幕間
昴side
ポーン!とエレベーターの到着音音がして、宗介がやってくる。
ペットボトルの水と、大量のプロテイン、カンパンを山ほど入れた段ボールを抱えて。
「腹ごしらえしとけ」
「すまんな、宗介」
「僕スネークに渡して来るね」
桃が食料を持ってスナイプ部屋に運んでいく。宗介はどさどさとダンボールを置いてるが…どれだけ力持ちなんだ?慧と張るくらいだよな、これは。
「動ける奴らがエレベーターの下で肉壁続行してるぜ」
「えっ!?どうして!」
宗介に言われて、蒼が驚いてる。
「言う事聞かねぇんだよ。お前の歌を聞いた奴がそれを吹聴して回ってるし、あの戦闘を見て戦争経験者に火がついたんだ。『自分の戦争時代にあの指揮官がいれば…』ってな。
丸腰で居させるわけに行かんから、武装させてる。爺さん達は元気なもんだ。お前は相変わらず人たらしだな?」
宗介が苦笑いしてる。
さっきのお爺さんもそうだったのだろうか?都会に住む人たちなら火を熾すのも、お湯を沸かすのもあんなに素早くできないだろうし。
戦闘の様子を見ている目は精悍だったな。
今思えば戦況もきちんと把握していた…。一度経験した戦争は忘れられないんだ。
命のやり取りとはそうあるものだと再認識する。
「どうして…」
「蒼、仕方ないのよ。あの人たちはね、救いを求めているの。元々もうすぐ死にゆく運命なのよ」
「どういう…こと?」
蒼の頭を撫でながら、茜が微笑む。
「みんな持病があるの。小さな子も、大きな子も。私と同じ、生きていく時間があと少しなの。おじいちゃんやおばあちゃんは寿命のお迎え待ちだけど、さっき聞いた通りに『命のやり取り』をされた方が多いわ」
「だからって…」
気色ばむ蒼に、茜は緩やかに首を振る。
「だからこそよ。あなたは希望なの。私だってそうよ、あなたがいなければ今こうして生きていることさえ難しかった。
蒼にその気がなくても、命を救われて使い道を決めるのは蒼じゃないでしょう?覚悟を決めたのは本人の意思だよ」
蒼が瞬き、しょんぼりして茜の膝下に頭を乗せる。
フル装備をして、髪をまとめた真っ黒な蒼が小さく縮む。
さっきまで冷徹に相手を撃ち殺し、作戦を指揮していた蒼が…完全に可愛い姿に戻った。茜ともだいぶ仲良くなったんだとわかる。
「私は出来る事をやっただけなのに。それに救ってるのは私じゃなくて…キキと…みんながそうしてくれてるの」
「そうね、あなたは生きてるだけで皆んなが好きになっちゃうのよ。そして、好かれた蒼が居ることが全部のきっかけなの」
「おじいちゃん達を死なせたくないよ。私を好いてくれるのは嬉しいけど、そのせいでいつも皆んなが危険になるのはいや」
「なんとも言えないわねぇ。私でもきっとそうすると思うけど…」
茜が蒼の頭を撫でる。塔に集まった全員でその姿をじっと眺めた。
マリアに抱かれる子供みたいだな。二人とも同じような声で同じような顔をしてるが。
「蒼…あなたは私の遺伝子から生まれたけれど、私ができなかった全てを成してくれる。一生懸命生きて、戦って、人々の心に何かを残して…お腹に赤ちゃんが居るのも奇跡なんだよ」
「そうなの?」
「うん。私、赤ちゃんはできない体なの。ファクトリーの子たちもみんなそう。見た目が同じ子はね。
蒼だけが違う。優しい色を纏って生まれて、最初からずっと心があって、今現実として赤ちゃんがお腹にいる。」
驚いたな…そうだったのか。そんな事思いもしなかった。
「そうなの…。私だけ普通の色で本当は寂しかった…」
「そうね…でも、あなたは私とは違うものを持って生まれてくれた。
その瞬間から奇跡を孕んで、希望の星として生まれたのよ。
知らないでしょう?あなたが私の体の候補になって、ファクトリーから居なくなったあと…あなたの遺伝子を増やそうとしてたのよ」
蒼が起き上がって、茜を見つめる。
「でも、できなかった。あなたのDNAは頑なに複製されることを許さなかった。DNAまで頑固でじゃじゃ馬なのね?」
茜にいつものセリフを言われて、俺たちはみんなで吹き出してしまう。
蒼がぷくっと頬を膨らませた。
「意志が強いだけって言って!」
「ふふ、そうねぇ。じゃじゃ馬なのは否定できないけど、そう言ってあげるわ」
「むむむ…」
「蒼は私にとっても奇跡で希望なの。思うがままに生きなさい。それが一番いい事だから。
あなたを思って動く人を、悲しく思ってはいけないわ」
「うん…わかった…」
微笑み合う二人を見つめて、ほんわりとした空気が漂う。
心持ちが本当に似てるよ。理解すればするほど茜も蒼もそっくりだ…。
「蒼、コートを脱ごう。暑いだろ」
「うん、ありがと…」
ニコニコしながら千尋が蒼のコートを脱がし、マフラーを外していく。
その服と蒼の装備を見て…茜が興味津々になった。
あの顔、蒼がよくする顔だ。知識欲スイッチが押されたな。
「それなんて言うんだっけ?」
「アサルトスーツ、タクティカルベスト」
「迷彩服じゃないのね?」
「野戦だとそうだけど、今回は籠城戦だからね。隠れる場所は暗いところになるから」
「みんなそれを着るの?私だけ真っ白だし仲間はずれだなぁ」
「茜にも…着せておく?」
「あぁ」
宗介が段ボールの中から防刃防弾のタクティカルベストを茜に着せる。
真っ白な衣服を着て、ふわふわ笑う彼女が着ると違和感しかない。
ついでに蒼にあの鞭も手渡してる。やはり使うのか…。
「どう?似合う?」
「似合わないね。茜はふわふわの服の方が可愛い」
「残念。蒼はかっこいいわね。キャップちょうだい。髪の毛が邪魔なの」
「髪ゴム持ってこなかったな…はい」
蒼が黒いキャップを渡し、茜が髪の毛をまとめてかぶる。2人ともすっきりした髪型になった。
「おそろいね、私たち」
「そうだね」
「姉妹みたいだな」
「血縁上はそうなんじゃない?」
「顔も似てるしな…」
『仲間のSATが数名上がって来ます。回復したみたいですね』
数人がエレベーターからパタパタと走って来て、俺たちと蒼、茜を見てポカーンとしてる。そう言えば茜に会うのは初めてか。
「あら?どちら様?」
「警察の人。仲間のね」
「そうなの。はじめまして、私は茜。東条に乗っ取られたダスクの元ボスで蒼の…お姉さん的な?人よ。よろしくね」
にこやかに告げる茜にタジタジのSAT達が苦笑いになった。
「よ、よろしく…。ええと…動ける味方のSATは俺たちだけだ。他の奴らは戦線復帰は厳しい。
迎撃ミサイルとヘリを屋上に出して来た。整備士も待機してくれてる。
両方指示待ちだ。敵は戦車2台を強奪、中域から動かない」
「相良が現在防衛庁に応援を要請してるが…難しいな」
「だろうな。日本の機関は動かすのが面倒なんだ。許可したって書類の処理に時間がかかる」
「めんどくせぇな。有事の際くらいすっ飛ばせよそんなの」
確かに宗介の言う通りだな。事件を解決させても、兵を出動させても、発砲しても書類の山だ。あれは俺も好きじゃないし非効率だと思う。
『もしもし、キキだよ。中和剤を配り終わってみんな眠ってる。もう心配ないぞ。数人来てないんだが、どこにいるんだ』
『「キキ、おじいちゃん達がこっちにいるの…」』
『あぁ、そっちか。蒼の歌を広めた奴らがリーダーになって動いてるみたい。
こっちでも婆ちゃん達がシャキシャキしてるよ。なんであんなに回復早いんだ?
……東条、来てるだろ?そっち行っていいか?茜と蒼の具合も診たい』
『「…うん…」』
「毒を飲んだ奴らは大丈夫そうだな」
「貯水池がやられて、籠城は長期間は無理になったが」
「東条のアイディアじゃねーだろ?アレだ、ほら。あいつのやり方じゃねぇのか?」
「銀、田宮だよ」
「それだ。あいつ汚ねぇやり口だな?だから警察は嫌いなんだ」
「気が合うな?ククッ」
「先生…宗介もか?全くだな」
宗介と銀が喋ってるが…わかりにくい。もっとわかりやすい特徴をつけてくれよ…。
『キキが上がって来ます』
続々と到着するな…ここは最後の砦なんだがこんなに居て大丈夫か?
キキと入れ違いでSATの奴らは階下に戻っていく。
あとはそれぞれに任せればいい仕事をしてくれるだろう。
「お待たせ!蒼、茜…診察しておこう。茜は長時間覚醒の薬を持って来た。あと、蒼の薬も完成したよ」
キキが医療カバンを持って、走って来る。
「キキ…ありがとう。本当に、本当にすごいよ、こんな短期間で…」
「あなたは本当に優秀なお医者さんね」
蒼と茜に褒められて、キキが赤くなる。
「フン。私は役に立つって決めたんだ。茜は薬を舌下に入れて少しずつ溶かして。蒼は腹が張ってるな?痛いだろ?」
「うん…ちょっとね」
眉を下げて微笑む蒼。
そうだよな…あれだけドンパチしたんだから。
蒼の背中を慧がゆっくりと撫でる。
「横になる?」
「ううん。起きてた方が楽なの」
「慧、腕だけでもマッサージしてやってくれ。リラックスできる」
「よしきた」
「クリームは塗れないね…」
「そうだねぇ…ん…」
「「「はっ、マズイ」」」
千尋が皆んなを端っこに追いやり、俺は蒼のインカムを外す。
「蒼…その…くすぐったい?」
「へ?ううん。気持ちいいよ」
「うーん、うーん、うーん」
「やりにくいならベッド使う?」
「茜…そう言う事じゃないんだ」
「???」
「慧?早くしてやれよ」
「うう…うぅ…」
はてなマークを浮かべたキキと茜の耳を、俺と千尋で塞ぐ。
「な、なんだ!?」
「あらぁ?」
「「いいぞ」」
「…うん…」
慧がマッサージを再開すると、遠くにいる奴らが自ら耳を塞ぐ。部屋が広くてもダメか。聞こえてるなあれは。
宗介だけがニコニコしている。
「そう言うことか」
「あらぁー」
「しっ」
「数少ない俺たちの癒しなんだ。黙ってくれ」
「どうしたの?みんなあんな遠くに追いやって…んっ。どうして耳を塞いで…ひゃっ」
キキがうわぁ、と言う顔で見て来る。
いいだろ、別に。蒼の可愛い声が聞けるこれを無くすのは嫌なんだ。
三人して顔に熱を集め、蒼の声に耳を澄ませた。
2024.06.19改稿