元のグループで会ったのはたしか半年前だったはず。この半年で一体何があったのか。

椎名と小春に直接会って、確かめたかった。

なぜ椎名が、小春と結婚しようと思ったのか

「ありがとう!椎名ちゃんは飲み会苦手だから行かないって〜!あたしは来週以降ならいつでも行けるよ!」

思わず舌打ちをする

そういえば椎名は飲み会が苦手だった。だから中学を卒業してから会ったのは成人式だけだったのを思い出す

無理やり連れてこいとも言えないので残念がっている猫のスタンプを送り

「じゃあとりあえずいつもの4人で集まるか。俺は来週の土曜なら会いてるけど」

と提案するとすぐにシンジと由美から

「その日なら行けるよ」

「ちょうど空いてる!」

と返事がきた。その後に小春から

「あたしも空いてる〜!店はこことかどう?前から行ってみたかったんだよね」

とメッセージが来て、あっさりと結婚祝い飲み会の日時と店が決まった

来週、椎名と結婚した小春に会う

なんとも言えない胸のざらつきを感じていると、小春が自分の名前を「阿部小春」から「椎名小春」に変えていて

それを見た瞬間、無性に腹が立ってスマホをベッドに放り投げた


そうしてあっという間に飲み会の日になった。

名字が椎名に変わった小春に会うと思ったらなんとなく気が抜けなくなって、服は新しく買ったものにしたし飲み会の前に美容室にも行って、肩まで伸ばしている髪をサラサラに仕上げた

美容室が混んでいたため思ったより時間がかかってしまい、待ち合わせ時間に間に合わなそうだったので

「悪い!20分くらい遅れる!」

と地元グループにメッセージを送ると、すぐに既読がついた

「大丈夫だよ〜!あたし先に別の店で一人で飲んでてもうけっこうベロベロ!0次会して待ってまーす」

と小春から返事が来た。こいつ飲み会前に一人で飲んでるのかよ

なんだよ0次会って

いつもなら笑って流せる小春らしい言動だが今日は気持ちがささくれ立つ。

ダメだ。こんな調子じゃ会ってすぐ喧嘩になってしまう。

呼吸を整え、自由が丘へと向かう電車に乗り込んだ


指定されていた店に着くと、すでに顔が赤く楽しそうに酔っ払っている小春と、そんな小春を「はいお水飲んでくださ〜い」と介護する由美がいた。

「遅れてすまん」と2人の向かいの席に座ると

「ほらご飯頼んどいたよ!他なんか食べたいものある!?アッ!先にお酒か!!」

と小春がデカい声で捲し立ててくる。なんかめちゃくちゃ酒くさい。

「お前、なんでもうそんな酒くせぇんだよ。一人でどんだけ飲んだの?」

そう聞くと小春はにやにやしながら

「テキーラ1杯と、ウォッカ2杯!あとラムを1杯と〜ジンも1杯!!!」

と嬉しそうに声を張り上げた

なんで飲み会の前にそんな強い酒ばかり大量に飲むのか、全く意味が分からない

自分以外の人間はシラフで来るのだから、酔っ払った小春のテンションに周りが困るとか考えないのだろうか

呆れて何も言えずにいると、由美が

「小春ちゃんちょっと声が大きいかな〜もっと小さい声でも聞こえるよ〜」

と小春を宥め、それを聞いた小春が

「え!?あたしうるさい!?」

とまたデカい声で返し、由美が小春から顔を背けながら

「酒くさっ!声デカっ!」

と言っていた

あまりにアホっぽいやりとりに思わず笑ってしまう。まあこいつら見ていて面白くはあるんだよなと考えていたとき、ふと気付いた。シンジがいない。

「あれ?シンジは?」

「あ〜、なんか遅れてくるって!まあいつものことじゃん。でもこの店2時間制らしいから、もしかしたらシンジ間に合わないかもね」

由美が赤ワインらしきものを飲みながら答える

シンジはいつも平気で1〜2時間遅れてきては「すんません遅れました〜」とゆるく登場してくるので、「ああ、またか」と返して店員にレモンサワーを注文した

ふぅと一息ついて、正面に座る小春をまじまじと見る

うろんな目でビールを美味そうに飲んでいるその顔は、半年前に会った時より丸々としていた

なんかこいつ、ずいぶん太ったんじゃないか?

そんなことを考えていると小春が

「あたしさ〜最近10キロ太っちゃったんだよね〜」

と手を叩いて笑った。なるほどどうりで‥と納得しながら「幸せ太りってやつか」と苛立つ。

これで小春がモデルみたいな美女だったらまだ溜飲も下がるというのに

なんだって椎名は、こんなゆるキャラみたいな女と結婚したんだ?

胸にくすぶるモヤモヤを持て余したまま酒を飲み、他愛のない話をし、気付けば2時間が経ちだいぶ店が混雑してきた頃

店員が申し訳なさそうに

「申し訳ありません。そろそろお時間です」

と言いにきたので、会計を済ませて店を出た


「シンジもまだ来てないし、2軒目行こ〜!!」

道路のど真ん中で小春が楽しそうに叫ぶ。そんな小春を由美が「危ないから!」と白線の内側に連れていく

時刻は19時。「今日土曜だしこの時間から入れる店あんの?」と言うと小春がめちゃくちゃムカつくドヤ顔をしてきて

「実はもう2軒目予約してあります!あたしってほら、気が利くから!」

と早足で歩き出した

発言と表情はムカつくが助かったのも事実なので、黙って後についていく

ほどなくして雰囲気のいいダイニングバーに着いた

こいつ無駄に食道楽家だからやたら飲食店に詳しいよなと思っていると小春がドアを開け、店員に

「予約した椎名です〜」と名乗るのが聞こえてきてまたなんとなく苛立つ

店の奥に通され、半個室風のテーブル席に座ると、スマホが振動した。見るとシンジからの「あと10分くらいで着きます〜」というメッセージだった

それに小春が「いま2軒目にいるよ〜場所はここ!先にワインのボトルとか頼んどくから!いそいでこい」と返し、店の位置情報も送っていた

どうでもいいことだが小春はフリック入力が出来ないので真顔でスマホの画面を素早くタップしながらLINEを返していて

側から見ていてその姿は限りなくダサい。

「じゃあとりあえずおつまみ頼もうよ〜!あと泡!泡飲みたい!泡!」

乱暴にメニューを開きながらスパークリングワインを要求する小春をとりあえず無視して由美と話し合い、適当な前菜をいくつかと手頃な価格のスパークリングワインをボトルで注文して水を一口飲む

すぐにカルパッチョやテリーヌと一緒にアイスペールとボトル、グラスが運ばれてきた

「あたしが注ぐ!」とボトルを手にしようとした小春を由美が

「わたし!わたしがやります!小春さんは座っといてください!」

と制して3人のグラスにワインを注いだ

「それじゃあ!小春さん!結婚おめでとー!かんぱーい!」

となぜか小春が自分で音頭を取り乾杯をした。もう細かいことを突っ込んでいても仕方ないので何も言わないが、普通そういうのは周りの人間が言うもんじゃないのか。

「やっぱお祝い事には泡だね泡!」と上機嫌な小春を苦々しい気分で見ていて、ふと気付いた

小春は髪が墨汁でも被ったのかというほど黒い。真っ黒だ。照明の光を受けたその頭は黒光りしていて茄子そっくりなのだが

こいつより、俺の方が、綺麗な髪をしているんじゃないか?

そう思った時には考えるより先に小春の髪に指先で触れていた

すっと指を通した感触は硬く、なんだか細めのワイヤーの束にでも触れたようだった

俺の行動に驚きぽかんとする由美と小春を尻目に自分の髪にも触れてみた

ふわりと柔らかく、さらりとした感触は間違いなく小春の髪よりずっと手触りが良かった

思わず口角が上がる

勝った。

相変わらずきょとんとした間抜けな表情でこちらを見ている小春に、勝ち誇るように、ゆっくりと

「お前より、俺の方が、髪質いいな」

と言ってやった

すると小春は初めなんのことか分からないという顔をしていたが、すぐに威嚇するような表情になり

「あたしの髪は硬くて太いけど、ツヤツヤなんですけど!?」

と負け惜しみを言ってきたので鼻で笑っていると

「あ!シンジ来たよ!」

と由美が店の入り口を見ながら言った


「いやー、遅れてごめん。ちょっと仕事が忙しくて」

そう言って俺の隣に座ったシンジに

「まあ許してやる!乾杯しようぜ!あとこれ美味いから食え!」

と小春がやたら偉そうにワインと料理を勧めた

4人で乾杯し直したあと、シンジが

「阿部、結婚おめでとう。椎名ちゃんは元気?」

と尋ねる。小春はワインを一気飲みしたあと

「元気だよー。仕事は忙しそうだけど。休みの日は一緒にゲームしたりしてるよ!」

と幸せそうに返すその口調に、日々生活を共にしている人間特有の親しみが感じられて胸がざわつく

それからなんとなく、結婚してからどんな感じなのかという話になり、小春は

「前とあんまり変わんないよ」

「結婚前から同棲はしてたし」

「てか中学の時から仲良かったから、なんかもう昔から親戚みたいな感じだったし!」

などと笑いながら話していて、その一つ一つが自慢話に聞こえてしまう自分が嫌になった。


ここに居る人間は誰も、俺が椎名を好きなことを知らない


一生、誰にも言うつもりはない

こんな気持ちを伝えられたって椎名は困るだけだろうし、別に告白する気はない

きっと墓まで持っていく秘密になるだろうと思う

後悔はない。

あいつが幸せならそれでいい

だが

なんでよりにもよって、こんなおかしな女と結婚しちまったんだよ、椎名

そんなことを考えつつ適当に会話に混ざりながら酒を飲み、ワインのボトルが4本ほど空いたころ

小春に異変が起きた

あんなに饒舌だったのに一言も喋らなくなり、考える人みたいなポーズで下を向いたまま顔を全く上げなくなった

心配したシンジと由美が

「大丈夫?」

「気持ち悪いんか?」

「水いる?」

などと声をかけるが、無言で首を横に振るばかりで、なにも答えない

しばらくしてようやく

「大丈夫。みんな、ふつうに、しゃべってて」

とだけ呟いたが、どう見ても大丈夫ではない。さすがにトイレにでも連れて行った方がいいのではと思った

その時

突然、小春が顔を上げた

そして

「あっ」

由美がそう声を上げたときには、小春は真っ直ぐ前を向いたまま嘔吐していた

赤いタートルネックに吐瀉物が飛び散る

あまりの惨状に絶句していると、由美とシンジは「あーあー」と言いながら手際よくおしぼりをいくつも袋から出し

「これで拭きな!」と小春に手渡していた

なんでこいつらこんなに冷静なんだと呆然としている俺の目の前で、小春は

「あ、なんか急にめっちゃすっきりしたわ」

などと宣っていた

マジでふざけんなよこいつ

店の一番奥の半個室だったことが幸いし、周りの客に不愉快な思いはさせずに済んだようだが、まさか30歳になって女友達の卓ゲロを目撃すると思っていなかった俺は、ただただ引いていた

汚れた髪や服を拭った小春に由美が

「トイレで手洗ってきな!」と促し、小春が「いや〜ほんとごめん〜」と言いながら席を立った

小走りでトイレへ向かうその背中を見ながら、つい

「椎名、なんであいつと結婚したんだろう‥」そう呟くと、遠い目をした由美が

「きっと椎名ちゃん、前世で小春のこと殺しちゃったんだね‥それで、今世でその償いをしているんだよ‥」

と思いがけずスピリチュアルな発言をし、それを聞いたシンジが

「業、やな‥」

となぜかエセ関西弁で呟いていた

たしかに、そのくらい不思議な理由がないと納得できないなと、大量の汚れたおしぼりを見て思った


その後、店員に事情を説明して謝罪し会計を済ませて逃げるように店を出た

小春は「3軒目行くぞー!」と言っていたがあまりに危険な状態のため今日はここでお開きにし、小春は電車に乗せるのも怖いので椎名に迎えに来てもらうことになった。

ふらつきながら椎名に電話をかけようとしてなぜかメモ帳を開くという謎の行動をとる小春のスマホを由美が奪い取り、速やかに椎名に電話をし事の次第を伝えたあと、申し訳ないが車で迎えに来て欲しいと頼み何度も謝ってから電話を切った

スマホを返された小春は

「みんな〜ほんとにごめんねぇ〜」と謝ってきて、ほんとだよお前いい加減にしろよと言おうとしたらその前に由美が

「大丈夫。小春ちゃんのゲロなんてポ◯リスエットみたいなもんよ」

とよく分からないフォローをしたため何も言えなくなってしまった

大◯製薬に謝れ。

それから足元のおぼつかない小春を全員で見守りながら歩き、駅に着くなりシンジが自販機で水を買って小春に手渡す

「ありがと〜シンジ超紳士!」と言いながら嬉しそうに水を飲む小春を見て、シンジや由美がこんなに甘やかすからこいつはこんな感じなんじゃないかと少し苛立つ。

それからぽつぽつと喋りながら椎名を待ち、小春がペットボトルを空にしたころ

一台の白い乗用車が、俺たちの前で停車した。

運転席から出てきた細長いシルエットに心臓が大きく跳ねる

後頭部に寝癖をつけ、白いシャツにジーンズ姿の、椎名がいた。

「皆さん、本当にすいません」

そう言って近付いてきた椎名に由美とシンジは

「こっちこそごめんね!ありがとう!」

「椎名ちゃん、また背伸びた?」

などと声をかけていたが、俺だけが何も言えずその場に立ち尽くしていた

由美とシンジを適当にあしらった椎名はため息をつきながら小春に近づき、その頭を軽く小突いた

「いい大人なんだから、しっかりして下さい」

静かな声で諌められた小春は小さく縮こまって

「大変申し訳ございません‥」

と俯いていた。

「ほらもう早く帰るよ。乗ってください」

そう言って小春を後部座席に押し込んだ椎名は再度俺たちに頭を下げ、運転席に戻ろうとした。その背中を

「椎名!」と呼び止める

怪訝な顔で振り向いた椎名に

「小春の、どこが好きなの?」

と、我ながらストレートすぎる疑問をぶつけた。

すると椎名は少しだけ目を見開いたあと、諦めたように笑って

「俺も分からない。たぶん、呪われてるんだと思う」

そう言って車に乗り込んだ

ゆっくり遠ざかっていく白い車を、呆然としながら見送る

後ろでは由美とシンジが

「呪いって!椎名ちゃんひどい!」などと笑って盛り上がっていたが

俺はその「呪い」という言葉にどうしようもない愛みたいなものを感じてしまって、やりきれなくなってタバコを一本咥えた

煙を深く吸って、上を向いて吐き出す

真っ黒な夜空に煙が吸い込まれていくのをぼんやり眺めていたら、通りすがりのおばちゃんに

「ここ、路上喫煙禁止ですよ!」と怒鳴られ驚いてタバコを地面に落とした

すると今度は「ポイ捨ても禁止!」と睨まれ、軽く会釈をしながらタバコを拾った

ああ、まったく。今日はほんとうに

ままならない日だ

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