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【閑話】初デート

蒼side



「お待たせー」

 

 駅前の噴水で佇む大きな影を見つけて、声をかける。グレーのロングコートに、白いセーター、ジーンズ姿の男性。なんか、最近髪の毛黒くなってきたよね?白髪って減るの?

 クリスマスにあげた黒いマフラーを巻いて白黒の宗介が振り向く。

 


「おう。あんまり待ってねぇ。寒くねぇか?ちゃんと暖かいの着てきたか?白い服も似合うな。かわいいじゃねぇか」

 

 ニコニコ笑顔の宗介は、鼻と耳が真っ赤になってる。この様子だと結構待ってたんだろうと思うんだけど。…宗介こそかわいいじゃないの。


 


「うん、ホッカイロもつけてるよ。

 お誕生日プレゼントが私とのデートなんて奇特な人だねぇ?お仕事で毎日一緒なのに飽きないの?」

「あん?仕事とプライベートは別だろ。独り占めしていいってんだから、毎年恒例にしてやるよ」


 革手袋を外し、差し伸べられる手。

 暖かい、血の通っている左手をいつも差し出してくる。それをしっかり握って、宗介と歩き出す。


 


「イルミネーションとやらがどんなもんだか、初めて見るな。キキがチケットくれたんだぜ」

「あはは。宗介が普通のデートする日が来るとはねぇ。お夕飯までの健全なデートだけど」

 

「夕飯まで食っていくつもりで居たのに、旦那達が美味いものを作るって言うんだから仕方ねぇ。アイツらけん制が上手すぎるだろ」

「完全に餌付けされてるじゃないの…でも、家のお部屋開けてもいいって言ってるのに、何で引越して来ないの?」


 うーん、と歩きながら宗介が唸る。

 


「何と言うか…旦那達が俺を認めているように、俺もアイツらを認めてんだ。夫婦の邪魔をしてーわけじゃねぇ。子供が混乱する」

「…宗介パパってそのうち言うと思うよ?」

「はっは、そりゃ良いな。ジジイ扱いされねぇようにしねぇとな」



 

 宗介はコ・ドライバーとして私と通年ずっと一緒にいる。去年は一年お休みしたけど、セカンドドライバーである向葵ちゃんのコドラは…頑なに拒否してた。

 私がチーム監督をしてたから、先輩として向葵ちゃんのコドラには指導してくれて、今年のために情報収集してくれていたけど…おかげでレーサー界では四人目の夫扱いされてしまってる。

 

 わたしが一生傍にいて、なんて言うからそうしてくれてるのだとは思う。旦那様達も、キキ達も何だか宗介の事応援してるし…むう。

 街の明かりに照らされる宗介は、ファクトリーのいざこざで再会した時よりも若返っている気がする。


 茜と絵を描いていた頃から、少年のみたいに振る舞うから余計に若く見えた。


 

 

「宗介…白髪減ったよね?」

「あぁ。精神が安定してるからな。」

「そもそも減るものなの?」

 

「白髪が黒髪に戻る確率は低いが、原因がある場合は戻るぞ。メラノサイトの休止、チロシンの不足の場合は黒髪に戻る。言っただろ?蒼不足で白くなったんだって」

 

「わたしがメラノサイトなの?」

「ふ…そうかもしれん。おもしれぇな」


 私の手がギュッと握られて、宗介の熱が伝わってくる。気温が低いのに、あったかい。宗介の心の暖かさを反映しているような気がした。


 

 

「お、ここか?どっから入るんだ?」

「あっちかな。みんなが行くところに行けば良いんじゃない?」

「なるほど」


 

 

 公園の入り口に到着すると、沢山の人たちがわさわさと蠢いていた。

 カップル達が列をなして歩いて行く。

…恋人同士でもないのに手を繋いで人妻と歩いてるとか…良いんだろうか。


「すごい数だねぇ…裸電球じゃないから木も火傷しないのかな」

「文化発達の賜物だな」


 イルミネーションが有名な公園の入り口に並ぶ。行列が静かに動き、だんだんと光が増えて木がみんなキラキラしている。

 これ設置するのも片付けるのも大変そう…。


 


「こんばんはぁ!チケット拝見します!」

「おう」

 

「ありがとうございます!奥の方にカップル限定の撮影スポットがありますから!ぜひラブラブな一枚を撮影してくださいね!」


「あんがとな」

 

チケットの半券をもぎったスタッフの人がニコニコしながら宗介に言って…普通に返事してるし。

 うん、もう、腹を括ろう。宗介がプレゼントに時間が欲しいって言ったなら、今日くらいはカップルになりましょうとも。



 

「蒼とカップルに見えるなら、俺はまだいけるな」

「宗介は別に老けてないでしょ…かっこいいし」


 歩みを止めて、宗介の目が見開かれる。……な、なによ。


「…かっこいいと思ってんのか?」

「思ってるよ。他の人が見てもそう思うでしょ、多分」

「他の奴なんかどうでも良い。蒼がどう思うかだけが重要だからな。ふふん」

「ふ、ふーん…」

 

 腕を取られて、体がくっつく。

握った手のひらが宗介のコートに突っ込まれた。…どうして、胸がドキドキしてるの……。


 

 

「ほー、トンネルか…電球の数がすげぇな?」

「私も初めてこう言うところに来たけど、みんな撮影してるね?」


 彼女の写真を撮ってる彼氏さん、二人でくっついて自撮りしてる人たち。

イルミネーション単体で撮影してる人もたくさんいる。なるほど、こう言う場所なのね。


 


「俺はガラケーだからなぁ…」

「私のスマホ、カメラはいいと思うよ。前の仕事でも使ってたし」

「そうなのか?じゃあ写真撮ろうぜ。旦那たちに自慢してやる」

「そうだねぇ…」


 あちこちに現れる動物の形をしたピカピカのオブジェ、ハートマークだらけのベンチ…顔を出すタイプの看板。

 私は知識として知っているけど…恥ずかしくてやったことがなかったし、本物を見たのは初めて。

 宗介は知らなかっただろうし、もともと恥ずかしいって気持ちがない。

それ故に、はじからはじまで全部やる羽目になってしまった。


 

 

「あれがカップル用のスポットとやらか?」

「かわいいけど…す、すごいね…」


 ピンク色に光るブランコ、周りを囲むようにドーム状の柵が張り巡らされて、行列ができてる。

 1組5分…?制限時間あるんだ。


 

「蒼、手が冷えてきたな。あったかいもん買ってくる。行列が落ち着いてからでいいだろ?そこ座ってろ」


「ありがとう」


 宗介が手袋を私の両手にはめて、すぐそばの自販機にかけて行く。

 後ろ姿は少年そのものだ。

宗介、楽しそう。何だかホッとしてしまう。 

 あまりにも世間から離れてしまうと、こう言うところに来て私自身が戸惑いを隠せない。浮世離れしちゃったなぁ、私も。


 


「あ、あのっ!!レーサーの蒼さんですよね!?」

「はぇ?」

 

「わ!本物だ!?あの、握手して下さい!!」

「え…あ、あの…はい」


 手袋のままの両手を掴まれて、集団の男女に取り囲まれる。

レースのファンの人?でも日本だとWRCはあまりメジャーじゃないよね?

 

 外国にいるときはこう言うこともあったけど、日本では珍しい。変装も必要なかったのに。



 

「一人?友達と来てるんすか?」

「マジ可愛いっすね!」

「俺たち飲みに行くんですけど!どっすか?」


 手を握られたまま詰め寄られる。うーん。どうしようかなぁ。イルミネーションのあるところで、まさか大立ち回りは厳しいからどうやって断ろう。

……私はこう言うの、苦手なの。


 


「すまんな、先約があるんだ。」


 大きな手がやんわりと私の手を引いて、背中に庇ってくれる。

柔らかい口調。宗介はコドライバーとしても友達が沢山いる。

 人付き合いがうまくて、こう言うトラブルによく巻き込まれる私をいつも守ってくれる。


 

「えっ、誰…」

「俺の事知らねぇのか?ホントはレース見てねぇな?雑誌かテレビで見たのか。」

「あっ…ハイ。すいません」

 

「別にいいけどよ、蒼のファンならちっとプライベートも重視してやってくれ。たまの休みで羽が延ばしてえんだ。ごめんな、わかってくれるか?」

 

「あっ、な、何かすいません」

 

「ごめんなさい。行こうぜ…」

「…あ、あの、応援してます」

 

「おう、あんがとな。今年はレースやるから、蒼の走りを見てやってくれ」

「はいっ!」


 

 

 何事もなかったかのように居なくなる人たち。

うーん。スマート、お見事。宣伝までしてるし。

 

「大丈夫か?ほれ、ミルクティー」

「ありがと。…宗介ってこう言う時ちょっと意外だよね。怒鳴り散らしたりしそうなものなのに…絶対しないもん。レースの時もそうだった」


 

 初めてのレース、私たちは最初から周りに敵意を向けられていた。初参戦で設備もマシンも最新式だったし、スタッフの数も多かったから。

 

 自家用車をいじってまで参戦してる人もいるし、賞金がF1までの高額とはいかないから、慎ましやかなチームも沢山あった。

 成金って言われて、宗介は怒らずに「そうだぜ。いいだろ?仲良くしてくれよな」って言って。

 

 コドラ同士の情報交換にも難なく馴染み、日本人が苦手な言葉も翻訳してあげたり…チームのブースを解放したらどうだ?って言ってくれたのも宗介だった。


 


 車検をレース前に通す時ツンツンしていたスタッフさんが、いつの間にかニコニコしていたり。初戦で空気に飲まれて惨敗した私が、次のレースからやりやすくやったのは…完全に宗介のおかげだった。


 私は特定の人にしか人たらしを発揮できないんだ、と土間さんも宗介もびっくりしたけど。

最初からそう言ってるのにね。

 チームスタッフとも、他のドライバーとも繋いでくれてベストコンディションにしてくれたのは本当にすごかった。


 暖かくて、甘いミルクティーを口にしながら、思わず微笑んでしまう。

 ……宗介みたい。


 


「そんなにうまいのか?一口くれ」

「もう、わたしの食べ物飲み物口にしないと気が済まないの?」

 

「いいだろ?キスできねぇんだから。間接キスで欲望を満たしてるんだよ」

「そんな事言われて渡せるわけないでしょっ」

「あんだよ、ケチクセェ」


 お互い小さな缶を飲み干して、宗介がまとめて捨ててくれる。うーん、紳士すぎる。


「お、行列もちょうど途切れたぞ。行こうぜ」

「うん」



 

『ラブラブカップルフォトスポット』と書かれた看板に苦笑いしながら、電球の群れの中に入る。

 わたしの目にも、宗介の目にもキラキラのカラフルな電球が映り込み、足元の芝生まで綺麗に見えるほど明るい。

 

 360度小さなLEDの電灯に囲まれながら、ピンク色のブランコに宗介が腰掛けた。

 

「蒼はここが指定席だ」

「むぅん…」

 

 膝の上をポンポン、と叩かれて大人しくそこに座る。くっつきたいのもあるんだろうけど、座る場所が冷たいときは必ず膝の上に乗せてくれる。小さい頃からの習慣だ。



 

「いいな、こう言うの。電気の灯りで蒼がよく見える。綺麗だ。お前がだぞ?」

「むぅ…」


 こう言うの、なんて言うんだっけ。

 スキー場とかでカッコよく見えるって言う…あれが適用されていると思う。

電飾でキラキラした灯りが、宗介の瞳を輝かせて…笑顔が眩しい。



 

「幸せだな。来年もまた蒼と一緒にいてぇ」

「宗介がそうしたいなら、いいよ」

「おう、そうしてくれ。…なぁ。渡したいものがあるんだ」


 背中から顔を覗かせた宗介が頬をピッタリくっつけて、胸元から小さな黒いハードカバーの日記を取り出した。


 

「旦那たちに書いてるだろ?俺にも欲しい。お前の筆跡で書いた、お前の言葉が」

「…わざわざ、買ったの?」

 

「あぁ。俺たちは生きてるうちは交わることはねぇだろ?でも、お互いが大切な事に変わりはねぇし。一緒にいるのを許してくれた、蒼の…本当の気持ちをここに書いてくれ。頼む」

 

 渡されたハードカバーの日記。小さくて、手のひらに乗せられるほどのそれに触れてわたしの胸がズキズキと痛み出す。



 

「蒼は口にしなくてもいい。俺は欲望がねぇってのとは違うが、お前のそばにいることが許されて本当に幸せなんだ。

 でもな、言えないことはここに書いてくれ。できれば優しい言葉でな?」

 

「宗介…」


 

 

 瞳を閉じた宗介が背中から、ぎゅっと抱きしめてくる。

私があげられない言葉を、ここに書いて欲しいってことだと思う。

 

 私たちの中ではお互い線が引かれていて、旦那様たちが思うような一線は、越えない。

それは義理としてもそうだし、わたし自身を守るためでもあり…通じ合ってしまったら、離れていた期間の間に白髪が増えたように…宗介を壊してしまう。

 宗介は強いようでいて、一番大切なものを私に明け渡そうとしていた。

 ……命、そのものを。


 

 三人の旦那様達もそうだとは思うけど。宗介はわたしが亡くなったら、きっと笑顔のままお葬式が終わる頃にはこの世から去ってしまう。

 

 たった一人で、自分の力で、そうすると思う。

 

 わたしの勝手な願望だけど…宗介もみんなに愛されてるのに、それは嫌なの。みんなに囲まれて送り出されて欲しい。

だから、わたしは気持ちに応えない。


 


「…これに書いて、宗介が長生きするって約束してくれるなら私はここにちゃんと自分の気持ちを書くよ。

 でも……それこそ本当に辛いと思う」

「いいぜ。俺のことを苦しめろ。最高だ。あの世に行ったら待てはしねぇがな」

 

「ばか。本当に…もう…」


 膝の上に日記と外した手袋を置いて、宗介の両手を握って、目を瞑る。

昴の時と、同じようでいて、違うもの。

 

 私は私の気持ちをきちんと理解して、その上で言わない。

冷たい右手と、温かい左手をぎゅっと抱え込む。


 ごめんね、宗介。私に一番最初に出会ってくれた、大切な人。


 


「楽しみだなぁ…何を書いてくれるのか。…昴の検閲をパスできるかな」

「見ないで、って言うよ」

「蒼が言えば守ってくれそうだな。」

「うん」



「今日は、時間をくれてありがとうな。今年も世界で一番幸せな誕生日だ。自分が生まれた日が、こんないい日になるなんて…思ってなかった。

 蒼…好きだぜ。この世で一番な。」

「……っ、うん…」

 

 切なくて、苦しくて、温かい気持ちが溢れてくる。

 

 私、欲張りすぎ。最低。

 でも、宗介ももう手放せない。

 

 幸せなような、そうでないような…甘くて苦い気持ちが体に染み渡っていった。

 

 

 


 

 

2024.06.19改稿

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