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神の手


昴side


「クソッ…後少しなのに!」

「頭部縫合を終えたら手術台をひっくり返してくれ。脊髄の血管を部分移植しよう」

「脊髄はマズイな…」


「なぜ、マズイんです?」

「なぜって…脊髄の血管は治せないだろ」

「なぜ、そう思うんですか?脳移植を完遂し、臓器のほとんどを移植し…未だ世間では叶っていない、再生医療の先端を駆け抜けた《大林 希々》ともあろう人が」

「…………」

「蒼は、天国への階段を登っていました。それを引き摺り下ろし、羽をもいで地上に戻した。それをしたのはあなたが作り出した、このあり得なかった現在(いま)です。」


 

 

 手術室のランプがついてから1日半経った。中に残っているファクトリーの研究者たちは複数人が壁や床に突っ伏して、ほとんどがダウンしている。手術を見守っている人の中で最終的に残った俺達夫三人で、蒼のご両親とキキの会話を聞いている。


 手術室内に積まれた血まみれの手袋が、汗でびっしょりになった手術着が山と重なりキキの成した手術の壮絶さを物語っていた。



 


「そうですね、脊髄の血管が一つ二つダメになったところで手足が動かなくなるくらいで、脳につながっている血管は問題ないでしょう。あなたがそう対策されたんですから」

「…………」

 

「蒼はレーサーです。私は、研究ができなくなったら死ぬと思います。

 蒼も同じで…常に命懸けで走るレーサー達には、手足を失うことこそが致命傷だと聞きました。きっと、生き残ったとしても死ぬ事と同じような感情を抱く。

 子供を抱き上げ、夫たちを抱きしめられなくとも、自らの足でアクセルが踏めずとも彼女は生きるだろう。

……だが、あなたが目指すゴールはそこか?」


 静かに響く、お義父さんの低い声。彼は蒼の背中へとチューブを差し込んでいく。他にも複数穴を開け、器具を差し込んだ。……内視鏡手術か…。



  

「脊髄内部は体の動きを左右する大切な神経も絡んでくる…血管を移植するったって、他の部位とは難易度がダンチだ。」

「内視鏡に切り替えます。……キキさんは…子宮を残していた」

 

「……」

「他にも、生きるに必須ではない臓器を完璧に残した。何故ですか」



 キキが震える手を押さえ、目を瞑って深呼吸を始める。

カメラがついたワイヤーが血管を通り、脊髄の中に到達した。なんて狭い視野なんだ…。モニターに映ったそれは、素人目には何が何だか分からないものだった。

 

 だが、キキはそれを見て…『うん』と頷く。


  


「アタシは、希望の希をもってる。二つもだよ。だから、蒼が…本来なら悲しい思いをする筈のなかった人生を取り戻してやりたい。生きる希望の中にも必ずあった死への恐怖を、苦しみを一欠片も残したくない。

 子宮を残したのは、アタシの婿さんを産んでもらうためだ!!」

「「……ぷっ…」」




 大声で叫んだキキは、高い椅子に座って蒼の体内に通したワイヤーの先を握る。内視鏡手術の主導権は、キキに渡されたようだった。

 何だか、妙な雰囲気だ。穏やかで、緩やかで…それでいてピリピリとした緊張感がある。


 


「蒼〜ごめんなー。体は縫い目だらけで、ほとんどオリジンの臓器が残んなくてさぁ。ま、でも蒼の組織から作ったから勘弁してよね。髪の毛もちゃんと剃らずに開頭できたし、蒼の美貌はそのままだぞ〜」


「蒼の細胞が複製を許したのはこれが初めてでしたね。キキさんはどうやって説得したんですか?」

「そういえばそうだ…我々が蒼を連れ出してから、蒼のDNAを複製しようとして失敗したらしいですよ」


「んー、アタシは蒼に何も話してないよ。だって成功してからサプライズするつもりだったし。

 アタシはただ『蒼の子供がもう一人いればいいなー、アタシは結婚したいんだけどさー、成茜は昴に似てるから嫌なんだよなー』って話しかけながら細胞増殖してた」

「……酷くないか」


 突然降って湧いた不名誉な話題に思わず呟いてしまう。千尋も慧も吹き出しそうだ。全く…。



 

「だってあんたヤンデレじゃん?アタシは適度に距離を置ける大人の男がいいの」

「かなり年下になるが…」

「昴、作るとしてだよ?多分宗介の子になるから、多分好みから外れるんじゃない?宗介ロリコンでしょ」

「……逆ということもあり得るぞ、慧。俺の娘は激しく年上好きだ」


「「あぁ…そういえば」」


「葵は銀にメロメロだもんね?銀はまだ小さい子だからって言ってるけどさ、あっちもメロメロでしょ。蒼が言ってたよなー『銀は家族になる』ってさ。

 アタシも家族にしてくれよなー、蒼。おかーさんも欲しいんだー」

 

「蒼の親として、祖父としては複雑ですね…」

「夫婦の形なんて様々でしょう?私達も始まったばかりだもの」



「あ、そういやそうか。アンタたちやっとくっついたんだもんね?熟年離婚ならぬ熟年結婚…いや、結婚はしてたか。

 お互い初恋だったんだろ?おめっとさん」

「キ、キキさん!!」

「……ありがとう、ございます」



「えっ、知らなかったんですけど」

「俺もだ」

「……お、おめでとうございます?」


 ……知らなかった、そんなことになっていたとは。お二人が仲良しなのは俺たちにとっても嬉しいことだし、あとでお祝いしたいな。蒼が戻ってきたら、相談しよう。

 宗介は今モニターの前で成茜を膝に乗せて座っているだろうが…どんな顔をしているんだろう。見れないのが残念だ。 



「蒼の周りは変な奴らばっかだな?蒼のハレムに加えるのは宗介だけにしときなよ?後々めんどくさいからね。昴のヤンデレは酷くなるだろうし、慧のSMプレイは激しくなるだろうし、千尋はそのうちマジもんの砂糖を吐き始めるんじゃないか?あ、ハチミツかな」

「あっはっは!ハチミツ!!」

「SM…ヤンデレ…ふふっ」

 

「「「………………」」」

 

  

 血まみれの三人が笑い声をあげ、俺たちは沈黙するしかない。


 

 


「ん…大腿骨方面が破損していますね。やはりこうなりましたか」

「よし、太いやつを頑丈にしてやろう。蒼はかなり足使うもんなぁ」

「なるほど、では頑丈に完璧に繋ぎましょう」

「おうともよ!」



 三人の額に玉の汗が浮かぶ。俺はそれをせっせと拭い、蒼の体に繋がれていく血管たちを眺めた。……拡大鏡がなければ、何をしているのか全く見えない。

 

 糸のような細い血管を、談笑しながら髪の毛よりも細い糸で一つ一つ繋ぎ合わせていく。

 澱みない動きは1日半徹夜している人とは思えない。人間の限界を超えた、神による手捌きとしか思えなかった。



 やがて沈黙が舞い降り、黙々と作業する中にユーロビートだけが響いていた。



 ━━━━━━


 蒼side


「あれ…?ここ、どこ?」



 目が覚めて、体が勝手にふわふわと動く。あたり一面が真っ白で、何にもない。

 地面があるのか、地に足はついているけど感覚が伝わってこない。長く続いた体の痛みと、だるさと、底なしに力を奪われていくような感覚も途絶えていた。



 茜もきっと、こうだったんだろう。

 そう……私は死んでしまったんだ。


 最期の時、私は精一杯の力を振り絞って言葉を紡いだ。愛する人たちが傷を負っても生きていってほしかったから。

 死ぬほどの致命傷を与えておきながら何てわがままで残酷なんだろうと思ったけれど、もうそれしか出来なかった。




「昴は大丈夫だと思うけど、慧は危ないな…千尋も…心配だな…」


 私にできることなんて、もうないのに。私の心は旦那様達の元に置いてきてしまった。これからきっと地獄に行くのだろう、そこで長く苦しみながら彼らのことを思い続けたい。それが、私にできることだから。


 



『宗介は?』

「…………」


 私の、声が問いかけてくる。なぜ今更、宗介の事…言うの?



『あんなに好きだったのに。生きているうちに幸せにしてあげなかったのは、どうかと思うな』

「……それは、そう。キスして、愛してるって言いたかった…」

『どうしてしなかったの?』



 どうして……どうして。宗介を死なせたくなかった。強い人であってほしかった。彼がいれば、旦那様達も子供達も生きていけるから。私の、先生でいて欲しかったから。


『傲慢だわ。人の生き死にをどうにかできると思ってる。自分の生死さえ自由に出来なかったのに』




 本当だね…最低だと思う。

 誰が一番好きなんて考えたこともないし、種類が違うから順番なんてつけられない。なのに、私は宗介だけを仲間外れにした。私のエゴで、わがままで、私自身が壊れたくないから。

 

 私には、人を好きに思う資格なんてきっとない。


 それでも、昴が好き。慧が好き。千尋が好き。彼らはみんな我慢強い。

自分が私の一番好きな人になりたいと思いながらも、私のわがままを受け入れた。ヤキモチが快感だなんて、そんな筈ないよ。


 私が逆の立場なら、一人で眠る夜を越えられるかすらわからない。

 

 昴の手が他の誰かに触れたら、きっと胸が痛むだろう。

 慧のくれた首輪が、他の誰かのものになってしまったら、きっと我慢できないだろう。

 千尋がくれる甘い言葉が、他の人に囁かれたら、きっと泣いてしまうだろう。




 宗介の、あの右手が…他の誰かを守って無くなったものなら…憎しみを抱いただろう。



 

 今になってたくさんの後悔が浮かんでくる。レースなんてしなきゃ良かった。離れ離れの間にきっと寂しい思いをさせていた筈なのに。

 私が楽しんでいる姿を見て、子供達はどう思っていたんだろう。自分勝手に飛び回って大して触れてこない私を。



 全部、寿命が短いからこそ許されていたことだ。私は、本心では早く死ねてホッとしているのかもしれない。



『ほんとにサイテー』

「私も、そう思う」



 あてどなく白い空間を漂う。踏み出しても進んでいるのか、わからない。前がどっちなのか、後ろがどっちなのかもわからない。まさか、これが地獄なの?

 ずっとこのまま彷徨い続けるのが私の罰なの?



 

「…昴の、おかゆと鬼おろしが食べたい。慧の、おうどんが食べたい。千尋の卵焼きが食べたい」


 何もかもが夢のようだった。愛した分以上に愛されて、幸せでしかなかった。

与えられるものが何もないのに、無尽蔵にただただ与えられて甘やかされた。


 本当に、何もかも幸せだったの。




『戻りたいの?』

「もう、戻れないよ」

『事情を聞いてるんじゃないわ。あなたの意思を聞いているの。これ以上失望させないで。

 あなたは、そんな人じゃない』

 

「え――??」



 ふと、違和感が頭を擡げる。

 喋り方…声の質…。これ、私の声じゃない。


 


『やっと気づいたの?私との約束を忘れてたんでしょう』

「……あっ、ま、まさか…茜?」

『そうに決まってるわ。お迎えに行ったのに、いなくなっちゃって…探したのよ!』



 ふわり、と目の前の白が僅かに揺れて…ずっとずっと心の中にいた茜が姿を現す。

 亡くなった時のままの、可愛い真っ白ワンピース姿で、ふわふわの羽毛がついたボレロを纏っている。

肩をさらり、と撫でる白髪。キラキラ光る紅瞳。


「茜!」

「蒼!」



 正反対の色の名前を呼び合い、抱きしめ合う。目一杯力を込めているのに、感触がないの。でも……茜の匂いがする。

 嗅ぎ慣れた消毒液と、延命薬の匂いだ。




「茜…お迎えに来てくれて嬉しいけど、いじわるじゃない?」

「だって、蒼が嘘ついたんだもの」

「……嘘?」



 茜はこくり、と頷く。二人とも立ち上がっているのは初めての事だ。茜…私よりちょっと背が高いの、知らなかった。



「蒼は排泄を自分でしてたし、体を動かしてた。それを全部諦めたらもう少し時間が稼げたはずよ。

 這いつくばったって1分でも1秒でも長生きするって言ってたわよね。わたしのお葬式の後に。」

「……うん…」


「昴や慧、千尋はちゃんとそれに備えていたし、勉強してた。介護は完璧だったはず。あなたも知らなかったわけがない」

「はい…」



 茜がため息をつき、私の頬を挟む。ムニムニとつまんで伸ばし、ほおがジンジンする。

 ……え?ジンジンする?




「キキが、私の残した内臓を使ってあなたを再生している。使えなくなった脳を移植して、今脊髄の血管を再生中ね」

「え…?脊髄の血管は触れないでしょう?ヘルニアの治療とか、動脈瘤の解消しか……」

「ちゃんと調べてたんじゃないの。生き残る術がないか、って」

「…………」



 色々、考えてはいた。調べてもいた。でも…それをお願いする資格がないと思っていた。

 内蔵のドナーだって見つかるわけがないし、血液だって大量に必要になるし、キキは何日手術すればいいの?細くなった私の血管を、もしかしたら身体中全部変えなければならないのに。



「1日で終わらせる必要なんかないわよ。手術は日を分けてする事だってある。あなたが望めば旦那様達や相良さん、組織のみんなは血眼で内臓を探したでしょう。そもそも、キキは内蔵の生成に成功していたわ。……あなたの一言を待っていたの」

「私の?」



 茜の紅い瞳が揺らぎ、涙が一粒こぼれ落ちる。



「あなたが()()()()って言うのを待ってたのよ。大手術になるもの、あなたの生きる意思は必要不可欠なの。キキはお医者さんとしてあなたの言葉をずっと待っていた。

 歩けなくても、手が動かなくても、排泄さえできなくなっても…生きたいっていうのを」


「…………」




 打ちのめされた気分になって、顔を伏せる。三十歳を超えて私は満足してしまっていた。子供も産めたし、やりたいことは全部やって結果を出した。

 自分のやりたいことの中に、自分の大切な人のために生きるという物があったのにそれを無視した。

 ……辛かったから。動けなくなることなんて覚悟できなかった。死ぬ事よりもそれが辛かった。



 アクセルを踏んで、思うがままに動く車に乗るのが楽しかった。

 

 昴が差し伸べた手を握れるのが嬉しかった。


 慧が、千尋が求めるものを与えられるのが幸せだった。



 宗介の、義腕を撫でられるのが…悲しくて、切なくて…私のために失われたのに「儲けたな」って言う宗介の笑顔が好きだった。




「蒼は連れて行かないよ。手術は大成功。脳は七割貴方のオリジンが残っている」

「……キキがやったの…?」

「他に誰がいるって言うの?でも、三割は私の脳よ。記憶も共有されるし、乗っ取ろうと思えば私はそうできる」

 

「…………」

「そうよ。その目よ」



 


 茜は目を細め、私を真剣な表情で見つめた。


「強欲で、頑固で、いじっぱりで。欲張りで、旦那様達を渡さないって言う女の矜持がある。……蒼はお綺麗だと思われがちだし、実際そう言う面もあるわ。でも、その目。貴方が旦那様達を独占する時の強い目が私は好きなの。

 誰にも渡さない、好きな人やものを手放さないって言う色よ。私には持ち得ることはなかったけど」


「……綺麗な私じゃなきゃ、愛してもらえたかわからないでしょう」

 

「バカね……蒼って本当にお馬鹿さん。十年以上朝から晩まで一緒に過ごして、欲望のままに体を繋げた人たちがそれを知らないわけないじゃないの。

 あなたの全部が好きなの。全部が愛おしいの。そうでなければ排泄まで面倒見たいなんて思うわけないじゃないの」




 茜は悪い顔をしている。私がベッドの上で茜にお説教をしていたときは、きっとこんな顔をしていただろう。


「生きたかった」

「ん……」

「何もかも失ったってよかったのに、私が生きるだけでいいってずっと言ってくれていたのに、私はまた間違えたの。

 戻りたい…みんなに会いたい。謝りたい…やり直したい。

 宗介に、好きだって言いたい……」



「そうね、そうするなら私は貴方を乗っ取らないわ」

「え?」

「それから、体の自由がある限り貴方が残したものを全部ちゃんと維持して。レースを辞めちゃダメだし、宗介と結ばれて宗介の赤ちゃんを産むの。そして、その子は…キキのお婿さんかな?

 結婚式もちゃんと見てあげるのよ」

「こ、子供って…キキが…えっ?」



 茜に抱きしめられて、耳元に唇が触れる。小さな囁きで、告げられた。



 

「今度はちゃんと迎えにいくわ。何十年先でも、必ず私が迎えにいく。…そのときは優しくしてあげるから」

「茜…?」



 体が離れて、茜が微笑む。

 一歩、二歩と歩き、腰に手を置いてふんっ、と息を吐いた。

 背後にたくさんの人たちが現れる。


 ……私が撃ち殺したSATの人達、元総監の田宮さん、東条、ダスクの時からよくしてくれたおじいちゃん、おばあちゃん達。あぁ…私と同じ幼少期を過ごしたファクトリー生まれの子もいる。

 あっ!?あのツインテール…あれ、慧のトラウマの子じゃ??



「ダメよ、蒼。私が一発入れた後だから」

「なっ、何…あなたね!」

「……あの子の、生まれ変わりである翠ちゃんをよろしくお願いします」

「はぁ!?何言ってるの!貴方がそんなこと言わなくなって、私が…」



 茜がツインテールの女の子の脇腹をつねる。涙目になったその子は震えながらその痛みを甘んじて受けていた。

……わぁ、痛そう。


 


「貴方が言わなくても慧も蒼も、旦那様達も心から愛してるわよ。干渉しないで。貴方にはその資格がないの。もう一度体に教えてあげるわ。」

「ハイ」



 ふわふわ笑いながら茜が怖い雰囲気を醸し出す。……なるほど、お仕置き済みなのね。



「もういきなさい。私がずっと監視してることを忘れないで。たまの休暇は許しても、体を酷使して使い続けて、精一杯一生懸命生きるのよ。

 自分に負けるなんて許さないわ。二度と、そんなふうに自分を蔑ろにしないでね」


「茜…」


「……蒼が好き。精一杯生きて、何もかもを諦めない貴方が好きなの。優しい貴方も好きだけど、そうじゃない貴方の方が人間らしいわ。

 いい?遠慮して宗介を諦めたらすぐ乗っ取ってやるから」

 

「茜…あかね!」


 茜が手を掲げ、私の背後を指差す。

 導かれるようにその指が指し示す先へ振り返り、私は真っ白な光に包まれた。



「蒼…生きて。私たちの分を、全部背負って生きて。絶対諦めないで……貴方なら、できるわ」




 真っ白な光に包まれた直後に暗転し、真っ暗な海に沈み込む。思わず目を瞑り、苦しくなって息を吐く。

 水の中…?苦しい…ひたすらもがくと、私の周りが赤く染まる。

 

 茜の目の色みたいな、鮮血のような紅が包み込んでくる。




 身体中が痛い。頭も、体も、足の先も手の先も切り刻まれて、私がバラバラになる……。

 

 体を丸めて、必死に痛みに耐える。

 痛い…痛い。小さな頃に経験した、人体実験の時よりもずっと痛い。……助けて…。


 


「……!!!」

「……誰?」


 叫び声が聞こえる。私を呼んでいる声が複数耳の中に響き、瞑った目の中にぼんやりと映像が浮かんでくる。


 真っ白なお部屋の中、私が横たわっている。いろんな管が体から生えて…手術してるの…?


 キキがワイヤーを握り、土気色の顔で必死に私の中を探っている。

次々に注がれる血液が、熱い…これは、クローンである子達の血だ。



 


「……俺が鍼を打つ!」

「そ、宗介?お前鍼なんか打てるのか!?」

「死に行く仲間に痛みを与えないための処置はよく知ってるしやった」

 

「蒼は死なないぞ」

「例えでしょ、千尋も落ち着いて。」


「早くして!宗介!もうこれ以上麻酔は打てないんだ!激痛で蒼の血圧が下がりきっちまう!!」

 

「キキまで騒ぐなよ……こういうのは集中が必要なんだよ。打ち間違えりゃ一環の終わりだ。」



 昴、千尋、慧が黙り込み、私の両親が私のそばに座った宗介に鍼を手渡す。


 


 あぁ、そうだ。聞いた事がある。鍼灸の技術で麻酔と同じ効果を出して、実際に手術を成功させた事例があったって。

宗介はそれを、戦場で斃れて死を迎えるだけの仲間に施してあげてたって。



 

「神様…何の神様でもいい、誰でもいい、頼む。俺の何を代わりにやってもいい。……蒼を返してくれ。」


 ――宗介…。


「蒼はな、俺の全部なんだ。旦那たちもそうだ。蒼に『生きろ』と言われたって……そんな事無理だよ。

 蒼のいない世界なんて滅びちまえばいいとさえ思う。俺は、なんも要らねえ。なんでも差し出す。だから…………」



 宗介の手元が震えて、鍼を刺すのに狙いが定まらない。……じっとそれを見つめて、私は涙をこぼすしかなかった。

 

 

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