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愛してる

慧side


「黄色い薔薇の花言葉は友情、献身、可憐、美、幸福、あなたに恋しています。

 白い薔薇は純潔を意味し、どの色にも染まれることからあなた色に染めて欲しい、私はあなたに相応しいなどの意味があります。また、深い尊敬を意味します。

 はー、そういう意味があるんだねぇ。

 あれ?青いバラの種はないの?」




 蒼が薔薇の花言葉を読んでる。

 今日買ってきた種の袋に書いてあったみたいで、突然読み出されて顔から火が出そうだ。

 

 プロポーズで花束を渡すからにはちゃんと花言葉を調べてたし、108本には結婚してください、の意味もある。

でも、それを口に出されると恥ずかしい。相変わらず千尋は涼しい顔してるけど。




「青い薔薇は人工的に作っている。自然の青薔薇は遺伝子組み換えによって生まれた薔薇なんだ」

「遺伝子組み換え…弄られてるってこと?私と同じだね」


「……そうかも知れんな。青薔薇が生まれて、花言葉も変わったんだ」

 

 昴の解説に『ふうん』とつぶやいた蒼がスマホをいじってる。こりゃ調べてるな。


「青薔薇の花言葉は夢叶う…奇跡、神の祝福…うわぁ……わぁぁ…」

「ピッタリだろ?青薔薇が生まれる前は『不可能』だったものが、『夢叶う』に変わった。」

「……そっか。そっかぁ…」



 蒼の少し嬉しげな顔を見て、俺たちはほっと息をつく。昴が青薔薇を選んだ時に、千尋とちょっと揉めたんだよ。

 蒼がどんなふうに受け止めるか、って心配して。花言葉を知らなかった俺も少し心配だったけど、この反応を見ると昴の意見が正しかったかな。


『蒼はちゃんと俺が伝えたい意味をわかってくれる』ってさ。昴も千尋もニコニコしてるけど、俺も何となく嬉しい気持ちだ。






「花言葉は本数によっても変わる。108は結婚してくださいだけど、1本からの意味も全部含むんだ。

一目惚れとか純愛とかずっと一緒にいようとか。 

 俺の白薔薇は枯れると生涯を誓う、って意味になるんだぞ。俺もピッタリだろ?」 


「うぅ…千尋は本当に…もう!もう!!」


 ううむ、照れてるのは俺と蒼だけか。

 スバルは若干悔しそう。千尋にはこう言うのは勝てないな。爽やかな勝利者の笑顔だ。




「薔薇はこんなものかな。消毒のやり方を後で調べないとならない。虫がよくつくらしい」

「そうなの?手がかかるんだね…大丈夫かな?」


「手がかかるほど可愛いって言うでしょ?みんなで育てれば大丈夫だよ。あとは野菜だけど、とりあえず大根と白菜だね。お鍋に活躍しそう」

「冬野菜は育てやすいらしいぞ」

「そんなに時間もかからず食べれるから、忙しくても面倒が見られるしいいな」


「野菜はいつ食べられるの?大根はたくさんほしいです!」

「鬼おろしで使えるもんな…冬には食べれるよ。鬼おろし食べ放題だ」

「わあぁ!凄いねぇ。楽しみだなぁ…」


 花の種をさくさくと植えて、さらに野菜の苗を耕した畑に植えて行く。

 ロマンがあるんだがないんだかわからない組み合わせだけど、蒼が嬉しそうにしてるからよしとしようかな。




「初めてでもうまく育つのかな?」

「白菜は巻くのが難しいらしいが大根は誰でも育つらしい」

「それなら蒼は満足できそうだ」


 それにしても、ルフトって初めて行ったけど、あそこは本当になんでも売ってたな。

 蒼も手帳の他に何か買ってたけど、秘密だと言って見せてくれなかった。何買ったのかなぁ…。


 ふと、蒼を見ると…縁側で座ったまま、遠くを見てる。目線を追うと、空を見つめているみたいだ。

 秋の空を眺めてボーッとしてる。

 蒼がこんな風になってるのははじめてかも。




「蒼…なんか変だなぁ…先生と何かあったんじゃない?」

「そうだな…あの様子だと何かあったんだろう。物思いくらい自由にさせてやれ」


 昴が肥料を撒きながら小さく呟く。

 昴も変だな?こう言う時一番ヤキモチ妬いていそうなものなのに。ヤンデレ返上した?




「昴は苗字の件もそうだけど、なんか寛容じゃないか?俺はまだ微妙な気持ちなんだが」

「俺も…」


 千尋と二人で目を合わせる。

 だよね?


「蒼は浮気しない。そんな事わかりきってるだろ?悋気を起こしても無駄だし、お前達に対してヤキモチ焼くのに手一杯だ。それに…」


 昴が腰を上げて、蒼を見つめる。




「宗介さんが抱えている寂しさに、俺たちはいずれ辿り着く。それを思うとあまりそんな気にはなれなくてな…蒼と離れて八年間、思い続けて十八年だろう?その間ずっと好きで、死ぬまで待つつもりで居たと言っていた。

 その覚悟が…俺にはまだ眩しいよ」


「「……」」



 そこまで言われると何も言えなくなる。

 俺達は三人して蒼に愛されているけど、宗介さんは蒼を手に入れられないまま傍に居る。

 ああして突然現れて蒼の顔を見に来てるし。彼は…車とかバイクの移動手段を持っていない。


 明日潜入する予定のファクトリーから街まではかなりの距離がある。

 いくら体力があると言っても、ファクトリー内で先生をしながら歩いてここまで来て、蒼に会ってさっさと帰って行くなんて、本当に好きなんだろうとしか思えなかった。


 好きなのに、会えない。触れない、キスできない。そんな日を彼はすでに体験している。

 俺たちもそうなる予定だから…ある意味正しく先生ではあるわけだ。




「でも、蒼にあんな顔させるのは…嫌だな」


 蒼の心の中は見えないけど、淋しそうな顔だ。俺たちのせいもあるのか、宗介さんのせいなのか。




 土を払って、ガーデニング用の手袋を外して、蒼の横に座る。

 蒼が振り向いて、肩をくっつけてくる。


「寂しい顔してたから、きちゃった」

「そう、かな?秋ってもの悲しいよね。人肌恋しくなるね…」

「じゃあ夜はくっついて寝ようね」

「うん…」



 二人が追いかけてきて、縁側に並んで座った。みんなで空を見上げて、ため息ひとつ。

 多分、それぞれがいろんな意味のため息だ。重なっている部分もあれば違う部分もある。複雑なため息の色が見える。




「ふと思ったんだけど、私の部屋ちっとも使わないでしょ?勿体無いよね?何か他の部屋にした方がいいんじゃない?」

 

 はい、いつもの爆弾発言が出ました。

 蒼はどうしてこう、引っ掻き回す発言が多いんだろうなぁ。蒼らしい考えなんだろうけどさ。多分。

 夫達の苦笑いを集めて、蒼がもじもじしてる。




「どうして?蒼の部屋も含めてのお家でしょ?」 

「だって…いつもみんなのお部屋で寝てるし、使うのはちょこっとだけなんだもの、勿体無いでしょ?私はネイル道具でもう一部屋占領してるし」

「勿体なくはないでしょ…」


 そんな事だろうと思った。蒼は遠慮してるのかもしれないけどさ、俺達は蒼が使っている部屋っていうのが欲しいんだよね。

 ネイル道具もほとんど処分しようとしてたから止めなきゃ全部無くなっちゃうところだった。

 蒼が作ったものは全部捨てないよ。ゴミ袋に入っていた作品たちは三人で回収して、こっそり隠してある。

 持ち物が少ないから、俺たちがどんどん増やして蒼の部屋には沢山ものが入ってるけど、本人が使っていないから蒼の匂いが薄いのは問題と言えばそうかも。




「蒼が一人で寝たい時もあるんじゃないか?そういう日は必要だろ?」


 千尋が蒼の顔を覗き込むと、ふるふると首を振る。


「一人で寝るのは嫌。好きな人と毎日くっついて寝たいから」


 膝の上の服を摘んでは話すを繰り返してる。あぁ、寂しいんだ。これは、子供になった時の仕草だ。




「それなら…蒼の部屋に俺たちが順番に行けばいいんじゃない?そしたら蒼の部屋も俺たちの部屋も活用できるし」

「その手があったか。蒼の部屋に入りたいし…いいな」

「昴の言い方はイチイチ怖いんだよ。盗聴器しかけるなよ」

「チッ…」


 千尋と二人して昴をつつくと、ようやく蒼が笑う。ヤンデレは返上してなかった。うん。

 ずっと笑っていてほしいけど、いろんな顔が見たいと思う複雑なお年頃だ、俺たちは。


 


「私はね…旦那様達が好き。昴も、千尋も、慧も好きなの。

 それはずっと変わらないし、変えたくない。だから…それだけは信じてね」


 三人で頷いて、あたたかい蒼に寄り添う。

 蒼が瞳を閉じて、いつもの子守歌を歌ってくれる。



 やきもちなんか焼いてごめんね。

 蒼に寂しい思いをさせちゃったみたいだ。

 今日は目一杯甘えてもらおう。


 耳に染み込んでくる蒼の歌を聴きながら自分も瞳を閉じた。


 ━━━━━━




「はー、はー、お、おしまいです」

「慧…大丈夫?息切れしてるよ?」



 蒼のマッサージを終えて、可愛い声を散々聞かされてしまい…動悸息切れに苦しんでいる。

 相変わらずの声に耐え切れるのか自信がない。あと3ヶ月弱も…はぁ。


 蒼の布団にぽすっと頭を落とす。

 ふわふわの柔らかい布団は買いたてのシーツの匂い。まだ蒼の匂いが薄い。

 それでも、蒼の部屋の中に入れてもらってること自体が幸せな気持ちにしてくれる。




「おでん美味しかったねぇ。ちくわぶ最高だったでしょう?」

「うん。蒼に聞いてから食べたかったから…めちゃくちゃ美味しかった」


 夕飯のおでんは最高だった…。枕に顔をつけたまま答えると、蒼が髪をつついてくる。




「慧は髪の毛どこまで伸ばすの?」

「…あんまり考えてなかったな…髪の毛が長いと嫌?」


「ううん。慧の髪の毛、好き。キスする時に顔にサラサラかかってきて、守られているみたいでとってもいいと思う」 

「じゃあまだ、伸ばそうかな…」


 その表現は良いですね。

 守ると言うか、閉じ込めると言うか。

 俺だけの蒼になると言うか。

 うん。ドキドキしてきたな。



 蒼につんつん、と耳を突かれる。

 今日は蒼の動作が幼くて…かわいいが百倍増しなんですが。俺を試してる??


「今度は何かな」

「ピアス全部捨てちゃったね」

「うん。もう必要ないから。…して欲しい?」

「してほしくない。慧を繋ぎ止めるものなんていらない。慧には自由でいて欲しいから…今のままでいて…」


 真剣な声の蒼に向き直って、手を掴む。

 ほっそりした指に三つのエンゲージリングが光ってる。


「俺は縛りたい。この指輪もそうだし、キスマークつけて蒼が自分の奥さんだって自慢したい」

「そ、そう?…慧なら、いいよ。私のこと…閉じ込めちゃう?」

「んー、どうしようかな…」




 蒼の後頭部を支えて、唇に触れる。

 本当に閉じ込めてしまいたい。

 どこにも出さずに、腕の中で一生閉じ込めて…抱きしめていたい。


「慧…好き。触って…」

「ん…でも…」

  



 蒼が潤んだひとみで見上げてくる。

 髪の毛を耳にかけて、そのまま耳を撫でる。


「したい?」

「うん…」


 ほおを染めた蒼が胸元に額をくっつけてくる。キキにも聞いたけど、本番じゃなければ大丈夫って言ってたしな…俺が我慢できるかが問題なんだけどさ。


「ん、耳…気持ちいい…」

「かわいい…蒼…」


 キスする手前で止まると、蒼の唇がひくりと震える。

 はてなマークを浮かべた蒼が眉を下げてキスを待ってる。

 本当にかわいい。求められるなら、なんでもしてあげたくなってしまう。   




 背中を撫でながら唇を深く重ねる。

 蒼が背中を反らしながら首に手を回して、胸を掴んでる。あんまり余裕がないみたいだ。俺の服を掴んだ掌がギュッときつく握られてる。


「んっ…ん…慧…んっ!?」

 息が荒くなってきた蒼がぴくりと跳ねて、驚いたように瞳を開き、もう一度目を瞑る。

 ん?どしたのかな。



「…蒼?」

「キスが気持ちいい…」

「昨日してないの?」

「うん…」

「珍しいね、昴がしないなんて」

「んん…もっとして?」



 蒼を仰向けにして、覆い被さってキスを落とす。唇を啄んで、雫を与えて熱を甘く噛む。

 自分の髪が蒼の顔を包み込む。

 …なるほど、これはとてもいい。

 ニヤリと笑って瞳を閉じる。


 しばらく夢中になってキスをしていると、蒼の体が跳ねた。

 なんだか敏感だ。キスで感じてるのはいつものことだけど、反応が強い。  




 首に両手が伸びて、唇が押し付けられる。

 目を開いて蒼を見ると、顔が真っ赤になってる。こうしたいのを我慢してたのかも。

 パジャマのボタンを外して、ゆっくり服の中に手を侵入させていく。


「んっ、ふぅっ…ふうぅっ…」

 唇まで震えてる。

「蒼…お腹大丈夫?」

「ん、へ…き。もっと…」


 蒼の膨らみに刺激を与えながら何度も唇を重ねる。

 蒼がしがみついてきて、キスがどんどん激しくなって行く。

 唇の端から雫がこぼれても両手が離してくれない。  




 必死でしがみついてくる蒼の腰から震えが上がって、肩まで震えて体が痙攣してる。

 びっくりして唇を離すと、蒼が涙を浮かべて目を逸らした。


「もしかして…」

「ん…うん…」


 蒼が瞼を閉じて痙攣してる。

 キスと胸の刺激だけで…?

 うそぉ…マジか…心臓が際限なく鼓動を早くして、自分の息が荒くなる。完全に当てられた。




「慧…触っていい?」

「ん…うん」

 蒼の手が降りてくる。勝手に反応した場所に手を添えられて、自分の体も震えた。


「ま、待って…っ」

 力が抜けそうになって、蒼の横に倒れ込む。

 なんだこれ、俺も敏感になってる。

 冷や汗が背中を伝った。蒼の攻撃は危ない。


「最近してないから…なんか凄いよね?」

「うん…」


 どちらからともなく近づいて、唇に噛み付くように触れて、キスに溺れて行く。


「慧…すき…ん…好き…」


 蒼の囁きを聞きながら、柔らかい手のひらに包まれて、自分にも熱がたちのぼってくる。

 危険だ…ヤバい。

「っ…や、やめないで…」


 離れた唇を追いかけて蒼が噛み付く。

 首の下に手を通し、身体を引き寄せて…長いキスに眩暈がしてきた。


 蒼が大きく跳ねて、眉を顰めて涙をこぼす。

 俺の胸を掴んだ蒼の手の震えが止まって、ため息が溢れる。蒼の瞼が少し開かれて見つめ合う。

 

「ずっと…見てたの?」

「うん、あんまりかわいいから…ごめんね」

「私も見ればよかった。満足できた?」

「はい…」


 お互い息を整えながら恥ずかしさに思わず笑ってしまう。



 

「……」 

 手のひらをじっと眺めてるけど、あんまり見ないで。


「あ、あの…蒼、そんな見られると…」

「なんか…増えた?前より多い気がする…」



 えっ!?そんなのわかるの???

 キキに教わって、サプリメントや腹筋やらで訓練は続けてる。

 …一人でした時に、量が増えたのは自覚してるけど…。


「うん、間違いなく増えてる。何したの?」

 理解した。蒼の知識欲スイッチを押してしまったみたいだ。



 

「とりあえず拭いて…蒼、下着替えよう。妊婦さんは雑菌が入るとよくないんだ。そこに除菌シート持ってきたから…」


 自分の部屋から持ってきた除菌シートを見て、蒼が微笑む。

「慧もしたかったんだねぇ」

「うぐっ」


 苦笑いしながら除菌シートを手に取った。


 ━━━━━━


「食生活の改善…精力剤まで飲んでるの?」

「は、はい…」

「回数管理?もしてるんだ?」

「うん…蒼、虐めてるでしょ」


 抱きついたままの蒼がにこり、と笑う。



「いじめてる」

「むー。どうしてさ。」


「だって、慧は拗ねてたでしょ、旧姓の話で。私旦那さんだけだって言ったのに」

「ごめん…嫌な思いさせちゃったか」


「ヤキモチなら嬉しいけど、昴はともかく千尋も慧も本当に嫌がってた。私は先生の事そういう目で見たいわけじゃない」

「うん、わかってるけど…ごめん。蒼が先生の前だとちょっとこう、いつもと違うというか。甘えてるような感じがしてモヤモヤしてたんだ」


 蒼がびっくりした顔になる。自覚なかったんだな、これは。

 



「そうなの?知らないうちに浮気してる?」

「そんな事ないよ。小さい時から一緒だったんだから…希望的観測かもしれないけど、父親に甘える子供みたいな感じ」


「慧はわたしの子供時代見てるんだもんね。そっか…でも、そうかも。わたしの好きってそういう好きだったんだ…」


「ん?どういう事?」

「今日ね、先生に告白されたの」

「えっ!?まさか…お店で?」


「うん。それで、その。わたし昔先生の事好きだったでしょう?ちゃんと断ったけど…その気持ちが掘り起こされたような気がしてた。

 でも、慧に対する気持ちとは違うから私もすごくモヤモヤしてたの。」 


「……そ、それで?」


「私、先生の事はお父さんとしてみたいな感じの好きなのかなぁ…慧として思ったけど…こういうこと出来ない。キスされた時も理解できないうちに、習った通りに手が動いて殴ってたし」

「確かに綺麗な右ストレートでした」

 

 くすくす笑い出した蒼。スッキリした顔だ。


 


「よかった。すごく良かった。浮気じゃなかった。…よかった…」


 蒼が胸元に顔を押し付けてくる。

 髪の毛を撫でて、俺自身もほっと息をつく。

 好きだって言うのが今もだったら…どうしようかと思った。



「ねーえ。慧」


 蒼のその、ねーえ、って呼ぶの凄い好きなんだ。かわいい…。



「なーに?」

「んふふ。慧の事が好き。よかった。嬉しい…」

「俺も蒼のことが大好きだ…愛してるよ。幸せだなぁ…」



 二人で微笑んで、キスを交わす。

 いつものひと時が心に甘い蜜を染み込ませていった。


 ━━━━━━





 キキside


「結局細切れでいいの?」

「そうですね、いつもの畜産系に卸します。髪と爪は燃やさなければいけないので分別は私がしますよ」


 アタシの手に握られたメスと、ノコギリ。

 解剖台の液体は排出が間に合わず溢れて床が滑る。

 長靴のグリップが効かなくなるのは久しぶりのことだ。心許ない足元にヒヤヒヤしながらノコギリを牛刀に持ち替える。


 最近こんな仕事なくなって、医院として穏やかに暮らしていたのに…死体はどこから持ってきた?

 ボスからの連絡はなかった。組織の出した物じゃないはずなんだ。蒼が言う通り、うちの組織は綺麗な仕事ばかりしてる。

 今は法令に則って医学部に編入してはいるが、それこそ特例で飛び級してるからな。免許を取るのに時間はかからない。

 …蒼が、そうしてくれていたんだ。




 東条はレインコートを着て、恍惚とした顔になっている。お前は本当にこう言うのが好きなのか。最悪だよ。

 蒼の作る会社には置いておけないな。


「お前、こんな事ずっとやるつもりか?」

「ええ、これが好きですし、それしかできませんから。キキと同じですよ」

「……」

 

 アタシは、別に好きでやってるわけじゃない。選択肢がこれしかなかったからだ。お前とは違う。医学部に何年も在籍して、順調に医師になったくせに自分の愉悦のためにこうして闇に落ちた人間とは。

 …違う、と思いたい。

 

「キキのその姿、とても美しいですよ。ずっとずっと…可愛がってあげます。もっともっと沢山手に入る予定なんですから…くくっ」



 

 何言ってんだ。防護服を着て、ゴーグルをかけて血まみれのアタシが美しいわけないだろ。お前が好きなのは血だ。アタシじゃない。

 それに、増えるってなんだ?どう言う事なんだ…。


 汚れたままの手袋で防護服越しに触られて、怖気が走る。

 解剖台に体を押し付けられて、足が地面から浮く。

 

 背中のジッパーを下ろす音。

 またか。ため息をついて刃物を避ける。

 下着のホックを外されて、ゴミが増えたことにうんざりしてしまう。

 毎回行われる狂気の沙汰。狂った男に惚れた罰なのか…。

 蒼の微笑みが閉じた瞼に浮かんでくる。


 こんな汚いアタシが、綺麗な蒼に触れるべきじゃない…ごめんな、蒼。


 


「キキ…いいですよね?愛しています」

「はぁ…」

 

 嫌がったって辞めないだろ…。体の力を抜いて、キツく瞼を閉じる。

 薄汚れた、愛してるの言葉が…胸に突き刺さっていた。

2024.06.18改稿

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