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追憶の歌

宗介side

 

玄関先の指紋認証に手を当てて、玄関の鍵が開く。蒼が退院してから約1週間…蜜月とやらをたっぷり過ごした蒼と顔を合わせるのは頭がいてぇ。

 

ため息をつきつつ、玄関のドアを開ける。

 

 

「おーい、邪魔するぜ」

「あっ!宗介おはよう。お迎えありがとねー」


 蒼がリビングからちらっと顔を見せてくる。意外に消耗してねぇな。元気そうだ。


「おう。飯食ったか?」

「ごめん、今食べようと思ってたの。宗介も食べてく?」

「おう。くれ」


 


 玄関で靴を脱いで、蒼のブーツの横に並べて心臓が飛び出しそうになった。

 

 これは…ファクトリーから出る時に履いてた奴じゃねぇか…あいつ足小さいままなのか?俺がなおしてやった跡がそのまま残ってる…。

クソッ、朝っぱらから…こんなもの見ちまった。


「宗介~?冷めちゃうよ?」

「い、今行く…」



 エプロンをした蒼が湯気の立ち上る腕を持って、テーブルの上に置く。味噌汁のにおいだ。

 普段はこうしてんのか…。

 宴会の時より小さいテーブルに、ソファーは四人分…いや、五人分?椅子が一つ多いな。


「ソファーも増やしてくれたの。宗介のだよ。ダイニングテーブルの椅子もね」

「くっ…そ…」


 顔を押さえてよろめきながら壁に頭を押し付ける。

 

 アイツらが言ってたのは、こう言うことか!!



 

 明け方に電話があったもんだから、何事かと思ったが…。役所に養子縁組の書類を蒼と出してこい、留守番を頼む、色々覚悟しておけ。って言われたんだ。

 


「覚悟の内容を言えよ、内容を。」

 

「ん?何してるの?早く食べよ。今日は目玉焼きとウインナーだよ。後でキッチンの使い方も教えないとだねぇ」

「おう…」


 よろめきながらテーブルに座る。…蒼の作ったら飯が食えるとか…俺は明日死ぬのか?


 


「これ、宗介のマグカップ。お椀とお茶碗とお箸もそう。ちゃんと覚えてね?」

「なんでこんなの用意してんだよ」


「うちの旦那さん達は優しいの。宗介が車買うなら買ってきてもいいぞって言ってたよ」


「やめろ。そのくらい自分で買う。給料もらってんだから…」

「宗介がファクトリーから出て来るのに距離があるでしょう?何かあったらすぐ来られるように早く買えって言ってたよ。今日見に行く?」


「あぁ、そうだな…いや、車は後でいい。役所に行った後ファクトリーに来てくれねぇか」

「何かあったの?」


 


 蒼が正面で味噌汁を啜って、目玉焼きに醤油を垂らしてる。

 …醤油派か。俺もだ。黄身を硬めに焼いて半熟で下がカリカリ…胡椒が多めなのもいいよな。うん。実地訓練の後に俺が食わせた目玉焼きと全く同じだ。



「宗介?」

「はっ。あ、いや…何かあったといえばあった。茜が展望台に小細工を始めたんだ。」


「小細工?」

「屋根をガラス張りにして壁は半分までとっぱらった。工事が終わってからそこを茜の部屋にしてやろうと思ってな。

 その本人がここは式場にするって言い出して……」


 飯をつまんで、行儀良く箸を持ち替えて味噌汁を啜る。

蒼の食事マナーも俺が教えたんだよな。

 ちゃんと今の今までやってるのは蒼だけだが。


 

 今日は精神ががやたら削られる。

 蒼の普段の生活が見えて、そこかしこに自分の影がある。古いのも、新しいのも。

 旦那どもに言われた言葉が身に染みて来る。大事な用事があるのに、頭から飛んじまうだろ…。


 

 「蒼の中に俺がいる」と言われた。そのままの意味だよな?正直わかんねぇ。

 はー。嬉しいんだが苦しいんだかわからんが…いいことづくしで頭がついていかねぇよ…。

 待ては得意だが…ヨシ、はされたことねぇんだからな。



 

「式場って、もしかして私の?」

「そうだ。そこで結婚式をして欲しいんだと。しかしな、壁中に昼夜問わず取り憑かれたように絵を描いてて…茜の体調もここ最近ぐんと悪くなってる。もう、覚悟をしておいた方がいい」



 箸を止めた蒼が目を閉じる。わずかな時間の後、開いた瞳は強い光を纏っていた。

これを間近で見せられるのは、たまんねぇな…。




「いつ?」

「キキの見立てでは3日後だ。ファクトリー内の子供、お前の同期も同じ意見だから間違いねぇ。もっと早く伝えたかったんだが茜が渋ってな…」

「そっか。ちょっと待ってて」



 蒼が電話をかけ出す。

 その間に飯をかきこんで、味わう暇もなく飲み干す。マグカップのSの文字がやけに目に沁みる。


 

「あっ…今平気?ごめんね、忙しいのに。あのね、3日以内に結婚式をあげたいの」

「ぶっ」

 

 茶を吹くところだったじゃねえか…。

 蒼が苦笑いしてティッシュを差し出して来る。

鼻セレブかよ。間違いなくここんちはセレブだが。




「うん、そう。今日役所で書類出して、その後はファクトリーで茜と作業したいの。うん…そうだよ。茜がね…。

 私もまだ確認してないからわかんないけど。クローンの子達もキキもそう言ってるみたい。

うん、ごめんね…本当に…お願いします」


 電話を切った蒼がふぅ、と一息ついて茶を飲み干す。オメーも文字ついてるカップか。




「マジでやるのか?」

「茜の最後の願いを叶えたいの。私も会場作りを手伝う。早く行こ!ぶっ飛ばして行かなきゃ。」

「ぶっ飛ばすなよ…妊婦だろ…」


 蒼が食器を機械に入れて、ボタンを押す。

 おー、勝手に洗うやつか。小せえ機械だが便利だな。ファクトリーのと同じだな。




「いこ!」

「おう。安全運転してくれよな」


 バッグを玄関に置くからそれを抱えてやる。妊婦には荷物を持たせたくねぇ。


「あら、紳士ですこと。ありがとう。

 ねーえ?安全運転っていうのはスピードも含まれる?出しても肉体は安全だけど」

「お前な」


 呆れる俺に微笑んで、蒼が立ち上がる。

 

 玄関を開けると、朝日が眩しくその光を空に広げていた。


 ━━━━━━



「おめー、俺よりヤベェ奴だな」

「そーお?どこもぶつけてないでしょ?」


 そう言う問題じゃないんだが。こいつの運転にはもう乗りたくねぇ。

 ギリギリの車幅で追い抜くし、カーブでスピード落とさねぇし。派手に滑らせたりしないで上手く曲がってんのはなんだったんだ???


 蒼が車の鍵を閉めて、ファクトリーに歩き出す。

 ファクトリーの入り口前はアスファルトが敷かれて駐車場になってる。

木も花植えられたし、AOIって名前がついたファクトリーになったからな。

 

 クリーンな会社みてぇだ。


 


「ケツ流さずに曲がれるならドリフトしなくてもいいんじゃねぇのか?」

「グリップで曲がれる速度しか出してないし、Rもμもサーキットとは違うでしょ?適材適所だし、スピード重視ならグリップなの」

「いつの間にそんなの覚えた?『曲線半径』に『摩擦係数』なんかどこで使うんだ?」 


「ぜーんぶ車です♪」

「マジかよ…」




 門の前に立つガードマンに手を挙げて、蒼が看板に気づく。


「ちょ、な、何これ!?なんで!!」

「俺じゃねーぞ。多数決だ。AOIファクトリーって名前がついた」


「くっ…何でもかんでも私の由来にしてぇ…。

 待って…こう考えればいいか…最近見たアニメに出てた、あの葵さんだと思えばいいの。聖地?違うな…ファクトリーはフォーミュラにはならないよね…」

 

「いつもの独り言がでたな」


 蒼の手を握って、引っ張っていく。

 ぶつぶつ言う蒼を引き連れて、食堂にやってきた。

 

 蒼の同期たちが段ボールを運んでる。

こいつらも結局ここで引き取る事になったな。戦争した時にいた奴らは全員ここで暮らしてる。




「あっ!蒼だ!」

「先生が手繋いでる!」

「きゃー!浮気!?浮気??」


「うっせーな。俺はちゃーんと旦那達にも蒼にも許可されてんだ。引っ込め。茜は?」


「朝からずっと書いてるよ…」

「お昼食べてないの」

 

「ん?宗介、蒼連れてきたのか」

「おう」

「ハッ!!」

 

 俺に気づいたキキが近づいてくる。気配に気づいた蒼が自分の世界から戻って来たな。

 


「キキ!」

「うん、蒼はぼーっとしてんな?よく来たな。お腹の具合は?」

「大丈夫。あのね、ちょっとだけ無茶するかも」


「あー。茜の事話したのか…」


「黙ってるわけにもいかねぇよ」

「仕方ない。念の為に栄養ドリンク持っていけ。蒼はちょっとここきて。診察してからな」

「うん!」


 キキに言われて、蒼が素直に丸椅子に座った。俺もおとなしく物資を持って来るか。

 スタスタ歩いて倉庫から箱ごと栄養ドリンクを持ち出す。茜も必要だしな。あとは蒼が言ってた〝不透明水彩絵の具〟を大量に。ペンキじゃなくていいのが不思議だが。


 

 

「せんせー!あおいきてるでしょ!」


 倉庫の出口で子供が複数群がってる。


「ああ、来てるぞ。茜のところに行く」


「あたちもいきたい!」

「あたしも!」

「わたしも!」

「ぼくも!」


 蒼が来てからいろんな人間が来て、刺激を受けてるから一人称がばらけておもしれぇんだよな…。

 頭を撫でて、しゃがんで子供達と目を合わせる。髪型も色々になってるから見分けがつきやすい。


 

「三日位いるぞ。茜の手伝いだから、あんまりうるさくしねぇんなら来ていい。みんなで相談して、ちっとずつ人数を分けて来い」


「「「うん!!」」」


 パタパタ走っていく子供達の背中を見送る。

 あいつらは…大きくなれんのかな。

 なってくれるといいが。


 


 倉庫の電気を消して、段ボールを抱え直す。

食堂のホールに戻っていくと、ザワザワ大勢の声が聞こえた。


  

「あーあー。そうだと思ったよ」

「そ、宗介助けて…」

「あーん!もう!蒼は忙しいってのに!」


「蒼さま!」

「女神さまじゃぁぁ…お美しい…」


 蒼とキキが年寄り連中に囲まれて困ってる。やれやれ。


 

「おい。お前らいい加減にしろ。蒼は用事があってきたんだよ。邪魔すんな」


「しかし、なかなかお会いできないじゃないか」

「そうですよ。いつ天に召されるかわからないし、わしらも蒼様にお会いしたいんじゃ」  


「蒼はここで結婚式してくれるから、それまで待ってろ」


 ピタッと鎮まる集団。年寄りがほんのり頬染めてんじゃねぇ。




「あ、あの、うん。そう言うこと。茜のお手伝いに来て、茜がいなくなる前に式を挙げたいの。皆さんの中に絵が書ける人はいますか?手伝ってくださる方は…」


 蒼が尋ねると、パラパラと手が上がる。




「ありがとう、じゃあ一緒に行きましょう。無理せずに疲れたら休んでね」

「「「はい」」」


「はぁ。宗介が来てくれて助かったよ。目の色変えて来るもんだから怖かった」

「しょーがねぇだろ?ここには蒼の事が好きな奴しかいねぇんだ」

「そもそも蒼が嫌いな奴ってのを、見たことがない」

「ちげえねえ。」


 年寄り達とエレベーターに向かう蒼。

 まるでドラクロワの自由の女神みてぇだな。




「診察に何回かいく。昴たちには言ったのか?」

「あぁ。あいつらもてんてこ舞いだろ。色々準備しねぇとならんしな」

「いつもそうだな。蒼の動きは予想できた試しがない」



 優しい微笑みを浮かべるキキにつられて、俺も口の端があがる。


 そうだな、だがそう言うところも好きなんだ。お前もだろ?キキ。



━━━━━━



「ここはコスモスにしましょう」

「こっちはひまわり?春夏秋冬ならいいのだろう?」

「そう。おばあちゃんは秋、おじいちゃんは夏かな?」


「わかりました」

「蒼様と茜様と一緒にいられるなんて夢のようです」


「ふふ、お願いね」



 傍に段ボールを置いて、茜と蒼が座った一角に腰を下ろす。

真っ白な壁にドーム状のガラス天井。壁一面に季節の花々が描かれている。


 


「ペンキより不透明水彩絵の具がいいの。乾燥すれば耐水になるし、絵も描きやすい。シンナー中毒にもならないから。

 出来上がったら定着剤を上からかければ長期保存できるよ」


「まぁ…知らなかった。じゃあそうしましょう。絵の具は子供達用にたくさんあったわね」


「うん。壁いっぱいに描くの?」

「そう。みんなが生きてる日本の一年を書きたいの。これからも、この先も、ずっと枯れない、変わらない植物に囲まれて、蒼が真っ白なドレスでここを歩くのよ」


「素敵だね…茜…ありがとう」

 

 蒼が茜を抱きしめる。すっかり痩せ細った茜は顔色が悪い。真っ白な長いワンピースの服はそこらじゅうペイントのカラーに染まってる。


 


「私もその服着たいな」

「お揃い!いいわね、そうしましょう!」


 茜と蒼が奥の棚からワンピースを引き出して…。


「ちょっと待て!おま!待てって!!」

「え?なんで?」

「隠せよ!下着だろその下!!」

「おじいちゃん達しか居ないでしょ?」

「ジジイだからってダメだ!俺もいるだろ!!!」


「いつもなら黙ってるのに。珍しいね?」

「そうね、宗介ならニヤニヤして見てると思ったのに。どうしたの?」



 

 クッソ…俺だってわかんねぇよ。今朝から色んな事がありすぎて受け止めきれねぇんだ。与えられることに慣れてねぇ。


 自分の上着を脱いで、蒼にかぶせる。


 

「見えねえようにやれ」

「ふふ、はあい」

「本当にどうしたのかしら。大丈夫?」

「なんともねぇよ…」


 茜に言われたくねぇ。そんな顔して…取り憑かれたように絵を描き始めて…。

 壁の花達は、匂い立つような繊細なアートだ。茜にこんな才能があるとはな。




「おっけー!描こ!私もこんなに大きい場所に書くのは初めてだから。楽しみ!」


 茜と手を繋いで歩いていく蒼。

 俺のジャケット着たままかよ。…首から腕から足からキスマークだらけ…着替えさせるんじゃなかった…。


 

 裸足で走って、壁に座り込んで大きな筆で花を書き出した。茜も気力が回復したようだ。


 

「桜のお花って枝は書かない方がいいと思う?」

「ここの雰囲気だと、暗い色は違和感が出ると思う。お花だけにして、時々ボタニカルな感じで葉っぱを入れればいいんじゃない?」

「そうしようか。蒼は桜をどう書くの?」


  


 蒼が斜めに切られた筆の両端に色をつけて、パレットで馴染ませる。

 真ん中で色が馴染んでグラデーションになり、筆の向きを変えながら桜を描いていく。


「わああ!すごい!かわいい!」

「これはトールペイント風。あとはこう」


 今度は一番でかい筆に白と赤、わずかに紫を混ぜてぐるぐる混ぜたあと、混ぜ切らないまま壁にペちょっと筆をつけ、撫で付けながら絶妙な色に混ぜて花びらを描いていく。


「素敵!色は混ぜ切らない方が綺麗に見える。なんで?」

「お花を描くときは、写真や生のお花をよく見て描くの。生の花は一色に見えても複雑な色が混ざっていて、一枚一枚が歪で…それが合わさると綺麗になるんだよね。だから変に綺麗にしようと思わずに感性のままに描いた方が素敵だと思う」

「わかった、やってみる!」


 二人の背後に腰を下ろして、それぞれが書いていく花を見る。


 蒼は爪に絵を描く仕事をしてたからか、手が早い。

 繊細な花の花弁一つ一つを自由気ままに重ねて綺麗すぎないナチュラルな桜だ。

 一方茜は几帳面にゆっくり、筆の形を確かめながら少しずつ書き足していく。

バランスが良すぎるのを後から足して崩してんな。


 蒼と他愛無い話をしながら、二人の時間が重なっていく。



 

 蒼は茜の余命を聞いた時も、わずかにしか揺らがなかった。そして瞬時に前を向いた。

 瞳の底に見えた光。

 あれは、ずっと蒼の中にあった。

小さい時から変わらないそれを、また間近で観られるのが俺は嬉しい。


 一生傍にいろ、なんてどう言う気持ちで言ったかわかんねぇが、そのままでいい。

その言葉のまま、こうして蒼が見られれば俺は幸せだ。

 

 茜の目にも蒼の光が映り込む。

 お前も、光を分けてもらえたんだな。




 ~♪


 蒼が鼻歌を歌い出した。

 エレベーターからやってきた子供達、年寄り連中が遠くで座って、蒼と茜を眺めてる。

 茜が歌に気づいて、一緒に歌い出した。……俺が、教えたんだ。これも。


 俺が知ってるのはクラシックだけだ。最近の歌は知らねぇ。

戦争の最中に歌うレクイエムや鎮魂歌、讃美歌なんかが多い。現代だとダーククラシックとか言われてるらしいが。


 

 落ち着いた音調や悲しげな響きだが、テンポを上げると途端に明るくなったりする。

 

 クラシックってのは作者の作った意味そのままじゃなくていい、解釈も歌い方も自由だ。

いかようにも変化できて、どう変わってもおかしくはならねぇ。主旋律のイメージが変わらないまま驚くような変化を遂げる。

 

 昔の人間が作った音楽はすげぇよ。


 こいつらみたいだ、なんて思う。

 こんな歌を聴く日が来るとは思わなかったぜ。

 俺は大の字になって、寝っ転がる。



 

 そっくりの声が響き渡って、ガラスの窓の向こうの空に溶けていく。

目を閉じると俺の頭の中でオールドフィルムが回る。

 一人で、何度も見ていたそれは…親友が遺したフィルムだった。俺を庇って死んだ、親友が遺した唯一の遺品だ。


 カタカタ、カシャカシャと小さな音を立てて回り、映像を映し出すそれを…ここに来てからは俺と蒼で、見ていた。



 擦り切れたフィルムは、もう見ることは出来ねぇが…その音が耳にこびりついてる。

 面白くもねぇそれを、今思えばよく飽きずに見てたな。花や、木や、人の家を写しただけのなんの意味もないそれを。



 

 俺はそれを見るたびに思い出す。

 飛び交う銃撃の音、砲弾が弾け飛ぶ振動、背中を頼りない木に預けながら木端が…血肉が飛び散り、仲間が倒れていく記憶が。悲鳴、最期の言葉たちが…俺に刻まれた冷たい過去が…深く刻まれた心の奥底から浮かんで来る。

 

 それに浸りながらタバコを吸って、強い酒を飲んで眠るのが日課だったんだ。

お陰で俺の美声はしわがれた。元々こうじゃねぇんだぞ。




 浮かんだ全ての過去を一通り見終わり、瞳を開いた。目に入ってくるのは太陽の燦々とした光。青い空、白い雲。

 

 俺の追憶が二人の声に柔らかくかき消されていく。

 

 胸のロケットを引きちぎり、ギュッと握りしめた。それを空に掲げて、アイツを送り上げる。


 

 ――聞こえるか?親友。俺の好きな人がお前にも歌ってくれてるぞ。

俺ももう、お前のことは終う事にする。


 蒼のことだけ考えて生きていくからな。悪いな――


 

 銀のロケットが光を弾き、キラキラ光る。


 俺の隣で息絶えたあいつが微笑む顔を、ずっと思い出せなかった、思い出したかったそれを─俺はようやく思い出した。









 

2024.06.19改稿

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