七十二話 構築
何も無い和室で座布団に座って話すことになった。
僕とおじさんの間にはお盆があり、急須とお茶が入った茶碗が置いてある。ムクムクと湯気が立ちのぼる。
「あれは良かったな、あのタコ足」
「触腕です」
「触腕か。一本一本を手足のように扱えてんな」
「はい、結構な頻度で使ってきましたからそれはもう、掃除洗濯炊事は任せてます。
八本もあると色々便利ですよ」
「そんな使い方してんのか。どうりで」
この使い方に気づいてから余計な動きが減って楽チン。触腕が結構長いから痒いところに手が届く。
ちなみにウーパーはチャンネルを運んだりスマホを運んだりしてくれる。ペットというかお世話されてます。
「あとはそうだな、痛みに慣れてるのを褒めるのは倫理的にどうかと思うからノーコメントで」
「おじさん意外と繊細ですね」
「だろ?昔は色々と苦労したからそういう気持ちに寄り添えるんだよ。良い師匠だろ」
「自分で言っちゃうんですか。僕はどっちかと言うとガサツな方がいいですよ。
細かいこと気にされたらこっちがやりづらいですから」
「そうか、なら言っちゃうぞ。たんまり言っちゃうからな」
「言ってくださいよ。そのために来たんですから」
「良い心構えじゃねぇか」
畳に置かれたお茶の入った茶碗をグイッと飲み干し、急須を持ってお茶を注ぐ。
「お前には弱点がある。俺にもある。
だが弱点が弱点としてあっちゃならねぇ。そこを付け入る隙だと思わせちゃならねぇ」
弱点なんて大抵の人にあるし。そりゃ、できることならそうしたいけど。
で、僕の弱点とは。
「決定力が圧倒的に足りねぇ。俺と同じだ」
それはわかってる。基本殴打と締め付けだからどうしても時間がかかる。ナイフで刺し殺すか触腕で絞め殺すくらい。ただ、これは急所を狙わないとキツイから。
「そう。俺はそれを補うために毘沙羅紗を持つようになったんだ。その前まで俺はただのサイズチェンジャーだった。
毘沙門天羅紗一本でここまで上り詰めたと言っても過言じゃねぇ」
毘沙羅紗って名前つけた人絶対厨二病だよな。結構昔の人なのかな。
「それとな前…あー、向ヶ先と戦った時にも思ったんだがよ、正面から戦うのやめろ。
お前は力も無いのに力押ししようとするな、正面から戦いすぎだ。
この前戦った時に感じたが弾間は逆に小手先を使ってんだよな。
弾間は今、空のところにいるんだったか、なら言われてるだろうぜ、力で押せって。まぁ、俺もそう言うけどな。ぶっちゃけ弾間との相性は最悪だな」
そんなはっきり言うんですか。薄々気づいてましたけど。僕は弾間の爆発に耐えられない。そして基本スペックが全部負けてる。つまりはそういうことなんですよ。
「搦手を使えってことですか」
「できるならそうだ。
だが、まずやって欲しいのは全力を出すな。
お前の童質改変は元の童質の集大成みたいな感じで使ってんだろ。童質改変は手札の一つにすぎない。特殊カードとして捉えるな」
「え、でも道楽さんもそんな感じで使ってましたよ」
「あー、そうか。あいつのを見たのか」
「はい」
なにかまずいのか。次元が違うから真似するな的な?
「あいつは特殊なんだ。ややこしい事を言うが、あいつが素で使ってる童質は既に改変してんだわ。そんでそこからもう一回改変してる。
だから嘘みたいな畜生童質に至ったってわけ。俺たちにはできない、あいつの童質だからできたことだ。
かー、あいつ見せちまったのかよ」
「はぁ…いまいち納得できてないですけど」
「お前の童質改変を否定してるわけじゃねぇ、あの白と黒の異形は十分強ぇ。
使い方の問題なんだ。正面で大っぴらに召喚して正面から戦わすのはもったいねぇんだ」
「確かにまぁ、僕が三人いるみたいなもんですからね。感情に左右されず合理的に動けます」
「そう。そこをもっと自由に…そうだ!触腕を便利に使うみたいに」
言いたいことは何となく伝わってきた。人型にしてるから戦い方もそれに引っ張られてるってことか。白と黒も手札の一つ。
はいはい。なんかイメージが湧いてくる。
「それと上限を誤認させるのは大事だぞ。さっきの全力を出すなって話に繋がるが相手の目を誤魔化すんだ」
「それになんの意味が。狩れるならいいじゃないですか」
「狭い視点で考えるとそうなる。だが、視点を広げると違うんだ。
例えば多対一の場合、一体狩ったら終わりじゃない。その間他のやつらに分析されてるかもしれない。
あとは相手が組織だった場合、監視されてるかもしれない。
全力の一撃を誘われてるかもしれない。
どうだ?危機感持っただろ」
かもしれないって、教習所じゃあるまいし。
「まあ、可能性としては無くは無いですよね」
「そう、そこで上限を誤認させることができれば、いざってとき相手の意表を突ける」
「おじさん僕に対して最後、上限の攻撃しようとしてなかった?」
「あれは…教育だからな。それにあれが上限とは限らないだろ。何年この世界で生きてると思ってんだ」
「例えば何をすれば」
「そうだなぁ、わざと再生しないとか」
「んー」
「触腕部分は再生できるけど人間の部分は再生できないとか」
「なるほど、それで?」
「仮に右腕を失ったとするだろ。そのまま戦いを続けて右腕の警戒が完全に無くなったところでバチコンと決めるとか?」
体の前で右拳を左手のひらにバチンっとぶつける。
「んー。放置して平気かどうかはやってみないとわからないですね。痛みが続きますし」
「そうか、そうだよ。痛みを感じる演技をしたりもありだな」
「それ……ありですね。実際痛いですからね。オーバーリアクションってことですか」
「ちなみに戦闘に対するこの考えは福留から教えてもらった」
「えー!」
「俺も最近考え直すことがあってな、ブラフってのも大事な戦術だわって思ったんだよ。搦手は福留の十八番だからな」
「その歳でまだ成長に飢えてるんですね」
「ったりめぇだろ。心は今でも青少年だ」
「童貞ですもんね」
「その冗談は笑えねぇな」
「…」
さっきまでにこやかだった場の雰囲気がパリンっとぶち壊れた。突然酔いが覚めたみたいにおじさんの表情が変わった。
「ついこの間の話だ、知り合いが吸血鬼に貞操を奪われて聖童師を引退する羽目になった。
俺たちにとっては死活問題なんだ、軽々しく貞操がどうとか口にすんな」
「す、すみません」
「いや、タイムリーだったからつい。わりぃな。
だが、これだけは覚えとけ。聖童師歴が長い奴ほど当然だが仲間を失ってる。
仲間をやられて心に傷を負いながらやってるやつだっている。いつだって死と隣り合わせの仕事だ。
これまでせき止めていた糸がちょっとした事でプッツン切れることもある、軽々しく言わねぇ方がいい」
「…はい」
おじさんのここまで真剣な顔は初めてだ。それだけそういう人たちを見てきたってことだよな。おじさん自身も経験してるのか。
「金のため、家庭の事情、狩りが好き、才能があったから、理由は違えど同じ仕事仲間として繋がってんだ。
教育、仕事の斡旋、狩り、治療、巡回。どこかが欠けたら上手く回らなくなる。
仲間を傷つけるような言葉は別れの言葉だと思え」
「はいっ!」
これが社会のルールってやつか。誰にでもリスペクトが大事ってことだな。
「最後になるが、聖気を使えない所じゃお前も不死身じゃねぇんだ。それを考えた戦い方もやっとけよ」
「使えなくなるとかあるんですか」
「あるぞ。万寿監獄なんかは許可されてないやつは聖気を使えなくなる。そういう結界が張られてんだ」
「誰がそんなことを」
「間壁家だよ。さてはちゃんと勉強してねぇだろ、確か教科書に載ってんぞ」
「き、聞いたことあるような無いような」
「学生気分じゃこの先やっていけねぇぞ」
「は、はい。おじさんは結構詳しいんですか?」
「これでも十何年五貞やってたんだ。自然と情報は入ってくる」
「権力万歳ですね」
「なりたいんだったら童帝を目指しとけ。中途半端な権力は枷にしかならねぇからな」
「なるほど。勉強になります」
「話を戻すが、童質に頼りすぎだな。
はっきり言ってお前は格闘戦には向いてねぇ、ただ最低限は身につけろ。童質使えない時ってのが必ず来るからよ。童質使えなきゃ何もできないなんて言い訳するやつは聖童師に一人もいねぇからな。そもそも人前では滅多なことが無い限りバレないようにしろよ?」
「厳しい世界ですね」
「聖童師に限った話じゃねぇよ、どこも同じだ。一つの武器で通用するのは三十までだ。そのあと必ずしわ寄せが来る」
「経験則ですか?」
「他のやつのな」
ズズズっとお茶を啜る。
気づけば正座で話に聞き入ってた。あ、足の感覚が無い。
「そんじゃ、本格的な修行始めるか」
「はい」
おじさんはすっと立ち上がって部屋を出ていった。
「ぁぅ…」
や、待ってぇ。足が痺れて立ち上がれない。い、いぎゃっ!ははふぅ。
足に力が入らなくて子鹿みたいにプルプルと震える。つま先の感覚が無くて浮いてるようなおかしな感じぃ。
「そうだ!」
バっと襖から覗き込むように顔を出したおじさんに僕の醜態が見られた。
「何やってんだお前」
「足が痺れて」
「治せばいいだろ」
「あ…」
ジーンとしていた足、復活!僕としたことが忘れていた。普段あんなに頼ってるのに。
「でだ。面白いこと思いついたんだけどよ。
お前自身でさえ童質をちゃんと理解できてないんだ。他人の俺が理解できてる訳ねぇから単なる好奇心による提案なんだけどよ?」
そう言っておじさんの頭の中の考えを話し始めた。
『━━━━━━━━』
楽しそうに話すがそれはあまりにも。
「そんなことできるようになったら、僕は間違いなく狂人ですね」
仮にできるようになったとして、その時僕の人としての心はあるのだろうか。それを試すような代物だ。
「ははっ、だろうな。狂人になっても擁護できねぇ」
「でも面白いです」
「だろ!とまあ、自分で考えることも大事だ。
俺が童質に口を出すのはこんくらいだな」
「最後にエグいの持ってきましたね」
僕はだいぶ自分の異常な再生能力に染まったと思ったけどおじさんはさらにその上を行く。僕はまだ大丈夫だ。
「貪欲さこそが成長のファクターだ」
背中越しになんだか一段と低い声で言い放った。格言か?
「おじさんの必殺技とかどんなですか?」
「それは教えらんねぇな」
「えー!」
この修行でどこまで成長できるかは僕次第。
いつまでも弾間の後ろを歩く訳にはいかない。半年早く聖童師になったっていう意地があるからね。
いつまでも弾間の後を追いかけてるようなつまんないやつじゃいられない。もう嫉妬はしないって決めたから。初めて会った時のあれが最初で最後の嫉妬だ。
才能の差じゃない、意識の差だ。弾間は最初から戦い方が身についていた。それに移動中、爆弾の勉強もしていた。
それだけのこと。それだけの差だ。
なにも空を飛ぶように成長している訳じゃない。地道に一歩一歩の積み重ねで成長しているんだ。それなら僕にもできる。




