間違い
蒼side
「あっ、だから私記憶を思い出す時がフィルムが回る音と煙なんだ…わー、謎の設定が一つ回収された!」
気づいたら宗介が後ろで寝っ転がってたから、茜と二人でツンツンしてたら膝の上に抱き抱えられてしまった。
まるで、小さい頃みたい。
なんだかしんみりしてるから理由を聞いたら、戦争中に亡くした親友を思い出したんだって。
その人が残したオールドフィルムがあって、宗介がそれを見ながらタバコ吸ってお酒飲んで寝るのが日課で。
いつの間にか小さい頃の私が膝に乗って一緒に見てたみたい。
「本当に小さい時だったからな…覚えてねぇはずだが、体に染み込んでんのかな」
「そういう事もあるのかなぁ」
ガラス越しに見える天空は、今は茜色。
ピンク、黄色、オレンジ色、水色、紫…いろんな色が混じるこの時間…。
茜はたくさんの花を描いて、何か残そうとしてくれてる。
それなら、私も一緒にいて手伝って、一緒に居たい。茜の寂しさが少しでもなくなるように…。
昴が結婚式の衣装を見に行ってくれて、慧がお花を手配してくれて、千尋が指輪や細々したものを用意してくれてる。メッセージがたくさん来るから、お返事も忙しい。
私はやっぱりこうして忙しくしている方が落ち着くなぁ。
「茜が寝ちまったな」
「宗介、大丈夫?体まだ本調子じゃないでしょう?」
宗介はにかっ、と笑う。そんな笑い方する人だったっけ?
ちょっとドキドキしてるのはびっくりしたからだと思う。うん。
「心配してくれんのか?」
「そりゃ、するよ…あんなボロボロだったんだもん。…綺麗に直ったね、この場所も…」
「あぁ、最初は業者なんか入れずにいたんだが、相良が手配してくれてな。国の金だ。AOIファクトリーは認可施設にするんだとよ。おもしれーな?へへっ」
「そ、そうなの?」
なんか、宗介が…かわいい。急に若くなって、少年みたいな反応してるんだけど…どうしたの?
「俺がもらった義手もすげえんだ。二の腕の筋肉の動きで連動して、普通と変わらんぞ。力の入れ方をマスターするのに時間がかかったが、もう完璧だ。蒼を抱きしめても潰さずに済む」
「見てもいい?」
「おう。」
右手にそっと触れて袖を捲ると、予想通りの腕と手が現れる。
「こりゃ筋電義手ってんだ。筋肉から電極を生やして繋げて、自分の意思でちゃんと動く。AI機能があって動きを学んでその反応速度を上げる。俺の義手は有能だぜ?」
腕の部分は金属でほとんどできていて、肘の部分、手先は黒いシリコンになってる。
朝ごはんを食べた時も普通に箸を使っていたし、日常生活には不便がなくなっているとは思う。
でも、それは宗介の努力があったから。
AIに学習させるのは繰り返しが必要だし、初めての義手に感覚が慣れてるわけがない。
最初はイライラしただろうし、本当に大変だったと思う。
「かっこいい…ね。ここはどこに繋がってるの?」
義手の根元は金属の棒になってる。
皮膚の中の骨とくっついてるのかな。
「ここの棒が俺の骨にボルトで固定されてて、筋肉からの電子信号を神経線で繋いでんだ。脳からの信号で動くんだぜ?すげーだろ?」
「すごい…本当にすごいね…」
ゆっくり腕を触って、手のひらを握りしめる。冷たくなった、血の通わなくなったその手を。
しっかり握りしめてくるのは宗介の意思によるものだとしても、肉体は失われている。それは……私のせいだ。
「怖いか?見た目が厳ついからな」
「ううん。怖くなんかない。この先の人生を、文字通り支えてくれる右腕さんに、敬意を払ってるの」
「なんだそりゃ」
呆れたように笑う宗介を見つめる。
私の前向きになれる性格は宗介のせいだと思う。
いつでも、何が起きても悲しんだり、悔やんだりする事がない。
『泣いてたって一円にもならねぇだろ。前を向いて行動すりゃ何かになる』って言うのを……いつも、いつも聞いていた。
悲しさや痛み、苦しみを覚えたっていいことなんざ一つもねぇ、それより楽しいことや嬉しいことを覚えろ、脳みその容量には限りがある……って。
私の中には確かに宗介がいる。
女の子としても、子供としても宗介が好きなの。
性愛かどうかは考えていない。結果が出てしまうから。
三人も旦那さんを抱えておいて今更だけど、宗介はそれの分類ができる人じゃない。
私が小さい時からずっと見つめ続けてくれた、色の薄い宗介の瞳が愛おしい。
「そんな顔してるとキスしちまうぞ」
「…だめ」
「チッ。ケチだな」
「もう。右腕さんと仲良くしてくね?」
「意味わかってんのか?それ?」
意味?…どういう事??
人生のお供でしょ?そのままの意味以外に何かあった?
「なるほど、分かってねーな」
「何よぉ…」
「ふん。別にいい。くっつけりゃ俺は満足だ」
頭の上に顎を乗せた宗介が低い声を響かせてくる。毎晩ウィスキーを飲んで、タバコをたくさん吸ってたからこんな声なんだよね。
でもこの声は、この人は…私の出発点で、原点…そして私を形作る全てだと思う。
旦那様達は許してくれたけど、私はしっかり引いた一線を越えることはない。
死ぬまでそばにいたいなんて、わがままだよね。宗介は悪魔のような私の所業をどこまでも許してくれる。
みんな厄介な人に惚れちゃったものだと自分でも思う。
せめて、少しでも長生きして、やれる事をやるしかないかな。
「全員緑川になったのは嬉しいな。お前も、もう死ぬまでずっと家族だ」
「そうだね。お父さん」
「やめろ、それはよくねぇ」
「なんで?家系図ではそうでしょ?三男の嫁だもの」
「嫁だが嫁じゃねぇんだよ。ああもう、めんどくせぇな。とりあえず家族って枠が手に入ったんだから二度と離れてやんねぇからな」
「うん。私こそそうだよ?宗介はずーっとお預けなんだからね」
「俺は待てが得意だ」
「またそれなの?もう。」
両手を握りしめて、宗介の手をお腹に乗せる。
「はっ…あっ、う、動いてねぇか?」
「うん。最近よく動くよ。パパ達と…私が好きな人がいる時は特にそう。赤ちゃんもわかってるの」
「ん゛ん…」
宗介が唸る。多分、伝わると思うんだけど。複雑な思いが絡まって、ぐちゃぐちゃのままの私の気持ちが宗介の事を傷つけても…私はこうする事をやめられないの。他の人に、渡せないから。
「結婚式のバージンロードどうしようかなぁ…」
「あー。父親だったか?」
「うん。でも…申し訳ないけど違う気がしてる。誤解は解けたし感謝はしてるけど、私の人生とは交わる人たちじゃない」
「お前…そういう区別はできるのか…」
「失礼ね。私はそういうの結構冷たいの。ネイリスト時代は怖がられてたんだから」
「へぇ、そうなのか…お前がなぁ…」
ちょっと厳しすぎたかもしれないけど…おかげであの時代の友達は一人…先輩しかいなかった。ネイリストスクールの子達とももう連絡すらしてない。私の前のスマートフォンは解約済みだ。
「それなら俺がしてやろうか?」
「宗介がするの?」
「あぁ。ただ俺は退場しねぇからな。神父の真横で見ててやる。神父は誰がやるんだ?」
「スネーク。ごちゃ混ぜになっちゃうけど、組織のメッセージチャットで和洋式にしましょうって言ってくれたの。お祓いしてくれるんだって」
「めちゃくちゃだな…蒼らしいか…ドレスを着れるのか?この腹で」
「うん。マタニティ用のがあるよ。ふわふわしたやつ着るの。昴が決めてくれたから、どれになったかはわからないけど」
「ほーん」
「宗介の服も買ってくれたって」
「だからそういうのやめろよ…何でもかんでも買って与えるのはなんなんだ」
「旦那様達の愛情表現なんだよねぇ。流石にこれはお説教できないなぁ」
二人してはぁ、とため息をつく。
何枚か送られてきた写真には大勢のスタッフさんが写ってたから、多分また高い奴だと思う。任せた手前文句は言えないから仕方ない。
ぽーん、とエレベーターから音が鳴る。
「おーい、夕飯だぞ」
「蒼ー!」
「正妻さーん」
「みんなで来たよー」
キキと子供達、097.098.100.103.110がやってくる。
ここであったが100年目!!!私は怒りに任せて立ち上がり、腰に手を当てる。
「お説教の時間です」
「うわ、怖っ」
「振られたんだもん、いいじゃん」
「そうそう。めちゃくちゃ真剣に振られたんだよー?」
「そういう事じゃないの。ここに座りなさい」
「「「はい…」」」
私が三人にお説教を始めると、宗介とキキが横でご飯を食べ出した。
くっ。カレーのいい匂いが…。
「あれはどうしたんだ?」
「蒼の旦那に告白した奴らだな」
「あ、なるほど。茜は寝てんのか」
「そうだ。飯食わせなきゃならんか?」
「いや、いいよ。もう、無理に食べなくてもいい。後で点滴してやろう」
「そうか…」
「あのね、どこが好きなのか知らないけど、私の旦那様に手を出さないで」
「昴さんは見た目がいいよね。濃いめの肌…青い瞳…髪の毛が黒いからこう、余計にミステリアスでエキゾチックで、独特の声がすごくいい」
「た、たしかに」
「千尋さんは甘い匂いがするでしょ?普段は冷たい瞳でグレーの色がとっても綺麗だけど、蒼や組織の人たちには優しい目の色になる。声も激甘だよね。
蒼と話してるの聞いたけど…すごいロマンチストじゃない?あの言葉、あの声で言われてみたい…溶けそう」
「確かに…そうだね。溶けるね」
「慧さんは何か暗いものを背負ってるのにいつもニコニコしてるでしょ?蒼にもみんなにも優しいけど、蒼を見るときだけ仄暗い色になるの。
後、本当に怒ると乱暴な言葉になるじゃない?かっこいいよねぇ…すごく良い!あのギャップほんとにエモい。」
「それは、そう…慧はますますそれが激しくなったし…」
なんか怒る気がなくなってしまった。
夫を褒められているようで、胸の中がむずむずしてくる。
「蒼、カレー食いながらしゃべりな。」
「キキ…ありがとう…」
カレーを受け取って、口に運ぶ。
んん!美味しい!
「アタシが作ったんだ。うまいだろ?」
「美味しい!キキもお料理できるんだね」
「カレーだけはな。んで、慧はどう進化したんだ?」
キキがニヤッと笑いながら聞いてくる。くっ。言うの?聞くの?
「ど、どうって…その…」
「その歯形、慧だろ?」
「なっ!?なんでわかったの!?」
「いいなぁ…」
「098やめて。もう。」
「キスマークは旦那達全員だとして、昴かと思ったが、慧の犬歯はデカいからな。その歯形はあいつしかできん。SMにでも目覚めたか?」
「どうしてそれを…!?」
「あっ、マジか…ごめん、当てずっぽうだったんだ。どこまでしてんの?」
「うっ…」
キキの耳に手を当てて、こしょこしょ伝える。
「はぁ、うわ、マジか…えっ、そっちも?いやでも王道か…ふんふん…蒼元々そっちの気があるじゃん。喉はだいぶ上級者だぞ」
「あっ!もう!しっ!!」
「喉?喉にどうするの?」
「まさか首締める奴?」
「跡がついてないから違うでしょ?慧さんはそんなことしないよ」
「あいつ首締めはトラウマがあるからしないだろ?蒼には尚更そうだろうな」
「うん…」
「えっ??トラウマ?やはり暗い過去があるの?」
「内緒。これはアタシたちの秘密だから。なっ、蒼」
「うん!」
「もしかしてあのピアスの跡…」
「わー、そういうの好きだな、私」
「いいよね、そういう過去がある人って色気あるし」
うん、それは納得できる。
うちの旦那様方はみんな何か背負ってるから、お色気すごいもんね。
「それでいうなら俺もだろ?」
「先生はちょっと。」
「なんか違う」
「だよね?」
みんなで言うと、宗介が眉を下げる。
「なんだよ、ひでーな」
「ねぇ、桃さんどうしてる?」
「スネークさんは?」
「銀はしょっちゅう来てるけど、私避けられてるの…」
「桃は組織の方で動いてるからなかなかこっちに来られてないけど、元気みたいだよ。今度車買うって」
「そうなの?ドライブ連れてってくれないかな…」
「桃は結構プライドが高い人だから、ガンガン攻めたら引くと思う。ゆっくりじっくり遠回りで攻めないとダメ」
「わかった…」
「スネークは全てを受け入れる風で特定の人しか線の中に入れない。心の中を見せるのは私にだって時々だもん。なかなか難航すると思うけど…さりげなく近づいて、そっと手助けしたりするといいかも。自分が頑張ってる姿を見てもらうのもいいかもしれない。言葉じゃ伝わらないんだよね」
「わぁ、そうなの?やってみる…」
「銀は、そうだなぁ…あの人は結構少年に近いかな。幼い感性が強くて…直感で動いてるんだよね。正義感が強いし、すごく優しいけどやり方が乱暴で敵を作りやすい。でもいい人なの。
一度いいと思ったら貫く心があって、どんな事があっても曲げたりしない。
だから、何度もぶつかって、折れるまで攻めて攻めて、攻めまくらないとダメかな」
「攻めまくるのね。わかった」
「蒼は本当によく見てるな。私の性格も最初からわかってたもんな」
「キキはわかりやすいと思うけど…」
「そんな事ない。仮にも付き合ってたアイツだって、アタシの事なんか分かってなかったし。慧ぐらいしかちゃんと理解してないよ。昴と千尋が嫌いだったのもそのせいだ。優しくされすぎるのは嫌なんだ」
そうだった。キキは慧しか気を許してなかったもんね。でも、その人をちゃんと見ればわかると思うんだけど。
「うーん。その人の人となりは言葉や、そのイントネーション、口調、目の動き、やっている事を観察すればすぐにわかるでしょう?」
キキがカレーのスプーンを持ったまま、ビシッと私を指してくる。
「それ。できる奴がこの世にどれだけいると思う?
自分のことを芯から理解して、その上で接してくれたら惚れちまうんだ。人たらしの原因はそこだな」
「ちげえねぇ」
「「「「「うんうん」」」」」
みんなして頷いてるし。そうなのかな…普通のことだとおもうけどなぁ…。
「ん…私寝てた…いい匂いがする…」
「お、茜起きたか。診察しよう」
「あら、キキ…来てたの?ご飯食べた?」
「うん」
茜が宗介の膝の上で眠たそうに目を擦ってる。
顔色、少しよくなったかな。休憩しながらにしないと。
「大丈夫だな、落ち着いてる。カレー食べるか?」
「うーん、一口だけ…」
「蒼にもらいな、点滴してやるから」
「うん」
茜にカレーを一口すくって差し出す。
小さな口が開いて、スプーンに齧り付いた。
「ん、美味しい」
「カレー好き?キキが作ってくれたんだよ」
「うん。好き。キキはお料理も上手ねぇ」
「ホントだよね。今度は私が作るから、リクエストしてね」
「うん、やったぁ…」
小さく喜んでるけど、あまり力が入ってない…。
茜の瞳に映る光は、心細いほど小さくゆらめいている。
残り、あと二日…早く仕上げなくちゃ。
「茜はもう少し休んでて。私がたくさん書くからね。桜はもう良さそうだから、菜の花でも描こうかな」
「でも、まだお花が足りないでしょ?わたしも描かなきゃ」
「あんまり無理したらダメだよ」
「うーん。でも…あの、怒らない?」
茜が上目遣いで聞いてくる。どうしたの?
目線で促すと、茜がこくりと生唾を飲み込む。
「最初は蒼のためにって思ってたけど、描いてるうちに…私自身のために描いてるなって…思って。蒼の書き方を見て、そう思ったの」
「自分の、ために?」
茜の瞳に光が大きく宿る。赤い瞳がキラキラ輝いて、宝石みたい。……綺麗な、命の瞬き。
「うん。私、ここに描いた絵をずっと残してほしい。私が生きた証がここにある。ここに残る。だから、描きたいの」
「茜…素敵…とっても素敵だね!」
胸がドキドキする。仄暗い気持ちが消えて、茜のキラキラした輝きに魅入られる。
茜のそういうところ、大好き。
私も考え方を変えないといけないかな。死の淵に立った茜が、私の心を奮い立たせる。死に向かった目線を、違うところへ向けてくれるような気がした。
「少し休んだらまた描きたい。私の分残しておいてね」
「うん!わかった。しっかり休んでね」
「うん」
カレーのお皿を100が持っていってくれる。
片付けが終わって、私は黄色と白と、緑の絵の具をパレットに取って描き出す。
茜が書いたたくさんの桜。最初は整っていた花達がだんだん不自然さがなくなって、最後の方はとてもナチュラルで生花のような瑞々しさ。
…かわいい。茜みたい。
胸の中に生まれる小さな痛みを押し込んで、桜の間に菜の花を描いていく。
茜が『自分のため』って言ってくれたことが私の心をあったかくしてる。
私はこういう風にしなければいけなかったんだ。
昴逹の顔が思い浮かぶ。
ごめんね…私、間違えてた…。
「美術部だった雪乃ですわ~!定着剤をお持ちいたしました!」
雪乃がツナギの服を着て現れた。
長い髪を三つ編みにゆって、ニコニコしながら隣に座ってくる。
「雪乃!ありがとう。雪乃も描いてくれる?」
「もちろんですわ。卒業制作で壁画を描いていましたの。懐かしいですわ。見た感じですと、春夏秋冬がテーマかしら?」
「うん、そうなの。春は私が仕上げられそう。冬が難しいかも。どうしてもクリスマスっぽくなっちゃうんだけど、茜が求めてる雰囲気が違うかなって」
「それなら雪の結晶はいかがですか?あれは六花とも言いますし。私が雪を書くのは面白いですわね」
「あはは!雪乃が雪を書いてくれるならいいね、そうしよっか。じゃあ冬は任せました」
「任されましたわぁ~」
クルクルしながら反対側に座って、雪の結晶を書き出す雪乃。
全体的に淡い色合いで描いてるから、それを眺めて雪の結晶をパステル系と濃い色をバランスよく混ぜて描いてくれる。
いいセンスだなぁ…冬も素敵な仕上がりになりそう。
「よし。春は出来上がり。」
桜、菜の花、チューリップ、色とりどりのお花が淡く描かれた春が仕上がる。
茜が一輪、お花をかけるスペースを残して春はおしまい。
「次は夏か…」
てんてんと、ひまわりが描かれている。
紫陽花とラベンダー…マーガレットを足していこう。夏は華やかなお花が多いから、元気な感じになりそう。
「蒼~雪の結晶の下からグラデーションを入れてもいいかしら?白壁だから浮き上がらなくて」
「それいいアイディア!素敵だね」
「ではそうしますわねぇ。淡い色でまとめるのもなかなか難しいですわ」
「そうだねぇ。でもさすが…強弱が綺麗にでてる。雪乃天才」
「まあっ!もっと…もっと褒めてくださいまし!!」
二人して笑い、作業に戻る。
小さなお花達を丁寧に書き足していく。
ラベンダーを足していくと、黄色一面だったそこにコントラストができてとってもかわいい。いろんな色が混じって、濃い色の上に薄い色を足して、淡く色づけていく。
「ほーん、ただ塗るんじゃねぇんだな」
私の背中に宗介がくっついてくる。持ち上げられて、また膝の上。
「ケツが冷える。乗っかってろ」
「有難いけど…えっちな事しないでね」
「しねーよ、バカ。」
「ふふ…」
くっついた背中とお尻から暖かい宗介の体温が伝わってくる。
むむう、筋肉クッション素晴らしい。
私が筋肉が好きなのって、宗介のせいかも。茜はどうなのかな?
「あっ、茜は?」
「ちゃんと休んでる。点滴で栄養補給してるぜ。1時間後に復帰するから起こせってよ。」
「わかった、それまでしっかり描かなきゃ」
シーンと静まったドームの中、宗介と私、見守るキキと眠っている茜の吐息が聞こえる。
宗介が口笛を吹き出した。
リストの愛の夢…宗介もロマンチストだったか。口笛がとっても上手…楽器みたいな音が響き渡る。
「お墓の前で歎くのは宗介だよ」
「俺は逆の方がいいんだが」
「そうなるかなぁ。宗介は長生きするでしょう?」
「そうなってくれ。長生きは知らん。お前が死んだら生きる意味がねぇよ。
天使なんだろ、お前。俺は羽をもらうんじゃなく、羽の一枚になりてぇ。お前の一部になれればずっとそばにいられる。俺がずっと守ってやるからな。蒼のためなら燃え尽きたっていい」
「うぅ…うぅー。」
もう、どうしてこう言うことばっかり…。思わず項垂れて、顔を隠す。暑い。もう。
「カーっ!あんたもそう言うやつか!!クッサ!!蒼、身の回りがクサイ男しかいないのどうにかしてくれ!」
「キキ…どうしてだと思う?私にもわからない…」
顔が肩に移動してきて、お腹を撫でながら低い声がつぶやく。
「お前が眩しいからだろ。蒼に恋する男はみんなそうなっちまうんだよ」
「「……うぐ…」」
キキと2人、唸るしかない。
「リストばっかりなのはなんでなの?もっとこう、シューマンとか優しい曲はないの?」
「んー。難しいな。恋多き女が相手だろ?」
「リスト扱いしないでよ…誰も彼もが好きなわけじゃないでしょう」
「嘘つけ。みんな好きなくせに」
「むーむー」
「それでも俺はまぁまぁの位置にいると自覚してる。好きな歴は一番長い。18年だ」
「むー…うぅー」
「否定できねぇだろ?ふふん」
「ぐぬぬ…」
「ダメだ、いちゃついてるようにしか見えない。茜、時間だ。起きてくれ。助けて。ヘルプミー」
キキがゆさゆさ茜を揺り起こす。
「うー?もう時間だった?助けてってどうしたの?」
「あそこのイチャイチャに耐えられないんだ!空気が甘くて砂糖吐きそう」
「あらら…じゃ、私が邪魔してくるね」
「そうしてくれ。頼む」
茜がやってきて、宗介の膝に乗って、私に抱きついてくる。
「独り占めしちゃダメだよ?」
「チッ。しゃーねーな」
膝の上に乗ったまま、2人して笑って再び筆を取った。
2024.06.19改稿