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【閑話】フェロモンの香水3

第百三話 【閑話】 香水 3


━━━━━━


千尋side


「い、いかがでしょうか!!!」

 俺たち3人全員の前に小さな小瓶が置かれてる。蒼の席は離れてるから見えないけど、あっちも同じ感じかな。

 試香紙と言われるものに香水を含ませて揺らし、香りを嗅ぐ。


 うん、凄い…俺が伝えたイメージそのもの。

離れた場所にいる蒼に集合して匂いを確認する。

すごい。全く同じだ…!


「ちょ、ちょっと…みんなして嗅がないで…」

「確認しないとな?」

「うん、そうだよ。蒼の香りなんだから」

「凄いな…本当に同じ香りだ…」


「んもぉ…」



 

 匂いを嗅いで満足した俺たちが席に戻り、深く頷く。スーツを着て丸メガネをした男性がほっとした顔になった。

 なんとなく頼りない印象だったけど、ヒアリングは的確だし、試しで調合してくれた時の真剣な顔はカッコよかった。

 さすがプロだ…これはいい物を手に入れた。


「あの、これは定期的に購入可能ですか?」

「はっ!で、出来ます!レシピがありますので次回からは少しお安く出来ますよ」


「沢山買うこともできますか?」

「香水ですので、一度にたくさん買ってしまうと香りが変わってしまいます。

少量ずつ、定期的に購入されることをお勧めします」


「そうか、なるほど…では、年間契約をしたいのですが。十年くらいを目処に」

「えっ!?あっ!???ありがとうございます!!!???」

「しっ…蒼には秘密なので…お前達もお願いするだろ?」

「「する」」

 

「ひぇっ、はいっ!書類をお持ちしますね」



 

 こしょこしょ話してくれる店長さんに頷きを返す。

 昴に先に言われたな。俺も同じくらい契約しておこうかな。

この香りは大変重要だ。…蒼の香りは、忘れたくないから。


 店長が奥に書類をとりに行っている間にもう一度テスターを手に取る。

 うん…宗介が怒るのもわかる。これが変わってしまったなら、俺も怒るかもしれん。蒼は妊娠すると匂いが変わるが、これは通常時の香りなんだ。


 水のように透き通って透明で、ふわふわと柔らかい印象の甘さがある。しかし、甘すぎず、辛さはない。

 ノートがだんだん変わっていって、途中はするどい清涼感が加わる。ミントじゃなくて木のような、りんごのような香りに変わって、最後はフローラルな香りになり、切ないほどの涼やかさが加わってきて、ストンと消える。


 蒼が…消えてしまう。香水の瓶を握りしめて、衝動に耐える。

 全てを手に入れた俺は、この胸の痛みさえも愛おしい。蒼に関わるものは全てが愛おしく思える。

 香りも、景色も、住まいも、血を分けた子供も…。

 今はこの手の中にある。全てが。

 この香水が真価を発揮するのは、蒼を失ったあとだと思うとなかなかきついものがあるな。


 

 

「…わー!凄い!同じです!凄い!わーわー!」

「良かったああぁ…しつこくいつまでも残る感じがあるので、つける時は気をつけてくださいね」


 それ、俺の匂いじゃないのか?もしかして。しつこくていつまでも残るのか?

 蒼が微笑んで、チラッとこっちを見て目が合う。


「わかりました。本当に同じ香りがします…ふふふ」


 くっ、やはり俺か。しつこいのか俺の匂いは。



「はぁ…これは危険だな。ルームフレグランスにしようと思ったが眠れる気がしない」

「俺もだよ…一人で寝る時に使おうと思ったのに…」


 二人とも眉を顰めて椅子の背にぐったりしなだれかかってる。気持ちはものすごく、わかる。


「これの真価が発揮されるのは先の事だろ。…そう、思っていたいよ…」


 二人が目を合わせずに頷く。 


 ニコニコ微笑みながら店員さんと仲良く手を握っている蒼を複雑な気分で眺めた。


━━━━━━


 


「これが昴の香りだよ」

 蒼が香水瓶の蓋を一瞬開けて、手でパタパタ仰ぐ。


「はー、なるほどすごく複雑で重たいね」

「昴のイメージそのままだな」

「俺はこんな匂いなのか…いろんな香りがするな…確かに重い」


「これが慧」


「ん?柑橘系だな、消えた…」

「いや、また匂いがするぞ、どうなってんだ?」

「面白いねー。気配が消えるとニオイも消えるからかな。凄いね、こんな事表現できるんだね」

「なんか照れるね…」


 慧の気配消しの表現かな。隠密ばっかりしてたから気配操作が上手いんだ。読み取るのも隠すのも一流の慧の香りはちょっと面白い表現になったな。

 

「あ、千尋…窓開けて」

「え?なんでだ?」

 蒼が三つ目の香水瓶を取り出しながら苦笑いを浮かべる。


「次は千尋の匂いだから。嗅げばわかるよ…ふふふ」

「ぬぅ…」


 窓を開けると、蒼がパタパタ仰ぐ。

 なんだこれは…めちゃくちゃ甘い。途中で苦味のある香りが加わった後にまたいっそう甘くなる香り。


 


「しつこっ」

「甘い…胃もたれしそうだ」

「くふふ…そうでしょう?これでも控えめにしてもらったの」

「嘘だろ?俺こんな匂いなのか?」


 窓を開けてほんの少し嗅いだだけなのに…鼻の奥にこびりついてる。本当にしつこいな。



「名は体をなす、香りは人となりを表すって感じかなぁ?」

「うまいこと言ってるけど俺がしつこいって言ってるんだぞ。酷いよ」

 

「ふふ。別にいいでしょ。私はそれも好きなの。癖があるからいいんじゃないの。本当に素敵な香水。海外で寝る時に使おうかな。離れ離れの時間がまた多くなるし。でも寂しくなっちゃうかも…難しいねぇ」


「そうだな…」

「お互いの匂いなら会った時にくっつけばいいだろう?」

「そうそう。お互い嗅げばいいんだよ」

「それはそうだねぇ。こんな風に形にするのもいいものだね。ところで…」


 蒼が助手席からトランクルームを指差す。おっと、嫌な予感だ。


「あれ、まさか私のだけじゃないよね?あの大量の袋。子供達の分だとしてもかなり多いんですけど」



 

 三人とも押し黙る。歩いていたらいつの間にか袋を持っていたんだ。不思議だな。


「慧?自分のも買ったんだよね?だからあの量なんでしょう?」

「う、運転中だからよくわかんないなぁ」

「嘘つかないで。旦那様達は全員マルチタスク出来るでしょ。何買ったの?」


 慧に詰め寄る蒼。顔が怖いのはみてない。見てないぞ。車を買い替えてさらにでかい車にしたから家族揃ってのお出かけはもっぱら慧の車になったが、こうして見てると蒼の追求は免れないな。

 やはり買い物は通販にしよう。カード作って良かった。



「靴とか…タオルとか」

「確かに必要だね、それは。他には?」

「服と…下着と…」

「私の?あんなにあるのにまた買ったの?」

「だって、マタニティから戻ったからサイズが変わるでしょ?」

「もう…元々の服もあるのに。昴は?千尋は何買ったの?」


 うっ、矛先がこっちに来た。ベビー服もたくさん買ったけど、持ちきれないから送ったとか言えない雰囲気だ。

 もう少し見たかったけどもうお昼が近いし。

 


「あっ、蒼!新しいスケジュール帳もあるんだ!まだ買ってなかっただろ?」

「はっ!それは欲しい。ありがとう…。」

 

 よし!話を逸らすことに成功したようだ。

 スケジュール帳を手渡して、蒼の笑顔にホッとする。


「わー!かわいい!緑色なの?シックで素敵だねぇ」

「うん、一年たったらまた中身を変えれば使えるから」

「ほほー。それで、あと何買ったの?」


「「うっ…」」


 話はそれていなかった。くっ。


━━━━━━

 昴side


 蒼に怒られながら洋服達に水通しをして、全て干し終えてリビングに戻る。

 千尋が紅茶を淹れて、ローテーブルに並べた。


「はぁー、おいし。ありがとう千尋」

「どういたしまして。昴、薔薇のジャムそろそろ在庫がなくなるぞ」

 

 千尋が残り少なくなった瓶をテーブルに乗せた。紅茶を飲むたびに使っているから消費が早いな。通販は今年の分がもう終わってしまっている時期だ。

 

「あぁ、子供達も連れて時期になったらバラ園に行って買おう。写真を撮りたいしな」

「千葉だよね?わー、楽しみ。でもしばらくは節約してください」


「「「はい」」」


 しょんぼりしながら返事をすると、泣き声が響く。小さい赤ちゃんの声って…どうしてこんなに可愛いんだろうな。ほあほあ可愛い声が響き渡ってる。



 

「ご飯の時間かな。千尋、ケープ取ってくれる?」

 リビングに設置したベビーベッドから子供を抱いて、蒼がソファーに座る。

 千尋が隣に座って授乳用のケープをかけた。


「懐かしい…初めての時はドキドキしたものだ」

「俺はまだドキドキしますけど」

「神聖な授乳を邪な目で見るなよ。しっしっ」


 千尋に手で追い払われて、俺と慧は端っこに座り直す。

 授乳の時はそれぞれの子の父親が蒼の横を独占できる決まりだ。俺たちはもうその時期を終えている。


「成茜の塾何時に迎えだっけ?」

「16時だな。俺が行くよ」

「じゃあ千尋と二人でご飯作るかな。蒼、何食べたい?」


 千尋にベッタリくっつかれながら蒼が顔を上げる。近すぎだろ。全く…。



 

「今日はたくさん歩いたからお肉かな。たまには私がつくろうか?」

「こないだカレー1ヶ月食べたの忘れたの?」

「あれはきつかった」

「蒼、年一にしてくれ。流石に毎日カレーはきつい」


 ケープを外した蒼が頬を膨らませ、赤ちゃんを千尋に手渡す。器用に背中を叩いてけぷ、と噯気(おくび)が出た。

 あれを習得するのに俺は苦労したんだ。3人目だから千尋はもうベテランだが。

 

 蒼が何かを作ると何故か大量になるんだ。レパートリー的にはカレーが一番得意らしい。

 蒼の料理が食べられるのは嬉しくてもあの量は年齢的にもきつい。


 


「みんながお料理上手すぎるの!カレーがダメならシチューでも良いけど?」

「シチューのほうが厳しいな」

「毎日パンはちょっとな…」

「そうだね、飽きるね」

 

「えっ!?シチューはご飯で食べるよね?」

「「パンだよ」」


 3人の目線が集まってくる。

 確かにパンでしか食べないというのはよく聞く話だ。


「日本人なら米だろ。俺は蒼と同じでご飯にかけるぞ」

「ほらぁ!じゃあ試しにシチューライスにしましょう。私が作ります!」


 しまった。口実を与えてしまった…。千尋と慧のジト目が厳しい。


 

 

「…俺はそろそろ塾のお迎えに行くが…二人とも、鍋一つで済むようにしてくれ」

「「了解」」


「もー、なんでよ。シチューたくさん食べたいでしょ?成茜も好きだもん」


 蒼のふくれた頬を見ないふりして、慧の肩を叩く。頼むぞ?本当に頼む。

 ホワイトソースは長く続くと胃がやられる。

 

 お互い無言のまま頷いて、苦笑いでため息を落とした。


 



  


 

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