九の巻
こうしてわたし天津炭姫は国際社会に打って出ました。これからは自分の食べるものは自分で稼ぎます。気をつけるべきは情にほだされたタダ働きです。これはもっと後にあったことですが、ある男性からある仕事を頼まれて、お駄賃をもらおうとしたら、その男性は涙を流し出し、実はおふくろが急に倒れて、と言って、薬代のためにわたしにお駄賃を払えなくなったのです。母を思う気持ちは分かります。わたしもホロリとほだされて、いつでも大丈夫ですよ、と言ったのですが、その日の夜、別の用事で大人のおねえさんが集まるお屋敷に行って届け物をしたら、そのクソ男を見つけました。クソ男は衝立越しにわたしがいかにして騙されたかを手柄話のように語り、そして、わたしのことを胸がぺったんこのカエル呼ばわりしました。わたしがいかにして、そのクソ男にお仕置きをしたか、詳しくは述べませんが、足は一本折りました。
ここでの生活にだいぶ慣れてきてからでもこの有様ですから、自立し始めた段階では特に気をつけないといけません。わたしはずるがしこい詐欺に対する経験が欠けているからです。(皆さんは忘れているかもしれませんが、このあいだまでわたしは世間知らずのお姫さまだったのです)。
さて、下々の生活はどのようでしょう、ほほほ。いや、まあ、本当に雇ってもらえません。ただの十三歳の女の子だったら、小さな店で小使いになれたのですが、わたしは高貴な血を引く、齢十三の美ッ少女。雇うのに二の足を踏むのは無理もありません。――まあ、白状すると眼帯のせいです。
「ここに来れば、誰でも椰子の実の行商人にしてもらえるときいてきました」
「ああ、誰でもなれる――おいおい、お嬢ちゃん、そりゃ眼帯か?」
「眼帯です」
「じゃあ、うちじゃ雇えない」
「なぜですか?」
「悪い病気があるかもしれない」
「それなら大丈夫です。わたしの目は病気ではなく、熱した鉄のハサミでえぐり取られて破裂したことによるものです。その後、眼窩からは濁った漿液がどろどろと流れ出て――」
「うげ……なんだか、気持ち悪くなってきた。悪いけど、今日は店じまいにするわ」
「もし。眼帯がダメなら取りますよ。ほら」
「おえーっ!」
椰子の実売りの元締めは胆力に欠ける人物でした。しかし、椰子の実すら売れないのは、わたしの心を少々悲しくします。わたしよりも幼い少女ですら、顎をちょっと動かすだけで籠に椰子の実がどっさり詰め込まれ、行商にでかけるのです。いまのわたしは棒で大人の男を叩きのめすことができるだけの能無しです。無能なのです。
結局、先生に何か仕事がないか、ききに戻ることにしました。薬草や化石をすりつぶすとか、魚をあぶるとか。
いくつかの渡し板を歩いて、先生の家船にやってきましたが、誰もいません。正午から二刻、つまり四時間経過している時間帯、先生がいないということはよくあります。往診か賭博、確率は五分五分です。賭博としたら、どこでしょうか? 心当たりは首桶に群がる蝿の数ほど――こほん、わたしは美少女なので言いなおします。心当たりは南国の夜空に輝く星の数ほどです。
そもそも、先生の賭博狂は病気の域です。ファンタンは石とお椀があればどこでもできますし、街角に座って、次に通りかかるのが男の人か女の人かで手持ちのお金を全部賭けたことがあります。先生にとって、この世界で賭けの対象にならないものはないのです。もし、先生が何かの賭けでお金が払えずに誰かに捕まっているなら、厄介なことです。
「実に厄介だね」
杖を傾けて、石突から拳ふたつ分の場所を右手で握り、左足を前に右足を引いて、構えます。これは一見突きかかるように見えますが、わたしはここから螺旋打ちにする、イングランド語でいうところのフェイント殺法です。
謎の人物は洋装に身を包み、戸口によりかかったまま、両手を上げて、苦笑いしています。
「おっと! この通り、わたしは丸腰の無害な男だよ」
「気配をさせず、他人の考えを読みながら無害を自称する。十分、脅威です」
「ああ、参ったな。そこまで読まれているなら、こっちも認めよう。あるものたちには脅威になりうる。だが、少なくとも、きみの脅威ではない。孫楽先生がどこの賭場で閉じ込められているかも知っている」
「それはどこですか?」
「スロッペンヴァークさ」




