六十六話 師匠
「意外や意外。元五貞なら高級住宅かと思ったら随分と古風な家だな。俺の婆ちゃん家もこんな感じだぞ。
もう、しばらく行けてないや」
「僕のところは普通の戸建てだから憧れるなあ」
背中側に広がる大きな湖、家を跨いだ裏手には大きな山。湖と山に挟まれるように建っている屋敷。
数百m圏内に他の人工物が無い。湖の反対側まで行ってようやく建物がある。そしてその周辺は田んぼになっている。ぶっちゃけちゃうとド田舎だ。
弾間の言うとおりセキュリティ万全な豪邸に住んでるのを想像してた。
ガラガラとちょうどタイミングよく玄関から出てきたのは妙齢の女の人。
赤を基調として白と黄色の柄が入った着物を着ている。
教科書で見たとおりの姿だ。
元五貞、蓮華桜 夜空。
十七年間、つまりは二十四歳から聖童師界を牽引してきた人物の一人。
生で見るとオーラを感じる。僕や弾間には無い洗練された強さのオーラ。いや、美人のオーラかもしれない。
この距離でビシビシ伝わってくる。既に射程範囲内だということを。
こっちの存在に気づいているけどあえてまだ顔を合わせようとしていない。
石の通路を下駄でコツコツと音を鳴らして歩いている。
こっちに顔を向けるとにっこりと優しく微笑んだ。
偉い人だし怖いかと思ったけどそうでも無いのかな。
僕たちは軽く会釈をする。
庭先で挨拶を済ませて渡すものを渡した。
帰ろうとした僕たちは蓮華桜の一声によって引き止められた。
「弾間 漠をスカウトする為にここに来てもらったんだ。配送依頼はここに来てもらう為の単なる口実だ」
弾間はカッと目を見開いた。「マジかよ」小さくそう呟いた。
だけど聞こえていたみたいで「ホント」と言われて半歩後ずさる。というか隠れるように肩を半分僕の背中に入れてきた。
「五貞を辞める条件に後進の育成が含まれててな。まあ、元々やるつもりで、目星をつけてたんだ。
それでスカウト。私と似てる」
自分と弾間を指さした。
弾間よりは落ち着いているけど僕も驚いている。「おいおい、俺トップ狙える素質あるんじゃないの?」なんて調子の良い事を言ってるけどそれも多分聞こえてる。
あと、後ろに隠れて言うなよ。僕まで巻き込まれたらどうすんだ。
「いきなりで混乱してると思うが、とりあえず模擬戦をするか?私に師事を仰ぐかそれから決めてもいい。その方がわかりやすいし、師事する人間の強さをちゃんと知っておいた方がいいだろ?」
「勝負になりますかね」
「小声での威勢はどうした?」
「弾間は人見知りなんですよ」
「そうか。気に入った」
「へぁ?」
「いや、なんでもない。裏山でやるか」
急展開なんてもんじゃない。五貞は童帝の次に強いって言われてる。その五貞の一人に声をかけられたんだ。強いのはわかっていたけどこんなに早い段階でか。
「僕も観ていいですか?」
「構わない」
僕たちは家の裏へと周り山に入った。直ぐに平坦で切り開かれたちょうどいい場所があった。
「私を殺す気で来い。手加減なんて不要だぞ。当然私もしないからな、ひん剥かれたくなかったら全力で抵抗しろ」
確か蓮華桜の童質は吐息が刃になるんだったか、シンプルで恐ろしい。童質だけなら弾間のも今の時点で見劣りしないけどね。
刃がどんな風に飛んでくるかだよね。爆弾、爆発で対処出来るのかどうか。とりあえず攻めるしかないよね。
「いつでも来い」
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俺をスカウト…蓮華桜さんの弟子になる。あんな美人の弟子にだと?
聖童師になってから俺の人生は恵まれすぎてる。
聖童師になる前は学校と家を往復するだけの生活。アニメ観て漫画読んで、教室の隅でポツリと一人寂しく過ぎていくだけの生活のはずだった。
それがどうして、力を手に入れて彼女も出来た。友達も出来たし順風すぎる。
極めつけには師匠が美人ってか?恐ろしいぜ、俺の幸運カンストしてんじゃねぇかな。
今後の関係性のためにも初手合わせは好印象でいきたい。
そのためにも出来る男ってところを見せなくちゃな。
開けた場所は俺にとって都合が良い。
(ドカンっ!)
足元を連鎖的に爆発させて上空へと移動した。足元に纏う聖気量を間違えると足が飛ぶ。
だから多めに纏うけど無駄遣いは出来ない。慎重に最大限度の最低限を。
聖気はなるべく攻撃手段として使いたい。
上がりながら創り出した手榴弾を放り捨てる。
手榴弾を投下してやっと蓮華桜さんが動き出す。扇子を口元に持っていくと一吹き。
(スパっ)
「くそっ!見えない!」
見えない刃がすぐ横を通り過ぎる。
手榴弾が切られることはもちろん想定済みだ。しかし空気の刃だ、速度も範囲も分からない。
手榴弾が切れて初めて飛んできたのを認識した。
目に見える爆弾と目に見えない刃。圧倒的不利じゃないか。活路があるとは思えない。てか、そんな簡単に攻略出来たら最強になれてないか。
開始早々心にくるな。
スパっと綺麗に切られた手榴弾は中身が溢れ出して煙が視界を塞いでいく。発煙手榴弾だ。
分厚い煙が広がってくことで身を隠せるし、刃の軌道が見える。と思う。
てやんでい、一石二鳥とはこのことよ。
こっからは煙を切らすなよ。これだけが刃への対抗手段なんだから。
(スパンっスパンっ)
「おっ。よっと」
煙を切り裂いて飛んでくる刃を冷静に避ける。常に足元を爆発させて空中に身を置く。
やたらめったら放ってきたか?それとも俺の位置は把握しているのか。考えてる暇は無いな。
破片じゃ切り刻まれる可能性があるから、いや、手を煩わせるにはちょうどいいか。
破片七の爆風三。小型クラスター弾といくか。
『遮二無二御前轟瀑布』
サッカーボール程の大きさの外郭を持った大玉の中に十個の爆弾。それを三十個。
単純だけど圧倒的な作業量の仕分けで頭が持ってかれる。並列処理でラグを無くせ。
大量の爆弾で撹乱させろ。正面からじゃまず勝てない。隙をさが━━。
『風華』
地上から数十m。地上からでは聞こえるはずの無い澄んだ声が空気を震わせた。
俺にとっては悪魔の囁き。その声質に一縷の乱れも感じない。俺の精一杯の攻撃も、手を煩わせる程でもないってか?
直感に従い爆風の加速で数十m先へと跳んで逃げる。
(ドガァンドガァンドガァン!!)
上空数十mの高さまで届く巨大な刃と塵鉄の竜巻。
想像通り、想定以上の規模での攻撃。直感に従ってなかったら巻き込まれて終わってた。
竜巻に巻き込まれた爆弾が空気を焦がし地面を抉る。
「やばいっ!」
晴れた。視界を遮ってた煙がさっぱり晴れた。
あまりの規模に唖然とし見入ってしまった。
遮るものが無ければ空中は恰好の狩場。
(シャツっ)
「なっ!」
蓮華桜さんを目で捉えた時には服が切られていた。左脇から裾まで綺麗に服だけが切られて風ではためく。
なんて精度してんだよ。それに切れ味なんてもんじゃない。なんの抵抗もなく服が切られた。
「早く煙を!」
(ズシャっ)
手元に出した手榴弾が切られ、煙が吹き出す。
(プシャーっ!!)
「うおっ、ごほっ」
(シャシャシャッ)
右脇、両股が切られた。
吐息の刃で攪拌された煙が霧散していく。
(シャシャシャッ!!)
薄くなった煙の膜が無数の刃に切り裂かれた。
大きさも数も分からない見えない無数の刃が迫ってくるってどんな気持ち?
眼前に広がる死の情景。死の具現化と言っても過言じゃない。それほどまでにこれは逃れようがない。
(プヒュンっ!!)
四肢の隙間を通りすぎていった。
動けなかった。動いていれば死んでいた。
体に力が入らずそのまま地上に落下した。
(ズドォンっ)
幸い聖気で守ったから地面との衝突はなんてこと無い。
地面に寝っ転がって空を見るのは何年ぶりかな。服が汚れるのを気にしていつからかしなくなった。
大地を感じて空を仰ぎ見る。
たった十秒の戦闘。大きく抉れた地面を乱れの無い着物姿で寄ってくる蓮華桜さん。
完全なるトホホ。どうやってあの弾幕を凌いだんだ?
負けた。完膚なきまでに負けたぁ。やってみれば意外と、とか考えてた自分を爆ぜたい。
「そんな能力持っててなんでこんなに弱いかわかるか?」
ローなアングルから蓮華桜さんを見上げる。親衛隊が作られるのも納得だ。俺に彼女がいなければ暴挙に出ていたかもしれない。
「経験…ですか?」
「全然違う。
意識の問題だよ。意識の。
自覚しな、自分が特別だということを。
お前、自分と兵頭を比べてんだろ?」
「そんなことは…」
「聞いた話で大体想像できる。
死なない相手を指標にするな。聖童師の勝負ってのは生きるか死ぬかの二択なんだよ」
「それじゃあ俺は一生、兵頭君には勝てないんですか?」
「そうは言ってない。
死なない相手は火力でごり押せ。何もさせるな殺し続けろ。いずれ壊れる。私たちの童質ならそれが許される。
私はそうしてきた」
「殺し続ける…。
ふふ、面白いですね」
って言っても今は機動力もあるから殺し続けるのは簡単じゃないよな。身体能力では勝ってんだ、そこからどう殺しに繋げるかだよな。
いや待って、殺すのはダメでしょ。友達殺すってどんな場面だよ。でも兵頭君が戦闘不能になる姿が想像出来ないからガチでやるってなったらそうするしか無いよな。
「お前は小細工が多いんだよ。
加減を取っ払え。概念を掌握しろ。
いいか、私たちは果てなき荒野を歩く運命にある」
「それ、厨二心に刺さりますね。
心の奥底に押し殺してた何かが湧き出てきます」
今は昔、俺が中学生の頃。トイレットペーパーの芯をガムテープで繋げて剣を作っていた思い出が。ちゃんと鞘まで作って磁石でガッチャンコできるようにしてた。
一度思い出してしまえばダムが決壊したように溢れ疼いてしまう。
「ここで修行したら特異指定になるのは確実だけどな」
特異指定。
確か聖童師がなった場合は聖童師を辞める=死なんじゃなかったっけ?貞操捨てるだけじゃダメって。
あれ、俺これから進んじゃ行けない道を進もうとしてるんじゃ。
絵麻ちゃんとの結婚は?子供作れないじゃん。
ごちゃごちゃ考えてるけど答えは決まってるんだよなぁ。
男に生まれたからには世界から恐れられたいよな。
なったらなったでまたその時考えればいいか。
「兵頭も俊、あー浄静司が気に入ってたからその内誘ってくるかもな」
「そうなんですか?」
浄静司って俺がこの前戦った人じゃん。最初から最後まで戦い方分からなくて完敗だった。
そう考えると蓮華桜さんの方がシンプルな童質だから対策はしやすいのか?今はレベルが違いすぎて何もできないけど。
流されるままに弟子入りした俺は今日からここに泊まって修行することになった。
師匠と寝食を共にするのか。バレたら親衛隊の人達に殺されそうだ。
学校側は既に知らされていたようで、兵頭君ともここで別れた。




