七十五話 外道
もしかしたらグロテスクかもしれません。が、兵頭の範囲内です。
夏休みの住み込み修行から解放され、約二ヶ月ぶりに団地へ帰宅。
しかし家には何も無かったから今、大型ショッピングモールに来ている。
食材から日用品まで色々と買い揃えないといけないから今日は多分大荷物になる。
弾間を誘ったら断られた、夏休み以降も蓮華桜さんのところで修行漬けらしい。
この前は授業明けにある彼女とのデートを楽しみにしてたのに急な変わりよう。細かいことは聞いてないけど何かあったんだろう。
友達として察してあげよう。
というわけで一人で買い物。行きなれてない大型ショッピングモールは四階建てで、各階が横に広くて目当ての物を探すのにも一苦労。ウーパーを飛ばせたら楽なんだけどなぁ。一度楽さを知ってしまうと頼りたくなっちゃう。
時間もあるし暇つぶしに一階の端から観てまわる。
ちゃっかり家具屋でゆったりする。特に買う気は無いけど見てると妄想が膨らんであれよこれよと欲しくなる。
一階から二階だけで二時間。小腹が空いたから店内マップを見てとんかつ屋に決めた。
腹を満たし買い物を終える頃にはすっかり夕方に。両手には紙袋とビニール袋。持ってきたバッグもパンパンで指がちぎれそう。
なんて歩いてたら前から歩いて来た人とすれ違いざまに肩がぶつかった。
(ズリュっ)
「あ、すみません。よそ見して…て」
ぶつかったはずの右肩がパックリ無くなっていた、すぐに気づけなかった。
僕にだって痛覚はある。肩が無くなって気づかないほど鈍くなってない。なのに…。
ボトリと右手に持っていた紙袋が落ちた。
休日のショッピングモールだ、人通りは多い、それでも誰も騒いでいない。この異常はなんだ、これから始まるのか。
ぶつかった男はぼーっと突っ立っていた。力感無く自我を保てていないような様子で振り向く。
「オマエ、聖童師だな。オマエ、殺す。聖童師は皆殺しだ」
僕に向かって指を差し、虚ろな目で僕を睨む。
(パリンっ!!)
男のすぐ隣にあったショーウィンドウが砕け散る。オシャレをしたマネキンにガラスの破片が突き刺さり、音に反応して大勢の視線が集まる。そこからは地獄の始まりだった。
大勢の人はまだ気づかない。何かの拍子に割れてしまっただけだと。それだけに、興味本位で近づいてしまう。ある者は遠目に、ある者はスマホを向けて。
その中で、スーツのおじさんが僕たちの安否を気にして心配してくれたが、その優しさがアダとなった。
「あんたら大丈夫か?危ないから離れた方が」
「それ以上来ないで!大丈夫ですから下がってく━━━」
(ズリュっ)
男が何かを振り払うような動作をしたその先にはおじさんの顔があり、僕の肩同様、バックリと顔半分が無くなった。
「ぁ…」
何かを感じたのか口を開けると脱力し倒れた。
「「「「「「キャーーーー!!」」」」」」
地獄の始まりだ。
一部始終を見ていた人たちは我先にと振り返りこの場から走って逃げていく。
何を思ったか男はその人たちを追いかけ触れていった。
「やめろ!」
無防備な背中に拳が入り吹き飛んでいくが、今の一瞬で四人が倒れた。
このまま人がいなくなってくれれば助かる。
消えた!!今さっきまでそこでうずくまってたのに。今は影も形も無い。目を離していなかったはずなのに。
これ以上はダメだ。
「やるしかない。ウーパー!」
視界を埋め尽くすほどのウーパーを召喚し散らした。
これは時間との勝負だ。早く見つけて速攻で倒す。聖童師を殺すって言っておきながらさっきはなんで普通の人を殺した。
突然視界から消えた仕組みがわからないとどうしようもない。見つけたとしても男に逃げられたらイタチごっこだ。
(ブンっ)
後ろに気配っ!!
灰色のカーペットに小さな黒い影が落ちた。が、上は白い天井だ。影が落ちるはずが無い。
丸い影は立体感を持ち始めはっきりとした形が見えた。人の頭だ。顔が浮き上がり上半身も床から生えてきた。
瞬時に下半身を触腕に変えて薙ぎ払う。
(パシィンっ)
吹き飛んだ体が床に染み込んでいくのを今度はしっかりと見た。
物体の中に潜り込む童質だと予想し考える。
(チリリリリリリリリリリリ!!)
館内に響く警報。視線の先から火の手が上がる。
「くそっ。なりふり構わないのかよ」
こうなったらもう、ボヤ騒ぎで収まらない。それに聖童師を狙ってここまでするやつを逃がせばこれ以上の被害が出るのは確実。
考え込んでいたら後ろから声をかけたられた。
「なんで君がここに…」
振り返るとそこにいたのは赤茶でショートカットの女。
なんでここに…。初めて会ったのは銀行強盗の時、それからはちょくちょく警察と連携して対処する現場で会う事が多いというか毎回いる機動隊の隊長。
どうやらプライベートのようだ。たまたまこんな事件に遭遇するなんて運が無いというか。
「君がここにいるのに、私の所に連絡来てないんだけど」
「ちょ、一人で突っ走らないでくださいよ。僕がここにいるのはただ買い物に来たからですよ」
というか今の口ぶりからして担当なんじゃないかと思う。それなら毎回現場にいるのも頷ける。
「何があったの。急に何かから逃げるような人の流れができて警報まで…。
単なる火事じゃないんでしょ?」
「はい。僕の両分です」
現場では聖童師の仕事を見られたこともあるしそういう人だって認識されている。
そして今、いかにも事件と聞いて飛びつきたそうな前のめり具合。毎度事件解決に向ける熱意が凄い。
「私にできることは無いの!?」
「ここから逃げてください。装備がなくちゃ時間稼ぎもできないですから」
「そんな…」
格闘術だって通用しない。なんてったって相手は物体に潜り込むんだ。不意打ちじゃなくちゃ体に触れることさえできない。
(スンっ)
「オマエ、聖童師じゃないな」
突然、横から現れた男が隊長に手を伸ばす。
それだけはやらせない。守るための修行をしてきんだ、目の前で殺させてたまるか。
隊長に飛びかかって体を抱えて男の手から離れるように床を転がる。
(ズザザっ)
「僕を離さないでください。守れなくなりますから」
「う…うん。ありがと」
隊長を背負って男を警戒する。触腕二本でがっちり隊長を固定する。落とせば隙になる。
背負っている以上変態はできない。触腕だけでどこまでやれるか。
「ソウダナ。もういいかな、オマエを殺しても」
やっと戦う気になったか。僕を狙ってくれるならありがたい。
二本の腕と腕として使える四本の触腕で……童質改変で一体に隊長を任せるのも……。
戦いながら考えろ。
(スンぅ)
床に沈んだ男はどこから出てくるか。
(スンっ)
当然死角を狙うよなっ。
振り向きもせずウーパーの視覚から触腕で薙ぎ払う。
「ぶっ」
吹き飛ぶ男に追い打ちをかけようとするが慣性を無視して床に沈み込む。
連続攻撃は難しいな。少しでも猶予を与えると逃げられる。
再び現れたおとことの間にウーパーの大量召喚で壁を作り出す。
ウーパーの視覚共有でこっちからはしっかりと見える。ウーパーを叩きにくる男目掛けて殴り掛かる。
(ブシュっ)
ウーパーを潰しながらも男の顔を殴ろうとしたが、驚くべき反応速度でこれに対応される。
拳を掻い潜って屈んだ状態からのボディーブロー。
「うがっ!」
普段なら傷になって衝撃は飛ぶけど今は隊長を背負ってるから無闇矢鱈に欠損できない。だから全身を聖気で覆っているから衝撃が全部体に伝わって口から空気が漏れた。
そこからは打撃の嵐でボコボコにされる。身体能力が高すぎる。つばさ使えないだけで僕のポテンシャルはここまで下がるのか。
サンドバックの最中、時折背中で「きゃっ」と隊長の声が漏れる。
目の前に曇天が広がる中、確かにその微かな声を拾った。
目で確認するよりも早く決断した。
「コホッコホッ。だれかたすけて…」
「童質改変。『奇界臨獣 変態ノ極ミ 水天跋扈ノ構エ』」
目の端に映った音の正体は火に呑み込まれ店から出れなくなった少女。
体一つじゃ助けられない。そう判断して隊長と一緒に逃がすことにした。
「下まで運びます」
一瞬空中に放り出された隊長を黒が触腕で絡め取り。白は一直線に飛んでいき火の中へと突っ込み少女を回収した。そのまま黒と白は階下へ降りていった。
「わっ」「きゃっ」
翼を一振で男から逃れる。
そして、今の殴られた感じで吸血鬼だと判明した。反射神経は元々備わってた能力だと思うけど見た目からは想像もできないほどの怪力。
吸盤で床に張り付いてなかったら簡単に吹き飛ばされていた。
正直言って羨ましい。
二ヶ月の修行を経て考えた。
身につけたもの。これからの成長。強くなるために。
そして訪れた肉体の限界。
才能が無かった。身長、骨格、筋肉そのどれもが恵まれなかった。童質だけではこの先やっていけないと。
その現実を受け入れて考えた。
最高速の突進。
「ふんっ」
そうだね。この男の反射神経なら対応される。殴られるために突っ込んだんだ、僕の計算のうちだ。
カウンターで殴られた体は飛散する。さっきまでと違い体を聖気で覆っていなかったから吸血鬼の力なら簡単に弾け飛ぶ。
(グシャっ)
ピンポイントに当たった胸以外は残っている。伸ばした右手は飛んでいき男の背中側に落ちていく。
それを見て体から意識を手放す。
一瞬の暗黒が過ぎれば手から再生した体は元通り。
今まで見せていなかった超再生だ。肩を再生したのとは訳が違う。
それは致命的な隙となる。
反応が遅れた男は振り返る事ができないまま、首をちょんぎられた。
(シュパっ)
ちょうど黒と白が帰ってきた。転がった頭を気にせず僕は自分の首をちょんぎった。
すかさず黒が頭を抱え、呆然と立っている頭なし男の首に乗せる。
確証があってやってることじゃない。初めてのことだし上手くいかない可能性もある。
でも、やれると思ってる。僕の再生力ならね。
再生しろ。これはもう僕の体だ。
『屍着嫉』
ねぇ、最低な僕を受け入れてよ。
確かな感触。頭と体がカチッとハマった。少し高くなった目線と強靭な肉体。手足が手足のように動く。
これが考え抜いた僕の結論。
優秀な肉体との交換。慣れれば今までの体のスペックを遥かに上回り体術に磨きがかかる。人道を踏み外した技。
「O型でよかった」
どうやら万能なO型は吸血鬼にも対応しているようだ。拒否反応が出たらどうしようとか考えて最悪は再生し続ければいいかなって思ってたけど最良の結果に落ち着いた。
そもそも吸血鬼は色んな人の血を吸ってるわけで、血液型とかどうでもよかったり。
さっきまで僕を睨んでいた吸血鬼は死んだ。頭は散り散りになったけど体は残った、死ぬ前に合体できれば体は消えないらしい。今知った。
そして変態している僕の体は火の海に投げ捨てた。
で、問題なのが聖童師としてこれはやっていい事なのかってこと。実際僕は吸血鬼なのか人間なのか、それは僕にもわからない。
どうも、外道まっしぐらの兵頭です。
あれ、こんなテンションだったかな。
死体漁りだけはしないと心に決めた。
そして、これから始まるのは人間と吸血鬼の間に創られた秩序の崩壊。
次話から新章です。
これで中盤から後半辺りですかね。
終わりが近づいてきたところでいよいよ日本動乱が始まります。
全国津々浦々の吸血鬼、人間が動き出します。
まずは長きに渡る因縁の決着から。




