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人の心を動かすには

慧side



 草木の香り、静かな闇の中に三つの呼吸音が聞こえる。


 夫三人が集合して蒼と待ち合わせ中。

茜と面会してるがそんなに時間はかからないだろう。


「何話してるのかな…蒼」

「説教してるんじゃないか」

「ありえるー」



 千尋の話だと桃が元気になったのは蒼のお陰だし、俺たちも説教かな。

蒼はどうしてあんなに人の心を動かすのが上手なんだろう。一人でやらせるわけにはいかないから俺も教えてもらいたい。




「毎日忙しいけどなかなか先に進まないなぁ…」

「進まれても困るがな。あまりにも動かないなら探りを入れなきゃならない」


「桃と慧あたりで密偵か?」

「蒼にバレないようにしないとだね」


「「それはそう」」




 ガラス越しの星空を眺めながら草の上に寝転んで、まるで青春の一ページだ。

 相手が不在で夫三人と言うのが謎のシチュエーションだけど。



「そう言えば昴、昨夜の報告がまだだぞ」

「そうだった。何したの」


「昨日は…素股をした」

「なるほど。それはいい」

「体位に気をつけないと…蒼の反撃怖いよ」



「確かに。初めてだったみたいだぞ」

「クソっ…昴のバリエーションがすごすぎる…」

「蒼のはじめてが奪われすぎるのは嫌だな。て言うかこの前書いたやつはポリネシアンの方に近いんじゃない?」



「あぁ、そっちかもな…お前達は想像力が足らん。蒼が飽きたらどうするんだ」

「そりゃないだろ…でも工夫はしないとならんか…」

「監視カメラ眺めて、そんな事考えてたの?ヤンデレ怖い」



「ふん。しかし、一日でこれだけのスケジュールをこなしてるから…しばらくは控えたほうがいいかもしれんな。疲れてると思うんだ」


「確かにねぇ…妊婦さんは疲れやすいってキキが言ってたし」

「蒼の体力があるから助かってるが、俺たちも気をつけないとな。我慢の日々も致し方ない」




 はぁ。そうだね。蒼が休める場所でありたいし、そんな我慢するくらいはなんでもない事だけど。


 温室のロックが開く音。体を起こしてドアにふり向くと、蒼が手をひらひら振ってる。帰ってきたな。




「「「おかえり」」」

「ただいま!三人で青春?私も入れて」


 蒼が俺と昴の間に寝転んでくる。

消毒液の匂いがふわりと漂う。茜の部屋の匂いかな。



「茜と何話してきたの?」

「お説教」


 やはりか。三人して苦笑いになって、再び寝転ぶ。


「あとは部屋の改装について話してきたの。夜中に突貫工事するから。明日はスナイピングの練習しないとね」


「3kmのスナイプ…あたるのか?」

「わかんないけどやってみる。」

「蒼ならできそうだが」

「そうだね~」


「プレッシャーなんですけどぉ…流石に私もやった事ないからできるとは言えないよ」




「そうだ、桃がさっき来て蒼の同期と射撃場に行くと言っていた」


 昴が説教の蓋を開けた。蒼がハッとしてる。…わざとかな?

 

「あっ!そうなの?そう言えば旦那さん達にも言いたいことあるんだけど、いい?」


「「「はい…」」」

 隣の蒼を見つめて、重たい気持ちで返事を返す。蒼は空を見つめたまま、口を開く。




「あのね、桃が今日落ち込んでたのはわかってるでしょ?今までもそうだけど、組織のトップスリーとしてはお仕事のうちだと思うの、構成員のメンタルケアも。

今までは必要なかったかもしれないけど、これからはそうして欲しい。

 それで、今日の話だけど、千尋は正面切って桃を励まそうとしてたよね」

 

「ハイ」


「あれはダメ。桃は口調は柔らかいけどコンプレックスを明確に持ってる。自分自身で努力を重ねても、人間離れした私たちの力を見て落ち込んでたの。同期である銀の伸びもいいから余計そう。

 後は、意外にプライドが高いかな。努力を惜しまない人は自分の中にきちんとした基準を持ってるから『落ち込むな、頑張ってるだろ?』は逆効果だよ」


「そうか…」


「千尋が優しさでそうしてくれるのは分かってるし、今までしてこなかった事を自然にできるのはとてもいい事なの。

でも、その人を励ますならそれぞれの個性に合わせて助言をする必要がある。

 自分のやり方じゃなくて、その人に合わせて心の中に響く言葉を伝える、相手に話をしてもらう。

 私もお店の子達を育てる時に、やり方を覚えたんだけど…みんなを同じように叱っても伸びない子もいるし、反発もある。

 私に対しては三人ともちゃんとできてるんだから、きっとできると思うな」




 蒼の手を握ると、やさしい笑顔がのぞいた。

 俺たちは蒼の事が好きだから、ずっと見てるからそうできているかもしれないけど…そうか。

その人自身を立たせるには相手をきちんと見なきゃだめなんだね。


「慧は特にメンタル方面の知識が深いし、二人よりもずっと相談しやすい人だと思うから。まずは慧が見本を見せてあげてね」

「ご期待に添えるよう努力します」

 

 ふふ、と笑った蒼。千尋が起き上がって、しょんぼりした顔で見てくる。




 

「蒼が桃にしたときは桃に対しての話じゃなくても通じただろ?あれはどう言う心理なんだ?」


「あれはネイリスト特有のやり方だよ。人の手を握って、相手の目を見ないで、遠くから呼びかける。

 手を握っただけで、心が勝手に開く深層心理を利用してるの。

 その人の話したいことを引き出して、それを見て、直接頑張れって言うんじゃなくて自分の体験を話して…桃に共感してますよ、私も体験しましたよ、って伝えて心の扉を開くの。」


「心の扉…受け入れる体制を作るのか」


「そう。その言い方すごい好きだな…千尋らしい。

 受け入れ体制が整ったら、誰にでもわかる話をして…側面から手を添えてあげる。問題に直面してる人には必ずわかる話だから。

 桃みたいな人は、ちょっと難しいけどあれが一番やりやすかったかな。

 あなたのことが好きです、って言うんじゃなくて、恋人達ってこうだよね、こんなふうにして付き合ってるよね、って話すの」


「なるほど…なるほどなぁ…」

 

 バタンと倒れ込んだ千尋がもじもじしてる。


 

「千尋は器用だからすぐできるよ。観察力があるし、状況判断も早いし。いい話相手になれる人だから」

「ご期待に添えるようガンバリマス」


 なんだこれ。新しいパターンだな。

 蒼に説教されながら励まされてるじゃん。俺たち二人をじっと見ていた昴が蒼を上目遣いで見て、眉を下げた。




「俺は相談される事がこの先あるんだろうか。蒼のご期待に添いたいんだが」


「昴はね、逆に相談されちゃだめだよ。慧と千尋が拾い上げたものを最終判断して、それを落とし込む役目。二人の相談役なの。ボスの役割はそんな感じでしょ?

 昴はもうできてる。謎のネットワーク作ってるし。二人をちゃんと支えてあげてね」


 昴が起き上がって、蒼にキスで返事した。……やい。抜け駆けするなし。


「蒼の事もそこに入れたい」

「そ、そうしてくれると嬉しい…です。」


 むー。なんだよ。




「俺は蒼に支えられたいし、蒼を一番に支えたいなぁー」

「俺だってそうだ」

「二人して言ってることが同じなのはなんだ。ボスの俺を支えてくれよ」


「「チッ」」


「もう、喧嘩しないの。仲がいいから喧嘩するのは分かってるけど…ん…?あ…イタタ…」


 三人して飛び起きる。




「痛い?お腹?」

「冷えたのか?」

「疲れたんじゃないのか?」


 苦笑いしながら俺がかけたジャケットを胸の前で描き合わせて、蒼がお腹をさすってる。


「我が息子ながら主張が強いね。仲間に入れて欲しいんだよね」

「えっ!?ま、まだわからないだろ?」

「四ヶ月からでしょ?」


 びっくりした。突然どうしたんだろう?

 子供の性別はまだわからないはずだし、キキの検診もまだのはずだ。




「今日ねぇ、みんなもそう言ってたから間違い無いと思うの。私も何となく思ってるだけなんだけど。同期も子供達も男の子だって言ってたし」


「そ、そうなのか!?」

「待て昴、落ち着け。」


 昴…男の子がいいんだ。すごい反応してる。



「昴、くるくる抱っこはだめだよ。お腹痛いって言ってたでしょ」

「うぐ…」

「ふふ。大丈夫。ね、赤ちゃん…」


 お腹を撫でながら微笑む蒼が月明かりに照らされて、女神様みたいだ。

 天使?女神?どっちでもいいんだけどさ。すごく綺麗だ。陽の光の中でも、月明かりの中でも変わらぬ美しさ…。


 早く独り占めしたい。俺だけの蒼が見たい。…女神様みたいに綺麗じゃなくて、頬を赤らめて照れる蒼がいい。

 離れていた分俺のリミッターは簡単に振り切れた。




「蒼、お布団に行こ。冷えちゃうから」

「うん」


 二人のジト目を受けながら、手を握って蒼と微笑み合う。

 幸せだな…。


 ━━━━━━



「蒼…布団に入ったら?」

「ん、うーん、もう少しだけ…」



 早々にマッサージの日課を済ませて、蒼が謎のハードカバー三冊に何か書いて…鞭の手入れをして、辞書を抱えたままデスクでうとうとしてる。

 可愛いんだけど…どうしたもんかな。

蒼が座った椅子の隙間から背中側に割り込んで、うとうとしてる奥さんを膝に抱えて座る。…椅子がギシギシ言ってる。


「慧…だめだよぉ…椅子が壊れちゃうでしよぉ…ふぁあ…むにゃ」

「…語尾が溶けてるよ?」


「うぅん…溶けてる?チーズはちょっと…きびちぃなぁ…」



 蒼がうつらうつらしながら答えてるんだけど、何これ…かわいい!!

眠たい時に喋るのって、そう言えばそんなに見たことない…。

 

「蒼がかわいい。かわいいっ!」

「慧もかぁいい…よぉ…。あした、すないぷの練習して、子供たちに…して…雪乃にかくにん…土間さんも…」


 うん、だめだこれは。かわいいけど可哀想だ。椅子から降りて、蒼を抱き上げる。




「お布団にお運びしましょう、お姫様。あ、ナイトか。」

「んぁ、だめ…ねちゃう…」


「いいの。もう寝よう。起きてても何もできないでしょ?疲れてるんだから潔くねて、また明日にしよう。」

「……ん…うん」


 胸元で服を掴ん、蒼が潤んだ目で見上げてくる。布団に降ろして、腕枕で寝っ転がると蒼が胸に顔を寄せてきた。



 

「わたしの…だんなさんだから…あげないよぉ?」

「誰に言ってるのさ。」

「みんな…ねらって…わたしのなのにぃ…」


「そうなの?俺は蒼しか愛してない。蒼だけの旦那さんだから安心して欲しいな」

「うーん…ほんと?ちゅーして、けい」



 なかなか寝ないぞ…しぶといな。

 唇にキスを落とすと、ふんわり微笑んだ蒼が目を閉じる。

すうすうと穏やかな寝息を立てて、やっと眠りについてくれたみたいだ。





「心配することなんか、何もないのに…」


 蒼の閉じた瞼がピクピクしてる。すぐに深い眠りについたんだから、よっぽど疲れてたんだろうな…。


 明日はスナイピングの練習が早朝からあって、その後研究者たちに護身術を教える宗介さんの代わりに子供達の訓練を見て、雪乃が集めた情報をもとに会議。土間さんの整備の具合をチェック。延命薬の関係で研究者達のラボにも行く予定があったはず。

 俺達夫組も交代で蒼と一緒に回る予定だけど、明日もほとんど離れ離れだ。




 早く終わらせたい。ずっとくっついてたい。蒼のそばにいて、キスして、抱きしめて…。   

 そうできない今は物凄く寂しい。こんな寂しさ知らなかった。


 本当の恋をしてしまうと、嬉しさと逆の感情の落差が本当に激しいものなんだな、と最近感じるようになった。



 蒼のことを手に入れていたって、蒼が自分を思っていてくれると分かっていたって…離れていると狂おしいほどの愛しさが、寂しさが込み上げてくる。


 夜中に鉄塔の上で冷たい風に吹かれていれば蒼の寝顔が思い浮かび、組織のメンバー達と会話していれば蒼は今誰と話してるのかなんて思ったりして。

 子供っぽいと思いながらも止められず、手の中に蒼がいなくて心が冷え切ってしまうんだ。




 今は腕の中にいる蒼。

 ただ、そばに居るだけで心が満たされる。自分の横で安心して眠っているのが嬉しい。


 眦から雫が溢れてきた。

バカだな、俺。こんな風に泣いたりして。蒼が起きてたら心配するだろ。泣かないって決めてたのにさ。

 蒼の薬が完成したら、ずっと長生きしてもらって、この先の人生は一緒に生きていけるんだ。


 悲しい別れなんて、想像したくない。

 蒼が笑えるように…していたい。




「慧…泣いてるの?」

「っ!?蒼…起きて…」


 ぱかっと瞳を開いた蒼がじっと見つめてる。しまった。見られた。




「どしたの?どこか痛いの?」

「ちがう、よ。幸せすぎて…ごめん」

「どうして謝るの?慧…ぎゅーしよ?ね?」 


 蒼が胸元にぎゅうっと力一杯しがみついてくる。かわいい蒼が壊れないように、そっと手を回して、腕の中に閉じ込めた。



「慧…疲れちゃったの?」

「蒼もでしょ?大丈夫。俺は蒼がいてくれれば平気」


 蒼がニョキっと胸元から上がってきて、じーっと顔を見てくる。

心配そうな顔させてる…ごめんね。

 

「ねーえ、私慧の泣き顔、好き」

「えっ?」


 

「なんか色っぽい。髪の毛最近縛ってたから、下ろしてるのもギャップがあってすごくいいね。ハーフアップもかっこいいし。」


「そう?…蒼もする?」

「そうしようかな。お揃いにしよっか」

「お揃い…」



 蒼が緑色の髪ゴムを手渡してくる。

「慧のちょうだい。交換しよう?」

「わ…すごい、それいいね…」


 さっきまでの悲しい気持ちが、寂しさが溶けて消えていく。

 髪ゴムを交換して、手首に通す。

蒼の持ち物が手元にあるって思うだけで、胸が暖かくなる。



 

「これで離れてても大丈夫。私が守ってあげるからね。寂しく、ないよ」


「蒼…」


 どうして?どうしていつも、俺の事わかってくれるの?蒼が愛おしくてたまらない。




「慧は一番年上だけど、一番寂しがり屋さんだから。かわいい旦那さんだね…」

「蒼の方が可愛い」


「ふふ。慧がかわいいって言うと、私も寂しくなくなるよ。怪我しないでね、無理しないで…寂しくなったらちゃんと言ってね?」

「うん…」




 心の中で何千回と唱えた愛してるの言葉がひっきりなしに浮かんでくる。

 愛してる。愛してるよ…。



「ん…ねむたい…」

「ちゃんと寝よ、蒼。おやすみ」

「おや…み…」


 口に出さなかった愛してるの言葉を載せて、蒼の唇に触れる。

 


 ほんのり口角が上がった蒼に顔をくっつけて、瞳を閉じた。



 

2024.06.19改稿

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