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喧嘩


千尋side


「翠。訂正するならまだ受け付けるけど」

「アタシは慧パパが嫌いなの!千尋パパの方がいい!」

 

「……本気で言ってんの?」


「そ、そうだよ…慧パパはいつもいつもアタシに文句ばっか!千尋パパみたいに優しくして!」

「……俺は翠のためを思って言ってんの。性格もあるだろうけど、遠回しに言うの苦手なんだよ」

 

「何よアタシのためって!慧パパにアタシの何がわかるの!?アタシが辛いって言ったら抱きしめてくれれば良いだけなのに、どうして根掘り葉掘り聞いてくるの!」

「それは…色々聞かないとわかんないだろ。正しく理解するためだ」


「そういうとこが嫌なの!千尋パパは何にも聞かないで抱きしめてくれるの!!そういう気遣いが欲しいの!!!」

 

「…………」



 リビングのドアを開けたら、大きな声が俺を襲って来たぞ?ドアを閉めてキッチンに入って、二人を眺める。……翠も慧も、テーブルを挟んで完全に腹を立てているようだ。こりゃ喧嘩だな。ちらっとこっちを見ても、全然止める気配がない。うーん、何があったんだこれは。



 

  

「慧パパは、ママ以外の女なんか気にもしないんでしょ」

「何言ってんの?翠は家族だろ。女とか男とか…」

 

「女の子の悩みもあるの!わかんないならただ話を聞いてくれれば良いじゃない!ママの時は……」


 そこではた、と我に帰った翠は顎に手をやった。慧の癖がそのまま移ってるなぁ…ふふ。



「ママって愚痴言わないね」

「……そうだな」


「生理の時も、お仕事が忙しい日も、熱出した時も、死にそうだった日も、リハビリの時も…一度も辛いなんて言ってなかった」

「……うん。俺も聞いたことないよ。」



 二人に沈黙が降りる。やー、蒼はここに居なくてもこうやって仲裁しちゃうのか、凄いな。わはは…。

さて、そろそろ手を入れるかな。


 


「二人とも、取り敢えずそこに座りな。せっかくの休みなんだから…冷静に話をしよう。コーヒー淹れるよ」

「ごめん、千尋…」

「ごめんなさい、千尋パパ……」


 

 項垂れた二人に苦笑いを送り、二人がお気に入りのコーヒー豆を取り出してお湯を沸かす。

 翠は思春期真っ只中だ。難しい年頃だし、慧は組織で育ってるから緑の様な経験をしてないからなぁ…蒼を参考にしちゃったんだろうな。娘が心配なのは、俺もわかるよ。

 

 でも…食べ物も、飲み物も、服の趣味も音楽の趣味も全部揃えたように同じなのは…気の強い翠が慧の事を尊敬して、小さな頃からずっと真似していたからだ。不思議な家庭環境の中で育って、普通の学校に行っている彼女には辛い事も何度かあった。

 それを体験させてしまって『申し訳ない』という気持ちで謝った時、翠は真っ直ぐな目で俺に言ったんだ。



  

『私は私の家族が好きなの。謝らないで。普通じゃないことが悪いだなんて、誰にも言われたくない。千尋パパにもだよ』


 こんな風にまっすぐな気性だから、喧嘩も多くなるだろう。今までは蒼で手一杯だったから無かったんだよな。

 慧に『嫌い』なんて言ったのも初めてだ。何か理由があるんだろう。


 入れ終わったコーヒーを二人の目の前に置き、ミルクと砂糖を真ん中に置く。

無言のままでコーヒーにそれを入れていくが、二人とも瓶を戻すときに取っ手を相手側に向けてる。…本当にそっくりだな。



 


「俺が入っても良い話?」

「……翠が、良ければ」

「お願いします」

「うん」


 翠の横に腰掛けて、じっと見つめて口を開くのを待った。慧が何かを言いかけて、俺は目線でそれを抑える。



「アタシ、告白…されたの」

「ほぉ。そうなのか」

「同級生で、同じクラブの子で…マネージャーしてるでしょ?」

「うん」

 

「いつも、タオルとか渡すと『ありがとう』って言ってくれるの。他の子は当たり前みたいに受け取るけど、その子はいつも、違ったの。

 雨の日に自分が濡れちゃうのに傘を貸してくれたり、体育の時に気分悪くなったら保健室連れてってくれたり…」

「ふんふん」



 

 慧は焦ったそうにしてるけど、これは蒼に習ったやり方だ。俺は聞き役に徹して、翠が何を言いたいのかまず把握しないといけないからな。

 いつもは俺より上手に人の話を聞けるのに、翠が相手だからこそ冷静さを欠いてしまったんだろう。

……俺も、喧嘩してるのを見てなきゃ同じことしたかも。こんな若いうちから恋愛の話が出てくるとは思わなかったよ。



「で、ね。返事が欲しいって言われて困ってた。」

「なるほどな…慧が聞いた、根掘り葉掘りってのは相手の事?」

 

「うん、そう。まだそんな歳じゃないって言われて……相手の事も知らないのに否定されて腹が立ったし、アタシも子供じゃないのに。

 それに、別に付き合うとかそんなの考えてないし」


「えっ…そうなの?」

 

「そうです。慧パパはそう言う前に『ダメ』って言ったから言えなかったの。

 アタシはキキさんの後を追いかけたいから恋愛なんかしてる暇ないの。まだよく分かんないし…。

 お医者さんになると言うのは、凡人のアタシは大変な事なの。ママとか、パパ達と違って普通の子なんだから」


「…………」


 


「翠は、その子の事は少なからず良い人だとは思っているわけだ」

「うん、そう。これから先も、普通に仲良くしたいけど断ったら気まずくなりそうで怖い」

 

「確かにそうかもなぁ…でも、付き合う気は無いんだろ?」

「ない。正直な事を言えば、そう言う感情自体に憧れはある。パパと、ママを見てると……すごく幸せそうだし。」


「そうか、そりゃ嬉しいな」



 翠にようやくほんのり笑顔が浮かぶ。


「アタシ、ママが大好きなの。キキさんも好きだけど…ママは永遠の憧れで、凄い人でしょう?でも…私が甘えたいな、って思って口に出せずにいるとママから来てくれる。

 照れてやめてよ、って言っても…ママが翠に触りたいの、なんて言ってくれる。パパ達はそんなママと相思相愛でしょ?ママはパパ達の事褒めたことしかないし…すごくいい関係だと思う。

 だからね、その…何が言いたいかっていうと、家族が好きすぎてこれ以上の感情が他の人に持てるのかわからない。告白されたのは嬉しいけど、好きでも無いのに不誠実に答えたく無い。でも、仲良くはしたいの。」


「気持ちはわかるなー…俺も慧も最初はそうだったんだ。懐かしいよ…ヤキモキしてたあの頃が」

「えっ!?そうなの??」



 慧はコーヒーを啜って、眉間を揉んでる。あー、反省し出したな。後で蒼にフォロー頼むか…。


 


「そうだよ。でも、例え振られたとして、俺も慧も気持ちは変わらなかったと思う。蒼の事情を何も知らなかった時も、全部を知った時も、変わらず好きだったしな。

 好きな気持ちってさ、相手次第じゃ無いと思うんだ…その人自身が好きで、大切だなって思う事は何があってもなくならないよ。

 両思いで付き合って、恋愛に変われば相手を思い遣る事が主動になる。相手に合わせたいし、大切にしたいって自然に思うんだよ。でも『好き』って思う、原初の気持ちは自分のものだろ?」


「そう…そうだね」


「だから、そこで形が変わってしまうなら本当の好きでは無いような気もするな。翠は怖がらなくても良いと思うよ。その人がいい人なら、きっとわかってくれる。」



  

「うん…慧パパも、ママに振られたら変わらないの?ずっと好き?」


「……うん、好き。昴みたいに『絶対手に入れる』じゃなくて、そばに居てその人を守れたら良いな、って思うよ。千尋もそうだと思う。

 好きな人が幸せになるって言うのが、俺の幸せだと思うから」


 ふぅん、と呟いた翠は頬を染めてにこにこしてる。可愛いな…慧の事も大好きなんだ。それこそ、蒼を大切にする様子を見て幸せを感じてくれてる…本当にいい子に育ったな。



  

「あの、ねぇ。パパ達ならどうするの?もし、私の立場ならどう答える?参考に教えて欲しいです」


 

「うーん、俺ならそうだなぁ…『告白してくれた事は嬉しい。本当にありがとう。自分は家族を大切にしていて…恋愛となると、心の余裕がなくなってしまうと思う。でも、これからも仲良くしたいと思ってるんだけど…だめかな?』って感じか?」


「「珍しくクサくない」」

 

「なんだよ、ひどいな。俺は愛してる人にしかそういう言葉は言わないよ。昔な、勘違いさせて苦労したんだ……」

「あー…」

「すでにやった後なのね…」

「そうだよ。人によってはそう言う事もあるから、気をつけてな……」


 

「わかった…ねぇ、慧パパは?」

「俺は…そう言う経験がないからな…。スッパリ断っちゃうかも。

 両思いも、ちゃんとした恋も…初恋とは違うけど…恋愛の全てを知ったのは、蒼が初めてだったんだ」

 

「あー、ママが言ってるツインテールのメンヘラ女でしょ?」

 

「うん…でも、そうだな。俺が最初に愛したのは、あの子じゃなくて俺の子だった。愛おしくて仕方なかったし、何に変えても守りたかった……翠と同じだよ」

「…………パパ…」




 

 蒼から聞いた話で、翠は慧と以前付き合っていた子の間にやってきた命だと、太鼓判を押されたそうだ。死にかけた時本人に会ってきたらしいから、そうなんだろう。

 慧はそれをあえて翠に伝えなかった。蒼という愛する人との間に生まれてくれた翠が全てで、事実を伝えたら責任感が強い翠は罪悪感を持つかもしれない。そんなの嫌だし、愛してるのは変わらないから伝えなくてもいいってさ。


 

 二人が見つめ合う視線には、何となくそう言うのがわかってるような感じもある。生まれ変わったら記憶がなくなるって言うけど…心の記憶はきっと染み付いて無意識下に保存されるんじゃないかな。

 

 昴のヤンデレ研究によると、の結果だが。俺もそれを信じたいとは思う。

 俺だって、また生まれ変わっても蒼に出会いたい。どんな形でもそばに居たいとそう願わずには居られない。

翠と慧の間にも、そう言う結ばれた絆がある気がするんだ。




 

「パパ、ごめんなさい。嫌いなんて、嘘なの。頭がわーってなって、そんな事思った事もないのに口が勝手に言っちゃった…」

「ん…わかってるよ」

「ホント?ホントに?」

 

「うん、翠に言わせたのは俺だ。大切な翠が誰かに傷つけられるかもしれないと思って、焦って余裕がなくなっちゃった。……ごめんな、俺が一番ちゃんと話を聞かなきゃいけなかったのに……こっち来て。抱っこしたい」


「う…ふぇ……パパ!!」



 慧の膝に飛び乗って、しがみついて翠が泣き出した。ぎゅうっと抱きしめて、慧が瞼を閉じて……ん、もう大丈夫かな。


 コーヒーカップを片付け、そっと部屋を出る。ゆっくり扉を閉めて、ふぅ…とため息を落とした。



 

「んふ…千尋かっこいいね」

「見てたのわかってるぞ。…早退けできたのか?」



 リビングの脇にある書斎から蒼が顔を覗かせている。少し前に帰ってきたのはわかってたけど。


「うん。千尋とデートの約束だったもんね。なんだかドキドキしちゃったな。千尋が冷静で、優しくて…イケメンですね」

「ふ…じゃあイケメンとデートしてくれるかな?」

 

「はあい。二人は大丈夫そう?」

「あぁ、仲直り中だからほっとこう。俺たちは予定通りドライブデートだ。お土産でも買ってこようか」

「そうしましょう。楽しみだなー。」



 二人でリビングのドアをしばし見つめて、手を繋ぎ、俺たちは家を後にした。



 ━━━━━━


 

「そう言えば、まだどこか行くの?うなぎさん美味しかったねぇ」

「…………ハイ」

「……千尋?」

「ハイ」


 助手席で、満腹になってにこにこしてる蒼。鰻を食べたのは…目的があるからだ。



「あっ!そうだ!!…パーティー潜入の日でしょ!今日だったよね、もう何年前だったっけ…」

「そ、そうですね」

「あ、と言う事は?」

「ハイ」

 

「だからうなぎ食べたの?そう言えば最近そんな話してたような…。千尋の当番の時が一番寸止め率高いもんね……」

「ハイ」


 


 若干の気まずさを抱えつつ、俺はパーティー潜入時…当時の夜に入ったファッションホテルへと舵を切る。

 ほのぼのファミリー回で大変申し訳ない落差だけど……俺は我慢の限界を超えている。葵が小さいから必ず夜泣きしてしまうんだ。

 いや、いいんだ。子供はそうなのが当たり前だし、蒼が葵を抱っこしてるのは幸せそのものを見てるようで俺も幸せだけど。



 毎回途中までして、いざって時に…本当にタイミングがわかっているかのように宗介からヘルプコールが来る。わざとか?とも思ったけど、そうじゃなかった。致し方ない。これは、必要悪なんだ…俺は今日自分の欲望のためだけにデートしている。ごめん……。



 

「私も千尋の千尋に最近会えてないから嬉しいの。そんな顔しないで?」

「ん゙っ…ん…そう?」

「うん。でも、千尋が昼間から行こうとするなんて、相当モヤモヤしてたんだね…期待しちゃおうかなぁ…」



 運転中なのに…心臓がうるさい。若返った蒼に引っ張られて俺も若返ってしまった気がしている。



「ごめん、あんまりこう言うところに連れて来たくはなかったんだけど、正直限界なんだ」

「まぁ…」


 車を駐車場に止めて、蒼の頬にそっと触れる。

なるべく優しくキスしたつもりだけど、上手くできているか自信はない。


「いい?」

「うん…。あの日みたいに、抱っこして連れてって」

「わかった」


 


 助手席に乗った蒼を抱えて、早足でホテルの中に進んでいく。……同じ部屋、空いてるし。蒼は迷わずそこをポチッと押して、エレベーターに乗り込む。

覚えてたのか……。



「千尋…」

「ん…」


 エレベーターのわずかな時間が待ちきれず、蒼がキスを強請ってくる。

唇を啄むと、蒼が首に手を回して来た。

深く重なって、知らないうちに蒼を貪っていた。


「千尋…ちひろ…」

「…っ。エレベーター、着くから…」

「早く連れてって…」




 蒼が煽りに煽ってくる。部屋は廊下の一番奥だ。廊下を進む間にも首やら顎やらにキスされて、余裕のなくなった俺は乱暴にドアを開けた。


「ちひ……んっ」



 ドアを閉めて、鍵を閉めながら蒼を立たせる。唇を深く重ねて、息継ぎをさせずにキスを続けていたら、蒼の腰が抜けてしまった…俺、冷静で優しくなんか…ないな。野獣になったような気分だ。



「…はぁ…千尋、お布団…いこ」

「ん……」



 もう一度最愛の奥様を抱き上げ、靴を脱ぎ捨てて…俺たちはベッドに向かった。

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