八十一話 初陣
聖童師…ね。聖って文字を入れるあたり、どうにもボクたちを悪者に仕立てあげようってのが透けて見える。
吸血鬼の存在を世間に隠して抹殺してるなんて、世界はこんなにも汚れていたなんて気づきもしなかった。
ここまで汚れてるなら、ぶちまけてもひっくり返しても変わらないよね。
「ぶっ壊してやる」
「ついにボスの初陣っすね」
「ワクワクしてる」
「名前は壊核屋のままでいいんですか?」
「確かに…事業拡大とはいえ、もう今までとは一線を画す事をやるし、ボスが頭になるっすからね。
心機一転、新しい名前にしたいところっすよね」
「んー名前かぁ」
かっこいいのにしたいけど漢字がわからないからなぁ。それっぽいカタカナが思いつけばいいけど。こう改めて考えるとアップルとかブランコとかしか浮かんでこない。
うーあーんー。
朝日が海に反射して眩しい。
『不老結社 レッドオーシャン』
「この命が尽きるまで二人と野望に生きる。行き着く先は革命家。
歴史をひっくり返してやる」
「血の海っすか?気合い十分っすね」
「そんなつもりじゃないけど」
ただ頭に浮かんだ単語を繋げただけだし。
「ふむふむ…なるほど。ある意味そうかもしれないですね。確かに我々の掲げる理念、向かう先にはうってつけですね」
「うん…そう?」
照っちはなんか一人で納得してるし、教えて貰ってもどうせわからない。二人が良いならいいや。
初めての仕事は違法薬物を積んでいる船舶を落とすこと。たったそれだけで不利益を被る人がたくさんいるらしい。
ということでレッツ船狩り。違法薬物を運搬する人たちのことを巷では運び屋って言うらしい。
そのまんまだけどシンプルゆえのかっこよさみたいなのがある。
さすがにこの時間はまだ眠い。安堂の手作りサンドイッチを食べながら船を待つ。
「あとどのくらい?」
「10分くらいですね。もう見えてきてもいい頃です」
「待ちきれないんすか?勇み足は良くないっすよ。この業界、下手に動けば全てが終わりっすから」
「わかってるよ。ただ、眠いから早く来てくれないかなって」
「おぉ!大物はやっぱり違うっすね」
「バカにしてる?」
「してないっすよ!」
バスケットに入ってるサンドイッチも最後のひとつ。無くなる前に来て欲しいんだけど。
この時間はまだ少し肌寒い。
「来ましたね」
「はむはむ…ぅおお!」
「雄大っすね、ああいうの一回乗ってみたいっす」
コンテナを沢山乗せた巨大な船が白波を立てて海を進んでる。
「攻撃はこの写真の人物だけにお願いします」
「おっけー任せて」
「ボス!レッドオーシャンの初陣っすよ!ドカンと行きやしょう!!」
「ドカンはまずいでしょ」
「ですね」
勢いだけで計画のことなんて何も考えてないのが丸わかり。
写真の男三人と女一人の捕獲。違法薬物の廃棄。
「安堂」
「任せてくださいっす。遠慮は罰金っすよ」
「それを言うなら厳禁でしょ」
「いえ、遠慮した場合仕事に支障をきたすかもしれないので終わったら罰金としてお金を払ってもらうっす」
「まっ遠慮なんてしないからいいよ。安堂こそ踏ん張らなかったら怒るから」
「ここで二人ともドカンと行きやしょう」
「うん」
(トンっ)
軽く上にジャンプして、バレーのレシーブ体制に入った安堂の腕に足を乗せる。
「派手にかましちゃってくださいっす。ボスゥ!!」
「行ってきます!」
(バチュンっ!)
ジャンプする時に地面を強く蹴るみたいに安堂の腕を蹴って飛ぶ。
(ヒュゥン!!)
まるで弾丸になったように風に穴を開けて空を駆け抜ける。
足に伝わった感触からして安堂の腕は吹っ飛んでるだろう。ただ、吸血鬼は聖気以外でのダメージは自然に回復する。
ビルの屋上でこれをやったら穴が空くから安堂の腕を地面の代わりのジャンプ台にした。
角度は問題無し、飛距離は十分。
船に衝突する前に勢いを殺してコンテナの上に降り立つ。
(スタっ)
船の上を走り回って人を探す。
制御室に対象者二人発見。関節を外してロープを巻き付け捕獲完了。
残り二人も無事に見つけ出して同じように捕獲。
「呆気なさすぎて緊張感が無いんだけど」
船が港に到着すると二人が乗ってきたから四人を引き渡して船を降りる。
「ボスはそのまま安堂と屋上に行っててください。俺はやることがあるので」
「おっけー」
「うっす。ボスさすがっすね」
「まぁね。なんたってボクはボスだからね」
「よっ!世界一っ!」
照っちを船に残してさっきまでいたビルの屋上に戻る。
「それにしてもこんな簡単な仕事です終わりなの?」
「何言ってるんすか。ボスだからこんなに簡単に終わったんすよ。
それと、まだここからっすね」
「へぇ」
「違法薬物に関与してたやつらを芋づる式に釣り上げていくんすよ」
「そんなことできるんだ」
「照っちならおちゃのこさいさいっすよ」
「さすが照っち。そして何もしない安堂」
「まぁ?俺はレッドオーシャンの最終兵器っすから」
「出番無さすぎてホコリ被ってるけどね」
「それでいいんすよ。平和な証拠っすから」
仕事終わりの潮風って気持ちいいかも。なんていうか青春ってやつ?感じちゃってるかも。
安堂と時間を潰してると照っちが帰ってきた。
「戻りました」
「おかえりー」
「おかえりなさいっす。首尾はどうっすか?」
「上々ですね。違法薬物の廃棄と関与してた組織のあぶり出しにも成功しました」
「おお!」
「お疲れ様っす」
ほんとに最初から最後まであっさりと終わった。
「次の仕事は手引きをしてた暴力団への襲撃です。
証拠は十分掴んだので取るもの取ったら警察に証拠を渡して全て丸く収めてもらうということで」
「取るものって?」
「そりゃもちろんコレっすよ」
手のひらを上に向けて親指と人差し指で輪っかを作ってお金のジェスチャーをした。
口に出さないで表現するのが下世話な感じを掻き立てる。
反対の手でピロピロモザイクかけてるけど見えてるし。
「そうですね、金目のものと情報を掻っ攫うのが今回の目的です」
「でもこれって全部人間の役に立ってるんじゃない?」
違法薬物が無くなれば犯罪も減るし暴力団が無くなれば暮らしやすく?なる気がするし。
なんか人のために動いてるような気がする。
「そんなことはないですよ。強い影響力を持ったものは良いものも悪いものも突然無くなれば必ず混乱が起きますから」
「そういうものなんだ」
「例えばとても厳しい先生がいたとします。いつも口うるさく生徒たちからは嫌われています。廊下を走る度に怒鳴られます。
その先生が突然いなくなったとしましょう。
すると怒られない生徒たちは廊下を走り回り、転んだりぶつかったりして大怪我を負うんです。
監督責任で保護者は学校に怒鳴り込み、普段怒らない先生が生徒を怒ります。
世間の耳にも届くでしょう。
たった一人の先生がいなくなったことでここまで荒れてしまうことがあるんです。
それは暴力団でも同じなんですよ。迷惑をかけられてる人もいればお世話になってる人もいる。
何かを変えるということは何かを壊すということでもあるんです」
そっか。あの女がボクを吸血鬼にしたから死んだし、今までの日常も無くなった。
それから二人と出会ってレッドオーシャンなんて組織も作った。
窮屈な社会からの脱却はあの女が全ての始まりだったんだ。お墓でも作っとこう。
「じゃあ、ボクが二人の日常を壊したってことになるね」
「ボスが俺たちを変えてくれたんす」
「そうですね。壊すことが全て悪いこととは限りません」
壊すのは性に合ってる。ぶっ壊してやる。




