六十二話 会議 後進
五貞。
三芸貞。
日にちは過ぎ、俺、仁、空と会議が行われる場所へと向かっていた。
「そういえば、大罪の三体と出くわした子たちがいるらしいね」
「兵頭と弾間だってな、私もこの前聞いた」
「まじかよ!」
二人の会話に置いていかれる。
この間会った時そんな話聞いてねぇけど、てかまともな会話もしてなかったな。
スカウト以来だし、俺と兵頭ってそんな話すような間柄じゃない?
そんなこと……あるかも。
「知らなかったの?無理もないか、ちょうど山にこもってた時期だし」
「予想外だったがさすがだぜ。
兵頭は俺がスカウトしてきたんだ」
「へぇ、俊がそんなことしてたんだ。
兵頭って子の何を買ったの?」
「まず間違いなく他よりも秀でてたのが童貞力。戦闘センスはねぇがな。
あいつには生まれ持った生粋の童貞力がある」
「なにそれ」
まあ、分からないのも無理は無い。俺が勝手に名称を付けたからな。
「ただの童貞力じゃねぇ。あいつは生涯童貞の才能がある。それが聖童師としての才能だ」
「そんなのが何に繋がるの?」
「いいか。聖童師にとって童貞であることは必須だろ。あいつはそれが体から滲み出てるんだよ」
「そんなの見て分かるようなものじゃないでしょ」
「そうかもな。でも俺には分かったんだ。
あいつの将来性を見た」
「へぇ、確かに今その予兆はあるけど。大罪三体と出くわすなんて普通ありえないから」
「元々聖気量が多いのはわかってたが、この間会った時は内包する聖気量が桁違いだった。
それだけでデカいアドバンテージだろ。
童貞力はそのまま聖童師としての成長力を示してると俺は思ってる。
あいつは生涯成長し続けるってな」
完全に俺の勘でしかないけど、俺には十分な経験があふ。だから全く外れてることは無いと思う。
「それと、あいつ助に腕飛ばされても一切怯まなかったんだよな。あれ多分何回か死んでんな」
「は?」
「俺も道楽以外に何回も死を体験してるってやつは知らねぇが。
死を味方につけた奴は底無しに強ぇぞ。
わざと聖気での防御もしてなかったみたいだしな。柔軟性がある。
だから助のカウンターで軽く腕が吹っ飛んだ。聖気で防御してりゃ、ある程度は凌げるからな。自分の体を囮として使ってやがるんだ。
現時点でその上を行ってる弾間は測り知れねぇ。空と同類だな、上限が未知数。
その一学年上には中村に山本」
妄想が膨らむのは仕方がない。世代を代表するやつが何人も出てくるのは久々だからな。
「そうか、ついに来るのか。新世代」
入院中の向ヶ先と野呂間を覗いた五貞の三人。明乃森、浄静司、蓮華桜。
三芸貞の代表として三人。戸津、應永、間壁。
防衛大臣と防衛管理委員会の二人。
調停省の天道。童帝の道楽。
計十一人が一室に集まった。
険悪な雰囲気が漂いながらも会議は進んでいく。
今回ヒクラシスの花園のリーダー花園杏奈を取り逃した事。
そして花園の童質の脅威度。
向ヶ先の状態から推測し導き出された答えは放射能。向ヶ先の細胞はボロボロになっていて、腕だった黒い物体は絶えず放射線を放っていたということ。
そして花園は特異指定殺害対象となった。
特異指定殺害対象。
人類に害を成すとされる童質を持った者が対象となる。
これは吸血鬼だけでなく人間にも適応され、対象となった者が行為の予兆を見せた場合、即刻殺害対象となるというものだ。
この中では道楽と空がそれに該当する。
つまりこの二人は反逆行為即死刑となる。
貞操の喪失で済まされないのは、万が一吸血鬼になった場合、確実な脅威になるのがわかっているからだ。
吸血鬼にさせない為にも確実に殺す必要がある。
過去にも屈指の聖童師が時を経て吸血鬼になったという事例がある。
その為、徹底している。
これを人間にも適用させたのが三芸貞だ。
他にも何人かいるが、中村と山本も候補に上がってきている。
強大な自然の力を操る事が出来る中村。
情報という人間社会を狂わせる程の力を持つ山本。
特に山本は既に確定してるだろう。
どこからでも情報を発信出来る現代では脅威以外の何物でもない。敵になれば千載一遇のチャンスも何も無い。
これが聖童師になって二年、末恐ろしいが頼もしい。空の言う通り新世代が来てる。
話が逸れたが、花園の童質は放射線を放つものと断定された。
対処法は確立されておらず、その場の適切な対応を求められた。
なんとも無責任だが、聖童師とは元々そういうものだ。自分の目で見て自分の体で体験するのが一番早い。
自ら実感して分かることもある。
そして会議も終盤に差し掛かる。
ほとんどの議題も消化し、現状報告なんかが飛び交う。
「俺は今日限りで五貞を降りる」
室内の空気がピタッと固まる。特に顕著に表情を険しくしたのが管理委員会の二人。
メモを取っていた手が止まり顔を見合わせる。
「それはどういう了見で?」
当然ながら管理委員会側はいい顔をしない。
「今の俺にとって必要だからだ」
「組織に属しているのにも関わらず個人を優先するんですか?」
「結局は聖童師の為になる。時間が必要なんだ」
わかってはいたが管理委員会の一人が噛み付いてくる。
正直ここで話し合うつもりは無い。最初から折れるつもりは無いから押し通させてもらう。
「私も。最近、芽が出始めた粒たちを伸び伸びと育てたいからこもろうかな」
「それで俺たちもここに呼んだってわけか。」
三芸貞を呼んだ一番の理由に、これだけの大事には現場にいてほしい。
聖童師の中核を担う三芸貞の了承は必要不可欠。変に騒がれないためにも理解してもらいたい。
「それは無責任じゃないですか?」
そんなことは無い。
そもそも俺たちが抜けても困る事は無い。時代によって五貞の形は変わるからだ。俺たちの代は戦力に偏ったが強さにこだわりがある訳じゃない。
頭の回るやつを置いておけば問題無い。
むしろ管理委員会にとっては楽なんじゃないかと思う。
それに二十年弱やったんだから逆に十分すぎるだろ。一時代の権力がそんなに続いたら組織に柔軟性が無くなる。
それもあって辞めるにはちょうどいいっていう考えがある。
「私は頼まれたから五貞になったし、相応の責務は果たしたと思うけど?
十何年、私たちに責任を押し付ければ気が済むの?いい加減変わったら?
いつまでもちまちま動いていないでさ」
「力を持つ者が責任を負うのは当然でしょう。それに見合う程の厚遇は用意しているのですから」
「私に言うこと聞かせたいなら力で屈服させてみなよ。それならなんでもない言うこと聞いてあげるからさ」
「五貞で好き勝手やらせてやっただろ!」
熱くなってか、椅子から立ち上がり机に身を乗り出す。よもや空に対してここまで迫るとは思いもしなかった。
力を引き合いに出したのが癪に触ったのか、今日初めての怒鳴り声が室内に響く。
「さっきも言ったけど、それは頼まれたからやったの。私の中にある超超微小なお人好しさの気まぐれだから」
対して空は座ってる椅子の背もたれに寄りかかり、扇子をいじりながら気だるさを見せる。
膠着状態が続き、戸津のじいさんはいびきをかき始めた。蚊帳の外の者たちは関わりたくないのか自分の世界に入っていく。
「だったらそれだけの力を私に示しなよ。人は従わせるものでしょ。ハリボテの地位じゃ難しいだろうけど。
それとも力で従わされたいの?」
戦場に身を置く者同士ならそれでもいいのかもしれないが、今回はそれが出来ない。
事務をこなす者たちとは力の土俵が違う。
「ほらちぃちゃん(道楽)がかわいそうでしょ。誰よりも力があって誰よりも束縛されて。
少しはちぃちゃんの為になったら?早くこの話を受け入れればも休ませられるのに」
「ちょっ、私を巻き込まないでくださいよ。強く出れないのわかってますよね」
ついには道楽までも引き合いに出し始めた。
長く伸びた銀髪を揺らしながら慌ててツッコム道楽。
自分で言うのもなんだが、俺と空を慕ってくれている。いつまでも下からなのはそれが関係している。
俺と空が教師をしている時期と重なり、当時戦えるようになった道楽は空によく刻まれていた。
その後輩として転校してきた天道は道楽をよくいじり、いつしか空の真似をしてちぃちゃんと呼ぶようになっていた。
そんな二人が最強の地位に立っていて今も仲良くしているのは微笑ましい。
何年経っても教師と生徒という関係が抜けないからか強く出れないでいる。
そしていつもやれやれといった感じで付き合わされている。
度が過ぎて空いつか殺されても驚かない。
一つ付け加えると、道楽、天道は空と何度も戦っているが一度も傷を負わせる事が出来ていないという。
「今まで通り依頼はこなす。後進の育成もする。
ただし五貞は辞める。それでいいだろ、テキトーに肩書き欲しそうなやつにやらせればよ」
「分かりました。
我々も後進の育成については手をこまねいていましたので助かります。
すみません。突然の事でつい熱くなってしまいました。
で、どちらで育成なさるおつもりですか?」
「教えねぇよ。どうせ押し掛けてくんだろ?」
「なるほど。
まあ、言質は取りましたからこれからもお願いしますよ。益々のご活躍をお祈り申し上げます」
「まぁ分かった。俺たちもお前らの五貞脱退を認めてやるよ。
そもそも蓮華桜の言う通りこいつら長すぎんだよ。もっとバンバン変えていこうぜ。その方がおもしれぇだろ」
「面白さで決めれませんよ。日本の未来がかかってますから」
(カパチっ)
戸津のじいさんの鼻ちょうちんが割れた。
「終わったかの。
それじゃあ帰るとするか。あぁ、長時間椅子に座ってると腰が痛い」
全身にみっしりと詰まった筋肉を持つじいさんが、よっこらせと声を漏らしながら腰を上げて部屋から出ていく。
それに続いて應永、間壁も出ていった。間壁は部屋を出る前に律儀に頭を下げていった。
相変わらず謎の低姿勢。どうやって育てられたらああなるのか。三家の育てられ方をすれば他の二人みたいに他人に気を使う事が無くなるはずだけど、三芸貞の突然変異種だな。
それから空、道楽、天道と一緒に部屋を出る。
仁は部屋に残り、管理委員会の二人と何か話していた。
「浄静司さん。後進の育成ってあてがあるんですか?」
四人で歩いてると道楽がそんな質問をしてきた。
「まぁな。めぼしい奴はいるから声掛けてみてどうなるかだな。育成なんてひたすら実地訓練で問題ねぇだろ」
「そうなんですか。
浄静司さんなら心配無いですけど、まさか蓮華桜さんが育成するなんてどういう風の吹き回しですか」
「いいだろ?今はそういう風が吹いてんだよ」
「なにいい感じに言ってるんですか。
それに痛めつける以外にできるんですか?すぐ逃げられませんか?
現にあの時だって私と天道以外耐えられなかったじゃないですか」
の根拠の無い自信に不安が募る道楽。実戦形式の特訓はそれはもう、地獄絵図だった。
最高の切れ味を持った風の刃が尋常な数グラウンドを飛び交っていたからな。それを耐え抜いたんだ、二人が弱いはずが無い。
「逃がすようなヘマはしないよ。
言う事聞かすのは得意なんでね」
「それ絶対蓮華桜さんにしばかれてますよね」
「細かい事はいいだろ?経験だよ経験。
どうなるかはやってみないと分からない」
「それはそうですね」
やってみて分かる事もあるし、挑戦しなければ何も始まらない。それには納得する。
これまでの経験でそれがわかっているのだろう。
「久々に飯食いに行くか」
「いいですね。あそこがいいです、逆月」
「俺たちが行くってなるとやっぱりそこだよな」
「「ご馳走様でーすっ」」
二人が調子よく口を揃える。
昔からの行きつけで外で食べる時は大抵そこになる。
「私はこの後行くところあるから」
「了解」
「「お疲れ様です」」
「うん。じゃあね」
空と別れて俺たちは料亭逆月へと向かった。




