冠婚葬祭
昴side
ガラスの向こう、真っ暗な闇夜の中にの星空が広がる。
あの後、茜をファクトリーの火葬場で肉体を送り、骨になったその体をファクトリーの墓地に納めた。
蒼はレクイエムを歌い始めてからずっと泣かなかった。無理をしている風でもなく、さらに死の覚悟が定まったような顔をして。
俺は、完全に臍が曲がっている。
結婚式の後に蒼の覚悟が強くなるなんて聞いてない。仕方ないと言えばないが。
ブライダル衣装そのままの俺たちは、寝っ転がって星空を眺めていた。左手に嵌ったリングはまだ自分の指に馴染んでおらず、新しい感覚が指先にある。室内の電球の明かりが優しくプラチナリングに光を灯していた。
「はぁ…私が死ぬ時も茜みたいにできるかな」
「そんな話はするな」
蒼と繋いだ手をぎゅっと握りしめる。
「昴…怒ってるの?」
「俺は蒼に覚悟をさせるためにこうしたわけじゃない」
「昴…落ち着け」
「そうだよ。そんな言い方しなくてもいいでしょ」
蒼が起き上がり、しょんぼりした顔で見つめてくる。
「怒らないで。私も頑張るから」
「本当か?30超えても絶対生き残るんだぞ」
「うん。茜のことを見て私…怖くなっちゃったの」
蒼の優しい瞳の色がゆらゆらと揺れる。
「私、長生きしたい。みんながあんな風に悲しむのを見たくない…怖いよ…」
はっとして、震えている蒼を抱きしめる。
「すまん。そんな風に言わせるつもりじゃなかった」
「ううん。違うの…怖いのが嬉しいの」
慧と千尋も寄り添ってきて、体をくっつける。背後から慧が抱きしめて、左右から俺と千尋が蒼の腕を抱えた。
「……嬉しい?」
「うん。死ぬまでに沢山やらないといけないことがある。それを終えるまでは頑張らなきゃ、そこまでは生き抜かなきゃって思ってた。
でも、そうじゃないなって。茜は最期にやりたい事をして逝ったでしょう?
だから、私もやりたい事をやる。死ぬ覚悟じゃなくて生きる覚悟をしないといけないって…そう思った」
「は…あ…あ、蒼……」
胸の中に衝撃が走る。
茜が…それを遺してくれたのか?
これは痛みじゃない。ずっとずっと待ち望んでいた言葉に打ち震えて、命ごと揺れている。蒼自身がそう思って、そう言ってくれるのを…待っていたんだ。
「だから、ね。私死ぬために頑張るんじゃなくて…生きるために頑張りたいの。どんなに苦しくても、一分一秒でも長く生きるって、そう思ったらやりたい事が次々に浮かんでくる。欲張りになっちゃった。旦那様逹との時間も大切だけど、私のしたいことも…沢山あるの」
「蒼!あおい…うぁ…」
自分の口から信じられないほどの声が出てくる。
千尋も、慧も大声で泣き出して…。式場中に響き渡る。
「ちょ、えぇ?どうしたの?わ、わー。よしよし…みんなして…あわわ…」
子供みたいに延々と泣き続ける俺たちを見て、蒼が頭を順番に撫でたり、キスしたり、忙しく宥めてくる様子に思わず笑ってしまう。いつもと逆じゃないか。
「…もー。何笑ってるの。…大丈夫?」
「「「うん」」」
「ほっ…私…旦那様達を泣かせちゃったねぇ。あんなに泣くの、初めて見た。ごめんね」
しょんぼりした蒼がハンカチで最後の涙の粒を拭ってくれる。
蒼に寄り添って、泣き枯れた喉で呟く。
「謝らなくていい。蒼がそう言ってくれるのを、ずっと待ってたんだ…」
「そう…だったの?私やっぱり間違えてたんだ…」
「間違えてたわけじゃないよ。そう言って欲しかっただけだよ」
「そうだ。蒼が『生きたい』って、言ってくれるのを待ってた」
千尋も、慧も…俺たちは蒼のその言葉待っていた。力に満ち溢れた、生への希望を。
大声で泣いたからみんな喉が枯れてしまっている。思いっきり泣いて、スッキリしてしまった。
事実として蒼のように、もう前を向いて生きていくしかなくなったな。
「ふふ。じゃあ…私、そう言えてよかった。でも大変だよー?あと二人は最低でも産むし、F4にも参戦するし、銀と桃とスネークの恋路を応援したいし。赤ちゃんの名前も、決めなきゃね」
はじまったな。蒼の切り替えの早さに若干戸惑う。そろそろ慣れないといかん。
「名前の候補は決めた」
「そうなの?!」
「「俺も」」
「察してはいたがお前達もか…」
ため息をつき、無意識にニヤける。千尋も慧も俺の子を愛してくれるのは間違い無いんだ。
それが、嬉しい。
「蒼がやりたい事をやるなら無理に子作りしなくてもいいんだ。そしたらその子が俺達の唯一の子だろ」
「そうそう。F4やるからそうなるでしょ」
二人に言われて、なるほどと納得してしまう。
「えぇ…?私あと2人は絶対産みます。それもやりたい事の一つだもん」
「でも、無理することになるぞ?」
「千尋、だめだよ。気持ちで負けたらいけないの。慧はものすごく鍛えてるんだから。量も増えたし」
「蒼…そ、そこはオブラートに包んで欲しいな」
「どうして?千尋にも鍛えてもらわなきゃ。えすえむは慧だけでいいけど」
「わー!蒼!しーっ!!」
SMだと!?な、なにを…!
「慧…お前…」
「蒼を叩くのはやめてくれ」
「叩きません!そういうのだけじゃないって…俺は俺自身に素直になっただけ。蒼だって喜んでますから!」
「「そうなのか?」」
蒼がぽっと、頬を赤らめる。
「私…慧の言葉責めとか…色々言わされるの好き。ちゃんとした手錠とか…首輪とかも欲しい。ごっついやつがいいな」
「買ってあるよ」
「えっ?本当!?」
「…うん…きっと似合うよ…」
慧が悪い顔してるんだが。くそっ、工夫しろと言ったのがこんな風に作用するとは。
「くっ…俺はまた何もないのか…」
「千尋もずっと言っているけど、ある意味言葉責めでしょ…加減してくれないと私本当に溶けちゃうよ」
確かにそうだ。
千尋のロマンティシズムは天元突破してる。詩集を買い集めたりしてるし…。
元々本の虫だったから語彙力がすごいんだ。
「それならいいか…もっと勉強して蒼の事喜ばせないとな」
「少しは手加減してよね…」
「待て、それこそ俺は何にもない。どうしたらいいんだ…」
頭がズキズキしてくる。
SMに、ロマンティシズムに…それに勝つにはどうしたらいい?
「昴はヤンデレだろ」
「ほんとにね。SMよりヤバいでしょ」
「そうだねぇ。昴は怖いくらいヤンデレだし、いつも知らない事してくるもんね」
「はっ!?なるほど?よし、俺も勉強だな…」
蒼がニヤリ、と嗤う。
「皆癖が強いねぇ…でも、楽しみにしちゃうよ?」
三人して、神妙に頷く。
蒼がまた、パタリと寝っ転がる。
「まずは出産からだね。…話を戻すけど、名前はどうするの?」
「プレゼンテーションと行こうか」
「ほほう。なるほど」
「流石に明日にしようよ」
「そうだな。今夜一晩は静かにしておいた方がいいか」
「それもそうだ」
「ふふ。茜ならそう言わないよ。キキが話してたけど、病気を抱えてた体なんかさっさと焼いて、私たちが引き摺らないようにして欲しい。私にサクッと送ってもらって、空の上から私たちを見てたいからって言ってたんだって。普段通りにするのが、多分1番喜んでくれる。本人もそう言葉を遺していたでしょう?」
すごいな。なんだそれは。確かにそう言ってはいたが潔すぎるんじゃないのか…。
「茜が書いたお花、綺麗だよね…。最初は形を整えなきゃ、綺麗に書かなきゃって思ってやってたの。でも、お花ってそうじゃない。気ままな形で、5枚あるはずのお花が4枚しかなかったり、形もバラバラだったり、自由で奔放な形だからこそ美しい。
そう言ったら、茜が夢中になってね…最後の方は本当に生のお花みたい。命が宿って、茜が成長した証が見える。茜の、生きた証が…」
蒼を上から覗き込む、
いい笑顔だな。茜はあの短い時間で蒼に沢山のものを遺してくれた。
俺たちにも、蒼にも。
「さて、整理がついたところで新婚初夜なんだが。茜の言うとおり、普段通りにしよう。」
「どうする?」
「蒼に選んでもらわなきゃだよね」
「えっ!?」
「「「誰にする?」」」
蒼が俺たちを順番に見て、戸惑ってる。するぞ。そういう事。
突然、ポーンとエレベーターの上がってきた音が響く。
組織の幹部たちが勢揃いで、それぞれ食べ物を両手に抱えている。…まさか。
「結婚初夜なんかさせるかよ」
「精進落としですわよー!別名初夜を邪魔し隊の雪乃ですわ〜」
「一応、止めたんですよ?」
「嘘つけ。スネークは酒買ってたじゃねぇか」
「銀、それは言っちゃ可哀想でしょ」
「お腹空いたんだからさっさと食うぞ!カレー余ってるし!アタシが作ったカレーを食え!」
土間さんが最後に上がってきて、しょんぼりしてる。
「俺は帰ろうとしたんだ…スマン」
…蒼と目を合わせた土間さんがますます眉を下げた。無理に連れてきたな、これは。
スタスタ歩いてきた宗介が白いタキシードのまま、大きなケーキをドカン、と目の前に置く。
「おう。葬式の後は酒飲んで飯食うんだ。結婚式の後もそうだろ?茜のためにも大騒ぎしてやろうぜ」
夫婦全員で苦笑いして頷く。こうなったら仕方ない。
エレベーターから次々に人が上がってくる。最終的にはファクトリー内の人がみんな集まってきてしまった。
「どうしてこうなった?!」
「ボス、悪いな。蒼のドレス姿をみんなちゃんと見てぇんだ」
「銀、悪い顔になってるぞ」
「ウルセェ。蒼、ファーストバイトってのをしてやれ」
「ケーキ食べさせるやつ?」
「そうだ。一口をできるだけデカく分けろ。」
「そうなの?そういう作法?」
「デカければデカいほどいいって決まりだ!!」
「「「そんな作法はないだろ!」」」
「んー、よいしょ…このくらい?」
蒼がスプーンでケーキをモリッと掬い取る。おい。流石にデカすぎる。
「いいぞ!やれ!」
「いえっさー!はい!昴!」
「モガ!!」
大きなかけらを有無を言わさず口に突っ込まれて、口の周りにクリームがぺったりと密着した。甘いな…すごく。
「よいしょ、はい!千尋!」
「嘘だろ…そんな大きいの入らない!」
「なんかえっちなセリフだね?」
「ちょ、蒼…むぐ!!」
「はい!次!慧!」
「むりむりむ…んぐっ!!」
クリームだらけになった俺たちを見て集まったみんなが大笑いしてる。
おい。銀はひっくり返って笑ってるじゃないか!
「はーっははは!やべぇ!あの顔!!くっくっ」
「んふ…んふふ」
「スネークの笑い声怖くない?その顔でんふふ…て。」
「いい顔だぜ、三人共。」
「…流石に可哀想なのでティッシュをお持ちしましたわ〜!」
「雪乃、それは確信犯だと吐いてるようなもんだぞ!」
「相良さん!あなたにもケーキを差し上げますわよ!!お口にチャックです!!」
「や、やめろ!そんな大きいの無理!!ちょっ!むぁ!!!」
ものすごい大騒ぎなんだが。呆然としたままティッシュで顔を拭いて、思わず吹き出してしまう。
キキが蒼の横に座り、反対側に銀が座る。背中から宗介が抱えて、ニヤリと笑みが浮かぶ。
「おう、忘れられない初夜にしてやろうじゃねぇか!カンパーイ!」
宗介の宣言に、みんなが勝手に宴会を始める。…うん、初夜は諦めよう。
「なんか大変だねぇ?結婚式って。あ、お葬式?」
「どっちもだろ。」
「蒼は本当に綺麗だな。天使じゃなくて妖精じゃねぇのか?初夜のお供に俺を選んでもいいんだぞ?」
「何言ってるのっ!もう。あ、宗介もケーキ食べたいって事?よしよし」
「ち、ちがう、そうじゃねぇ!待て!一番でかいじゃねーか!やめ…むがっ!!?」
宗介に俺たちよりでかいケーキを突っ込んで、蒼が笑っている。
ほのかな灯りの中で、みんな思い思いに酒を飲んで、おつまみを食べて…こんな大騒ぎで冠婚葬祭を1日で済ませるとか見たことも聞いたこともない。
「土間さんも食べますか?はい」
「…俺のはちゃんとしてくれるんだな?」
「土間さんはこれからお世話になるチーム監督ですから」
「はっ!?蒼!F4やってくれるのか!!」
「はい。よろしくお願いします」
「蒼!!蒼!!」
「ひゃっ!?あはは、いつもと逆ー!」
「絶対優勝してやる!お前がチャンプだ!」
土間さんが口にケーキを入れられながら蒼に泣きついてる。…珍しいな。
そしてレース参戦するんだな、本当に。
「さすが蒼と言わざるを得ない」
「右に同じく」
「左に同じく」
「もー、ちょっと宗介酔っ払ってるでしょ!」
「まーな。酒でも飲まんとやってられねぇぜ、ひっく」
「もおぉ!ちゃんとおつまみも食べて。お酒だけだとまた喉が焼けるでしょ」
「なんだ、俺のこと心配してくれるのか?食べさせてくれ」
「調子に乗らないの。…何食べたい?」
「…マジか」
「言わないなら勝手に突っ込むからね。はい」
「…お、俺は…今日死んでもいい…」
「何言ってるの。100歳まで生きて私の子供の面倒見て下さい」
「うん…うん…」
「蒼が宗介を泣かしたぞ」
「先生がないてる!!みんな見て!!」
「わぁ!先生涙出るの?」
「初めて見た」
「蒼に手当てされた日に泣いてたよ」
「えっ!?そうなの?」
「ハンドガン暴発した時でしょ?」
「あー、あれかぁ!それで惚れたんだよね?」
「お前らウルセェ!蒼が貴重なデレを発揮してんだから、あっちいけ!邪魔すんな!」
「そんなに貴重かなぁ。はい、お野菜も食べてね。お肉も欲しい?」
「うぅ…うん…」
「「「なんだあれは」」」
「旦那たちはぼーっとしてていいのか?蒼が取られちまうぞ。絵を描いてる時もいちゃついてたんだからな」
「「「なんだって!?」」」
「キキ!何言ってるの!ち、ちがうでしょ?」
「そうだぞキキ、俺は蒼に愛を囁いただけだ。
蒼の天使の羽にしてくれ、そしたらずっとそばで一生守ってやるってな」
「宗介っ!そう言うこと言わないの!」
「いやそっちの方が許せん」
「俺の専売特許…」
「今日こそ白黒つけてやる」
━━━━━━
三人で蒼のお腹に手を重ねる。
お腹いっぱいになった蒼の下に俺、両側に慧と千尋が寝っ転がっている。
「ほれ、毛布」
「ありがと、宗介」
頭の上にニコニコ笑顔の宗介が座る。
じっと蒼を見つめて、嬉しそうにして…。俺の顔もあるんだぞ、やめろその緩んだ顔。愛を滲ませるな。
「そーんなに見てどうしたの」
「蒼の寝顔が久々に見られるだろ。早く寝ろ」
「ファクトリーにいる時によく一緒に寝てたでしょ」
「おい、聞いてないぞ」
「昴は大人になってから一番最初に寝てたんだろ?そのズルい口を開くんじゃねぇ」
「「たしかに」」
「くっ……」
「んふふ…面白い。本当にこのままみんなで寝るの?」
「みんな潰れちまったからな。どうせ泊まる予定だったんだからいいんだよ。お前は筋肉布団があるから大丈夫だろ?」
「蒼の布団ならいいな。ずっとやりたい」
「もう…昴まで変なこと言わないの…ふぁ…」
蒼があくびを漏らして、むにゃむにゃし出した。
ニコニコした宗介が蒼の前髪をかき上げて、頭を撫でている。
「いつもこうやって撫でてやると…あっという間に寝るんだ」
自分の膝に肘を立てて、頬杖をつきながらうっとり見つめる姿は恋する男そのものだ。
ゆっくり撫でられて蒼が寝息を立てだす。
「ほらな。かわいいな…変わんねぇんだな」
「なんか悔しいんだが」
「ふ、いいだろ、このくらい。お前たちは当番で毎日一緒に寝てんだから。今日くらい見させろ。」
「…仕方ない」
千尋が起き上がって、毛布をかける。
慧が引っ張り上げて俺たち全体を包み込む。
「綺麗だったよ…おやすみ、蒼」
「おやすみ…かわいい蒼」
「愛してるよ、蒼」
「俺は腹の中に収めておいてやる。お前らもさっさと寝ろ」
「「チッ」」
「手を出すなよ、宗介」
「わーってるよ。こんなかわいい顔に手出しなんかできるかよ」
手出しをしている俺は若干胸が痛い。
目を瞑ってしまおう。
明日は式場の片付けをして、後回しにした仕事の片付けをして、来てくれた人たちにお礼を贈らないと……F4の参戦をするなら土間さんと相談して…あと…なんだっけ…。
瞼を開けると、宗介は座ったまま目を閉じて寝てる。
千尋も、慧も疲れた顔で幸せそうに眠ってる。
そうだな、俺も今日は疲れた…。
寝てしまおう。
ゆっくりと目を閉じ、あっという間に眠りの世界に足を踏み入れた。
2024.06.19改稿