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ロマンティシズム

蒼side


 バニラの…甘い匂いがする。

これは、千尋の当番である五日目になりましたね。もう時間も日にちの感覚も全くなくなってる。怖い。私、ちゃんとした生活に戻れるのかな。

 


 

「ぐすっ…ひっく…」

「?!」


 震える腕に抱きしめられてる。

 今漂ってるのは間違いなく千尋の匂いだと思うんだけど、泣いてる?


 

「蒼…ぐすっ」

「ち、千尋?どしたの?」

「おはよ…」

「お、おはよう。何で泣いてるの?」

「うー…」

 

 ぐしぐし涙を拭うから、慌てて枕元にあるティッシュを取って涙を吸い取る。


「ダメだよ、こすったら傷がついちゃうでしょう。どうしたの?こんなに泣いて」


 千尋が灰色の瞳をゆらめかせて、涙の粒を落とす。




「蒼のこと、こんなふうに閉じ込めて…俺たちは…最低だ…」

「えぇ?そんな事ないよ。私もびっくりはしたけど…その。嫌じゃないし、はじめてだけど、こういうのいいなって思っちゃった」


 瞬いた瞳がポロポロ滴をこぼし続けて、じっと見つめて来る。



 

「俺達がどれだけ凶暴なのか蒼は分かってない。こんな風に閉じ込めて喜んでるんだぞ」

「私だって喜んでるもん。ずっとはやだけど。蜜月ってこういうものなんだな、って思った」


「…嫌じゃないのか?」

「うん。なんか、その…惚れ直すと言うか。ずっと甘やかされるなんて初めてだから。くすぐったい気持ち。…またしたい」


「そっか。またしてもいいのか?」

「準備とか大変だろうし、みんなが嫌じゃなければね。私は何にもしてないけど…」

 

「蒼には何もして欲しくないからいいんだ。ただ甘やかされて欲しかった。

 そう…言ってくれるなら次は俺の誕生日にでもしてもらおうかな。」

 

 千尋がようやく微笑んでくれる。あったかい、いつもの笑顔にホッとする。



 

「プレゼントじゃなくていいの?」

「プレゼントに蒼が欲しい。俺が欲しいのは蒼だけだ。蒼の羽は俺が預かって、誰もいないところで二人っきりで過ごしたいんだ。海辺でもいいし、森の中でもいいし…冬だから雪の中の宿でもいいか。

 最愛の天使を独り占めできるなんて幸せが毎年味わえるなら歳をとるのもいいな。二人の時を重ねていけるのが何よりも嬉しい」



 千尋が甘い声で囁いてくる。相変わらず言ってることがすごい。



 


「千尋は2月、慧は7月、昴が5月でしょ?それぞれの季節が楽しめるのはいいなぁ」

「そうだな。蒼がまさか大晦日生まれとは思わなかったけどさ。その日はどうしようか」


「ヤキモチ妬かない?」

「はっ、宗介か?」

「違うよ。ファクトリーに行きたいの。もし…30になった時のことを考えて対策しておかないとでしょ?」


「そうか、たしかにそうだな。その話はみんなでしよう。」

「うん。約束ね」



 千尋と指を絡めて、きゅっと握る。

 そのまま千尋が小指にキスして来る。だんだん下がってきて、手首にキスマークを残された。

珍しい…千尋がそれをするなんて…。




「ここは誰もつけてないな、キスマーク」

「鏡見てないからわかんないけど…首あたりがすごいことになってそう。」

「筆舌に尽くし難い色になってるよ。正直蜜月後に外に出れるか怪しい」


「えぇ…困っちゃうな…みんなお仕事は大丈夫なの?」

「うん。明後日は俺たちがいないから宗介がくる。」


「えっ!?」

「監視カメラ、寝室以外には着けてるから変なことはできないし、ちゃんと四人で話し合った」


 な、なに?いつの間にそんなことに?

 何を話したの…。


 

 

「蒼に許可されるまでは手出ししないって宗介と約束したから」

「き、許可って。私の旦那さんは三人だけだよ?」

「いや、蒼のここに、宗介がいるのはわかってる」


 とんとん、と人差し指で胸を叩かれる。うっ。それを言われてしまうと…。


「俺たちは三人とも納得してる。蒼の思うがままにしていい。あと…これは相談なんだけどさ」


 真面目な顔だ。ちょっと怖い気もする。



「全員緑川姓にしようかって結論になった」

「へ?宗介の?でも…」


「今は俺と慧が一緒だけど、全員同じ方がいいんだってわかった。保育園、学校とかも」

「私も?」


「もちろんそう。年齢的にもギリギリおかしくないだろ?宗介が父親、長男が慧、次男が俺、三男が昴で妻が蒼。蒼の戸籍も元々宗介の所に入ってたから、そうすれば全員同じ戸籍になる。今回の病院でちょっと困ったりしたからな。看護師さんも混乱してた。」

「ほぁー、なるほどねー…」


「どう?俺はその方がいい気がしてる。宗介は100歳まで生きそうだろ?俺たちの方が先に死にそうだ」

「もう、縁起でもないこと言わないで。…でも、そうだね。そうしようか…子供のことを考えてもその方が良さそう」


「うん。じゃあ明後日手続きだな。その前に養子縁組の解除書類出しに行かないと。キスマークは…ハイネック着よう。俺も外に出さないつもりだったけど…仕方ない」

「ふふ、うん。明後日は三人ともお仕事なの?」

「そう。俺は警察とのコネクション書類の調印、昴と慧はファクトリーの整備と色んな法的手続きだな」

 



「私だけおサボりなの?」

「産休は休むものだ。ファクトリーにならいつでも連れていく。茜にも会いたいだろ?」

「うん…」


「じゃ、そう言うことで。話はここまでだな」

「ん…」


 千尋の目の色が変わっていく。

 灰色のままだけど、みんな本当に目に感情が現れやすい。

 目の奥に揺らぐ熱を感じて、瞳を閉じる。


 唇が重なってきて、深く深く…千尋が入ってくる。


「蒼…好きだ…」

「んふ、んっ」


 私も言いたいのに…千尋が言わせてくれない。


「ふぁ。千尋…なんだか意地悪?」

「ふふ。いつもされてるからな。キスしながら言うの練習した」

「んなっ。だ、誰と!?」

「1人でに決まってるだろ?」



  

 千尋の頬が赤くなる。

 私…宗介のこともそのまま受け止めさせて一人でやきもち焼いて…。


「私の方が最低…」

「別にいいだろ。あんなことがあって文句なんか言えるわけない」

「千尋達だって守ってくれたじゃない…」

「んー。まぁ、そう、だけど。」


 胸元に千尋の顔が降りて来る。

頭ごと抱きしめて、長い前髪が胸をくすぐるのを感じた。


 

「今度は甘えん坊?」

「うん…甘えたい…蒼に慰めて欲しいんだ、俺」

「落ち込んでるの?」

「そう。独占したのもそうだけど、蒼を守るのが俺でありたかった。」


 うーん、なるほど。千尋ってこういうところが結構細かいんだな…。突出した武器を欲しがっていたのもそうだし、頭がいいから考えすぎちゃうのかも。



 

「私は千尋が生きていてくれて良かったよ。怪我もしたのに、そんな風に思わないで欲しいな」

「うん…」


「あ、そうだ…指輪、変えたいの」


 慧の指輪を外して、枕の下にある袋にしまい、千尋の指輪を取り出す。

 ピンときた顔になった千尋が手を差し出して、指輪を渡す。

指輪を私の薬指にはめてくれる顔が神妙な顔になってる。


 

「蒼…ここも俺が独り占めしていいのか」

「そうだよ。」

 

 じっと見つめると、ふいっと目が逸らされる。むむ、まだなんか引っかかってる…よし。


「今日は私がしてあげます」

「えっ?蒼?」


 おふとんのなかにもぐって、横を向いたままの千尋のシャツを捲る。

お腹に齧り付いて、キスマークをつける。


「うぁ…ま、待って」

「うまくつかないな…」

「蒼っ、ちょっ…」


 つい口の端が上がってしまう。

 私、Mなのかな。Sなのかな。

 どっちもなんてことあるの?


 千尋の可愛い声を聞いて、ついついにんまりと笑いをこぼした。


 ━━━━━━



 

「うぅ、うぅ!」

「ふふ…いつもと逆だね?」

「だって、あんな……凄かった…」

「それは良かったです。みんな個性があるよね…」


 真っ赤になった千尋が顔を両手で押さえて、縮こまってる。私はほくそ笑むのをやめられない。

 たまにはやり返さないとね?


「個性って…なんだ?」

「それぞれのご立派なアレ」

「!!」

 指の間から灰色の目がのぞいて、耳まで真っ赤になってる…かわいい。


 

 

「千尋のが一番長いんだよ」

「な、なが…えっ?」

「うん」

「ほんとか?俺しか届かないところがあるって事だよな?」

「うん、そうだよ」

「わ、わぁ…」


 ニコニコしながら千尋がキスしてくる。

 


「…嬉しいの?」

「すっごく嬉しい。俺だけの場所が蒼の中にあるんだろ?」

「ふふ。もう。千尋かわいい…こう言うところも好き。」

「慧は髪ゴムしてただろ?昴はヤンデレでなんでも知ってるし。俺だけなんか…何もなくて寂しかった」


 ちょっとお待ちください。何を言ってるの!


「千尋?数々のロマンティックな発言は千尋だけでしょ」

「えっ?そんなことないだろ?みんな言ってる」


「違うよ。千尋の表現はちょっと…本当にすごいんだから。私ずっと言われたら気絶しちゃうよ」

「そんなにか?…手加減した方がいいのかな…」


「ううん。あの…しなくていい。私の中で全部大切な言葉になってるから。

 一人でいる時に思い出すと…心があったかくなるの…」



 

 千尋の手を取って、私の胸に当てる。

 千尋も、慧も、昴もそれぞれちゃんと個性があって、違う愛し方をしてくれる。

 慧が心配してたけど、飽きるわけなんかないのに。

 いつまでも、どこまでも欲しくなっちゃうんだから。


「俺にもして欲しいな…」


 お互い胸に手を当てて、瞳を閉じる。

 手のひらがお互いの心を伝えて来るみたい。




「あったかいな…蒼の愛情が熱になって伝わって来るみたいだ。命の奥底まで染み込んで、…全部が満たされる。蒼しか満たせない俺の器がいっぱいになって、溢れて身体中が幸せで満ちて来る。」


 耐えられない!もう!

 手を当てたまましがみついて、熱くなった顔を押し付ける。


「もう!もう!なんで言えばいいかわかんない…私だって幸せなのに!うう!」

「まだあるんだが」

「も、もうだめ!言葉はダメ。溶けちゃう…」


 頬を包まれて、優しく持ち上げられる。

 どこまでも柔らかい光を宿した灰色の瞳が私を見つめてる。



「言葉じゃないなら、いいんだよな?」

「…うん…」



 腰を撫でられて、体が震えてくる。

 始まりの予感にまたもや私は目を閉じた。


 ━━━━━━



 フラフラする体でリビングのソファーにかけて、ふかふかの背もたれに身を預ける。

 寝てばっかりいても疲れるものなんですね。…運動してるけど…あれは運動に入るのかな?うーん?

 

 千尋がキッチンでお湯を沸かしてニコニコしてる。相変わらずタフだなぁ…うちの旦那さんはみんな体力底なしなのかな…。

 いつまでも余韻が長引いて、気を抜くと気絶しそう。千尋の本気は本当に恐ろしかった……。ふるふる首を振って、務めて冷静を装う。

 

 


「喉乾いたろ?何飲みたい?」

「コーヒーばっかり飲んでたから、紅茶飲みたいな。昴がバラのジャム買ってたでしょ?それ入れると美味しいの」

 

「ほぉ…あ、これか。はっ、これは昴がもらったと言う伝説の…」

「伝説にしないで。茶葉があるなら私入れるよ。紅茶入れるの好きなの」

 

「蒼が淹れてくれるお茶は初めてだな」

「いつも淹れてもらってるもんね…わ、いい茶葉ですこと」



 千尋がティーカップと銀色の缶に入ったアールグレイの茶葉、ガラス製のティーポットを持ってくる。

 ケトルのお湯を沸かし直して、ポットに茶葉を入れてカップに茶漉しをセットする。

 カップを温めてくれてるから手間が省けて素晴らしい。お料理できる旦那さんがいるとこうなるんだねぇ…すごい。


 


「アールグレイ好きなんだな。昴が言ってた」

「うん。匂いが強いから苦手な人もいるけど…一番好き。本当はコーヒーもデカフェじゃないのが好きだし、カフェインレスじゃないアールグレイが好きだけどねぇ」

「仕方ないな、妊婦さんだし」

「そうだねぇ」



 

 お湯が沸いて、ポットに勢いよく注ぎ込む。ジャンピングが起きやすいように、酸素をたくさん含ませて蓋を閉じてじっと待つ。

 コーヒーも紅茶も、この家に用意されているものは全て私のためにデカフェになっていたりする。当たり前に買ってくれてるけど、お買い物に行く必要がないくらいストックがあるから…昴のなんでも多く買う癖が大いに反映されたお家になっていた。

 

 私の元お家から持ってきた、歯磨き粉とマグカップは慧が欲しいって言うからあげたけど、慧のお部屋に飾られてるのは複雑な気持ち。何故なの。

 テレビの前に鎮座している多肉ちゃんに問いかけるけど、返事は返ってこない。


 フォトアルバムは今昴の手中にあるらしい。私も見てないんだけど…そのうち千尋の手に渡って、満足したら一家のアルバムに収めるって言ってたけど、なんの満足なのかわからない…。


 茶葉のジャンピングが終わり、底に沈んだのを見て、茶漉しの上から静かに注ぐ。



 

「ドラマみたいにしないのか?」

「刑事ドラマの?千尋みたいな本職だった人も見るんだね?」

 

「却って面白いものなんだ。あり得ないことも多いけど発想が突飛でな」

「なるほどねぇ。あの注ぎ方はこぼすから私はしないの。ポットが優秀だからちゃんと香りが立つし、茶葉が良ければ味も良いので」


 なるほど、と頷いた千尋がバラのジャム瓶を開ける。ティースプーンに掬ってティーカップに差し入れた。



 

「いい匂いがするな…いただきます」

「ふふ、召し上がれ。こうなると香りの暴力だけど、こう言う強い匂いのものがたまに飲みたくなるんだよねぇ」

「わかる。目が覚めるな。美味しいよ」


 アールグレイも茶葉自身の匂いとベルガモットが混じってるから強い香り、バラも強い香りだけどこの二つを合わせてミルクティーにしてもいいし、甘さがあるから疲れた時の気付にも良くて仕事の合間によく飲んでた。

 無くなりそうになるとジャムを持ってきてくださっていたお客様、そういえば千葉の人だったな…。


 

 

「昴の誕生日あたりにバラ園、行ってみたいね。たくさん咲いてる場所があるんだって」

「千葉だろ?来年にでも行こう」

 

「うん。今日は何かするの?」

「さっき言ってたけど役所に書類取りに行かないと。昴と慧にも書いてもらわなきゃだし。

 届けるのは宗介と二人でお願いしようかな。もう昼過ぎだし…朝から無理させたから今日は家にいようか」

「…大丈夫だけど…うん…」


 にっこり微笑まれて、わたしは頬が赤くなる。

 千尋はずっと優しいけど、触れ合う時間が長い。遅いのとは違うけど他の二人と比べてすごく丁寧に触ってくるから…別に二人に乱暴されてるわけじゃないけど。

 今回は特に、体じゃなくて言葉の刺激がすごかったから、いつまでも体が熱っている。



 

「なぁ、蒼の家から本持ってきたんだろ?俺も見たい」

「じゃあ一緒に読書しますか…千尋のお家の本棚凄いよね。三国志から宗教書、専門書、辞典の種類もすごいし、ラノベまであった」

「うちは一家で読書家だったからな」

「そうなんだ…私の本持ってくるね。おすすめでいい?」

「蒼のおすすめか。いいな。頼む」


 

 頷いて、廊下に設置された本棚からわたしの書棚を探る。

 うーん。どうしよう。千尋はなんでも読むみたいだし…わたしの人生の指針である十二国記にするか…空色勾玉にするか…哲学者にするか…。

 そうそう!題名がわからなかった本、千尋が検索してくれて買ってきてくれたんだった。

 

 篠田節子さんの神鳥(イビス)っていうの。表紙は覚えていたのに題名を忘れていたから…。

それと、空色勾玉を手に取ってリビングに戻る。


 

 

 …はっ。ドアに千尋の気配。

 そろそろ、と近づくと正面から抱きつかれる。

 

「バレてたか」

「ふふ。前に私がした時、千尋もわかってたもんね?」

「うん…俺の家で暮らすことになったから、蒼との思い出があるここがさらに大切になったな」


 二人で微笑みを交わして、抱えられたまま、ソファーに座る。


  

「お、ファンタジーか?児童文学推薦書…へぇ」

「うん、児童文学推薦書には何十年もなってるの。古文みたいな書き方なのに、中学生でもわかるんだよ。 一応、恋愛もので、ハイファンタジーかな」

 

「ほう。あ、俺が買ってきたやつ読むのか?」

「うん。中身だけちょっと覚えてて、買ってなかったから…ひさしぶりに読みたい」


 膝に抱えられたまま黒いカバーの怪しげな本を開く。嬉しいな、久々に読む本…中を知っていてもワクワクしてくる。

 ファクトリーを出て、両親から離れて初めて本屋さんで読んだ本。お金をあまり持ってなかったから買えなかったんだよねぇ。お家でじっくり読めるのが嬉しい。


 


「千尋は本の題名よくわかったね」

「著者は知らなかったが、朱鷺(トキ)鍋・ホラーで検索したら一発だった」

「んふふ…流石だねぇ…」


 ページをめくり、ゆっくり文字の海に沈んでいく。

 この本でわたしが大好きなのは、主人公の強さ。ストーリーのしっかりした骨格を底から持ち上げるような、生きる意志。ホラーだから怖いけど、その強い意志がまるで自分に宿ったような気持ちになる。

 微笑みながら、だんだんと集中していく。


━━━━━━


 

 パタン、と裏表紙を閉じて、ため息をつく。

 わたしがこの本に魅せられたのは必然だったのかもしれない。もちろんホラーサスペンスだからちょっと怖いけど…現実の人間も負けず劣らずだという事もこの本は教えていた。

 私は無意識に生きる強さを求めていたんだなって今更ながらに思う。


 辺りが真っ暗なのに気付き、ハッとする。しまった、読み切ったということはかなりの時間が経ったと言うことだ。

 

 ……なんか背中が暖かい。

 いつのまにか千尋に抱えられて、後ろから一緒に同じ本を見ていたみたい。


 

「千尋…ごめんね、たくさん時間消費しちゃった」

「いや…俺も読んでたから気にしなくていいよ。いい本だな。ゾクゾクした…」

 

 真剣な表情のまま私を見つめて、つぶやいてる。


  

 「蒼がどんな心境で読んでいるのか、くっついてると…鼓動や、息遣いでわかるんだ。

 すごいな、こんな読み方があるって初めて知って感動してる」

「そ、そうなの?」


 

「蒼がお薦めしてくれた本も良かった。どちらも主人公の生と、愛のテーマを感じた。蒼の気性に合ってると思うよ。…なんだか、蒼の全部を知れたみたいで胸がドキドキしてるんだ」


 本を抱えたまま背中から抱きしめられて、千尋の心音が伝わってくる。

 二人で読むとどんななんだろう。今度は私よ後ろから読んでみたい。



 

「なんか、すごいな。命が一つになって、本の中に飛び込んで、文字の中で泳いでるみたいだった。

 蒼がどこを読んでいるのかはっきりわかって、情景はきっと同じものを見ていた。

 心の動きがピッタリ揃うんだ。感じているものが全てわかる。」

「へぇぇ…」

 

「感動や恐怖で心が震えたり、心が何かを強く感じたりすると蒼が指で文字をなぞるんだよ。全部一緒だった。こんな事初めてだ…」


 千尋が肩にキスを落とす。体温の上がった唇が、耳元で囁く。

 

「蒼に惚れ直した…。またこうやって読もう。心が一つになれるなんて…凄いよ」

「う、うん…」

 

 

 

 攻撃力高いです。言葉の種類じゃなく、千尋の物事を感じる心がそうさせているんだと確信してしまった。

 

 わたしだって惚れ直しちゃうよ。

 

 夜の帷が落ちた暗闇の中、体を重ねた時と同じくらい熱くなった顔を本で隠して、ため息をついた。

  





 

2024.06.19改稿

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