謎の組織
千尋side
『トップからオール、スパイウェアインストール完了。各位報告を頼む』
『ピンキー班作業完了』
『こちらシルバー、対象位置把握』
『なに?!どこだ!』
『地図がないと説明できん。帰巢してからだ』
『了解した。説得組は?報告がないぞ』
『ぐすっ…』
『セカンド…お前泣いてんのか!?何があった!!』
『いや、いい。向かおう。GPSは見えているが途中の道順も把握したい。ファクトリーの一番奥だな。全員集合してくれ。無事なのか?』
『無事…です。ごめん』
『チッ、なんだよ焦らせやがって…すぐに行く』
インカムの声が途切れるが、俺はもう動けない。宗介さんも音質の端っこで膝を抱えて蹲ってる。
「099がむかえにきてくれるの?」
「そうだよ。一緒にここを出るの」
「でも、おこられない?」
「うん、もう怒られないよ」
「せんせいどうしたのかな?」
「ふふ、どうしたのかなぁ?元気ないね」
「せんせいはいいよ!099のほうがすき!」
「わたしもー!」
「かわいいなぁ…嬉しい。私もみんなが好きだよ。ねぇ、千尋…こっち来て」
蒼に呼ばれて、フラフラしながら近づいて行く。
蒼とそっくりの顔。2~4歳くらいの子達が一斉に俺を見てる。
「だあれ?」
「エネミー?」
「ううん、私の旦那さん」
「??だんなってなに?」
「あれだよ、ふうふってやつでしょ」
蒼のよこをぽんぽん、と叩かれてそこに座る。
「そう、夫婦。よく知ってるね?私の大切な人なの。皆が外に出た後、遊んでくれるよ。とっても優しくて、カッコいい人なの。甘い食べ物を作るのが上手なんだ」
「ふうーん?」
「お膝に乗せてくれるよ」
蒼が言うと、わいわいと子供達が群がって来た。ち、小さい…。
「おっきい!」
「きんにくすごいね!みんなのってもへいき?」
「お、おう。大丈夫だぞ」
「わああ!かっこいい!」
「ちからもち?むきむきだね」
「おめめがきれい」
「まつげながいね!」
口々に言われて、どうしたらいいかわからん!
「あ、蒼…」
「ふふ。かわいいでしょ?ちいさいなぁ…私の子もこうなるのかな…」
「……」
蒼のわずかな表情の変化に気づいて、子供達が蒼に群がる。
「どうしたの?」
「いたいの?」
「かなしい?」
「ううん、大丈夫だよ」
ずっと蒼の膝に乗ったままの、喧嘩していた二人が抱きついた。
「だいすきだよ、099」
「わたしも!だいすき!」
「わたしも!」
「わたしも!!」
次々に子供達に言われて、蒼が顔を覆う。震えた肩を引き寄せて、体をくっつけた。
「俺も大好きだ。愛してる」
「…もぉ、今はダメ…」
さくさく、草を踏む音が聞こえて子供達がギュッと固まってくる。
「せ、せんせー!げんこつはだめ!」
「099にいたいことしないで!」
「しねーよ。…もう、ゲンコツはしねぇ。お前達がこんなだと思ってなかった」
宗介さんがしょんぼりしながら子供達を撫でる。
みんな一様に目を細め、微笑んでいる。蒼と同じ微笑みだ。
「先生は反省してくださーい」
「うっせーな、蒼に言われなくともわかってるよ。お前ら、こっちこい。」
宗介さんが子供達をまとめて抱きしめる。
「悪かった」
「…かこけいってことはもうおわったことなの?」
「わるいってかこけいあるの?」
「どういういみ?」
思わず吹き出してしまう。蒼にそっくりだ。知識欲の塊だな。
「過去の悪行を悔いて謝罪してんだよ。ごめんって意味だ。痛いことしてごめんって言いてぇんだ」
「せんせいがごめんっていえるの??」
「しらなかったー!」
「げんこつしてごめんなの?」
「せんせいのげんこついたいもんね」
「そうだね、凄く痛いよね。私もたくさんゲンコツされた」
「お前は仕方ないんだよ。痛い思い勝手にしやがるからだろ」
「099はじぶんでいたくしたの?」
「し、してないよ?」
「こいつはな、エネミー庇って自分が怪我したんだ。ゲンコツしなきゃならんだろ?」
「「「あー」」」
「ちょ、先生やめて!」
「099はやさしすぎるんじゃない?」
「じぶんがけがしたらだめだよねぇ」
「もっと言ってやってくれ。毎回そうなんだから」
思わず参戦してしまう。
「099だめだよ」
「そうそう。だんなさんがかなしいでしょ」
「うっ…は、反省してます…」
誰かがくすくす笑い出して、みんなにそれが広がって行く。笑顔の波間が心地いい。みんな、いい子だな…。
突然、ハッとした子供達がドアの方向に集まって、構える。
あぁ、昴たちが来たな。
バタン!とドアを開けた昴たち。子供のバリケードを見て固まった。
「な、何事だ?」
「あれ?みんなどうして…あっ!しまったインカム聞いてなかった…」
うん、ごめん。俺もほとんど聞いてないし返事したのは一回きり。
多分宗介さんも聞いてない。
埃だらけでまだらに白くなった昴と白衣姿の慧がやってくる。
「だれ?!」
「みんな、大丈夫。この人たちも私の旦那さんだよ」
「えっ?」
「だんなさんって…いっぱいいるの?」
「こいつはな。俺も狙ってる」
「せんせいも?むりだよ」
「そーそー。おかおがきれいなひとしかいないもん」
「ほんとだねぇ、099はめんくいなの?」
宗介さんが舌打ちしてる。…蒼が面食いと言われるのは気分がいいな?
「め、面食いとかじゃなくて…あのその…」
立ち上がった蒼を昴と慧二人が触って、ため息をつく。
「セカンド…後で説教」
「はい」
大人しく返事しておこう。昴が結構怒ってる。
「私のせいだと思う…ごめんなさい」
「ブルーはいいの。…子供達は見た感じ大丈夫そうだね。」
「問題ねぇな。まさかこんな風になるとは思ってなかったが。」
「みんな、お迎えに来るまで内緒にしててね。いい子で待っててくれる?」
「うん!」
「099がきてくれるんでしょ?」
「そうじゃなきゃ、いかないからね!」
「うん、私が必ずお迎えに来るからね。楽しみにしてて」
しまった…蒼が悪い顔してる。
くそっ、計画通りか。
『スパイウェア組み込み完了ですわぁー!みなさん早く帰ってきてくださいまし。キキがおかしいんですの』
ん?キキ?そう言えばインカムで一度も声を聞いてないな。
『どうした?』
昴がインカムを抑えて眉を顰める。
『熱があるようで、横になっていますの。東条さんにも連絡がつかなくて』
『東条には連絡するな!来てもビルの中に入れるんじゃねぇ!』
銀が青い顔をして叫ぶ。
『いいか、絶対中に入れるな。ビルの警戒を上げろ。最大値にだ。俺が確証を掴んだ。帰巢したら報告するから、誰も入れるな』
『な、なんですの?了解ですわ…お待ちしております』
銀が苦い顔をしてる。何かあったな、これは。
「帰ろう。話を聞かなければならない」
「うん…」
蒼が頷き、潜入メンバーが全員顰め面になった。
━━━━━━
銀side
「キキ…」
蒼が眉を下げて、幹部室のソファーで横になったキキの頬を撫でる。
相良がキキの親指から血液を採ってなんかの検査をしてる。あいつ医療にも通じてんのか?すげえな…。
「簡易検査しかできんが、感染症まではいってない。抗生物質が必要だな。傷口が見当たらないが…銀は何か知っているんだろう?」
「ああ。キキには話すなと言われたんだ。ファクトリー内での名簿に名前があったやつがいる。俺達側の裏切り者だよ」
スマホで撮影した名簿を表示して、テーブルの上に置く。
「東条だ。キキに暴行して…おそらく解体もさせてやがる」
蒼の顔が真っ青になっちまった。
お前に聞かせたい話じゃねぇが、仕方ない。傍にいる千尋が蒼を背中から抱きしめた。そうだな、そうしてやってくれ。
「どう言うことだ…ダスクの人間ということか?」
「そうかもしれんが…断言は出来ねぇ。ボスはどう言う経緯で雇ったんだ?」
「俺の前の代からの入れ替わりの時期に組織に入っている。入った時期からすると、わざわざやってきたスパイだとしてもおかしくはない」
「履歴を探りますわ」
「頼む」
雪乃が横でパソコンを叩きながらファクトリー内部のデータを探ってる。
スパイウェアは順調に仕事してるみてぇだな。
「ダスク側だとして、東条の目的がわからんな。
ダスク側のボスは真っ白な病室みてぇな場所に居る。特定の研究者だけが使うエレベーターがあってな。研究者棟の前に高い塔があるだろ?」
桃太郎が地図を広げ、俺は北の塔を指差す。
「ここだ。てっぺんですやすや寝てるぜ。話を聞いたが人工呼吸器はもうすぐつくらしい。もう先が長くない。意識もほとんど戻らんそうだ」
「ダスク側ボスを抑えるには問題ないか…しかし…」
ムームー、とバイブ音が響く。
「すまん…はい…はっ!?…いえ、まだ把握していません。銀、蒼の両親はどこにいるかわかるか?」
ボスの緊迫した表情。電話の向こうから聴こえたのは宗介の声か。
「…キキがホテルに避難させていると言ってたが…」
嫌な予感がする。
「宗介さん、間違いないんですね?はい…了解です。お待ちしてます…」
ボスが首を振って、ため息を落とす。
「蒼の両親が連れ去られた。ダスクに連れて来られたのを宗介さんが目撃している。粗方現状把握してからこっちに来るそうだ…」
参った。一気に動いたな…。東条の動きは知らなかったとは言え、全く情報がねぇ。困ったな。
「うーん、うーん…」
今度は蒼がうんうん唸り出したぞ…。
「研究を続けても意味がない…ボスをどうするつもり?東条さんはどうしてキキを?なぜこっちの組織に…」
そうだな、疑問はそんなもんだ。研究者をなぜ連れ去った?
キキを傷つけたのはなんだ?
なぜウチの組織に来たんだ?
「うっ…」
「キキ!大丈夫?」
「蒼…?はっ!触るな!!」
キキが意識を取り戻し、蒼の手を払いのける。びっくりした蒼と、目を見開いたキキ。瞳孔が広がって目が真っ黒だ。
ふらついた蒼を受け止め、千尋が眉を顰める。蒼はじっとキキから視線を逸らさない。
「さわるな。アタシは…蒼に触れない。ダメだよ…」
蒼がキキの傍にそっと座る。
「どうして?」
「アタシは汚いんだ!蒼に触っちゃいけない。汚れちゃうだろ?蒼は綺麗なんだ。汚しちゃいけないんだよ…!!」
なんとなくわかるような気もするが、錯乱してんのかな…メチャクチャで何が言いたいのかわからん。
近寄ってきた慧に肩を叩かれるが、蒼は首を振って動かない。
「どうして…そんなふうに言うの?」
「アタシはたくさん解体してきた。蒼が来てからそんな仕事がなくなって、医者の真似事をしたって医者じゃない。
狂ったあいつに、バラした後…好き放題されて喜んでるようなクズなんだ」
「キキは…東条さんの事が好きなの?」
この場にいる全員が息を呑む。
「………うん」
「そっか…」
蒼がキキの手を握る。
「やめて、蒼…お願いだから…」
蒼が切なそうにキキを見つめ続けている。
心配そうな顔をしているが、振り払おうとするキキの手を決して離さない。
抵抗していたキキがやがてぴたりと止まり、観念したように澱んだ目で蒼を見つめる。
「キキはかわいい。とっても綺麗。あなたは最初からずっとお医者さんだった。私のことも診てくれたでしょ?好きな人に…無理矢理だとしても触れられたら、喜んでもおかしくないよ。
私も、その気持ちはわかる」
「あ、蒼は知らないだけだ!アタシがどれだけ汚れた仕事をしてたのか。
好きでやってたのかもしれないだろ!?肉をバラして、血を浴びて、内臓をぶちまけて、その後血肉の中で東条に好きにされて…それが嬉しいなんて…そんな奴が綺麗なわけないだろ!狂ってんだよ!!化け物なんだ!!!」
キキの叫びが…胸に突き刺さってくる。
俺たちだって似たようなもんだ。
人を殺し、騙し、自分の為に罪もない命を無惨に見捨ててきた。血の海の中で生きてきたんだ。
「どうしてそれがいけないの?」
キキがびっくりして蒼の顔を見る。
蒼は勁い色の瞳のまま、じっと見つめてキキの頬を撫でた。
「生きて行くためにしてきた事が、なぜダメなの?キキは生きていくためにそうしてきた。それだけの事だよ。
それが結果的に悪い事だったなら…キキが屍を積み重ねてきたなら…狂ってでもその上に立つ義務がある。
沢山の人を殺したなら、この先の人生でその数だけ人を救う業を…使命を、宿命を背負うの。
キキはお医者さんで、正しくそうする事ができる」
「でも…アタシなんかが…」
「キキの価値観なんてどうでもいい。
あなたが自分の価値を貶めるなら、私がどんなに大切に思っているのか、あなたがどんなに素晴らしい命なのかを教えてあげる。
『血海の中のゴミムシ』なんて言ってた事、ずっと忘れてない。そこから這い上がって、あなたのできることをして。
キキは死ぬような病気を抱えてない。私が来てから仕事が変わったんでしょ?これからどんどん変わっていくの。その中で、私の大切なキキが自分を諦めるなんて許さないから。
私の子を取り上げてくれるって、約束したじゃない…わたしはキキにしか頼まないからね。2人目も、3人目もキキがやるの。
私の最期もあなた以外に看てもらう気なんかない」
「蒼…」
誰も彼もが動けない。蒼の言葉が重てぇ。
人生の最期の時が決まっている蒼が言うと、体全体に言葉がのしかかって…息もできねぇ。
「私はキキのこと諦めないよ。
たくさん殺してきたから、なんなの?生きる事を選ぶなら過去を悔やんだって、一円にもならないの。
それとも本当は死にたい?私の目の前でそれが言えるなら、私が殺してあげる」
「…っ…」
蒼の視線を受けて、キキが目を逸らそうとするが、蒼が頬を両手で包んで、それを許さない。
「キキなら前を向ける。あなたは強い。屍の上で私とダンスができるくらいじゃない?
悪い事をしなきゃいけなくて、それをしたからって…心の色が変わる訳じゃない。変えなきゃいけないわけじゃない。汚れた仕事だってわかっている、あなたがそれを好きなはずがない。
キキは、キキのままで生きてきた。私に名前についてる希望の希を一つくれたでしょう?
そんな風にしてキキらしく生きてよ。
あなたの事が大好きなの。私と一緒に同じものを見て、一緒に戦える。キキの事を手放すなんてもうできないよ…」
キキが顔を覆う。俺だって泣きそうだ。
蒼が眩しい。目が眩みそうだ。
なんなんだお前。
「蒼…蒼っ」
「ん、キキ…」
蒼に抱きついて、キキがわんわん泣き出す。
笑っちまうよ。こんな簡単に人を掬い上げやがって…なんだこいつ。本当に……。
泣き喚いたキキが静かになり、蒼が背中をとんとん優しく叩く。
蒼の肩の上で、キキが幸せそうに目を閉じている。
「蒼…キキは警察病院に運ぼう。私が付き添うよ」
「そうしてくれる?…あと、アフターピルも…必要かな?」
蒼がキキを覗き込むと、キキが僅かに迷う。あー、マジかよ。お前本当に東条のことが好きなのか…。
「キキが決めてていいんだよ。24時間以内なら95%、48時間なら85%、72時間以内なら58%の確率だから、あんまり時間はないけど」
「ピルの事知ってたのか…?」
「うん、何度も使った事があるから。72時間ぴったりでもわたしは大丈夫だった。危ない賭けだったけどね」
旦那たちが複雑な顔してるぞ……。
また元カレか?アイツボコボコにしてやったがまた足りなくなったじゃねぇか…。
「ん、救急車が来た。」
ビルの外から救急車の音が近づいてくる。
「相良、警察の方から警備を出せるか?」
「無論だ。24時間張りつこう。キキ、行こうか。」
頷いたキキを慧が抱き上げ、蒼、昴と千尋がそれについていく。
ドアが閉まって、スネークが横でガックリとしゃがみ込んだ。
「蒼は本物の天使だった…」
「お前までやめてくれ。随分乱暴な天使だけどな」
蒼はいい。ただ泣いて慰めるだけの女じゃねぇ。そこがたまらなくいいんだ。
キキの事を思って優しい気持ちでいるのに、その相手にお前の価値観なんか知らん、立ち上がれ、自分を諦めるなんて許さねぇ…ってな。サイコーにしびれるぜ。俺たちも救われたような気分だな。
「屍の上に立つ義務…言葉のチョイスが神でしたわぁ…」
「ボクは殺してあげるって言ってたの、ゾクゾクしちゃった…」
おい、雪乃は分かるが桃太郎…オメェも変態か。
「それにしてもおかしいですわ…東条のデータがありませんの。ダスクのメンバーたちは古参ばかりですし…幹部はほとんど在籍していませんわ。年齢も赤ん坊から90歳までの方がいらっしゃいますし…おかしな組織ですわね?」
「なんだそりゃ。幹部は金回りが悪くて抜けたとして、殺しをするのに年寄りはいらねぇだろ…」
「お年寄りも給料貰ってるの?」
「いいえ、逆にお金を納めているようですわ。まるで…お布施のような…」
「あん?…宗教か?」
「いえ、まさか…でも…」
「過去にもありましたね、地下鉄に毒物を撒いたカルト宗教団体が」
「あー、あれかぁ。えっ、まさかそう言うこと?」
パソコンを囲んで見つめ合う。
なんなんだ?この組織。
2024.06.18改稿