六十五話 ジレンマ
「お前ら!特別な依頼が来たぞっ!」
始業のチャイムが鳴り、教室の一割にも満たない教卓の前に置かれた二つの勉強机がある席に僕と弾間は着いている。
教室の扉を勢いよく開けて、荷物を教卓に置いた熱血教師から伝えられた内容は、ある人物の所への荷物の郵送。
今まで関わったことの無い人物。なぜ僕たちに郵送させようと思ったのかは分からないけど、これも縦社会ってやつなのかな。
学校出たらそういう雑用みたいな事も増えていくのかね。
僕と弾間は早々に準備を済まして届け先に向かう。
学校を出た所で僕たちを待ち受けていたのは奇抜な格好をした四人組。
揃っているのは額に巻いた白いハチマキと桜模様の法被。
なんなんだこの人たち。明らかに普通じゃない人の格好をしている。
「我らは夜空親衛隊四番隊四結晶だJ」
他の三人よりも一歩後ろに下がって腕を組んだ人が、自己紹介を始めた。
他の三人と比べて二回り体が大きい。意識レベルで違うのだろう。猛々しい存在感がある。
「姐さんの御御足は世界最高峰」「姐さんの鎖骨は世界一」「姉さんのご尊顔は国宝」
正しく三者三様。それぞれの意見が分かれた。
「「「あー?やんのか?」」」
必然的にぶつかり睨み合う。それぞれの主張が飛び交う。
カウボーイハットの男、わたがしアフロの男、ハイネックマスクの男。
あぁ、夜空って人の名前か。
そうか。元五貞、蓮華桜の下の名前は夜空だったか。
「ふっ、無粋な戯れ見解笑止。
全てなのだ。あの方は全てが万物の頂点なんだJ。足も腕も腰も腹も首も顔も心も俺の心臓を跳ね上げるんだJ」
一歩後ろで見守っていた男が口を開いた。
アホみたいな言い争いに後ろで呆れていた訳では無かった。誰よりも欲張りな男だった。
守備範囲に加えてストライクゾーンも広いハイブリッドな濃厚変態紳士。抜け目の無さは飛び抜けている。三人それぞれの上位互換。
語尾Jの男。
「我々は姐さんの下僕。どんな些細な事でも役に立つ。姐さんは我々の全てなんだ。
この依頼は我々の物だ。というわけで、いささか強引だが、いざ尋常に勝負!してもらおうか」
何を言っているのか理解出来ない。突然現れて戦って勝ったら依頼を寄越せ?
ちゃんと手続きを済ませてくれないとこっちだって仕事なんだから。
「守るものがある者の強さ。俺には分かる」
僕の隣で僕にしか聞こえない声でカッコつけたように言う。自分の言葉に酔ったのか、うんうんと頷きながら噛み締めている。
こんなことしているのに未だに人見知りが治ってないのか。四人には聞こえない程度にボリュームを抑えている。
「勝敗はどちらかが降参するまでだ。
間壁、結界を頼む」
「任せるんだJ」
カウボーイハットの男による進行で戦う状況が整ってきてる。
語尾Jの男はやっぱりリーダーって訳じゃないのか。
あの筋肉量で結界担当。結構強そうだけどあの人は戦わないのかな。
色々考えはしたけど戦うって事なら是非も無い。経験は積めるだけ積んでおきたい。
初見の童質への対応とかもその時にしか出来ない事だから貴重だ。訓練相手になってもらおう。もちろん勝たせてもらうけど。
弾間との話し合いで僕が先に戦う事になった。
向こうはカウボーイハット。わざわざその格好までしてるんだから、カウボーイ関連の童質かな。
カウボーイだとやっぱりガンマンってイメージが強いし、遠距離中距離主体と見て近づくか。
「ふんっ」
語尾J男が地面に手をつければ、ぐいんと半透明なフィルターが僕たち全員を囲った。
半透明な正四面体の結界は家の近くにあるような広場程の面積にまで広がった。
戦うにはちょうどいい広さになってる。
結界ってこんな使い勝手いいのか。それにこの大きさまで展開出来るんならいろんな事に使える。便利だな。
結界に関心していると開始の合図が出された。
こっちはもちろん速攻を仕掛ける。地下都市でやったように速さで駆け抜ける。
ハヤブサの頭と翼に下半身はタコの触腕。ウーパールーパーの再生能力。
随分と使い慣れた組み合わせ。
これからも使っていくだろうからと名前を付けた。
『水天跋扈ノ構エ』
水中だろうと空中だろうと持ち前の速さで飛び回る。機動力に特化した組み合わせだ。
僕の可動区域は陸海空を制覇している。相手がどこにいようと速さで追いつき啄む。
それが水天跋扈ノ構エだ。
もはや異形こそ僕にとって常態。
空へと羽ばたきカウボーイに向かって加速する。せいぜい数十mでは最高速には達しない。
それでも十分な速度が出ている。
ギョッと驚く顔が見えた。
向かってくる僕に対してカウボーイは手元にロープを出した。
そっちだったか。だけどホントにただのロープで先が輪っかになっている訳じゃなくてただの一本のロープだった。
(ピュンっ)
風きり音を出して予備動作無しに飛んできたロープ。さすがに驚く。
輪っかは無いが触れるのに躊躇う。一直線上に伸びてくるロープは真横に避けて回避。
したはずだったが目算を誤ったか、触腕の一本がロープに触れた瞬間、拘束された。
ロープに引っ張られて空中で体が打ち上がった。
輪っかなんて無かったのに気づけばロープが巻き付いてる。
ロープで触れたものを拘束するとかそんなところか。
残念。僕に拘束は効かないんですよ。
ナイフを持った一本の触腕が拘束された触腕を根元から断ち切った。
(ズシュっ)
打ち上がった体勢の勢いのまま一回転し今度は地面スレスレで迫る。
カウボーイもそれに反応してロープが進路を変え、後ろから迫ってくる。
視線を戻せば眼前には九本のロープ。
「ははっ」
乾いた笑いが出てしまったが対応圏内。ロープの出処はカウボーイの指だった。ちょうど十本のロープ。指がロープに変わっていた。
自動追尾だつて?問題無いね。
「召喚」
ロープの進路先に十匹のウーパールーパーを召喚。それぞれ当たるなりすぐさま拘束された。
「なぁっ!?」
その一瞬で十分だった。
動きの止まったロープの隙間を縫ってカウボーイへと突撃し、結界に押し当ててから触腕で拘束。
「ま、参った」
召喚した動物たちは囮にも使える。咄嗟の判断だったけど良い使い方を見つけた。
召喚するだけで気を引くくらいの事なら出来そうだ。
続いて弾間と戦うのはハイネックマスクの男。
結果は明らかだった。
開始早々、ハイネックマスクの男は数本クナイを投げるも爆弾によって阻まれた。
それだけに留まらず、爆発の衝撃はクナイを吹き飛ばし、他の爆発との連鎖でさらに速度を増したクナイは気づけば男の四肢の先に刺さっていた。
僕もさすがにこの結果は顎が外れた。
あまりにも考えが及ばない攻撃方法。
どんな頭してたら飛んできたクナイを爆発で撃ち出して反撃するなんて事になるんだか。
身近にいるからこそ分かる化け物。聖童師として勉強を始めておよそ半年、レベルが違いすぎる。
向こうもこの結果に引いている。無理も無い、一緒にやってきた僕さえも引いているんだから。
それでも僕は弾間のライバルでありたい。
治療も終わって落ち着いた頃。
「で、君たちはどこに向かうんだ?」
「え…知らないんですか?」
「ああ。一週間くらい前から姐さんの居場所が分からなくてな」
「なら話せないですよ。親衛隊の人に教えてないってことは秘密ってことですよね」
「ああ、いや。俺たちはただのファンの集まりみたいなもんだから」
「え!てっきり部下かなんかかと思ってました。なら余計教えちゃまずいですよね」
「そこをなんとかぁ」
「ダメです」
こんな話を聞けば余計、なんで僕たちが荷物を運ぶのか分からない。
その後、少し話をした。
聞けば、蓮華桜に告白し振られたものだけが親衛隊に入隊することが出来る。
最近は一人行動が極端に減り、新規参入が厳しい状況になっているんだと。
それと最近の青少年はガッツが足りていないと隊長が憤りを感じているらしい。
その隊長は、衆人環視というお互いにとってよろしくない状況の中、告白し振られたという逸話を持っている。その事から、親衛隊内で称えられ隊長という座に着いている。
なんて言えば言いか分からないけど敬っちゃいけない人たちだと思った。
そこで、夜空親衛隊四番隊四結晶とは別れて蓮華桜の下へ向かった。
「この童質だとどうしても手加減出来ないんだよな。火力下げるとそれはそれで効かなくなるし。
戦いの中で相手に合わせてちょうどいい塩梅見つけるのとか無理ゲーだし。
だから今回はクナイがちょうど良かったんだよなぁ。あんなに上手くいくとは思わなかったけど結果オーライってやつ。
それとあの結界、全力じゃないとはいえ俺の爆発に耐えたんだよな。許容値が気になる。
あの結界に籠られたら俺も完封されるかもな。見るからに強そうだったし。
あー、もっと戦い方のレパートリー増やしてぇ」
そんな事を話していれば目的の場所に着いた。




