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奪還作戦

宗介side


 バタバタと走る数人の足音が聞こえる。

警察側からやってきたばかりのSATの隊員達だな。ご丁寧にPOLICEって服に書いてある。


「よう、千尋!昴!!」

「おう、お前ら久しぶり」

「すまんな、休んでいたのに」



 数人が手を挙げて、千尋と昴と手を打ち合っている。

 昴の組織メンバー、ファクトリー内で休んでいた蒼の同期と、治療ができる研究者が数名、そして新しく加わったSATの一部隊員が集まって、黒い集団を成していた。




「全員集まったな。千木良は奪還成功。全身怪我だらけだ、が命に別状はない」


 頭から被った目出し帽を外して、相良が真っ赤になった目をこちらに向ける。

結構怪我してんな。アサルトスーツがボロボロだ。


 潜入組が帰ってきた。まだ丑三つ時を過ぎてわずか。…何かあったな。しかも、解決できん問題が起きて早く帰投したんだ。




「それで?警報の理由はなんだ」


「…すまん!私の失態だ!」

「相良さん違うよ、僕が…」


 昴が厳しい顔で尋ねると、相良が頭を下げて、桃が慌ててる


「二人とも、座って。怪我してる。キキ、一緒にお願い」

「あいよ」




 相良と桃を座らせて、蒼とキキが二人の手当てを始めた。103も悲壮な顔をしてる。

 コイツは怪我がないようだが顔色が悪い。フン……潜入メンバーが一人、足りねぇな。


 昴が腕を組みながら、ため息を落とす。




「代わりに取られたか。慧を」

「すまない……」


「相良さんが千木良さんを奪還したまでは良かったんだけど、罠を張られてた。それも上手く交わしてあと一歩のところで…」


「私が捕まってしまったんだ。桃が代わりになると交渉したが…結果として慧があちらに捕えられている。

 交換条件を出された。返事は2時間以内…返事がなければ慧を殺すと…」



 集まった奴らに沈黙が降りる。

 普通は、ここで慧を奪還しには行かねぇ。千木良とやらを取り戻したのは情報を集めるついでだからやった事だ。

火種を作るとしても、すでに事がなされた。どちらにとっても、な。



「よし、OK。痛み止めと抗生剤を飲めばいいかな。擦過傷だから経過を見てあげてね」

「ありがとう…」


 蒼が桃の肩をポン、と叩く。


「それで、交換条件は?」

「「……」」


「私かな?」


 相良と桃がびくり、と跳ねる。

 103が口を開く。




「交換条件は、蒼があちらの組織に来て話を聞くこと。それから、先生も呼び出しがかかってる。」


「あぁ、さっき届いた。招待状ってな。碌でもねぇ宴だが」

「おそらく、先生に蒼を引き合わせるつもりなんだと思う。先生がこちらにいることはバレてないから。東条は蒼を手に入れたいんだよね」




 ま、そうだろな。俺は隠れるのが上手いんだ。言い訳もな。

ファクトリーへの裏切り者として潜入した事になってる。

 東条からのメールはこうだ。


「ファクトリー側の捕虜を得た。蒼を連れてくるようネズミに伝えた。宴を開催しますので必ずご参席下さい…だってよ」


 東条が何をする気なのか知らんが、蒼に寝返るよう説得しろって言うつもりか?…それか、殺せってか。




「じゃあ準備してすぐに行こう。車の中でギリギリまで時間を引き延ばせばいいよね。その間に茜の組織の一般人を集めて説得かな。宗介、どう動く?」



 迷いのない蒼の視線。みんな苦い顔してんな。

はーやれやれ、そうだろうとは思ってたよ。仕方ねぇ。


「んー…そうだな。ちっと待て」

 おい。ボス、しっかりしろ。お前の役目だ。昴の背中をポン、と叩く。




「宗介…すまん…。茜の組織の一般人を呼び寄せる方は残る俺たちが動こう。奪還組が時間に遅れても慧が危険だ。

 慧を失えば…蒼が失われる」


 昴が肩を落とすと、蒼が満足げに微笑む。




「そうだねぇ。私が使い物にならなくなるのはやめた方が得策かな」


「蒼…」

 

 蒼は、肩を掴む千尋をまっすぐに見つめてる。


「千尋、私は誰もなくさない。わかってるでしょう?」

「わかってる…けど…」


「慧を捨てるのは理論では正しい判断だし、私もそうすべきだとは思ってる。

 でも正しさとは別。私は行きたいの」


「「……」」



 ここで蒼をふんじばっても無駄だな。コイツが一人で行くよりは俺と行ったほうがまだマシだ。


「ハニートラップを教えておくべきだった」


 昴が呟き、蒼と俺が苦笑いで頷く。

 そう言う流れにするしかねぇ。

ここの組織はいいよな、こう言う意思疎通がさっさとできる。有能な奴が揃った組織は何も言わなくても通じるのが快感だ。




「俺が蒼をあらかじめ勧誘して、承諾した事にするか。ほんで…東条を絆して慧を奪還…てシナリオだな」

「わかりやすいし、いざこざも起きにくいね」


「蒼、アサルトスーツはやめた方がいいだろ」

「普通の服ならあるけど」

「それよりはマシだ。着替えてこい」

「うん」


 蒼が一人で昴の部屋に消えていく。

 ずっしりと沈み込んだ連中の顔を見て、SATのやつらがオロオロしてる。

 全く…。



「あー、なんだ。一応交渉ごとも得意っちゃ得意だから。心配するな。ただ、逃げてきた後は戦争になるかもしれんし準備はしておいてくれ。

 もう一つ。戦争前にダスクの一般構成員の説得を済ませろ。茜が必要だが、俺たちの動き次第になる。そこはどうする?」


「茜は複数回延命薬を投与してる。強制的に覚醒できる薬が…あともう少しで完成する。制限時間の2時間で完成させるよ」

「必ず完成しなきゃならんぞ。できるか?」



「現段階でも覚醒だけは可能だよ。スピーチ大会が可能な時間が維持できないだけ。

 絶対完成させる。あの……だから…慧を…」

「なるほど、それならいい。慧の事は任せておけ」


 キキが頷き、嬉しそうな顔になった。

 お前慧と仲良いもんな。




「宗介…」

「あんだよ、そんな顔すんな…」


 千尋が呟いて、振り返ると組織のメンツがひでえ顔してる。気持ちはわかるが、もう他に選択肢がねぇ。


「俺を信じるしかねぇだろ?俺が蒼の事を好きでよかったな?」


「今ならそう言える。蒼の事を…頼む」


 千尋がそういうと、うちの組織員全員が頭を下げてくる。そういうのは苦手なんだよ。やめろ。


「俺は仲間だろ。当然のことだ。蒼は俺の命に変えても守ってやる」


「インカムです。回線は開きっぱなしでお願いしますわ。位置を把握します。…どうか、ご無事で」

「おう。サンキュ」



 雪乃からインカムを受け取って耳にはめた。みんなして不安な顔してんな…アイツがどれだけ愛されてるか分かる。



 


 蒼がゆっくり歩いて、暗闇から姿を現す。髪の毛をてっぺんでまとめて、首筋に後毛を出して…裾の短いタイトスカートと肩の出たふわふわした毛足の長い服、袖が半透明のふわふわだ。

 色っぺーな。


「どーお?」

「「……かわいい」」


「色っぺーだろ。お前らなんでも可愛いにするんだな」

「色っぽすぎるんじゃねぇか」


「銀…目的が目的ですから。仕方ありませんわ。蒼、リップを塗りましょう」

「はーい」



 雪乃がほんのり色づくリップを塗って、唇がテカテカになる。耳にインカムをはめてもらって、二人して手を取り合いながらニコニコして……確かに…かわいいな、おい。



「さて、じゃあ行こっか。私の服だとハンドガンくらいしか持てないけど。これどうする?」

「俺が持ってってやる。」


 蒼から鞭を受け取り、脇のジッパーの中に仕舞い込む。

やれやれ、こんな事態になるとはな。




「103は連絡があり次第、子供達と同期を揃えておけ。あとは昴の指示に従ってくれ。昴、さっき話した通りにな」

「あぁ」

「はい」


 蒼と千尋がフラフラしてる間にこんな事を想定して話しておいて良かったぜ。




「僕、足でいくよ」

「桃は怪我してんだろ?」

「問題ない。行かせて欲しいんだ」

「まぁいいか…じゃあ…相良はSATの橋渡しだから、じっとしてろよ」


 桃の話を言い切る前に相良が立ちあがろうとして抑えると、悔しそうな顔になる。

どいつもコイツもオタオタしてんじゃねぇ。




「麻衣ちゃんもそうだけど、みんな落ち着いて。茜とはスピーチ内容も決めてあるし、準備はもうできてるの。SATの隊員さんたちも来てくれて、配置も決まっている。

 私と宗介が戻らなくても、ここを守れるでしょう?なにより、自分の事をちゃんと守ってね」


「…アタシは蒼が帰るのを待ってるからな。諦めるなよ」


 キキがポロリ、と涙をこぼしながら呟く。

 蒼がキキの涙を拭って、微笑む。

 返事はしない。覚悟を決めたな。


「行こう、宗介」

「おう」


 二人して手を繋ぎ、静かな集団から離れた。


 ━━━━━━



「東条側にいる傭兵達は本当に大したことがなかったよ。酒浸りで酔っ払って寝てる奴しかいない。

 東条と組んでる田宮…警視総監ね。アイツは切れるけど、大勢いるSATの隊員達を説得しきれていなくて、それどころじゃない。

 おそらく、宴とやらも東条の独断だと思う」



 桃がジープを転がしながら伝えてくる。

 アイツら本当に素人だな。俺ならさっさと攻め入るのに。説得する暇もなく動けば組織立って教育してる奴らなんざ、簡単に動かせるのによ。

兵隊は考えさせたら負けるんだ。俺に言わせればとんだ甘ちゃんだ。




「碌でもねえな…こっちから攻め入った方が早いんじゃねぇのか?」

「それだと茜の組織にいる一般人達を説得できないでしょ?ダメだよ」

「チッ。めんどくせぇな」


 蒼が膝をそろえて横で座ってる。

こんな服、こっちに来てから初めて見る。ほせぇ足が丸出しなのが気にくわねぇ。




「お前の服、随分いいやつだな?縫製が上等だ」

「そうだねぇ、高い服しかないからねぇ。ウニクロも増やしたけど、私の服用意したの昴だからねぇ」

「全く困ったもんだなアイツは」

「ほんとだよ」


 笑おうとして笑えていない蒼は、警戒マックスの無表情だ。慧の事を考えてコイツもパニクってんな。




「腹の調子は?」

「大丈夫」

「お前の調子は良くねぇな?」

「えっ?」


 両手でほっぺを掴んで、むにーっと引っ張る。


「い、いひゃい」

「そんな顔して絆される男は、お前の旦那と俺しかいねぇだろ」

「うう…」


 良く伸びる頬を戻して、顔を包み込む。キスでもしてやりてぇがまだその段階じゃねぇな。


「落ち着け。目的のためにお前が冷静にならなきゃならん。俺がそう教えた筈だ。」

「はい…」




 闇夜にゆらめく、蒼のオレンジ色を見つめる。綺麗な色だ。ゴールデンアワーってったか。いい会社の名前にしたな。ピッタリだよ。

 お前は全てを包んで、幸せにしてくれる。

 だから、お前自身も幸せになる権利がある。俺が命を賭して守る、最上級の命だ。

 必ず守ってやるからな。




「できるな?」

「はい」

「ん、よし。次その顔したらキスするからな。子供のキスじゃねぇぞ」

「や、やめてよ…もう」


「僕は何も聞いてない…僕は何も見てない…」


「桃は純粋だな。ピュアラブか」

「先生のキャラでそれはどうなの」

「あん?横文字は得意だぞ?」

「ストレートな意味ぃ…車はここまでかな」


 木立の中に車を停めて、桃が振り返ってくる。




「建物の裏口に車を回しておくから」


「うん、桃も危なくなったらちゃんと逃げてね?」

「逃げない。待つ」

「んもぉ…」


 ふ、と笑って車を降りる。手を差し伸べて、蒼を車から下ろした。宴ならエスコートってのが必要だからな。腕に隙間を作ると、蒼が苦笑いを浮かべつつ腕を絡めてくる。

 腕に巻き付いた手があったけぇ。顔が勝手にニヤけちまう。




「さてな、いやーな宴の始まりだ。お前ボディタッチぐらいは覚えてるだろ?」

「うん、覚えてるよ。なんとかなるでしょ」


 二人で耳のインカムの電源を入れる。


《…はじめるぞ》





 入り口の男がドアの前に立ち塞がる。見張くらいは立てたのか。SATだな。千尋と昴が同じ服を着てた。


「東条に指示されて蒼を連れてきたんだが。俺はコードネームthug(サグ)

「はっ、お聞きしております。10番会議室へどうぞ」

「へーへー、どーも」



「コードネームが〝凶悪犯〟ってどうなの」

「ピッタリだろ?」

「ある意味そうかもね…」

 

 スタスタ歩きながら廊下を進む。漂っているのは流されたばかりの血の匂い。あー、こりゃ慧は怪我してるな…。

 蒼が眉を顰める。


 複数ある部屋の中から、最も血の匂いが強い部屋を通り過ぎる。あそこにいるな。間違いねぇ。慧がいる場所がいきなりわかるとは、幸運だ。


《「入り口から六つ目の左扉。電子ロックだ…歩けるといいんだが」》

《「うん…桃、まだ動かないでね」》

 蒼がつぶやくと了解の合図が叩かれる。




 腕に回した手に力が籠る。握りしめられた手を、ポンポン、と叩く。


「大丈夫だ、生きてる」

「うん…」


 会議室前に、複数人が屯してる。酔っ払いどもが口笛で囃し立てる。




「サグ!お前女連れか!」

「一発ヤらせろ。いい胸だな…」

「ヒュー!キレイな脚してんなぁ」


 懐からハンドガンを取り出し、近寄ってきた男の額に擦り付ける。


 

「気安く触れるんじゃねぇ。俺の女だ」


 びくり、と跳ねたチンピラどもが後退り、輪を広げて道ができる。

役立たずどもだな…昴の組織とは雲泥の差だ。


 十の数字が掲げられた扉を開くと、煙の匂い…薬も混じってんな…。




「呼吸数を抑えろ。心臓を動かす方だ」


 こくりと頷いた蒼が息を吐いて、深く吸って、室内に入る。

 呼吸数が抑えられるのは、最大10分。そのうちに終わらせなきゃならねぇ。


「やぁやぁ!宗介さん!お待ちしてましたよ!蒼さん、お久しぶりですね!驚いたでしょう!」

「はい」


 ニコリ、と微笑んだ蒼が俺に密着してくる。

 あー路線変更か。なるほどな。…頬擦りするな。ニヤけちまうんだよ。

 


「ここで話すのか?ちっとまずいんだが」

「あぁ、蒼さんの腹の心配ですか?と言うことは?」

「すまんな、俺とできちまったんだ。東条にはやれねぇ。子供はそのまま貰い受けるが、蒼も欲しい。」


 インカムの奥でガタタ、と音がする。

 落ち着けよ…まったく。


 確かにこっちの方が演技が楽だ。東条を見てる蒼の目が一瞬だけ鋭くなる。

 うむ、ハニートラップなんざ無理だ。




「ほう?どういう事ですか?」

「まぁ座って話そうぜ」

「は、はぁ。それなら奥のVIPルームへ行きましょうか」


 東条と一緒についてきたSATのやつが一人、傭兵が二人。余裕だな。

 

 奥の扉から出て、空気が清浄に戻る。

 蒼が息を吐く。


 会議室の奥にある部屋。ここは監禁部屋だったはずだが…壁中に穴が空いてる。新しく作ったガス室か?




「ここがVIPルームかよ。趣味が悪いな」

「保険のためですよ。新しく作ったんです。おかけください」


 ドア前にSAT人員が立ち塞がり、東条と傭兵が目の前のソファーにどっかり座る。

 そんな座り方でいいのかよ…。


 二人で長椅子に軽く腰掛けて、蒼がしなだれかかりながら、腰のハンドガンを取り出しやすいように足を上にずらす。



「蒼さんは…前よりもずっと色っぽくなりましたね?宗介さんに可愛がられているようだ。羨ましいですね…」

「はっは、どーも。」



 下卑た笑いが鼻につく。腹の立つ顔だな。

何もかも気にくわねぇ、古巣(ダスク)の新しいボスを見つめた。



 

2024.06.19改稿

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