八の巻
うちあけた話をすると、ジュベレは半分以上が荒れ果てた魔窟です。水の上にできた貧民窟やスロッペンヴァーク、それに賭博場があちこちにあって、普通に暮らしていても一日に一回は刃傷沙汰を目撃します。ですので、定期的に、こうした大自然の恩恵を全身に浴びることはとても大事です。
谷間をのそのそ歩いていると、海賊の村から炊事の煙が伸びて、橙に輝きながらほつれてゆくのが見えます。海賊料理はやたらと香辛料を使うので、家の横を通るだけで涙がポロポロです。窓から見えるのはトウガラシを鍋にいくつも放り込んで、カラカラになるまで炒めている姿で、まるで全世界を辛い空気に満たして、海賊時代よりもたくさんの人びとを困らせてやりたいと思っているようです。
そもそも海賊として三十年生き延びた幸運と実力の持ち主なので、船があれば、もう一度一旗揚げたいと思っている人たちです。それが、おそらくオランダ人の総督の命令で町外れに押し込められているのは面白くないでしょう。ただ、バルバロッサとジュベレの中心街のあいだにはウールゼンハールの山が立ちはだかっています。いくら激辛料理をつくっても、斜面の森をちょっと辛くするだけです。
こんなふうに植物採集に何度か付き合ううちに、わたしの引っ越しの話が持ち上がりました。回復したわたしは床に寝ています。孫楽先生は賭博師ですから、年端もいかない少女を床に寝かせて自身は寝台で高いびきをかけるだけの精神的強さを持っています。ただ、わたしだって居候の身です。まさか「わらわは大名の姫君じゃ」なんて馬鹿は言わないつもりです。それでも、先生も思うところがあったのか、わたしに外の家を借りるよう、言ってくるのでした。
「外の家はよいぞ」
「どんなふうによいのですか?」
「まずひとりだ。人間、究極はひとりである。これは分かるかの?」
「はい」
「それにひとりなら、まあ、いろいろできることもある。ファンタンの練習とか」
「椀がかぶる前に石の数を読むのですか?」
「それができたら、わしはいまごろピゴナ島の総督じゃ。オランダ人たちにかしずかれてな。ファンタンはどう思う?」
「わたしは賭博は好きではありません」
「あんなもん好きなやつはおらん。好きなのは賭博でもらえるお金なのじゃ」
「でも、先生はいつもお金を失っています」
「だから、賭博が嫌いなのじゃ。でも、やめられないのじゃ」
「病気の一種ですか?」
「まあ、そんなところじゃ」
「でも、わたしはひとりで暮らすとして、どうやって日々のお金を稼ぎましょう? 先生の植物採集はいつもあるわけではありません」
それにお駄賃はほんの少しです。先生は基本ケチです。
「それについては、まあ、わしに考えがあると言っておこう」
「分かりました。先生のよろしいように」
次の日、わたしは先生と一緒に、家探しをしました。水上の丸木舟を分割払いで売ってくれる人がいるので、それを見てみました。長さは三十尺、幅は五尺、片流れの網代屋根があって船の中央に炉があります。これには黒い鉤のようなものがあり、それで鍋を吊るすわけです。他にも薪の箱、服と寝具を入れる長持ち、水瓶、水上生活で何かと使う油紙もついて三ギルダーで手放すということでした。三ギルダーは二百五十二ペニヒ×三なので、これを三十五ペニヒの二十回払い、端数の六ペニヒはおまけするとのこと。わたしは丸木舟の販売業界に詳しくないので、これが安いか高いかは分かりませんが、孫楽先生がわたしを競り落とした値段よりは安いということです。ただ、先生がつけた二ターラーという値段はボロボロで片眼がなくてやせ衰えたわたしに払うには高すぎる、相場では一ギルダーでも払い過ぎだと言われたらしく、やはり、わたしはこの舟よりも安いのでした。ぶー。