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新しい道筋

昴side



「それでこの格好なのか…」

「別にいいだろ。着替えもあるし」

「みんないい動きすぎて、夢中になってしまったな」



 俺と千尋は土に塗れてボロボロだ。ジャケットを脱いでいてよかった…。

 俺たちの姿を見て渋い顔をしてる相良は、後から急に合流してきた割に荷物の用意が多くて先に部屋を取った。

相良は前から用意してたな。まさかこの事態を予見していたのか?

 その後収集をかけて、組織のメンバー、相良とキキ、宗介さん…みんな昼食をとったスペースに集まっている。



「キキ、起きてていいの?」

「膣の傷は痛くても動かないとダメだからな。蒼も産んだ後は身体を動かすんだぞ」

「そうなの?粘膜だから痛いでしょう?無理しないでね」

「うん」


 銀が嫌そうな顔をしてキキの横で唸ってる。宗介さんに絞られてこちらもボロボロだ。雪乃は机に突っ伏してるな。桃とスネークは椅子の背もたれに倒れ込んでいた。



 

「お前らの話す単語は刺激が強いんだよ…」


「なんでさ。身体部位名だぞ。エッチな想像してるから刺激が強いんだろ」

「膣は膣だよねぇ?」


「そうだ。銀のスケベ野郎」

「ま、待て!その嫌な言い方は止めろ!」




 青い顔の銀を見てみんなが笑っている…。


「その位にしてやってくれ。さて、相良…進捗はどうだ?」


 珍しくスーツ姿ではない相良が神妙な顔をしたまま俯いている。

黒いパーカーにデニムパンツ、キャップをかぶってまるで慧の隠密姿だ。



「総監は上層部と会議会議で一言も喋れていないが、蒼の両親が使っていたプレハブからごっそり物品が消えた。

 千木良は自宅のテーブルに朝食を残したまま。痕跡としては攫われたようにしか見えない。

 キキの病院に回される人員が明らかにおかしくて…もう、逃亡してきたんだよ。私もここに置いてもらう羽目になったな」  



「総監は…裏表のある人だとは思っていたけど、政治的な物や裏稼業に繋がりは深いの?」


 蒼が相良の目を見ているが、探るような目つきではないから相良の事は疑ってはないんだな。この二人の間にも確固たる信頼がある。




「深いと言えば深い。上に上がれば上がるほど政治家や裏稼業に通じなければならなくなる。

 私がキャリアをやって長年感じてきたイヤーーーな因習だ。派閥争い、狸の化かし合い、明星達にしてきた様な人間を駒とするやり方…そう言ったものを内包しなければ上に行けないんだ」



 確かにそうだ。俺や千尋はキャリア組では無いから、現在の警視正が上限になるだろう。そこから上になるにはしがらみを含め、汚いモノを上手に使わなければならない。

 正義の色を変えないことは、裏稼業に潜入するよりも…もしかしたら難しいかもしれない。



 

「これだから警察は嫌いなんだよ。俺は最初から信用してねぇ。

 相良はこっちに来るなら信用してやるが、アイツらは俺達を利用することしか考えてねぇだろ」


「宗介、麻衣ちゃんが言う通りなら真正直に生きている人は潰されてしまうんじゃない?昴と千尋みたいにね」


「フン。嫌な奴らだな。で、どーすんだ?警察が軍隊を動かす可能性はあるのか」




 目下の問題はそれだな。国防のためなら日本では軍を動かせる。

流石に国相手にドンパチが起こるなら、俺たちにとっては厳しい戦いになるだろう。



「流石にそこまで動かせないとは思う。ただ、SATは完全に総監の支配下だ。

 私を含めた大人数の…現状で言えば300名程度だが、昴や千尋レベルがゴロゴロいる。公安の一部で私の下についていた人員も、元々は総監の子飼いが殆どだった」


「そんならそいつらが手を組んで東条と攻めて来たら…厳しいんじゃねぇか?」

「銀の言う通りだな。こちらは子供たちを含めて五十にも満たない。精鋭とは言え、数では負ける」


「SAT以上を動かされれば、最悪爆撃で終わる。相手の目的は殲滅だ」



 腕を組んで、うーん…とうなる。

 先日のプレスリリースがあったおかげで急襲ができないのか、そもそも東条に賛同していないのか、別の目的なのか。




「真実として総監が狸なら…東条と手を組むのは一番利益がある。蒼に潰された延命薬の裏取引もできるし、最終的には東条が義士として立ち上がった宗教団体になり、危険なファクトリーを国防目的で消せる。

 我々の組織(ゴールデンアワー)をプレスリリースした以上はすぐに動けなくとも、切り離すのは簡単だろう。

 全ては…ダスクのボス次第だな。彼女の命の行方がスタートの合図になる」


「昴、一度様子を見に行ったらどうだ?アタシも具合を見てみたい。蒼のために研究者たちとは別のアプローチで研究していたしな。

 何か…打開策として打ち出せるような気もする」


「そうだな。夕方からはファクトリーの見張りについて、うちの組織メンバーから銀、スネーク、桃、千尋、慧が交代するんだったな?」


「あぁ。蒼の同期たちなら徹夜くらい屁でもねぇけどよ」

「いや、休憩はしてもらおう。戦争になるなら主戦力になる」



 

「それもそうだな。んじゃ俺と昴、蒼とキキ…相良も行くか?」


 宗介さんの呼びかけに相良が頷く。

「あぁ。全ての発端である人を一目見ておきたい」


「では、そうしよう。見張に立つメンバーは時間まで休んでくれ。雪乃は回復したら研究者達と話してメインコンピュータから警戒レベルをもう少し上げてくれるか。相手方の情報も欲しいな」


「かしこまりましたわぁ…」




 蒼が立ち上がってちょいちょい、と研究者を手招きすると二人の女性が駆け寄ってきた。


「あなた達がボスの担当なんだよね」

「は、はい」

「そうです」


 ファクトリー内部の人心把握は蒼が自然にしているから、知ってたんだな。

 手間が省けるよ…ここへ来てから蒼は動きを見せている様で見せていない。次々に先手を打って働いている。優秀すぎるな。

 今晩、少し話をしておかないと。




「あなた達のボスに会いたいの。連れて行ってくれる?」

「蒼さんがおっしゃるのならば」

「ご案内します」



「俺には話さなかったのに二つ返事かよ…」

「先生は研究者さん達とは犬猿の仲だったから仕方ないでしょう?」

「ま、そうだな」


 手塩にかけて育てた子を人体実験していたんだからそうなるだろう。彼が自分で言っていた通り、血も涙もある人だ。宗介さんは。





「では一時解散。見張はくれぐれも気を抜くなよ。動きがあれば遠慮なく警報を鳴らせ」


「「「「「了解」」」」」


「みんな気をつけてね」

 蒼の言葉に全員が頷く。




 振り返りながら歩いていく研究者達を追って、俺たちも歩き出した。


━━━━━━





 ガラス張りのエレベーターに乗って、まるで空に浮いている様な高さまで上りきる。北側の塔の頂上はファクトリー全体が見渡せる位置に聳え立っていた。

 出入り口の隔壁の上や鉄塔で蒼の同期達が見張ってくれているのが見える。




「私も見張りしたいな…」

「蒼は軍師も兼ねてんだぞ?内部把握は蒼がしてるんだから中にいなよ…妊婦だし」


 キキに言われて蒼が口を尖らせる。

「有事なのに妊婦は関係ないでしょう?」


「蒼に何かあれば全滅しちまうだろ。勘弁してくれ。内部で動いてんのを見逃してんだから黙ってろ」

「うっ…」


 宗介さんにトドメを打たれて、蒼が呻く。その手をしっかり握って、琥珀の瞳を見つめた。



 

「蒼はみんなの拠り所だ。何でもかんでも頭を突っ込むのは、そろそろやめよう」

「はい…」


 元気のない返事に取り囲んだみんなで苦笑いになってしまう。

蒼は言っても聞かないだろうが外に出す訳にはいかないからな。





 研究者達がロックを開けた部屋の中は真っ白な空間。

ドーム状に丸く全体を覆って、頂点に一つ天窓があり、壁にある窓枠は埋められて密室になっている。


 規則的な機械音。呼吸音…部屋の真ん中にたくさんの管で繋がれた…白い人がベッドで眠っている。……彼女がボスか。



 

「お名前は、なんて言うの?」

(あかね)さまとおっしゃいます。赤銅 茜(せきどう あかね)様です」


 蒼の反対色に近い名前だな。緑川…今は明星蒼に赤銅茜か。


 茜は瞳を閉じて、呼吸器に繋がれている。

 長く伸びた髪も、まつ毛も、眉毛も肌も真っ白だ。全員で茜を取り囲み、じっと見つめた。




「蒼にそっくりだな」


「相良…よく見ろ。ぱっと見はそうかもしれんが、鼻の形も、耳も、頬の高さも違うし髪の色も違う。首の細さと鎖骨の形も違うし、黒子も全然違う位置だ」


「「こわっ」」


 キッパリ言うとキキと相良が胡乱な目で見てくる。なんだ?本当だから仕方ないだろ…。




「す、昴…そう言うのはあの、えっと…嬉しいけど。やめて…」

「乳も蒼の方がでかいだろ?」

「も、もう!宗介はほんとにそればっかり!ダメ!」


「「むぅ…」」


 二人して蒼に嗜められるが、知らん。

 蒼とは全然違う。体がクローンだとしても蒼は別の命だ。





「さて、触診からだな」


 キキが聴診器を取り出して、研究者達から白衣を受け取る。小さいサイズがあるのか。知らなかった。


「MRIのデータやレントゲン、血液検査の結果はあるのかい?」

「あります。診断に至るデータなら全てこちらに」

 電子カルテのデータを渡され、それを見ながら脈を取り始める。




「あの…」

 

 研究者の一人がおずおずと近寄ってくる。


「勘違いをされていらっしゃる様ですので、お伝えしておきたいのですが…茜様ご自身は延命を望んでいらっしゃるわけではないのです」


「は?」


 おい、爆弾発言だぞ…それは。

全員一様に驚いて研究者に目線が降り注ぐ。




「どう言うことだ?」


「茜様のご両親が始めたことなのです。茜様がトップなのは初めからですが、彼女の思想や言葉、行動に感化された者が祀り上げこの様な大所帯になりました。病気が判明したのは五歳頃です。

 そこから資産家のご両親が信仰を集めていた茜様を中心として団体を発足し、病気の治療費を捻出していたのがはじまりでした」


「そのご両親は?」

「もう、十年以上前に亡くなられています。そこから先は組織に求められるままに茜様は動いていらっしゃいました」




 蒼の顔色が悪い。背中側から支えて、そっと体を包み込む。…肩が震えてる。


「求められるままにファクトリーを作って、犠牲者を生み出していたの?」


「そうです…茜様のご意志とは反して居ますが、彼女を失うことは…我々の生きる意味を失うことでもありました」


「なにそれ…何のために…私達は…」


 蒼の怒りを体中から感じる。

 蒼自身の命もそうだが、同期百人のうち十人しか残らなかった現状…そして与えられた寿命があり、人体実験をその身に受けてきた。

 その怒りは同じ様に俺の心にも火を灯しているが、今は蒼の事だけ考えたい。




「蒼…」

「……ごめん、大丈夫…」


 蒼が無理やり微笑む。唇が震えて、顔色が悪いまま。嘘が下手だな…だからこそ愛おしいんだ。


 両手でしっかり抱きしめて、冷えていく体を温める。

 俺がそばにいる。大丈夫。

 蒼が小さく頷く。




「蒼さんのお怒りはご尤もだと…思います。茜様のご意思を無視して、この様に好意を暴走させた結果こそが…今の形なんですから」


「私が怒っているのはあなた達にむけてじゃない。茜に向けてなの」


 ふぅー、と深いため息を落として…蒼が低い声で呟く。

研究者達が驚いているが、俺たちは予想した通りだ。




「病気を抱えているからなんなの?自分を慕う人たちに自分の意思をきちんと伝えないで…自分を思ってくれる人たちに罪を犯させて。

 自分を好きになってくれた人のことを思うなら、自決したほうがマシ。こんな風になる前に」


「蒼さん…」


「たくさんの命が茜のために消えた。みんな、私と同じ様に生きていたかった。

 幸せになりたかったし、その権利があった。周りの人がした事だからって、茜の罪じゃないなんて、私は言えないよ」



 そうだな。蒼は自分の意思をきちんと伝えてる。みんなに延命を望まれたってそれに依存せず、自分でゴールを決めて…死ぬことを恐れながらも立ち向かって、精一杯生きている。

 俺たちは悲しさや寂しさを抱えながらも、その強い意思を見て、蒼の気持ちを無視することなんかできない。蒼の意思が好きだからだ。

 例え蒼を失うことになっても、それは変わらない。




「ん、とりあえず大体わかった。先に聞いていいか?蒼たちのDNA操作はこの病気に関してはどうなってる?」

 

 キキの顔が厳しい…。茜は何の病気なんだろう。


「因子はすべて取り除きました。蒼さんは保持者になりません。…その結果の寿命なんです」




 キキがはぁーーーっ、と長いため息をつく。ホッとしてるな。何が起きてるんだかわからん。保持者?何の?


「蒼には遺伝がないんなら、悪いが私はホッとしたよ。現状として、茜は多臓器不全に近い形だな。年齢的には四十前後。潜性遺伝疾患だから…本気で焦った」



「遺伝性?だから先に聞いてくれたの?」


「そうだよ。取り除いたってんだから、蒼にもお腹の子供にも遺伝しない。

 まぁ…現状似たような症状になってんのはなんの因果か分からんけどな。

 蒼は後天的、茜は先天的って感じさ。

 親にこの病気の劣勢遺伝子があり、それが茜に発症してる。指定難病で子供のうちに亡くなることがほとんどだ。

 よくここまで生き延びたな。延命薬、飲んでるだろ?」



「はい…研究者のトップである二人が抜けてからは研究は進んでいませんので、ここが限界なのです。

 茜様のご意志に従うべきだという意見が出て、蒼さんが外へ出てから意図して研究を進めませんでした」


 暗い顔になった研究者二人が蒼を見つめている。

 

「私が出てから…?」


 蒼がはてなマークを浮かべると、直ぐ横で宗介さんが「やっぱりな」と苦笑いする。




「あなたは…自分自身が人体実験を受けながら、私たちに優しさをくださって…乱暴する組織からも守ってくれた。

 その貴方のためにトップ二人が抜けて行った事を…最初は受け止めきれずにいました」


「ここに来た研究者は、みんな感情を持っていないか、途中で無くすかします。

 子供に酷い事をしなければならない環境下のせいもありますが、研究者として一つの課題に死ぬまで取り組める。

その過程で自分自身を消失するんです」




 だからみんな無表情なんだな。

 だが…目の奥には消し去れなかった感情が見える。

 ファクトリーの中にいる人たちには、みんな目の中に光を湛えていた。


 

「あなたが…心をくれたんです。自分自身を思い出せた。

 何をされても立ち上がって、心も体も痛めつけられてるのに…痛めつけた相手を思って手を差し伸べてくれた。

 茜様の尊さも支えではありましたが、蒼さんの強い心が、信念が…優しさが…私たちを生かしてくださった」


「研究者は、研究が生きがいなんです。でも、あなたがいなくなってから心から何かがなくなってしまって。

 蒼さんを失いたくなくて、私達はここにいるんです…。あなたが延命を選ばなかった時に、落胆ではなく私達は歓喜した。これこそが、あなたの尊い意思だと、あなたの命だと…」


 研究者二人が涙をこぼす。

 蒼の震えがおさまり、背中で抱えた俺に体重を預けてくる。




「蒼はただ、生きてきただけでそうしたんだな。ただ、生まれて、あるがままに生きてきただけで…」


 背中越しに伝えると、蒼の頬がわずかに染まる。嬉しかったのか?照れてる。

蒼はここでも天使だった。それだけのことなんだ。




「……どうしたら、いいのかな。何もかもすれ違って、歪んで…お互いが向き合っていたのに、大切だったのに…どうしてこんな風になってしまったの?」


 キキが聴診器をしまって、椅子からゆっくり降りて蒼に抱きついてくる。


 

 

「アタシの考えたアプローチから、別の延命方法を作ろう。蒼の中のチップを潰すんだ。すれ違った過去なんか知らない。今からできる事をしようよ」


 キキの笑顔に、蒼が息を呑む。

 その小さな背中から蒼の鼓動が、気持ちが伝わってくる。


「アタシは絶対に諦めない。蒼がアタシのことを諦めなかったように、蒼が諦めることを許さない。

 まだ仮の論説だが…細胞の異常増殖をさらに増やして、チップをつぶす方法はどうかと考えたんだ。蒼の神経でチップを侵食するんだよ」


 キキの言葉に研究者たちが顔を真っ赤にしていく。な、何だ?どう言う感情なんだそれは?



「逆の考えということですか!」

 キキをガシッと掴んだ白衣の女性。目が怖い。


「そ、そうだよ。脳内の神経を増やすことは可能だし、チップの耐久は必ずあるはずだし…もし、それを失敗したとしてバーサーカーになって、その時に仮死状態なら?脳内の電圧が生まれなければ…」


「そ、そっそれ!!それは!!!ああっ!」

「キキさん!研究棟へいらしてください!!」


 


「待って、待ってよ…」

 

 蒼の小さな声で、興奮しきった研究者達がぴたりと止まる。


「今それを先行させていくのは、どうなの?ファクトリー自体が潰されそうなんだもの。キキが考えていてくれたことは…すごく、嬉しいけど…私は…」


「……」


 キキが何か言おうとして、上手く言えないのかこちらに目線をよこす。

蒼は頑固だからな、俺に任せろ。




「蒼、研究者達は別働でもいい。どちらにしても俺たちが戦闘員で戦うしかないんだ。蒼の延命は物凄く大切だ。しかもそれは茜にも必要だろう?」


 蒼が管に繋がれて眠る茜を見つめる。

 

「間に合うか…わからないのに?」


「ああ。それでも『希望を持つ事が悪い』なんて、蒼なら言わないだろう?ここを守る方法の一つとして、残しても良い道筋のはずだ」


「そう、なのかな」

「そうだ。蒼らしくないな。いつもは効率重視のリアリストなのに。」

「うん……」


 顔を下げて、柔らかな髪にその表情が隠れていく。蒼は蒼で自分の覚悟が揺らぐ事を恐れている。

 俺もそうだが、希望があるならそれを選びたい。蒼が長生きできる可能性を諦めたくない。





「キキは…体調もあるから、それを考慮して欲しいんだけど、大丈夫?」


「蒼、アタシは妊娠の予定もなくなったし、蒼の子供を三人と言わず沢山取り上げたいからな。蒼を見習って自分を大切にすることにしたんだ。大丈夫だよ」


「キキ…」



 キキの迷いのない瞳は、もう澱んでいない。澄み切ったその色が蒼を映している。

 アフターピルを…飲んだんだな。

 時間的にほとんど妊娠の可能性はないはずだ。東条への気持ちを断ち切ったと言う事だろう。




「アタシが選んだ道だよ、蒼に褒めて欲しい」

「うん、うん。キキ…頑張ったね…」


 蒼が膝をついて、キキと抱きしめ合う。


「アタシが恩返ししてやるって決めたんだから、期待してくれ。アタシはとびきり優秀だぞ?」

「ふふ…うん。そうだね。ちょっと、考えてみる…」



 優しい響きに戻った蒼の声にみんなが微笑む。

 ……そうなってくれればいいと、心から思うよ。


 白い光の中で眠る茜を見つめる。

 あなたにも話したいことがたくさんある。

 蒼とも話してもらいたい。

 まだ…生きていてくれ。



 心の中で呟き、蒼の肩に手を置く。


「戻ろう。報告は明日でいい。蒼は俺と話そう」

「うん…」



 

 頷く蒼の不安そうな顔を見て、なぜか微笑んでしまう。


 蒼に希望を持って貰えるように話すのは俺の役割だ。不安な顔を見てニヤけるなんてとんだヤンデレだが、蒼なら受け止めてくれる。


 

 その笑みを噛み締めて、蒼をもう一度抱きしめた。








 

2024.06.19改稿

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