六十話 射聖
花園杏奈
赤髪ロング。赤のビキニアーマー。
「ふふ。私に抱かれたいのはあなたなのね、向ヶ先くん。
あなたの童貞いただきます」
「お前たちには関係無ぇがよ、次の世代がもうすぐそこまで来てんだわ。
そんな奴らのために、俺たちの最後の一仕事と行こうじゃねぇか。
まだまだ引退する気は無ぇんだがよ、お前ぇらを潰して気持ちよく次の世代に引き継いでもらおうなんて俺ん中で考えてんだわ。
だからよぉ、何が言いたいかっつーとよぉ。
お前には勝つぞ」
あいつらいいもん持ってるんだわ。
兵頭に弾間つったか?逸材だぜ、あいつら。
中村と山本を筆頭に各地でポツポツ頭一つ抜けてるのが出てきてる。
まぁ、綺麗に引き継ぐつもりなんざ無ぇんだがよ。最後にそいつらと戦って引退ってのも悪くはねぇよな。
俺はあいつらの壁でありたい。超える壁があるかないかで、その先の心意気が変わってくる。めんどくさいおっさんすぎるかね。
妄想が膨らむな。
そんなわけで、全霊をぶつけるぞ花園。
それにふさわしい相手だからな。
「確かにこの戦いで引退するっていうのは間違っていないわね。
なぜならここで君は敗れるのだから。
ふふっ。カッコつけちゃって、私の前では素直でいていいのに。男の子ね」
「俺はお前の外見が好みだからよぉ。カッコつけてるってのは確かに間違っちゃいねぇな。
ただ、その格好はいただけねぇ。全くもっていただけねぇ。飴玉をすぐ噛み砕くやつくらいいただけねぇ。
お前がその格好を貫く限り、俺に隙は無いと思え。
俺はどっちかと言うと防寒具を身に纏う女が好みなんだ」
「好み、好む、好まない。興味無いわそんな事。誰が相手であろうと、戦いの後には私に惚れているという事実がそこにある。
ただ、それだけなのだから」
「その性格、悪くない。非常に俺好みだ。
こんなにも会話を続けるなんて俺は既に好きなのかもしれない。だがな、その服装でいる限り、完全に傾くことは無いと思え」
「最初からこうも好意を向けられるとなんだかやりづらいわ。そういう作戦なのかしら」
「違う!はっきり言おう。
服装以外大好きだ!是非とも力づくで惚れさせて欲しい。俺は全力で拒絶するがな!」
「言っている事が無茶苦茶ね。」
「くそっ。もしやこれがお前の童質か!」
「いいえ、まだ何もしてないのよ。あなたが勝手に盛り上がっているだけなの」
「ならばこれは……運命っ!何たる業…。
しかし、断ち切らねばなるまい。俺は運命に抗ってみせる!運命の相手であるお前を完全に好きになる事は無いと思え!」
「俺は五貞の向ヶ先 六助。お前を倒す」
「花園 杏奈。世界を均す星の元に生まれた存在。あなたはその過程の一人にすぎない。
私欲を尽くしてあなたを潰す」
((…………))
「…さっさと来いよ」
「君が動けば解決じゃない」
「俺はカウンター使いなんだよ。知ってんだろ?」
「「……」」
なんだよこのしんとした空間はよ。
なんで動かない。既に攻撃は始まってる?いや、さっきの口ぶりだとそれは無いか。
何を待ってる?
攻めてもいいものか、待った方がいいのか。
お互い一歩も動かない。
(テロリっ)
花園は右手を口元に持ってきて指を舌にディップした。
(来るか)
指が舌から離れると間を透明な唾液が糸を引いた。
俺の理想像からどんどんとかけ離れていく。俺はお淑やかな女が好みなんだがよ。
これが最近流行りの蛙化現象ってやつか?恐ろしいぜ。
唾液の付いた右手をこっちに向かって縦に振るった。
(シュっ)
何か、水滴のようなものが飛んで…唾液か!
なんつーもん飛ばしてきてんだあの野郎!!なんの意図がある。唾液を飛ばすことになんの意味が。
聖童師歴数十年の経験則から唾液を飛ばしてくるやつの考えをプロファイリングして最悪を想定しろ。
撹乱、感染、汚染、爆発、毒、魅了、弾、追尾、
ありがたいことに飛んでくる唾液の速さは一般的だ。
手袋をはめて弾く。
弾いた後を最大限に注意しながら経過を見る。初見での対応が後の勝敗を分ける。
童質の理解があるかないかが大きなアドバンテージとなる。
(ピシュっ)
左手の甲で弾いてみたが特になんの変化も訪れない。手袋も至って無傷だ。この唾液に破壊力は無いのか。だとしたら毒かそっち系だろうな。
手袋をして正解だった。
あんな服を着てるんだ。ただの奇行の範疇として捉える事が出来る可能性も捨てきれないのが恐ろしい。
いやらしいぜ全く。選択肢を増やしてどうすんだよ。
触れたものを何かに変質させるのか、唾液自体に何かあるのか。
両方警戒だな。
返拳受罪。これを持ってして引くことは許されない。俺が許さない。
おまえの童質が遠距離タイプならよぉ、前に出るぜ、ダダンっ!とよぉ。
また指を舐めたか。
不気味なのは変わらないがネタは割れてんだ。飛んでくる唾液に注意すればなんてことは無い。
(ブゥン)
振られた腕から放物線を描いてこっちに飛んでくる。
近づく俺に対してしっかりと計算された落下点。このまま進めば接触する。
今度は随分とゆっくり飛んでくるな。当てる気がない?いや、その唾液が内包しているエネルギーはなんだ!
さっきと同じはずが、纏う聖気の異様なエネルギーに、俺の中にある危機感が過剰に反応している!
浮かび上がる可能性としては、威力と引き換えの遅さ。当たったらやばい。
避けながらも、眉毛を数本引っこ抜いて降ってくる唾液に投げつけた。
(ドジュっ)
「なんだと!?」
決定的な瞬間をしかとこの目で見た。
唾液と眉毛がぶつかった瞬間、黒かった眉毛は白くなりホロホロと崩れ散っていった。
シュレッターにかけられた紙よりも細かく、塵となって消えた。
細胞を殺した?外からでは無く内からのダメージ。
さっきは手袋で触れても問題は無かった。
果たして、手袋だったからか距離の問題か。さっきと違う状況はそれくらいだった。
一つ言えることは素肌で受けたらマズイ。
手袋で防げる事をこの距離で試したい。
もう一度来いや。
(シュンっ)
(くそっ!)
一瞬踵を地面に着けちまった。ここに留まることを悟られて距離を詰められた。
先手を取られる…が、そこは俺の土俵だぜ。
(スワンっ)
スラリと伸びた白い脚が鎌の様に振り抜かれ、素早く引いた俺の右腕を力強く叩く。
腕を警戒しずぎたのか少し不十分な体勢で蹴りをもらう。
(しまった!)
思いのほかズシリと重い蹴りに足が地面から離れて体が数mm浮く。
この時間ロスはでかい。
コンマ五秒のカウンターが間に合うかどうか。左拳を握りながら右足を先に着く。
けど、これじゃあカウンターが間に合わない。
走り出す拳の軌道を変える。
最善を選択しないのは俺の主義に反する。
戦いに真摯である事に比べたら紳士さを捨てる覚悟を俺は持っている!
許容するんじゃない。拒絶するんだ。
戦いの中で男としての紳士さを許容して敗北するんじゃない。拒絶して勝利するんだ。
戦いに対してそれだけの信念を俺は持っている。
細い腰を狙っていた拳を少し上げて、胸に狙いを定める。
その距離十数cmの短縮がコンマ一、削ることが出来てカウンターが間に合う。
それほどまでにこの状況はシビアだ。
(ブワンっ)
「ひゃふんっ」
拳が触れてカウンターが発動しダメージが加わる。
そんな時に、乙女のような甲高い消え入りそうな悲鳴が、花園の胸が跳ねるのと同時に聞こえた。
「カマトトぶってんじゃねぇ!
ったくよぉ、惚れるのは時間の問題だぜ。早く勝負を決めねぇと」
あんな仕草をされちゃあよぉ、磁石を近づけられた砂鉄のように過敏に反応しちまうじゃねぇかよぉ。
その仕草にはグッとくる!俺の心を突き動かすとんでもねぇエネルギーがあるぜ。
やらせちゃダメだ。この向ヶ先 助六は下心にめっぽう弱い!
だからこそ奥手な女が好きなんだが、まさかこんなにも大胆な女が奥手の演技をしてくるなんて予想外だぜ。
オタクに優しいギャルのようなギャップに心動かされちまう。
俺の童心がよぉぉぉお!!
胸を腕で抱え込む女性特有のポーズと反応をしながらも、その体勢に一切の隙は無かった。花園 杏奈、やはり強敵。
ひらりと舞う赤毛の先から数滴の汗が滴り落ちる。
見えていたのか、動かした掌に拾われた。
嫌な予感がするぜ。
(シュつ)
弾丸よりも速くそれは迫った。
聖気を纏った汗が破格の速さで飛ばされた。
眼前に迫った汗を持ち上げた左手で防ぐとすぐ後に飛んできたもう一発も防げた。
なんだったんだ…。手袋には水滴も付いてないし、何か異変が起きた様子も無い。
唾液とは効果が違うのか、それに飛んでくる速さも段違いだ。
この二つにはどんな違いが。
「まずは二百マイクロシーベルト。手袋なんかじゃ防げない。
それは着実に君の体を蝕んでいくわ」
単位がなんのこっちゃわかんねぇが、毒かなんかか。くそったれ、こいつはとんだスロースターターだぜ。
唾液による直接的なダメージ。
汗による遅効性、累積によるダメージか。
長引けば長引く程、手数が増していく。近距離じゃないと攻撃出来ないけど、そうすると自然と運動量が増えて汗をかく。不意に飛ばされる汗を良けれるかどうかだな。二百マイクロシーベルトがどれほどなのか。俺の体の許容量も分からねぇからな。
短期決戦を仕掛けるか。
そうして接近戦が始まるも、決定打は打ち込めずカウンターも威力がいまいち。
花園は打撃で決めに来ないからカウンターに乗算される力がほとんど無い。
その間にもぶつかる拳やら滴り落ちる汗が俺の体を蝕んでいく。
蓄積が一定のラインを超えたのか、体に異変が出できた。
症状が出て初めてその厄介さを知る。
握力が無くなりだんだんと拳を握る力が弱くなっていった。疲労とかそんな自分の弱さなんかじゃねぇ、こんな短時間で疲れるほど柔な体じゃねぇ。
心拍数も上がって体温の上昇が著しい。
明らかな以上が俺の体を襲う。
「はぁはぁ…。
体の血液が沸騰してるみてぇに熱い」
「やっと効き出したみたいね。
既に総量で言えば、三シーベルトは下らないわね。立ってることすら辛いんじゃないかしら。
私の『射聖』に慄きなさい」
確かにその通りかもな。息が上がってまともな思考もできてるかどうか。
どうしてこんなに追い詰められてるんだ?
相手の童質が分からなくてへっぴり腰になってたからか?攻め時を見失って防御に専念したからか?自分の童質を過信してたからか?
驕り高きは根株に沈む。
自分を見失ってたぜ。
いつから自分が強いというバイアスをかけていた?
見当違いも甚だしいぜ。俺の強みはいつだって起承転結無視のガン攻めだろうがよぉ!
フルバーストで立ち上がれ。
「童質改変。『後手御手神手』」
(デュクシっ)
背後にそびえ佇む二本の腕。金色に輝く巨大な腕がどこからともなく現れ浮いている。
「バイブス上げてけ圧し潰せ!」
(グォン!グォン!)
二本の腕が重々しく動き出し、瞬きの速さで俺の背中を圧し潰す。
「ぐぁっぐ…」
「何をしているの…まさかっ!」
呆気にとられたが直ぐに何かを予見する花園の懐に潜り込み、意志の強さで握った拳を振り抜く。
「あがっ!!」
くの字に折れ曲がる花園の体。
背中へのラッシュは終わらない。連動するように花園へラッシュを叩き込む。
(グォン!グォン!バゴッ!ガゴッ!)
常人の攻撃とは比にならない程の威力で殴られ続ける俺は、カウンターを全て花園に向けて放っている。
理不尽、不合理。
全くもって筋違いなカウンターが飛んでくる。
カウンターの威力は如何程か想像するだけで恐ろしい。一秒間に何十発も叩き込まれ、その一打は軽く地面を抉れる程の威力を持っている。それが俺の拳に集約し乗算されている。
常人なら弾け飛ぶ程だろうか。
花園はそれを聖気で何とか凌いでいる。
ついには吐血し、身体中から血が吹き出る。
覚悟を決めたからってこうも一方的になるだろうか。なにか思い違いをしているような、このままだと足を救われるような悪寒が身体中を駆け巡る。
血液…。関係無いという方が無理あるのではないだろうか。唾液に続き汗、もれなく体液が花園の武器になっている。
そして今、目の前で大量に吹き出る血液ははたして無害であるだろうか。
否である。二本の腕を止めて最後の打撃分も花園に叩き込む。それから後ろに飛んだが、失敗だった。
ただ、垂れ落ちてくるなら余裕で避けらていたが、花園は今まで体液を飛ばしてきていた。
なら血液もそうするだろう。
しかし、今までとは違い手を使う事なく、弾かれように飛んできた。
(プシャアっ!)
全てを全身で受けてしまった。
「ただでは……転ばないわ。君だけでも落としていく…わ」
ゼェハァと息を切らす花園。
べっとりと血に塗れたはずの俺の体は綺麗さっぱりだった。
「今のでざっと五シーベルトね。殺すつもりはなかったけどやむを得ないじゃない。私もギリギリなんだから。
君は既に死んでいてもおかしくない程の量を取り込んでいるはずよ」
(ぐわんっ)
視界が揺れて体から力が抜ける。
だらんと垂れた両腕は指を動かす事も出来ない。
「けはっ」
咳をすれば血を吐き出す。
目も鼻も口も耳も付いているのか分からねぇ。
(がたっ)
白黒の世界でうっすらと見えたのは花園が膝を着く姿。
(まだ死んでねぇ。俺は死ぬまで死なねぇ!)
尽くせ。果たせ。全うしろ。
(ばいぶすあげてけぇ!)
「おれを…なぐれぇ!」
(グウィン。ぐごごごご…グォン!グォン!)
操り人形のように、ゆらゆらと。そして錆び付いた機械のようにギシギシと拳を握り、瞬きの速さで背中が殴られた。
「おごぉっ!」
耐える力は残っておらず、前に吹き飛ぶ体は一直線に花園へと向かった。
「繰り出せ!合わせろ後手ぇ!!」
(ギィンっ!)
後ろで金属が擦れた音はまるで返事の様に聞こえた。
気力を振り絞って右拳を前に出す。
もう腕を上げる気力すら無いのか。肘が曲がって拳だけが前に出る。
(いいんだ…これでいい)
(グォン!)
背中が殴られ、吹き飛んだ先には花園。
(グォォン)
二発目は無く、後ろから右腕を押された。
(ブォン!)
押された右腕は花園の腹にめり込んだ。
「「ぐはっ!」」
吹き飛んだ花園は動けず地面を転がっていく。それと同時に俺はさらに血を吐いた。
(ギリギリたった。土壇場での挑戦は成功するものだな。初めて後手に殴る以外の事をさせたけどやってみるもんだな)
今回は一発分の攻撃だったけどそれでもあの状態からなら十分なダメージ量なはずだ。
二本の腕に殴らせてから俺の右腕を押したら多分間に合わなかった。
それに耐えられなかったと思う。カウンターを決める前に俺が倒れてた。
たからこそ、これで決まって欲しい。
動かないでくれ。もう、何がどうなってるか確認できねぇよ。
「助ぇ!!はやくそいつを殺せぇ!
瀕死のまま放置するな!何か嫌な予感がするぞ!!」
んぁ?今、俊(浄静司)の声が聞こえたような。なんて言ってたっけか?
俊のところはもう終わってこっちに来たのか。加勢か?かっこ悪いが頼む。
人はどのようにして成長するのだろうか。
答えはとてもシンプルだ。
それはいずれも、自分の中にある可能性を信じた時。鍛造された覚悟が魂となって肉体的、精神的な成長を遂げる事が出来る。
この窮地において、この思考に辿り着けた事が私の成長。
成長する為の核が備わった。
これは前回の侵攻で必要なかった敗者としての覚悟。
”死なない” ”計画を完遂する” この二つを完遂する為にはどうするか。
それはこの場からの緊急離脱ただ一つ。
今回は失敗で良い。
しばらく時間を置いて、折を見て新たな計画を実行する。その為に今はどうにかしてこの場から生きて帰らねばならない。
優しさだけでは何も成し得ない。今、私は非道になる時だ。
それが今の私にとって最前の選択だと心から理解している。
燦燦と無様に倒れる私を照らす太陽。
雲の上で遮るものが何も無く、眩しくて視界が真っ白に輝く。
瞼を閉じてもその光量が弱まることは無い。
ギャンギャンに降り注ぐ紫外線。日光浴を通り越して紫外線遊泳。
もはや紫外線を纏って私が紫外線に……。
成れるのなら…そうだとしたら。
この死に体だからこそ用意は整っている。
「原子の跳飛、崩壊を辿る二重螺旋、溶けだす内核、変質するイカロス。閃く暗黒。濡れ衣畳んで替衣。」
「童質改変。『着床侵竄孕落』」
(デュクシっ)
悪の帝王として世界に立つもの悪くないわね。
独裁者となってみるのもどうかしら。
地に伏しながらも体から流れ出る血液が宙を舞う。
(ピュンっ)
射出した血液は向ヶ先くんの腕に付着した。
(グォン!)
またかしら。あの腕をどうにかしないとダメそうね。
ひとりでに動いた巨大な金の腕は血液が付着した向ヶ先の右腕を叩き潰して切り離した。
既に痛みは感じていないの身悶えすることは無かった。
それでももう遅いのよ。
放射線源化。付着した血液は向ヶ先くんの腕を細胞から壊していく。ただし、それだけには留まらない。
その腕は既に放射能を持った別の物体となり、目に見えない完全なる放射線を放つ。
血液が付着した物体は、放射能を持った何かの物体となり、周囲に放射線を撒き散らす。
タイミング悪く浄静司くんが来たけど問題ない。この距離なら逃げ切れる。
雲の縁から身を投げ出す。
「今度会った時は容赦しないよ。人間も吸血鬼も力で押し通させてもらうわ」
(ズドォォォン!!)
━━━━━━━完━━━━━━━




