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万古闘乱〜滅ぶのは人間か吸血鬼か〜  作者: 骨皮 ガーリック
万行一助
70/92

七十一話 圧倒

タイトル戻しました。

 真剣に向かい合う白石の庭では、夏特有の湿気を多量に含んだムワッとした生温い風が吹き荒れる。


 だだっ広い荒野でただ二人向かい合っているような空気感に呑まれる。

 改めて戦闘直前でのおじさんの猛りある佇まいを正面から受けて勃起した。これは性的興奮ではなく生命本能に近いものだと思う。

 もしかしたらこれが殺気というやつなのだろうか、だとするとこれはおじさんによって引き出された僕がまだ知らない世界の扉。導かれるように自然と気持ちが昂る。


 こういう時ブリーフだから助かった。トランクスだったら間違いなく終わってたね。トランクスは開放的な人が履くものだから僕は履かない。



 血液の昇龍(しょうりゅう)。これがいわゆる血湧き肉躍るの血湧きなのだろうか。

 おじさんの体が発してる熱気で周囲の空気が揺らいでいるのがわかる。



「庭を赤く染めるの手伝ってくれるか?」

「お断りします。なんですか突然」

「なら仕方ねぇか。

 お前の血を塗料体を筆にするしかねぇな。人血人毛の出す味がどんなもんか気になるぜ」

「んな物騒な。僕の血だって無限じゃないんですから」

「なんのためここに来た?権利を持つのはいつだって強者だぜ」

「なればこそ、下克上といきましょうか。

 引退することになっても恨むのは無しですよ」



 一歩。



 開始位置二十mのマージンが失われた。

 そのたった一歩で手を伸ばせば届く位置へと踏み込まれた。

 当然、反応は遅れた。

「大見得切ったくせに俺の戦い方知らねぇのか」


 一瞬の静寂、後に届かない轟音。

(ブゥゥン!!)


(ハ━━━)

(バチュンっ!!)

 動けないところを気づけばハイキックで頭が飛んだ。


 元々人が持つポテンシャルなのか慣れなのか、頭を失っても体は動いた。


水天(すいてん)跋扈(ばっこ)(かま)エ』

(バサっ)

 翼を振り抜き大きく後ろへ飛び、ウーパーを十匹召喚し囮と視覚の補強をしてもらう。




 やべっ。再生するからって頭飛ばしたけど限度を知らねぇんだった。

 と、一瞬肝が冷えたがどうやら問題無いらしい。そう来なくちゃな。

 つーかやっぱりそうだ、こいつ死に慣れてやがる。痛みに慣れてるっていうか欠損することに戸惑いが無い。普通頭吹っ飛ばされてからコンマの世界で動けねぇだろ。つーか頭飛ばされて血を吹き出しながら動くの普通にグロい。こんなんトラウマだろ。


 今度、道楽に聞いてみるか?現場出れるようになってからすぐに強くなったからあんまり死んでないと思うが。


 さて、ここからは受け身で行くか。弟子のお手並み拝見だぜ、たったの一年でどれだけやれるようになったかな。



 兵頭は駆けた。空から急降下で浄静司へと飛び込む。亜音速には遠く及ばない速度で飛行し翼は畳み、極限まで空気抵抗を減らす。

(フゥンっ)


 それに対して浄静司は動かない。速さに対応出来ていない訳では無い。その眼光は鋭く兵頭を捉えている。


 接触間近、ぶつかると思われた二つの体は何事も無いかのようにすれ違った。

 ぶつかる瞬間、一直線に来ていた兵頭がぐにゃりと不自然なほど綺麗に浄静司を避けて行った。


 これが浄静司の縮尺(しゅくしゃく)調法(ちょうほう)によって空間を湾曲させられた結果だ。

 兵頭には空間の湾曲が見えず、理解するのは一連の流れが終わった後。

 浄静司にはわかっていて兵頭にはわからない出来事は必ず大きな隙が生まれる。


 湾曲した空間に手を伸ばした浄静司の腕はぐにゃりと曲がり通り過ぎたはずの後方にいる兵頭の足を掴んだ。横に出した腕が真後ろにまで伸びていた。

 それから引っこ抜くように体が持っていかれ、地面に叩きつけられた。

(ズンっ)

 跳ね上がる体に再びハイキックが入った。

「ぐぁっ」

 くの字に折れ曲がった体は地面を何度もバウンドし白石を撒き散らしながらも体勢を立て直して滞空する。



「しっかりしてくれや。こちとら朝飯前だぜ、目覚めの一発かましてくれや」

「先走りすぎですよ。僕に傷一つくらいつけてから言ってくださいよ」


 兵頭のシャツは肩襟部分が血だらけになっているが依然飄々としている。息切れひとつせず、体力は未だ満タンである。



 戦闘が始まってから三十分が経過した。

 浄静司はずっと攻撃を受け入れ捌ききった。兵頭はずっと攻撃を仕掛け捌かれ血だらけだ。


 兵頭の意思による接触は出来ず、お互いが触れ合ったのは全て浄静司のカウンターによるものだった。

 頭が飛び、腕がちぎれ、腹に穴が空いた。

 傷は再生しているが、蓄積した心の疲労が体の疲労へと繋がり息が上がっている。




「そろそろ飯時じゃねぇか?」

「あと五分、全力で行きますよ」

「ここからたったの五分で俺にアピールできんのかよ」

「やれるだけの事をやるだけです」

「そうかよ」


 触腕で大地を蹴って接近する。今速さは必要ない。どうせ攻撃させてもらえるんだ、そこは甘えさせてもらう。


 接近後、ここからだ。空間が湾曲していて僕にはわからない。次の一歩がどこに着くのかわからない。伸ばした腕がどこに行くのかわからない。

 

 だから、親指の腹で人差し指の爪を弾いて剥がし、その指を使ったデコピンで血液が前方に飛び散らせる。おじさんは避けない。


 そのほとんどが異様な曲がり方をしておじさんの横を避けるように通過する。

 しかし、ただ一滴だけおじさんの太ももに付着した。


 この道だ。針の穴に糸を通すような精密な操作で、触腕を腰の位置から斜め下に真っ直ぐ突き出す。同時にカムフラージュとして他の触腕も突き出す。その中の本命は一本だけ。

(フンっ)


 あらぬ方向へと向かう触腕に対して本命の触腕がおじさんの太ももに巻きついた。

(ドゥチュっ)

 ほんの一瞬、巻きついた感覚が伝わった瞬間には既に切られていた。


 それは予想出来た。

 そこから最小限のモーションで触腕が伸びていった所にナイフを投げつけた。

(ヒュンっ)

 余裕からか、その場から動かないし空間をいじったような動きは無い。この空間は真っ直ぐおじさんまで繋がっている。


 飛ばしたナイフは寸前で急激に曲がり、(シュっ)とおじさんの太ももの皮膚をかすかに摩ってから大きく外れていった。

 それでもやっと一撃。一かすり。

 血が垂れてこないくらいの僅かな傷をつけることができた。


(ブゥンっ)

 もちろん反撃を食らって吹き飛ばされながら胸に手を突き刺す。

(デュクシっ)


 童質改変。

奇界(きかい)臨獣(りんじゅう)変態(へんたい)(きわ)ミ。水天(すいてん)跋扈(ばっこ)(かま)エ』

 両隣に悠然と佇む異界の化け物。

 鳥の頭と翼を持ち、のペっとした黒い胴体にタコの触腕が生える。もう一方は白い胴体だ。


 二mを超える限りなく異形に近い化け物二体が人のように、翼と触腕を生やした兵頭の隣で佇む。



 状況が落ち着く前に攻める。

「おもしれぇじゃねぇか。ただ……」

 正面と左右からの三体同時攻撃。十八本の触腕をどう捌く。


 おじさんの体を覆い尽くすように触腕が伸びる。


「多対一は俺の得意分野だぜ」




 伸縮湾曲空間、暗黒空間を利用した予測不能で不可避のパンチとキックが三体の連携を混乱させ、これまた大きな隙が生まれる。

 蠢く触腕はそれぞれ勢いはそのままに、兵頭、白、黒の体へと撃ち込まれた。

「「「クェっ!?」」」

 三体の巨大な嘴が大きく開かれた。


 自らの触腕によって視界が塞がれたことで浄静司の動きはさらに捉えられるものではなくなっていた。死角から伸びてくる拳の一打は軽く肉体を抉ってくる。頭を飛ばされれば一瞬暗闇が訪れ、数発の打撃が飛び込んでくる。見えなくても意識はちゃんとあり、衝撃だけが響く。


 これぞ正しく滅多打ち。


 兵頭たちを大きく突き飛ばせば今度は浄静司が自らの手で胸を突いた。

(デュクシっ)


 童質改変。

方眼(ほうがん)敷目(しきもく)概算(がいさん)手中(しゅちゅう)


「福留も見とけ。童質が変わってから人に見せるのはこれが初めてだ。今後見れるかどうかわからねぇからな。

 従一位の俺は(しま)いだ。こっからの俺は正一位だと思え。

 そんで死ぬなよ」


 縮尺調法は物、空間のサイズを自在に操ることができる。

 方眼(ほうがん)敷目(しきもく)概算(がいさん)手中(しゅちゅう)はブロック化された空間を自在に操ることができる。



 浄静司はそばにある一ブロックの空間を掴み圧縮する。圧縮し圧縮していく。さらに圧縮を続けると。


(ビリビリ)


 握られた拳の先にはプラズマが迸る。


「気張れや!!」

 戦闘開始後、初めて浄静司から攻撃を放つ。


(ドゴォンっ!!)

 棒立ちの兵頭は何もできず腹が抉れた。


 抉れた腹は再生と崩壊を繰り返す。肉体に残ったプラズマが未だ影響を与えて再生が終わらない。


 それでも立っている兵頭を見て、唇の端を吊り上げる。

「今のも耐えんのかよ、ほんと不死身じゃねぇか。

 ならとっておきを見せ━━」

 空気を圧縮、圧縮圧縮圧縮━━。


「兵頭くんもう動けないって」

 福留が二人の間に入って浄静司を止める。


 途端に座り込む兵頭は大人しく目を瞑る。


「っと、おい大丈夫か?さすがにやりすぎだったか。再生能力をみくびってたからついな…」

「……」

「おい、まさか死んてないよな?」

「息はしてるよ」

 少し取り乱す浄静司と終始落ち着いている福留、無言の兵頭。


 数秒経ってパチリと目を開ける。

「プラズマは初めてだったので体に染み込ませてました」

「…くっ、心配して損したぜ」

「手、使う?」

 座り込んでいる兵頭に手を差し出して起き上がらせる。「ありがとうございます」と言って立ち上がる。



「かなり刺激的な刺激でした」

「そのニヤつきやめろ、気持ちわりぃぜ」

「兵頭くん結構やるね。びっくりしたよ」


「とりあえず飯だ。話はそれからな」

「はい」


「まっ、毘沙(びしゃ)羅紗(らしゃ)を使うまでも無かったな」

 腰に差した刀に手を置く。

「そうですね。あんなの八方塞がりですよ。やることなすこと読まれてましたから」



 おじさんが朝食を済ませている間に汗を流しておく。


 いやぁ、それにしても最後のあれはやばかった。細胞の心の叫びが聞こえてきてたよ。

 全方位から全身串刺しにされたような脳天を貫く衝撃的な一撃だった。

 しかも、あの後もっとヤバイのやろうとしてたし、あれに勝てるビョジョンが見えないんだけど。チートだよチート。




 兵頭…想定してたよりもずっと童質との相性がいい。いや、まあそれは当然なんだけど。

 あいつの動きを止めるにはもうプラズマじゃ無理だな。あの一回で慣れやがった。

 つーか、兵頭対策として毘沙(びゃしゃ)羅紗(らしゃ)が超有能。


 それに血を飛ばして空間の歪みを読むのも良かった。戦闘能力はあんまし高くねぇのは時間かけないと無理だな。元々戦闘自体には興味が薄いんだよな。そのせいで体が追いついてねぇ。あれだけの再生速度なんだからやれることはもっとあるし、あんだけ変身できんだから多彩な攻撃手段がとれる。


 ほんと肉体を削る戦いに慣れてるのが一番厄介。きっかけを作ったやつは許さねぇ。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「っクション!!」

 きっと師匠と中村先輩が俺の話をしてるに違いない。なんてったってこの数週間で俺の紳士っぷりをたくさん見せつけたからな。

 あの二人に褒められるのも悪くない。むしろ良い。なにかの拍子に膝枕とかしてくれないかな、あのふとましい見事な太ももに頭を預けてみたい。

(ビュンっ!!)


 突然、服の脇腹が裂けた。

「集中しろ!」

「は、はぃぃぃ」

 やっべぇぇ、後ろにいたのか。相変わらず容赦が微塵も無い。

 もちろん、絵麻ちゃん一筋です。よそ見なんてしませんよ。

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