六十三話 それぞれの休日
兵頭 入。中村 弛。
聖童師になってからというもの、休日はめっきり外で体を動かさなくなった。
というのも、運動は普段の生活で十分なほど出来ているし、部屋の中でしか出来ない事をしている。
家に帰ってからは基本、ウーパールーパー、タコ、ハヤブサを部屋に出して自由にさせている。
一体一体に意思があるとは思えないけど、言うことだけはしっかりと守る。
そして戯れている。僕の中ではすっかり愛玩動物となっている。
ウーパールーパーのほとんどが部屋中を飛びながらさまよう。
タコは天井に張り付いたり物陰、角に縮こまったりしてる。
ハヤブサだけは一羽のみで、いつも肩に乗せている。
そしていつものように、童質の理解を深めていく。
童質を使うということはそれだけで経験の蓄積に繋がる。だからこそ、身近に置いて触れ合い観察していく。
意識をすれば視覚が共有されるが相応に脳に負担がかかる。
今は三匹が限界で、これは地道に訓練していかないといけない。
特に負荷が大きいのはハヤブサとの視覚共有で、これは一羽だけでいっぱいいっぱいになる。
根本的に目の造りが違くて見えているものが違いすぎるのが原因で処理が追いつかない。
この時だけは処理する事に注力せざる負えない。だから今が訓練するのにちょうどいい。
面白いのが、頭をハヤブサに変えると苦労すること無く見える。
「あー、そうだ。洋服買いに行かないと。
今の戦い方だと毎回服ダメにするから何か考えないとな。タコ足がズボン突き破るから」
動物たちを消して近くのショッピングモールに出掛ける。
依頼で結構お金貯まってるけど使い道がないんだよなぁ。オシャレするにしても着ていく場面が無いし。
色と生地を見てカゴに放り込んでいく。
ついでに消耗品を買っていく。
(ケロリンっ)
メッセージだ。確認するとその内容は、吸血鬼が街中で暴れだした様でその対処をしてほしいとの事。
週末の夕暮れ時、さっきまで家族連れで溢れかえっていたが少し落ち着き始めた頃。
一斉送信か、他の人にもいってるみたいだけど近いから行った方がいいかな。
吸血鬼が暴れている場所というのがちょうど今いるショッピングモールの近くだった。
ショッピングモールの外に出てから物陰に隠れてハヤブサを飛ばす。
ベンチに座ってから視覚共有を始めた。
頭上で少し旋回した後、建物の周りを低空飛行で過ぎていく。
目の前を高速で過ぎていくハヤブサに子供が興奮して指を差したりするのが見える。
高速で流れていく視界だが、一つ一つ鮮明に見えている。これが鳥のすごいところだ。
1km先の獲物を見つけられるだけはある。
人気が無くなって開けた場所に着いたから引き返そうと方向転換したところ、路地で何か動くのが見えた。
その一瞬で視覚共有を切って駆け出す。
薄暗かったがはっきりと見えた。男がおじさんの首を掴んで路地の奥へ引きずっていってたのを。
最短距離で行けたとしても三十秒はかかる。
それまで何とか持ちこたえて欲しいけど。
(ジジっ!!)
なんの前触れも無く突然の発光。それも反射的に顔を背けてしまうほどの光量だった。
ワンテンポ遅れて開けた場所に着いた。その先にはさっき見た路地がある。
今も人気が無いが、一人だけそばのベンチに座っている。
路地に向かえばそこにはぐったりと項垂れたおじさんがいた。気を失っているのか、動く気配が無い。
さっきの光はなんだったのか、吸血鬼はどこに行ったのか。
とりあえずおじさんは生きてるから良かった。
ふと、横目に映るベンチに座っている女を見る。
紫のベレー帽が頭にちょこんと乗っていて、ふんわりとしたフリルの着いた白いシャツに黒のロングスカートに黒のローファー。
背筋が伸びていて、キリッとしているのが分かる。さっきは気づかなかったけど、近くで見ると結構身長がある。推定だけど、僕よりも大きい。
見たことあるような青い髪と顔立ち。
「もしかしなくても弛先輩じゃないですか」
この距離になってようやく分かった。
「お、おう。兵頭か」
気づいてたはずだけどわざとらしく驚いたように顔を上げる。
随分と可愛らしい服装で普段の学校とのギャップがすごい。
「あ、さっきの光は先輩のでしたか。吸血鬼倒してくれたんですね」
「ああ。たまたま近くにいたからな」
どこかたどたどしく、顔を合わせようとしないで俯いている。
「それにしても可愛い服着るんですね」
(ギリっ!)
「…それ以上何も言うな」
すごい形相で睨まれたが、頬が少し赤い。
「私はもう行くぞ。連絡しておいたからもうここには誰か来ることは無いからな」
(ケロリンっ)
あ、ほんとだ。ちょうどその文面が届いた。
「いいか、この服装の事は誰にも言うなよ。言ったら丸焼きにするからな」
立てば僕よりも大きく、覆い被さるように詰めてきて力のこもった言葉を吐く。
「可愛いものが好きで悪いか」
「ちょっ、何も言ってませんよ」
「誰にも知られたくなかったのに…」
ぽつりと零した言葉は今まで聞いた何よりも弱々しかった。
新たな先輩の一面を見た。
部屋にはぬいぐるみとか置いてたりして。
「でも、昴先輩は知ってるんじゃないですか?」
(くあっ)
今更気づいたのか新鮮な驚きを見せ、弛先輩の顔は恥辱に染まった。それは下唇を噛んでしまうほど恥ずかしかったのだろう。わなわなと震えている。
「それでもだ。じゃあな」
最後にはいつもの先輩に戻って凛々しくこの場を去っていった。
山本 昴。
今日もアルバイト行ってくるか。
週末の仕事が無い日はたまにアルバイトをしている。
簡単な作業な上、終始苦労が無いから重宝している。それに基本短時間で終わるから隙間時間にやってたりする。
「行ってくるからいい子にしてろよー」
玄関から部屋の方にいる弟妹たちに声を掛ける。
「いってらっしゃい」
「どのくらいで帰ってくる?」
「今日の夜ご飯は?」
「帰ったらゲームしてよ!」
弟妹たちはバタバタと玄関まで走ってきてわざわざ見送りをしてくれる。
「おうおう。夕方には帰ってくるから」
「うん」
「ハンバーグにするか」
「やったぁ!」
「一時間だけな」
「えー!」
「いってきます」
「「「「いってらっしゃーい!!」」」」
元気に見送られて今日も家を出る。
二年前に親父が事故で死んでからお袋が職に着き、ほとんどの時間を俺が弟たちの面倒をみることになった。
俺が聖童師になってから家計は安定し、お袋は仕事の掛け持ちを辞めて負担は減っていった。
俺が家族を支えるために、アルバイトで小銭を稼ぐ。
ただ、聖童師で稼げてるから裕福な暮らしはできている。
母には専門的な分野での活動で稼いでいると説明していて、納得してくれている。
白と灰色の壁に机と椅子の素朴な部屋。
部屋に一つだけある窓には鉄格子が嵌められている。
対面に座る一人の男。
そう、ここは警察署にある取調室だ。
大きな事件に関わっていると思われる人物や確実な情報が欲しい時に、俺は呼ばれる。
もちろんこれに関与しているのは極々少数の偉い人だけで聖童師と繋がりがある人たちだ。
目の前の男の顔をじっと見つめる。
男の記憶を見れば今までやってきた悪事が次々と明らかになっていく。
過去に誘拐あり。その時、他のメンバーは捕まり自分は逃れた。
今回新たに仲間を募り、誘拐を決行し身代金を請求。その後、警察に捕まったと。
メンバーは五人いて、アジトは○○。
拳銃、麻薬所持。麻薬は近所の学生に売りつけている。
こんなところかね。随分とまあ、デンジャラスな経験豊富だな。
(ギギィっ)
椅子を引いて取調室から出る。
外に立っていた男の人に、読み取った情報を話したら役目は終わり。
この後、その情報を元にちゃんとした人による取調が始まる。
「それじゃあ口座に振り込んでおきます。
今回もご協力感謝します。必ず洗いざらい吐かせますので!」
ビシッと敬礼をして俺を見送ってくれる。
「いえいえ、週末は基本暇してるんで気軽に呼んでくださいっす。いつもご苦労様っす」
俺もなんちゃって敬礼をして警察署を出る。
口座に振り込まれる金額はまばらで、情報の提供具合に比例する。大きな事件ならそれ相応の金額になる。
最低で五十万からになるが、これは向こうから提示してきた金額だから素直に受け取ってる。一回数百万の時もざらにある。
コスパ最強のアルバイト。
「ケーキ買って帰るか」
町田 迷。
「もう嫌。あたしなんて生きてる意味無い。
誰にも見られない所でひっそりと死のう」
太陽はすっかり沈み、欠けた月が昇っていく時間に街中を一人で歩く。
辿り着いたのは今は使われなくなった廃ビル。辺りは人通りが無く、街頭がジーっと音を出しながら点灯しているだけ。
廃ビルの側面に備え付けられている錆び付いた非常階段を上がっていく。
(ギィ、キギィ)
一段上がる事に気味の悪い音が暗闇に響いていく。
「なんであたしが泣かなきゃいけないの?誰かあたしの変わりに泣いてくれたっていいじゃん。そんなにあたしは望まれてないの?
あたしは人参じゃないよ!」
長い長い階段を上がりきって少し先にある屋上のダクトに飛び移る。
十五階建てのビルの屋上の縁に立つ。
プヒューっ、プヒューっと冷たい風が体を揺らす。
「いいよ。誰にも必要とされないあたしはひっそりと誰にも迷惑かけずに死ぬから」
踏み出した一歩は何かを踏むことなく、そのまま屋上から身を投げ出すことになった。
(ふふぉーー)
全身にまとわりつく激しく冷たい空気。持ち上がる肺は中の空気を全て吐き出す。
(やっぱムリィィィィィ!!)
ありったけの聖気で体を包み込む。
(ダァン!!)
かなりの衝撃で地面が崩れる。
「よしっ、来週も頑張ろう。
あたしの可愛さを世界中に見せつけるんだから」
さっきまでまとわりついてた淀んだ空気はどこえやら。あたしの心は快晴。元気いっぱいなんだから!
町田迷厳選!絶好の自殺スポットその三、街角の廃ビル。
週末自殺症候群。
メンタルが疲弊した時に自殺を試みると寸前で悩みが吹き飛びすっきりする。そのため、いくつもの自殺スポットを発掘している。
毎度アスファルトには人型の穴が出来る事で、その界隈ではまことしやかな噂が広まっている。
弾間 莫。
今日も絵麻ちゃんとのデート楽しかった。




