未来に向かって
蒼side
「みんな飲み物は回ったかな?」
「ちょっと待ってー!蒼、ベイビーがぐずり出しちゃった」
「あらあら…じゃあ、締めは昴にお願いしようかな」
「わかった。」
桜が満開の4月、会社のみんなで集まって、今日は春のお花見会。わたしがWRCレーサーを引退してからすぐに妊娠して、その子を産んでからの集まりになったから…今日はいろんなお祝いが一緒になっている。
私は宗介との間の子を年明けに生んで、本格的にお出かけできるようになった所。念願の次男は…蒼介と名付けられた。
キキから蒼介を受け取り、ほわほわ泣く声を聞きながら思わず微笑んでしまう。
宗介にそっくりの太めな眉、ふさふさの髪の毛。肌の色は白めだし、目の色も髪の毛も私にそっくり。顔形は宗介で、色は私って感じかな…ふふ。
「わー、ごめんね。お腹空いてたの?今おっぱいあげるからねぇ」
「ママンのおっぱい大好きだもんな。…蒼介ってもしかして、巨乳好きか?困ったな…親に似たのか」
「キキったら…もう。まだわかんないでしょ」
私たちはみんな、今季から始まった、うちの会社が作った服を着ている。子供服も含めたいろんな人が着られる、白と黒と赤のカラーしか出さないブランドで…” 〝akane〟と名付けられたお洋服のブランドだ。
「ケープ持って来たぜ」
「ありがとう、宗介」
私の隣に宗介が腰掛けて、胸にケープをかけた。肩を抱いて支え、授乳の間はこうしてくっついていてくれるのが決まりなの。
昴も、千尋も、慧もやって来た習慣は今、宗介の番だ。
宗介は、わずか2年でまた真っ黒の髪の毛に戻った。……私、やっぱりこの人のメラニンなのかもしれない。
「今日は社長のご意向により…幹部みんなが休みをとれて、ようやく花見ができたな。いきなり締めと言うのも味気ないし…宴の最後に今期の抱負をみんなに一言ずつもらおうか」
「ゲッ、おい…そう言う面倒なのやめろ」
「では一番に名乗りをあげた銀から」
「……クソッ。」
昴と銀が私たちみんなで作った輪の端っこに立ち、銀は渋い顔をしている。
「銀はああ言うの苦手だろうに…昴のスパルタも休みの日まで有効か」
「ふふ…仕方ないよね。銀は来季から正式に社長になるんだもの。こう言う場に慣れておかないと」
「身内だけでできたってしゃーねーだろ…お、ゲップか?俺がやる」
「うん、お願いします」
おっぱいをあっという間にお腹いっぱい飲んで、蒼介は満足げな顔をしている。宗介が抱き上げ、背中をトントン叩くと『けぷ』と可愛いおくびが聞こえた。
「宗介上手すぎじゃ無い?」
「慧、宗介は子供達を見て来たプロだぞ…俺たちとはスタートラインが違うだろ。比べても虚しいだけだ」
「……確かにね」
全身真っ黒で、ポロシャツ姿の千尋と慧が傍で苦笑いしてる。二人とも最初は苦労したもんね。
「あー、何だ。そのー。こう言う場で堅っ苦しい話をするもんじゃねぇとは思うから話題が見つからねぇ。
当面は社長らしくなるために昴にスパルタ受けて、蒼に飴をもらおうと思う。これからもよろしく頼むぜ」
「蒼に甘やかされたいだけだよね、それ」
「食後に運動でもするか…」
「慧も、千尋も銀をあんまりいじめちゃダメだよ」
「いじめじゃないぞ。教育的指導だ」
「そうだよ、桃。俺たちはその権利がある」
「……わぁ」
銀の隣にいる桃に突っ込まれて、千尋達が剣呑な目線を送っている。銀はスッと目を逸らした。
千尋と私の子である葵は、話終わって座った銀の膝の上が指定席。
「じゃ、次ボクね!奥さんとの私生活も順調だし、あとは仕事だけです。打倒、銀の生命保険部門!って感じかなー」
「桃は三朱ちゃん大切にしてくださいましね。売上の件に関しましてはこの後から禁句にしますわ」
「ハイ……」
「雪乃は前期大赤字だけど、その前は大黒字だったんだから気にしなくていいよ?」
「蒼…!!」
眉根を寄せてしかめ面で桃を突いていた雪乃に言うと、桃が明らかにホッとした顔をしている。うん、よかったね。
「では、僭越ながら。私スネークは…子供ができました事をご報告します」
えっ!?とみんなが一様に驚き、スネークに詰め寄る。
そう、私の余った臓器達を分けた同期の子や、チルドレン達はキキの手によって体の正常化が成されている。
キキは全員を手術したから大変だったと思うけど…嬉しい結果を聞けて、とってもいい笑顔になった。
「いつ!?いつ生まれるんですの!?」
「12月です。奥殿は蒼の誕生と同じ日に生むと息巻いてます」
「……わぁ、突っ込みたく無いな、それ」
「スネーク…がんばれ」
慧と桃に微妙な顔で反応されて、しょんぼり膝を抱えて座るスネーク。おめでたい事なのになんでしょんぼりしてるのかな…。ううん。
「会社のカレンダーに予定日入れといたからな。キキの手も空いてるから予約しておいた」
「千尋は仕事が早ぇな、産休取らせるんだろ?」
「あぁ、銀を除いてウチは幹部が率先してもらわないとな。」
「何で除外するんだよ…予定はねぇのに…」
「ふん。スネークには後で妊婦さんの注意事項、渡すから」
「…千尋…大変ありがとうございます。今すぐ欲しいです」
「……一旦メールで送っておくよ…」
ぺこり、と頭を下げたスネークはよく見たら目の下にクマができてる。ありゃ、なんとなくしょんぼりしてる理由がわかった。
私もそうだったけど妊婦さんはメンタルバランスを取るのが難しいもんね。後で差し入れでも持って行ってあげよう。
銀は……当分先だからきっと大丈夫。多分。
「では、次は私ですわね!えー…と。
私は、生まれて初めて大切な人の死に直面する所でしたわ。私の命よりも大切な蒼を失うところでした。
キキ、改めてお礼を申し上げます。蒼を引き留めてくださって、本当にありがとうございました」
「私からも御礼を。お嬢様は秘密裏に
口に出せないモノを購入しておりましたので。大変危ないところでした。
今後とも蒼さんには、しっかり健康を保っていただきますようお願いいたします。」
雪乃と元執事さんはキラキラの笑顔でぺこりと頭を下げるけど…口に出せない薬って、何?私が死んだらどうするつもりだったの雪乃は。ちょっと後でお話ししないと。
「雪乃のダンナは、蒼のことわかって無いね。アタシは知らないよ、お説教女神を爆誕させたぞ」
「雪乃と旦那様は後で私とお話ししましょう。明日ならスケジュールが空いてるから、合わせてね。半日あけてください。」
「「……ハイ」」
なんとも言えない苦笑いが落ちて、ずっと静かだった麻衣ちゃんが立ち上がる。結構お酒を飲んでるから顔が真っ赤なの…。大丈夫?
「出番がぜーんぜん無いまま、私はこうしてあれやこれやを傍観してきましたが!もう我慢ならんので影武者を立てました!今季からは蒼に会いに行ってやるからな!散々夫婦の邪魔してやるからな!!宗介はおめでとうこの野郎!!」
「あらあら…」
「こえぇよ…なんだよ影武者ってのは。素直に礼が言い辛いだろ…」
「ふんっ、次は土間さんだ!」
麻衣ちゃんはどさっと座り込み、雪乃の旦那様からナチュラルにお酌を受けてる…うん、今年はもう少し構ってあげようかな。
「次は俺か。あー、なんだ。すまんな、相良…今季は大量発注の入った車部品の仕事が忙しくてな…。大手車メーカーの提携も、担当者が蒼に惚れ込んで中身もデザインも完全にフルオーダーになっちまった。多分期待には添えかねるぞ」
「なんだって!?…くぅ…」
「途中から入って来た素人の俺が言うのもなんだが、俺は…幸せだ。昴に俺自身が救われて、蒼に出会わせてもらって、夢が叶った。どんどん出てくる新しい夢をまた叶えられるよう、誠心誠意勤めていこうと思う。蒼…これからもよろしく頼む。」
「土間さん…」
「おい、土間…俺にはなんもねーのかよ。チームメイトだろ」
「宗介は何にも言わなくてもわかってくれるだろ?昴も、千尋も、慧も…ここにいる奴はみんなそうだ。」
「そ、そうかよ…フーン…」
みんながしんみりして微笑むけど、それで言うと私って『言わないとわからない』と思われているような……?
「土間さん?私、今仲間外れにされたような気がしてるんだけど」
「あぁ、そうだ。蒼はことある事にちゃーんと言わねぇとすぐ無茶しやがるんだから。宗介が旦那になって良かったぜ。私生活も完全管理してもらえて大助かりだ」
「うっ…胸が痛い…」
「「「なるほどそんなメリットが」」」
「スマン、蒼…フォローできん。徹夜で三日寝ずにレースに出ようとしたことがあったからな…」
「「「蒼は後で詳しく」」」
「……ハイ」
これは藪蛇を突いてしまった…私の近くに腰を下ろした千尋と慧に見つめられて、私は目を逸らす。
「じゃあ次はじいじとばぁばね!」
「み、翠ちゃん!」
「私たちはいいよ…」
「なんで?ダメよ!ママの手術を手伝ったし、茜の脳みそを使える様にしたのはじいじとばあばでしょ!」
翠ががっしり抱きついて、お母さんが苦笑いしてる。縁がないだなんて言っていた時もあったけど…私のことを何度も助けてくれた両親には、ちゃんと親孝行しないといけないな…私は反省するしかない。
「あの、では一言だけ……。皆さんが私たちを仲間だと言ってくださったことを私たちは一生忘れません。蒼が許してくれて、孫達を見られることも、私たちが結婚なんてする事になったのも…皆さんと蒼のおかげです」
「おほん…今後とも、よろしくお願いします」
お父さんの顔が赤くなってる。ふふ。
みんながニコニコしながら二人に拍手を送ってくれた。
「じゃ、大トリはアタシか!?」
「そうだね、キキにまとめてもらおうかな?」
「んっ…難しいこと言うな…。えー、こほん。
アタシは今まで生きてきて自分が最高に誇らしい。崇めたて祀られても抵抗はない!もうノーベル賞はいらないけど。
くれぐれも、みんなはアタシに迷惑をかけるなよ?アタシの一番大事なものは蒼と、アタシの婿さん予定の蒼介だ!
健康に各位気をつけて、定期検診を必ず受ける様に!……特に夫共と蒼はな」
「「「「ハイ」」」」
「俺は別にいいだろ?」
「宗介…あんたが一番年上なんだけど!まぁ…年々中身が若返ってはいる」
「そーだろ?蒼の体力に負けねー様にしなきゃだからな」
「何言ってるの!?」
「だってお前…最近際限ねーだろ。」
「宗介!!」
「あんだよ…ま、俺のテクニックに夢中って訳だ。ますます若返ってやるぜ」
くっ…言い返せない……。旦那様達のジト目をもらって、ちょびっとだけ気まずい気分になる。
そうだよね…平等に当番を回す予定だったのに、海外遠征中にあっという間に妊娠したのは私です。本当にごめんなさい…。
「ねぇ、宗介そんなすごいの?」
「き、キキ…そう言うのはその…」
「初回記録は10時間だな」
「宗介っ!?なんでバラすの!!」
「そんな怒るなよ。今だってあんま変わんねーだろ?おねだりが上手くなっちまったからなぁ。時間は縮まっても回数は増えたかな」
「うー!うー!!」
「流石に10時間は無理だ」
「……バケモノなの?」
「慧、どっちが体力お化けなんだと思う?」
「俺だぜ!はっは!24時間行けるが流石に可哀想だろ?途中から蒼は動けなくなってるからな?」
「も、もうやめてよ宗介……」
「「「この野郎……」」」
昴、千尋、慧が立ち上がってゆらゆらと宗介に近づく。
宗介は蒼介をキキに手渡して、唐揚げのお皿を持ってぴょん、と輪の中から外れてニヤリと嗤う。
「追いかけっこと行くか?」
「「「ぶっ殺す」」」
「あーあーあー…」
「……キキ、いいの。たまには男の語り合いが必要なの。放っておこ。私ももうめんどくさいから…。仲がいい程喧嘩するものなんだと思うことにしたの」
「蒼にまで呆れられてんのか?しょうがないねぇ」
桜の木の間を駆け回る私の旦那様達。少年にしか見えないし、どれだけ足が速いの…郊外に来てよかった。今後は人がいないところじゃないとダメだな……。
「なぁ、蒼は?なんかないの?」
「ん?私?」
「うん。あ、アタシ達へのお礼は禁止ね。耳タコだから」
「ふふ、私は何度でも聞きたいですわ」
「お嬢様…お静かに」
「俺も聞きテェな。夫の話も禁句だ」
「銀…縛りつけすぎじゃない?じゃあ会社の話もなしね」
「息をする様に追加しないでください…私も、桃に賛成です」
「……話すこと、うーん……」
なんだか色々縛りをつけられてしまった私は思い悩み、空を仰ぐ。
どこまでも広がる青空にはふわふわの白い雲が浮かび、暖かい日差しが燦々と降り注ぐ。
散り始めた桜の薄桃色と、空の青と、みんなが着た白、赤、黒のお洋服や子供達のカラフルなカラー。
ここにはいろんな色がある。それぞれの人生があって、仲間として一緒に過ごして…これから先もずっとずっと一緒に生きていく人たち。
私の人生に彩りをくれた……大切な仲間に囲まれている。
「私…来年もまた、ここでお花見がしたい。来年だけじゃなくて、その次も、その次も…何十年後も…みんなとずっと一緒にいたいの。
こんなに先のことを考えたのは初めてかもしれない。……それが、幸せで嬉しい」
子供達やみんながが言葉もなく寄り添ってくる。静かに紙コップの杯を合わせて、『お疲れ様』と囁いた。
家族も、仲間も…誰一人かけることなく穏やかな暮らしをこれからもしていける。ずっと先の未来を想像して、望むことができる。
みんなが浮かべた優しい笑顔…今度は、私が守ってみせるからね。
「アタシ、お医者さんになるから!!」
「翠、医者は堅実でとってもいいと思うよ。僕は順調に進学して着実に成長します」
「成茜…おめぇF1やるんだからな!?」
「土間さん、僕は両立できるに決まってるでしょう?学歴は必要なんだよ、何かがあった時のためにもね」
「……そ、そうか」
「葵はねぇ、うーん…銀のお嫁さんになる!」
「葵!?何言ってんだ!?」
「ぷよぽーじゅ?」
「……うっ…」
葵が満面の笑顔で銀に抱きつくと、千尋がものすごく怖い顔で突然やってくる…。どこにいたの?聞こえてたの??
「銀、ちょっとこっち来い」
「……い、いやだ」
「あ?何でだよ。食後の運動しようぜ」
「まだ食ってるだろ!?あ、葵の話だってこう、小せぇときのアレで…」
「葵は銀のお嫁さんになるよ?いいでしょ、千尋パパ」
「……葵、その話はお家に帰ってから、ママと、パパたちと、じっくりゆっくり話そう。銀、来いって言ってんだろ」
「く、くそっ!逃げろっ!!」
「きゃーあ!」
「葵を人質にとるな!コラ!!待て銀!!」
今度は千尋と銀の追いかけっこが始まってしまった……。
「アレは銀が押し負けるのに一票」
「キキ、賭けになりませんわ。私もです。皆さんもそうですわよ」
「いいなー、あっちもこっちもそっちもカップルだらけでさぁ!クソっ!私は仕事が恋人だ!!」
「相良、ほんじゃ出かける約束は無しか?」
「はぇ?え?土間さん…?」
「覚えてねぇのか?こないだ国際電話で、車に乗せてやるって話してただろ?」
「えっ…えっ??で、出かける約束は覚えてますけど……恋人の話とどう……」
「さぁな?お前次第だろうなぁ」
「…………………………ぽっ」
驚きの展開すぎて、言葉が出てこない。土間さんは余裕綽々で麻衣ちゃんにドライブコースの説明を始めてるし、縮こまった麻衣ちゃんは顔が真っ赤になってるし……。いつの間にそんな話になってたの?
「あとはアタシだけだな!」
「そうだねぇ。末っ子が一番最初にお婿さんになるのかな?」
「違うよ、蒼。アタシは嫁に行くの。緑川にしてくれよ」
「じゃあ、私が姑なんだね。嫁いびりすべき?」
「いいぞ!蒼にいびられたい!!」
キキが蒼介の頬にキスすると、蒼介はニコッと微笑んで笑い声を上げる。
うちの家族の年齢差は凄いなぁ…ふふ。
銀も、キキも家族になる日が楽しみ。
「若紫ならぬ若蒼ですのね」
「恋にならなかったらどーするのさ…」
「桃…空気を読んでください。」
「すみません」
「恋じゃなくても良いよ。アタシは蒼介に貢いで貢いで貢ぎまくって、いい男にする。」
「貢がないで、キキ……」
「あー、走った走った。お?蒼介がご機嫌だな?」
「うわっ、泥んこじゃないか!昴も…慧もか…」
「千尋と銀はまだ走ってるよ……」
「くそっ、あと一歩だったのに」
「昴のあと一歩は足が長えからデケェな?くっくっ」
「宗介…もう一回やり合うか」
「その前に集合写真撮ろうぜ。これ以上どろんこになると蒼に怒られるだろ」
「はぁ…洗濯が大変そうだなぁ」
「蒼、こう言うのは元凶にさせな。アンタは蒼介の面倒があるんだから。」
「そうしようかな?ふふ」
━━━━━━
「相良、もう少し土間さんに寄ってくれ」
「……!?」
「何遠慮してんだよ、くっつけ」
「ひゃい!」
「……なるほど?宗介。蒼に泥をつけるな。千尋も、慧もだ」
「「「チッ」」」
「スネーク、すまんがもう少ししゃがめるか?あ、いいか。桜も映るし頭側に寄せよう。」
「すみません…」
昴が三脚に乗せたカメラの画角を調整してやってくる。
私が真ん中で、左側が千尋、右側が昴、背中に慧。私の足元には宗介が座っている。
「いいか?目を瞑るなよ…」
「………………昴、こう言う時は掛け声が必要だと思うの。シャッター音サイレントにしたままでしょう。リモコン押したのに音がしてないよ」
「あ、しまったな。盗撮したままの設定だった」
「相変わらずすぎて突っ込みたくない」
「何を撮ったんだ、何を」
みんなが吹き出して、次々とシャッターが切られる。
「昴…合図してくださいませんの?私キメ顔になっておりませんのよ」
「……お嬢様、女性はキメ顔ではございません。貴方はいつもお綺麗でしょう」
「……な、何ですの!?急にそう言うのやめてくださいまし!あぁ!昴!変なお顔を撮らないでください!」
あちこちで笑いが連鎖してしまって、ちっともまともな写真が撮れてない気がするの。面白くて私達らしいけど……。
「もぉー私がやるっ!昴、リモコンください」
「……」
「昴?」
私が掲げた手に、昴がそっと触れる。
「俺が蒼に差し出した手が、全ての始まりだった」
「……」
「爪先に宿った蒼の熱が、いつしか恋になり、大きな愛になったな。俺たちも、みんなも幸せにしてくれた……ありがとう」
「昴……」
昴からカメラのリモコンを渡されて、優しい微笑みが浮かぶ。
あの時と変わらない、昴の微笑みが眩しい。
「ぐすっ……」
「昴」
「何泣かせてんだお前は」
「ギルティだな」
「ギルティでも何でもいいさ。蒼との出会いは、俺が始まりなことは間違い無いんだ。」
私は涙を拭い、昴に微笑みを返す。
「昴が始まりだったね。全部の始まりが…私の握った……」
みんなが息を呑み、わたしたちを見つめる。
「昴のチカンされたお尻だった!」
「……くっ」
「イケメンのお尻は有料だと、今でも思うの」
は?と言う顔で固まったみんなが、お腹を抑えてプルプルし出した。
だって、そうでしょう?私がイケメンのお尻は有料です!って言って、昴のお尻を握ったのが正式には始まりだもの。
「く、くそぅ……」
「はーい、じゃあみんなの顔がほぐれたところで……うちの会社名でいきましょうか」
「せーの」
みんなの声が揃って、『ゴールデンアワー』と音を発する。何度もシャッターを押して、幸せなひと時が幕を閉じた。
━━━━━━
━━━━
━━
━
みんながめいめい車に乗り込み、走り去っていく。
全員を見送った私達は、眠ったしまった子達を車に乗せて……桜の中を歩く。
桜の花びらが、ひらひらと私の手のひらに舞い落ちる。元々の花弁は五枚のお花だけど…。
昴がわたしの手のひらに一枚、千尋がそれを見てひらひら舞う花弁を捕まえてもう一枚、慧も同じくもう一枚と足してくれる。
最後の一枚を宗介がそこに足して…歪だけれど、元の形に戻った桜が誇らしげにわたしを見つめてくる。
一枚もかけることなくわたしの手の中に落ちて来たそれは、私たちそのものに思えた。
茜に言ったとおり、少し歪なその形こそが……愛おしくて美しい。
そっとそれを握りしめると、旦那様たちの手が重なってくる。
青い石をつけた指輪の、昴の手。
透明な石をつけた指輪の、千尋の手。
黄色い石をつけた指輪の、慧の手。
緑の石をつけた指輪の、宗介の手。
私がこれから先、長い人生の中でどんな辛いことがあっても、どんな苦しいことがあっても、五人一緒ならきっと乗り越えていける。
辛い、と言う文字に一本線を足すと幸せになる。私達はそんなふうに些細なきっかけで何もかもを幸せに変えられる。
全てを超えていける。
新しい未来は、果てしなく続いた先に道を広げ、私達はそこを歩いていく。
長い、長い旅路の果てに待つものを、誰も知らない。多くの奇跡を乗り越えてきた私達の、誰もが知らない遠い未来を目指してみんなで歩いていこう。
手を携えて、ずっと、ずっと……。
fin