六十八話 弟子
弾間が学校に来なくなって数週間、もうすぐ夏休みの時期がやってくる。
聖童師になってから一年。
短かったような長かったような、人生で一番濃密な一年だったのは言うまでもない。それもそうだろう。何回死を体験したか分からない。何回肉片を、血を、骨を見たか分からない。
僕は僕の選択を後悔しない。
自分で選択をしたんだ、それは僕がやるべきことだと知っているから。
無価値な経験など無いのだと、今の僕が証明しているしこれからも証明するだろう。
(プルルルル…)
しばらくメッセージ受信以外の用途が無かったスマホから着信の音が鳴った。
「もしもし」
通話相手は浄静司のおじさんだった。前に蓮華桜がそれっぽいことを言っていたような。
話の内容はそれで、修行をつけてくれるとの事だった。それはもう、断る理由が無い。
弾間は今もみっちり修行しているのだろうかと思うと負けたくないと闘志が燃える。
向こうは僕のことどう思っているか分からないけど一方的でも良い、僕はライバルだと思ってる。
弾間が元五貞の弟子なら僕も元五貞の弟子になる。これ以上離される訳にはいかない。
二つ返事で了承した。
夏休み初日、団地の前に一台の車が止まっていた。いつか見た黒塗りのベンツ。
助手席から出てきたのは浄静司だった。
聖童師はみんな黒塗りのベンツなのか?三芸貞に挨拶した時も全部の車が黒塗りのベンツだった。
僕も免許取ったらそうしよう。
挨拶を済ませると車に乗せてもらい発進した。運転しているのはスーツで決めている女の人で満島さん。
どうりで見たことあるなと思った。おじさんの所にいる美人秘書だって弾間が騒いでた。
確かに仕事できる真面目ウーマンって感じだ。特に眼鏡がそれに拍車をかけている。眼鏡だけに。
ガタン…ガタンと一定のリズムで車が揺れるのは高速道路に入ったからか。
いったいどこに行くのやら。秘密らしい。
気づけば寝ていたようで、窓の外を見れば田舎道だった。
体を伸ばせばボキボキと背骨がよく鳴る。
「起きたか、もうすぐ着くぜ」
「もう全然どこだかわからないですね」
出発してから二時間は経ってる。車なんか普段乗らないからどこら辺とか予想もつかない。
「関係者以外に教えてない絶好の修行スポットだ」
段々と家が少なくなっていき、気づけば森の中を進んでいた。
本当にこんなところで暮らせるのかなんて思ってたら、森を抜けた先に見えたのは武家屋敷?
京都なんかで観光する場所かと思うほどにデカい。どこまでも塀が伸びている。
門らしき所で車が停り、降りると満島はそそくさと僕とおじさんを置いて帰っていった。
「満島さん帰っちゃいましたけど」
「ああ、あいつがここにいてもやる事無ぇからな」
門と玄関を繋ぐ石畳以外、庭は全て白砂で埋められていた。
「す、すごい」
夜景とか花火で感動しないけどこれは思わず声が出ちゃう。
それに触れることで分かる凄さっていうのはあるかもしれない。
南国の砂浜かと思うくらい白いし広い。
招かれて家に入ってみればこれまた驚き、全部の部屋が畳で、襖を開けたらまた襖、そのまた奥にも襖。
十両編成の和室がある。それもこの屋敷のたった一部分だけでだ。
リビングって言えばいいのかお茶の間って言うのか。そこで待っていたのは、宙に浮かぶ男だった。
革ジャンを着た天パの男は嘘くさい笑顔を浮かべていた。自然と警戒してしまうような人が、両手を広げて待ち構えていた。まるで磔にされたキリストみたいに。
どういう原理か宙に留まっている。
「どうもー。空中浮遊系マジシャンの浄静司 掛でーっす」
(は?)
良かった。声には出てなかった。
マジシャン?なんでこんなところに。それと浄静司?ってことはおじさんの子供か?
いや、いっぺんに予想外の情報が入ってきて理解が追いつかない。
「あいつの言葉は信じるな。大抵が冗談だから聞き流せ」
ポンと肩に手を乗せておじさんが教えてくれた。それと酷い言われ様だ。
「えー、酷い。かわいいかわいい弟子じゃないですかぁ」
冗談…。どこからどこまでが冗談?弟子ってことはやっぱり聖童師かよ。
なんかどっと疲れた。
「こほんっ。改めまして福留 掛でーっす。
ついこの間まで金貸しやってましたっ。いやぁ、人柄が出ちゃってるのか引っ掛けるの上手いんだぁ」
(……)
「そない寒い顔せんといてーや。泣いてまうて」
顔に出ちゃってたか。なんなんだよこの嘘くさい笑顔は、ずっと笑顔の人はサイコパスって相場が決まってんだ。それと方言がうさんくさい。
「金貸しっちゅうても君が考えてるようなもんとちゃうよ?
利息なんちゅうへそごまみたいなちんまい額貰ても懐寒ぅて腹下してまう。
せやから、真っ当な金貸しやらせてもろてますぅ」
ニヤニヤ笑顔で鼻につくエセ関西弁。こんな人と街中であったら確実に詐欺師だって疑うよ。
「お前生まれも育ちも東京だろ。気色悪さに拍車がかかってるわ」
「えー、結構雰囲気出てなかったですか?先輩として一発かましたかったんですよぉ」
「ああ…まあ、嫌な奴だが悪い奴じゃねぇ。仲良くなれとは言わねぇがうまく付き合ってくれ」
「わかりました」
「兵頭くん素直ぉ〜」
とは言われたもののどう絡めばいいのかわかんない。今まで絡んだことない人種だ。
これから一緒に修行するだろうけど不安で仕方ない。
「えーっと、兵頭くんの二個上だから十九歳だね。福ちゃんでいいよぉ」
指を折って数える程の事でもないけど。とにかくこの人の行動が読めない。
「福ちゃんはさすかに…福先輩で」
「おっ、今距離縮まったんじゃない?これからよろしくぅ」
つんつんと僕の腕をつついてくる。
段々と悪い人じゃないなって思えてきた。
ただハイテンションでちょっと変で嘘つきでおかしな人ってだけであとは普通だ。
「早速で悪いが入門テストをする。テストつっても力を見るだけだ。どれくらいできるか詳しくねぇからよ。ってことで荷物置いて門の前に来い」
「はい」
ここからは真剣モードだ。強くなるためにここに来た。
荷物を置いて門の前に行くと、渡されたショルダーバッグの中にはステンレスの水筒が一本だけ入っていた。
「今日から五日間、裏の森で生活しろ。
いざって時の為の生存能力、極限状態での行動と戦闘を経験してもらう。
五日間のうちに何体か吸血鬼を森に放つ。人を殺してる吸血鬼だから殺して構わない」
「はい」
うへぇ。初っ端から結構やばいんじゃない?
それでもこんな時じゃないと経験出来ないことだし少しワクワクしてるけどね。
「森を出なけりゃ何をしたって構わねぇ。
その前に一つ、お前の目指す強さはなんだ?」
強さか。それは僕がヒーローになりたい理由でもある。ヒーローの持つ強さが欲しい。
「理不尽に権威を振りかざす強者の敵であり弱者の味方でありたい。そういう強さです。
っていうのは建前で、本音を言うと弱者はどうでもいいんです。理不尽な強者が気に入らないだけなんです。
それっぽい理由をつけて自分が正義なんだと思い込ませてるんです。
見方を変えると僕自身が理不尽な強者になりますけどね。ただ、その矛先を弱者に向けることは無いです。
結局は自己満足ですよ。過去の出来事が今でも僕の心に張り付いてるんです。清算するには強者を屠る。だから吸血鬼を狩る。
そのための強さが欲しいんです」
普通に生活していては払拭することの出来ないくすんでしまった心。
吸血鬼に恨みは無い。
他者を守るとは、不等価で一方的に得られる心の充足だ。
自分で言うのもなんだが、ヒーローの皮を被ったケダモノだと思っている。
「そうか。
この五日間を乗り越えられたのなら教えてやろう。これからのお前に必要なことを」
「はい」
「かき氷作って待ってるよ〜」
そのかき氷機はわざわざ家から持ってきたんですか?手持ちぐるぐるタイプか。少しレトロだな。あとわざわざお見送りありがとうございます。
はたして気を許せる日が来るのだろうか。
そして革ジャンは暑くないのか。
そうして五日間のサバイバル生活が始まった。




