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大手術


昴side


「バイタル回復、アミオダロン入れました!」

「心電図モニターに全部繋いで!血圧は?」

「若干危ういですね…麻酔が使えるかどうか…」

「その時は鍼を使う。血圧を確保したら麻酔だ。人工肺の用意はしたし…あと、あとは…」



 キキとご両親二人が蒼に様々な器具をつけながら、話している。アミオダロン…致死性不整脈に使う薬だ。致死性不整脈とは心室細動…つまり心停止の原因とされるもの。

 取り付けられた心電図は、蒼の弱々しい心臓の動きを伝えてくる。

……蒼は、蒼はまだ生きている。



 

「後は培養した臓器をいかにして素早く運ぶかだな。脳の移植中に起こる内臓の壊死がどの程度かわからない」

「宗介、アンタ研究棟へ向かう時に付き添って道案内できる?内臓を運ぶのに迷ったら終わりだから」



 呆然とした俺達三人と、宗介は口がなかなか開かない。とんでもないスピードで救急車を走らせる土間さんは冷や汗を流してるし、カーブのたびにタイヤがものすごい音を立てている。

 ……救急車って、ドリフトできるんだな。そして振動が殆どないのが恐ろしい。土間さんの本気を初めて見た気がする。



「おい、アンタ達いい加減しっかりしてくれよ。さっきも言ったがアタシは蒼を死なせない。そのために準備して来たんだ。今まで、ずっとだぞ」

 

「……あ…蒼を助けられるのか?」

「そうだよ!これから蒼の使えなくなった脳みそを部分移植する。それから、移植の間に起こるだろう内臓の壊死は全部代わりの臓器に変える。臓器移植しまくるんだよ!」



「ぞ、臓器移植?だって、ドナーは」

「アタシはIPS細胞による臓器生成に成功してんだ。脳だけは出来なかったけど、打開策はある。

 蒼がされた人体実験、茜の延命研究、全ての結果がやっと出たんだよ」

 

「臓器…生成?」


「まだ世間には公表してない。そうなるとクローン達が格好の餌食になるし、今後公表なんかできないだろな。

 闇医者になった気分だ」

「脳移植…臓器移植って、蒼は体力がもうほとんどないのに手術なんかできるの?」


「好都合だね。抗体が弱ってんだから拒絶反応も起きにくい。

 慧、アタシが待てって言ったの、蒼に伝えてないだろ。そうじゃなきゃこんなポックリ逝こうとなんかしない」

 

「……ごめん、言えなかったんだ…」

「間に合ったから良かったけどさ。気持ちはわかるけど、アタシを信じてくれよ……」

「ごめん」



 

 キキの怒った顔を見て、慧が俯き、眉を下げる。そんなやり取りがあったなんて初めて知った。

 いや、キキがこんな用意をしていたなんて微塵も知らなかった。俺は、俺たちはいつの間にか蒼を諦めていたのか。

 愕然として、頭を殴られたような衝撃を感じる。

 

  

 だが、そのショックでぼんやりとしていた頭がようやく動き始めた。IPS細胞による人間の再生医療は、確かに研究されていた。そうだ…ノーベル賞を、IPS細胞自体を作った人が取っていたじゃないか。

 キキが嫌だと言っていたノーベル賞を受け取ったのは…ファクトリーで膨大な資金を使っていたのは…蒼の臓器を作って、最期の瞬間にずっと備えてくれていたんだ。

 

 それから、茜の…茜の遺した物がある。


 


「昴、覚えてるだろ。…茜は、もう一つ遺書を遺した。『自分の体で使える物を残せ』と」

「……あぁ」

 

「茜の劣勢遺伝子による病気は全て取り除いた。ここにいる蒼の両親が成し遂げたんだ。

 これから全人未到の大手術をして、機能しなくなったブツを入れ替えて、蒼を必ず取り戻す。……協力してくれるだろ?」



 足元から、手の爪先から、熱が湧き出でる。それが体をめぐり、キキの肩を勝手に掴む。

 蒼の両親がわずかに微笑みを浮かべた。ずっと、お会いしてなかったが研究所に詰めてくれていたのか?

キキだってそうだ、病院を経営しながらずっと、ずっと何年も研究してくれていた。蒼を生かすために。蒼が必ず生き残ると信じて。

 ──抑えきれない衝動が勝手に目から涙を溢れさせた。


「茜の脳を移植するんだな。そして、その間失われるかもしれない内蔵達を、作り上げた臓器で再生し続けて、そして…そして……」




 大きな急ブレーキの音。

 救急車のハッチが開き、ファクトリーにいた子達がストレッチャーを持ってくる。



「そうだ!蒼を生き返すんだ!!!」



 キキが叫び、蒼に繋がった線たちを全部引き抜いた。俺は蒼を抱えてストレッチャーに載せる。

 土間さんが俺の肩を叩き、みんなが走ってファクトリーに駆け込んだ。



「行くぞ。」

「あぁ」 

「うん」


「……サイコーだな、うちは。すぐに通じる。ホントに、最高だよ」



 四人で頷き、走りだす。心臓がはち切れそうなほどの痛みを訴えても、もう俺たちには何も届かなかった。



 ━━━━━━



『……次は肺だ。de0069の肺組織を持って来て』

『はい』


 手術室のモニター前、大勢の研究者達と組織の皆で様子を見守っている。


 宗介と、千尋が走って臓器を保管している場所へ向かっていった。



 手術が始まってから、もう……24時間が過ぎた。キキと蒼のご両親が執刀し、蒼の脳移植や臓器移植が同時に行われていく。


 際限なく流れる血を輸血し続けているが、これの源はファクトリーのクローンの子達が交代で引き受けてくれている。蒼の血液型はO型だが、俺たちはみんな血液型が違うし…クローンの子達以外の血はあまり入れたくないとキキが言っていた。


 

 臓器移植は、拒絶反応が起こる事がある。外部から取り入れた臓器をウイルスと見做してしまう事があるから。血液もその危険があるらしい。血縁からの輸血が最優先になるし、組織内ではO型の血液型は雪乃だけだ。

 

 ただし、IPS細胞で作られた内臓は拒絶反応が起きにくいはず。

受精卵から作られるES細胞による再生医療と違い、IPS細胞は本人の皮膚組織などから作られる。蒼自身の細胞から作られた内蔵達は、拒絶反応もなく本来あるべき姿として収まり続けた。


 はっ、何かの臓器が出てきたぞ…写真を撮らねばならん。



 

「昴パパ…ママの内臓をいちいち写真に撮るのやめてよ。何かしてないと不安なのはわかるけどさぁ。千尋パパもさっき写真撮ってたなぁ…」

 

「生で見るのが初めてなんだ。仕方ないだろ」 

「ボクはパパのヤンデレが怖いよ。臓器まで愛してるの?」

 

「そうだ。俺は蒼の何もかもを愛してる。目にできるかわからなかったし、こんな機会は二度とないと思いたい」


「……それは本当に、そうだね。何かあったら起こして?ボク、眠たい」

「あぁ。翠や葵と寝てくればいいだろ?ベッドの方が休まるぞ」

「ううん。…ここから離れたくない。ママのそばにいたいんだ」

 

 成茜は毛布にくるまって目を瞑る。翠、葵はファクトリー内の部屋で眠っている。ママのそばに居たい、か……。

成茜を抱きしめると、顔を擦り寄せてくる。瞼が触れた部分からわずかに水分が沁みてくる。

 

 徹夜でここに張り付いている大人達は身動きができない。キキはもうずっと食事もトイレも行かずに手術を続けているし、手術を受けている蒼がいつ急変するか…わからない。


 蒼が、助かるかもしれないと思うと今更だが居ても立っても居られない。




「昴!倉庫から高カロリーの栄養ドリンクを持って来てくれ!キキがぶっ倒れちまう!」

「わかった!」


 蒼の臓器を抱え、千尋と宗介が走って行く。それとは反対方向へ向けて俺は走りだした。


「ねーえ、案内してあげるね」

「ふふ、こっちの方が近道なの!」

「あぁ…君達か、頼むよ」




 ダスク壊滅時、戦争の前に射撃訓練で一緒にいたチルドレンたち。大きくなった二人が迷路のようなファクトリーを案内してくれる。

 知っているはずの道なのに、こんなに抜け道があったとは知らなかった。




 最短経路で倉庫にたどり着き、戦闘食糧(レーション)の奥にある栄養ドリンクを取り出す。いや、この辺り丸ごと…レーションも持って行くか。徹夜の人たちに配ろう。

 

 段ボールを抱えようとして、震えた手がそれを取り落とした。……やってしまった。

 落としたものを一緒に拾い上げながら、子供たちは俺の目をじっと見てくる。




「ねーえ?蒼は、大丈夫だよ」

「うん、大丈夫。移植するのは茜の脳みそだから」

「茜ちゃんの記憶や人格が、少し入るかもだけど…茜ちゃんはきっと体を乗っ取ったりしないよ」



「……そう、だろうか」




 そう、脳移植と聞いて俺が唯一心配していることは人格の複合性が起こる事だ。脳に人の全てがあると結論を出したファクトリーの研究員が言う通り、保存されていた茜の脳には茜の記憶や人格があるだろう。

 ダスクの悲願だった、茜の復活がなされてしまうのではないか――。


 その危惧は、茜が内臓を残してくれた尊い意志、必死で研究していたキキに対しては不快なものだと思う。だから、口に出せなかった。

 でも、怖いんだ。蒼が死を免れたとして、もし……茜になってしまっていたら。そう思うと手が震えて止まらなくなる。



 

「茜ちゃんはねぇ、意識して蒼ちゃんの真似をしてたんだよ。蒼ちゃんに脳を残すのに、少しでも違和感がなくなるならって自分の気持ちを抑えてた」

「そうそう。自我を消す、って言うのはここの出身者ならみんなできるよ。……蒼ちゃん以外はね」



「…たしかに、そう…だな」


「それにねぇ?蒼ちゃんが言ってたでしょ?脳が指令を出すけど、目に見えない大切なものが……ここにあるって」



 真っ白な手のひらが、俺の胸に触れる。心臓の、上に。


 


「昴はその時いなかったよ」

「あ、そうだった。千尋なら知ってるね」

「千尋が……?あっ!君達の説得をしに来た時のことか!!」


 笑顔で頷く二人。……俺は、それを知らなかった。千尋が頑なに言わなかったからで、蒼が恥ずかしがっていたからだ。喧嘩をしていた子を止めたと言うことだけは聞いていたが。


 


「蒼がね、喧嘩していた二人に…ここには心があるって、言ったの。ここで生まれた感情が、脳を支配してるって」

「脳を支配してるって事は、脳だけじゃ人格としては成されないんじゃないのかな?心がなければその人じゃないんだよ。それは臓器じゃなくて形のない物だから、永遠になくならないと思うの」


「あ……あぁ…そうか……そう、か…」



 小さな手のひらが伝える温かい体温が、俺の手の震えを止めてくれる。

……千尋のやつ。そんないい話をなぜ秘密にしたんだ。宗介も聞いてたんだよな。あの二人には後で説教しなきゃならん。



「元気になった?」

「顔色悪かったもんねぇ」

「……すまない。大丈夫だ。君達と、蒼のおかげだな」



 うん!と頷いた二人の頭を撫でて、ダンボールをもう一度持ち上げる。

俺たちは笑顔でファクトリーを駆け抜けた。



 ━━━━━━



『すまんけど音楽変えてくれるー?眠気やばくてさー』

『何にしますか?』

『アレ、あの…ほら。蒼が良く車で聞いてたやつ。』

『あぁ…ユーロビートですね』



 

 キキがエナジードリンクを勢いよく煽り、マスクを変えて付け直す。

手術室の中で蒼が好んでいた曲が流れ出した。

 

 アップテンポの賑やかな曲だ。



  

「俺ぁ、こう言う趣味が一緒なんだよな…」

「土間さんも好きなんですか?」

 

「ああ、繰り返しの音が多いだろ?なんつうか…集中したい時にうってつけなんだよ。

 脳が麻痺して……ゾーンに入ると言うか、学術的には『フロー状態』って言うんだとさ。過集中の状態だ。時間の感覚、自我を失うくらい目の前のことに没頭するってなもんだ」

 

「過集中か、蒼もしょっちゅうしていました。音楽でも体験できるのか…」


「ユーロビートの場合は興奮作用もある。アップテンポで脳みそが走り出すとか言ってたな、アイツは。

 ノる、ってのと同じじゃねーのか?

車で聞くのは危ないと思うぜ、慣れてないとスピードが出過ぎる。銀は一回捕まりかけた」

 

「気をつけます。……回復したら、どうせ聞くでしょうから」


 苦笑いが返ってきた。…土間さんが先なのか、蒼が先なのかわからないが…癖のあるリズムが好きなのは共通のようだ。


 


「あ、レーション持ってきたのか…」

「腹が減ったなら齧っておけ」

「…そう言えばお腹すいた…」


 慧、千尋がやって来て、俺の目の前に置いたダンボールからレーションを取り出して齧り付く。……腹が減ったと自覚できたなら、落ち着いたか。

 

 慧を挟んで千尋、反対側に俺が座って全員で何とも言えない気分になる。

ついさっきまで、蒼との別れに全神経を注いでいたから現実感がなかった。

 

 これは、正しく蒼を救うためにキキがやってくれている手術だ。いい加減現実をきちんと受け止めないとな。


 

 手術が終わり次第相楽と相談して、この後のことを決めないとならない。キキの身も危険だ。世間の再生医療はまだ、臓器の完全生成は叶っていない。

 

 臓器保管室をパッと見ただけでも、ほとんどの臓器が大量に作られていた。それら全ては完全に稼働していて……あの時茜が言った『私の体で使えるものは、蒼のために残して欲しいの』と言う言葉は、現状とんでもない事態を引き起こしている。 


 

  

「千尋は後で説教だぞ。蒼が言った、俺達がとてつもなく安心できる材料を黙ってただろ」

「……えっ??な、なんだ?心当たりがないんだが?」



 自分の手で千尋の胸を抑え、目を瞑る。蒼の言葉の紡ぎ方は俺の心が覚えている。……何があっても忘れやしない。

  

 そう、心こそが命なんだ。俺の命の中には蒼がいて…ずっと支えてくれている。間違いなくそう、思えた。


 

 

『「ここには、心臓があるでしょう?臓器の他にも、人間には大切なものがあるの。」』

「あっ……」

 

 千尋はようやく思い出したな。俺の手の甲に、千尋の涙がぽたり、と落ちる。……熱い。千尋の心が流した、命が流した涙が。



  

『「ここにはね、心があるの。体や脳とも繋がっている、目に見えない、形のないものがある。

 胸が痛い時は悲しい、怒ってる時は頭が熱い、嬉しい時は心臓がドキドキするの。

感情って言うんだよ。心の作用で胸だけじゃなくて、体全部がそう言う風になるの。

 人はみんな心がある。たくさんの感情がここに詰まってる。脳の指令で体は動くけど、全部がそれに支配されているわけじゃない。心で感じて生まれた感情が、逆に脳を支配するの」』




 すぐ傍で聞いていたみんなが沈黙して、俺は瞼を開けた。

 

 雪乃が顔を覆って大声で泣き出し、夫となった執事さんが背中をさすっている。

 スネークも、桃も、銀も、顔から大量に雫を落としている。

みんなが同じことを心配していたのだとわかる。蒼が失われるかと思って、気を張り詰めていたんだ。



 

  

「蒼が、蒼が言ったの?そうだよね?」

「そうだ。千尋と宗介とチルドレンたちは知っている。……慧も、千尋には説教が必要だと思うだろ?」



 乾いた笑いを漏らし、慧もうずくまってしまった。……俺は先に泣いてきたからな。目に滲んではいても泣き叫ばないぞ。


「たし、かに。説教だね。……蒼はきっと、いなくならない…」

「そうだな。茜はそうしないと子供達が言っていた。……茜が脳を残したのは蒼を乗っ取るためじゃないと」



 静かになった観衆の中、スネークがため息を落とす。



「私がこの歳でようやく得た物を、蒼は最初から知っていたんですね…」


 密かなつぶやきを背に、みんなが手を胸に当て、瞑目する。

願うことはただ一つ、蒼の生還だけだった。

 

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