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レクイエム 涙の日

昴side




『正面残数142、右57、左40。全弾hit。対象沈黙中』



 蒼の冷たい声が耳に響く。様子見に木立から顔を覗かせたSATの隊員が蒼とスネークによって撃たれ、斃れている。

 全て心臓、頭に命中して…おそらく即死だ。


 飛んでくる弾の位置を把握した隊員達が怯んで動きを止めた。あちらからはスナイピングはない。届かないからな。

 ファクトリーから半径4kmぴったりで超長距離射撃を全て命中させている。




「蒼が人を殺す所、初めて見たな…」


「ライフルを渡した時にはあいつは理解してたぜ。蒼が人を殺すのは、危機に瀕した守る者がある時だけだ。それが良くも悪くもな。」




 宗介がタバコの煙を吐く。白い煙が立ち上り、暗い空に消えていく。結局後衛と行き来しても無駄だと言われて二人で中衛まで上がってきた。

キャラ被りの銀と宗介2人に囲まれて、双眼鏡で蒼の仕事を見るしかない。


 一人、また一人と木立から顔を覗かせるたびに銃撃音が響き渡る。SATとは言え、暗視ゴーグルくらいまでしか持てないからな。警察組織は…。

 誰も彼もが口を(つぐ)み、痛いほどの静寂が広がっていく。


「超長距離射撃なのに全く外さない…どうなってるんだ…」


「俺たちだって無理だぞ…お前の奥さんヤバいな」

「……」


 

 SATの仲間達が小さく呟く。

俺は何も言えない。俺だって本当に撃ててしまう確信などなかった。

…こうして見てしまうと、確かに規格外だと思う。

だが、俺がずっと気に掛かっているのはそれじゃない。


 蒼が今どんな気持ちで撃っているのか…わからない。そばに居れば察することができるのに。

 戦いの火蓋を切って落とし、俺たちを守り続ける蒼の吐息だけがインカムから聞こえて来る。




 寒い。そこまで低い気温じゃないのに。蒼の冷たい声が俺の心をどこまでも冷やしていく。

 人が死んでいく様を見て心が冷える段階はもうすでに超えてきた。今更そうなるのは蒼の声を聞いているからだ。

 双眼鏡を持つ手の爪先から冷えて、震えがくる。

いつもなら暖かい蒼の手が、温めてくれるのに…。蒼の心が冷え冷えとしていると、自分がここまで凍えそうになるとは…情けないとは思うがどうにもならなかった。




『前衛、撃ち漏らし掃討!一斉掃射!』



 相手方が焦れたな。木立から現れる多数のSAT隊員と傭兵達。犠牲者を出してでも前進するつもりだ。

 

 北の塔から銃撃音が連続し、僅かに撃ち漏らした人間も千尋達の撃った弾に倒れていく。

ショットガン、マシンガン、アサルトライフル…多種多様な武器で1人として近づけない鉄壁。

 戦力としては相手の数が上だが、こちらが精鋭揃いで装備も最新式だ。SATの大群ですら相手にならない。…過剰戦力は変わらなかったか。




「奴さんたち戦車も飛行機もねぇのか…」

「ボスがボスだからな」

「チッ。素人が戦争やると碌なことにならねぇな…」


「SATは素人ではないはずだが、指揮官があれだとどうにもならん」

「「かわいそうにな…」」



 断続的にまとまった人数が出て来るが、ファクトリーの壁まで到達できない。

 やるなら全員を出さねば意味がないだろうに、指揮官は何をしてるんだ。

 

 衛星に繋いで、この画像は各庁舎の相良の仲間に見せているが…これでは俺たちが悪者みたいだ。

俺たちが全滅したら自動で流れるようにネットにも保存している…しかし、知らない人が見たらどう見えるだろう。




 ──~♪…


 唐突に蒼が鼻歌を歌い出す。悲しく、暗い音調のレクイエム…モーツァルトの涙の日だ。



「レクイエムとは蒼らしい…」




 瞼をキツく閉じる。

レクイエムは鎮魂曲とは違う。人の魂を鎮め、慰め、この世に止まらせるものではない。

 失われた魂を導き、天上に送り上げるために歌うものだ。


 冷たい歌声の中に、蒼の思いが混じる。強いその意志が死者の魂を容赦なくこの世から引き剥がし、天上へと上らせていく。


 SATの隊員達が涙をこぼし、それをゴシゴシ拭っている。少し前まで仲間だった人間を殺され、そして殺した蒼がその人のために歌う歌が胸に突き刺さる。





『ティーガー砲撃用意…撃て!続いて2時方向…連続砲射!パンター11時方向、撃て!』


「指揮官が有能だと仕事がねえな」

「全くだ」


 砲撃が収まると、再び沈黙が起こる。



『こちら相良!防衛庁から入電。戦闘機出動要請を全て棄却。総監及び東条は国家反逆罪の罪で、逮捕要請が承認された!』

 

『…麻衣ちゃん、それで動いてたの?』

『うん!そうなんだ!!』





 突然の報告に驚いた蒼が素の声を出す。柔らかく、優しい声。

 思わずホッとする。もう、戻らないんじゃないかと…思ってしまっていた。

 



『相良、逮捕要請が出たってことは軍が動くか?』

 銀の期待はもっともだが、そううまくは行かんな。

 

『そこが難しい所だ。警察の不祥事だから。

 ギリギリまで沈黙するだろう。警察側の責任者は私になった。各庁の尻拭いは基本身内でするものさ。私の同期に泣きついてみるが、期待しないでくれ』


「そうそう楽には…ならねえか。」

 

 宗介が呟き、タバコの火を消して、踏みつける。しかし…これは侵入して来るのが無理じゃないのか?土煙が収まり、蒼から確認中の信号が飛ぶ。



『左右翼全滅。正面残数72。…あの…宗介、普通これで終戦交渉するよね?あまりに進行が早いんだけど…こんな事ある?』


 宗介がはっはっ、と笑ってまたタバコに火をつけた。





『スナイパーと指揮が有能すぎるんだ。

 全滅した方が早いんじゃねえか?どちらの援軍も来ねえだろ』

『こっちのSATが複雑な顔してるぞ。記録もあるし、皆殺しはマズい』

『うーん…少し様子見しようか…』


 周囲の人たちがザワザワ、声を上げ始める。あれ…後衛にいたはずなのに…おじいさんたちまで中衛に来ている。ご年配の方は血気盛んなのか?




「こっちの方が数が少ないのに…どうなってるの?」

「茜様がおっしゃっていたでしょう?新たな女神が生まれたと」

「しかし、ご本人が否定されていたじゃないか」

「どっちでもいいだろ!奇跡じゃ!!なんと尊いお方なんじゃ…」




 うーん。茜のスピーチに問題があったな、これは。意識覚醒薬を飲んだ茜は蒼達が帰投する前に説得を始めた。


 みんな口々に東条から聞いた嘘の話を問いかけていた。

 しかし最終的にはキキの説明と、茜の元気な姿を見て納得せざるを得ず、さらに蒼が新しい女神だなんて伝えてしまって。

 

 蒼自身が自由を尊ぶ者だと伝え、組織は解散すると納得されたはずだった。

 元ダスクの一般構成員はファクトリー内にそのまま残った。蒼の事を子供達に話を聞いて、研究者達にも聞いて。

 その結果密かに信奉が集まってしまい、こちらが言う前に肉壁を志願されてしまったという結末だ。

 蒼には『茜を守る目的』と伝えたが、彼らの守護対象は新たな女神である蒼に変わってしまった。


 


『「おう、気温が下がって来たな、たき火をつけろ。前衛は一つだけ、隊列の背後にデカい火を炊け」』


『私が監視を続けるから、今のうちにお腹を温めて欲しいな。…元ダスクの人たちは大丈夫?一旦中に入ってはどう?』


『「あぁ、そうしよう。SATが誘導してやってくれ。待機している研究者達に伝えてくれるか?キッチンに大量のスープが作ってある」』


 頷いた隊員達が説明して、女性達が室内に戻っていく。

若い男性達とご老人はだいぶ残ってるが…。どうしたんだ?




「わしらはここにいます」

「蒼様をお守りしたい」

「そうじゃ!優しくて…綺麗なわしらの女神じゃ!」


 ワーワーと元気な様子で火に薪をくべ、湯を沸かしだした。



「まいったな…終わった後ちゃんと収まるのか?これは」

「流石にこの展開は俺にも予測できなかったな」

「それこそ神のみぞ知るだろ」


 宗介と銀と苦笑いして、頷きあう。




「お前さん達もお茶を飲みなされ」

 シャッキリとした歩調で歩くご老人がお茶を配ってくれる。


「すみません」

「おう、あんがとな」

「茶を飲む戦争なんぞ聞いたことねぇな……」


 冷えた手を温め、紙コップを転がす。

 銀が口にしようとして、ハッとする。


『「全員飲み物を口にするな!!!」』


 大きな声に、近くにいたお爺さんがびっくりしてコップを落とし、複数人が膝を折って倒れる。

こちらのSAT隊員も複数が倒れ込んだ。



「毒だ。昴、銀、後を頼む。中を見て来る。」

「了解!おい!倒れた奴らはこっちに運べ!」

『「…クソっ。中、後衛SAT及び民間人複数やられてる!被害状況を報告!」』


 俺が叫ぶと同時に銃撃音が再開する。蒼とスネークは無事だな。東条の狙いはこれか…!



『前衛、被害なし!』

『宗介!中は!?』


『民間人が殆ど全滅、研究者も全滅、子供達も半数やられたな。雪乃も倒れてキキが見てる。貯水池をやられてるようだ』


 ……どうする?このまま戦闘を続ければ服毒した人たちに被害が及ぶ。

北の塔を仰ぎ見ると、蒼がこちらを見ていた。

 琥珀の瞳が引き締まり、撤退のサイレンが響く。


『総員後退!ファクトリー最深部の研究棟に民間人を運んで!毒を飲んだ人たちを助けて!』


 大声をあげて、敵方が一斉に立ち上がり、群を成して押し寄せる。

 

 蒼達が次々繰り出す射撃が間に合わない。

 前衛のメンバーがこちらに到着し、倒れた人たちを担いで中に運び込む。


 クソ…このために時間を稼いだのか。

 SATをこんな風に使って、無駄死にさせて!!




『エレファント、前衛の背後、12時方向に連続砲射!千尋、急いで!』

『りょうかい!ヨーソロー!』



 子供達がエレファントを動かし、砲撃を打ち込む。大きな土煙が上がって軍隊が二つに割れた。

 最後に千尋が走ってくる。蒼の同期を一人抱えてる。


「行け!」

「すまん」


 ハンドガンを二挺構え、顔立ちが見えるほどに迫ったSATを撃ちながら後退していく。子供達が放ったエレファントからの砲撃がうまく着弾して退路が確立した。俺も背を向け、走り出す。

 

 完全に形成逆転、だな。



 ━━━━━━


『今中和剤を配ってる。痺れ薬だが半日は動けないぞ。放置すれば死に至る。早急に判断した蒼のおかげで死人ナシ!よくやった!』

『キキ…よかった…』


 キキが走り回りながらインカムから伝えて来る。籠城への切り替えは正解だったようだ。本当に優秀な指揮官だな。



『私、茜を起こすね。患者さんは研究者棟から動かさないで。同期の半分と子供達で動ける子はキキを手伝って!組織のメンバーは食堂で動けない人たちを運搬終了後北の塔へ何人か集合。宗介、残りの同期みんなはヘリとミサイルの準備を。エレファントの子たちは大丈夫?よくできたね。ありがとう』

『あおい!わたしたちもみはる!あおいもけがしないでね?』

『うん…』


 蒼の震える声と子供の明るい声を聞きながらみんなが静かに動く。

 


「おじいさん、手伝ってくださいますか?」

「ああ!すまない…わしが茶を配らなければ…」


 さっき、蒼を女神様と言っていたご老人が涙を流している。


「あなたのせいじゃありませんよ。暖かくして、身を守っていてください」

 頷いたご老人と二人で近くで蹲った子達を抱えて走り出す。




『敵が中域まで侵入。東条が見えた』

『蒼のご両親も、田宮もです』


「慧、先に蒼のところへ行っててくれ」

「了解」


 慧がエレベーターへ向かっていく。

 唇をかみしめて、真っ青な顔だ。



「昴も行ってくれ。蒼が心配だ」

「千尋…了解。ここを頼む」

「あぁ」

「お前ら三人とも蒼のところに行け」


 宗介が俺が抱えた二人を担ぎ上げ、千尋が抱えた子供を三人、両手で掴む。


「しかし…」

「お前達が守るべき人を守れ。完全に流れが変わった。危険なのは蒼だ」


 千尋と顔を見合わせて、頷く。




「おら!お前は歩けるだろ!さっさと行け!」

「ひぃっ」


「病人を恫喝するなよ…」

「仕方ないな。行くぞ」


 千尋と二人で走り、エレベーターに乗って上昇していく。


 上から見下ろすと、黒い人影達が戦車を動かし、中域に集合している。……自爆が間に合わなかったか。


『「対象、引き続き沈黙中…きゃっ!慧?!」』

 エレベーターが到着すると、慧が蒼を抱きしめてる。…おい。抜け駆け発見。



『監視を代わります。私は壁…私は空気…皆さんもお静かに』

 …全員で了解の返事をするな。どう言う事だ。


「ちょ、んっ!慧…」


 座ったままキスしてる慧の脇に座り込み、蒼に抱きついた千尋がキスしてる。

 ん、順番待ちだな。反対側に腰を下す。


「んんっ…千尋…」

「おい、長いぞ」

「チッ」

「昴まで来たの!?んむっ!」


 蒼の唇を食んで、優しく重ねる。

 冷たい唇に、徐々に体温が戻った。




「もぉ!三人して!」

「「「……」」」


 顔を真っ赤にした蒼がぷんぷん怒ってる。光のない目が緩やかに瞬き、元に戻った。


「はぁ…」

「蒼だ…」

「よかった…」


「な、なんなの?どうしたの…」


 言えないな。蒼が元に戻らなそうで怖かったなんて。




「蒼、あなたは部屋の中へ。私が監視します」

「スネーク…」

「お任せください。今ので体が温まりました」

「壁って…言ってたのにぃ…」


 ニコニコしたスネークがスコープを覗く。

後からやって来たみんなが壁の境目から顔を出していた。



「きゃっ!みんな見てたの…?」

「もう今更だよねぇ。昨日は色っぽい声聞いちゃったしぃ」

「ちげぇねぇ」


「うぅ、うぅ…」


 

 

 顔を覆った蒼を抱き上げ、スナイパールームを出る。

 生暖かい目線を潜り抜けた後に、ベッドから体を起こした茜がジト目の目線を受け止めた。


 

「相変わらずなのねぇ、あなた達は」

「すまんな。体は?」


 蒼を下ろすと、パタパタ走って茜の元へ行き、後ろに隠れる。


「大丈夫よ。…蒼?可愛いけど旦那さん達が寂しがってるわよ」

「しばらく匿って!」

「ふふ、面白いなぁ。…さて、戦況はどうなってるの?」


 茜の周りにみんなで集まって、ため息を落とす。



 

「さっきまでは相手が近づけすらしなかったが、貯水池に痺れ薬を撒かれて、俺たち以外はほとんどやられた。命に別状はなさそうだが肉壁は無くなった。全員研究棟に避難してるから、ここで門番するしかないな」

「まぁ」


「戦車自爆が間に合わなくて盗られたな」

「まぁ…」


「東条が蒼の両親二人を連れて来てるよ」

「まぁぁ…危機一髪じゃなぁい?」


「「「そうなる」」」


 


「お前らコントかよ」

「なんか、緊張感なくなるなぁ」


『先生が上がって来ました』

『スネーク、もうそれやめとけ。全員認めてやる』


「フン、ようやくか。」

「銀、嬉しそうだね?」

「おめえもな」


 桃と銀が二人でじゃれあってる。

 仲良し二人組を眺めて、みんなが笑顔になった。



 

2024.06.19改稿

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