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万古闘乱〜滅ぶのは人間か吸血鬼か〜  作者: 骨皮 ガーリック
万天遊園
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五十八話 力の差

 蓮華桜(れんげざくら) VS 愛美(あいび)


 目の前にはヒョロガリの露出魔が一人。黄色のハイレグビキニにニット帽を目深に被った男がいる。

 

 栄養失調気味の男はそそられないんだよ私。出来れば筋肉質な男が相手だったらどれほど良かったか。

 男がたった一人で何ができるんだ?竿は二つあって初めて磨かれ研ぎ澄まされていくんだ。(超持論)

 そんな思いは胸にしまって私は着物の袖を翻(ひるがえす。

(ファサっ)


 なんの意味もない形だけのもの、それっぽく見せてるだけのただの舞い。

 それから一つ、下駄で地面を鳴らす。

 なんてことは無い動きだけど、これが私の心を落ち着かせる。

 マイナスの時もプラスの時も平常に持っていけるルーティン。




 なぜ、この僕が蓮華桜せ、蓮華桜と戦う羽目になってるんですか。

 これも母の導きですか…。難儀。


 正一位に勝てる見込みがあるんですか?わかりません。僕にはわかりません。母がそう言うのであれば僕は戦います。力の限り戦います。

 どんなに険しい道のりだろうと、最後には必ず最良の結果が待っているんですよね。

 母の声に従います。あぁ…いつものように僕を導いてください。

 彼方より届く誘引の母声(ぼせい)


 胸の前で合わせた手をぎゅっと握りしめ、隠れた瞳で天を拝む。


(右に跳びなさい)

 凛とした、でもどこか温かみのある声。

 それは紛れもなく十年前に天へと飛び立った母の声。

 生まれてこの方母の言葉を疑ったことは一度も無い。

 だからこそ僕の体はコンマ一秒後には、右側に跳んでいた。

(シュっ)

 それと同時に蓮華桜の扇子が開かれた。

 扇子は地面と水平に口元へと添えられていた。


(シャンっ)

 ほんの僅か数瞬後、さっきまで僕の顔があった所の空間に切れ目が入った。

 何をしたのか、童質を知らなければ皆目見当もつかない。昔からこの人はそうだ。

 だけど僕は知っているから、その一挙手一投足に最大限注意する。


 母の顔を思い浮かべるだけで、下腹部が熱くなる。

(ズキィンっ!!)


 生前、温厚だった母は一人で僕を育ててくれた。父はおらず、仕事から帰ってきた母は一切疲れた様子を見せずに家事をして、勉強を手伝ってくれた。

 十五の春、母が倒れた。


 僕はバイトを始め、家の布団で寝たきりの母を支えるために頑張った。

 あの太陽のような温かさを持つ母が段々とやつれていく姿を見て欲情した。

 十五年、僕になんの不自由も感じさせず、僕の前ではいつも元気だった母の世話をしている。

 これは家族愛なんていう美しいものじゃない。

 もっとドロドロと濁った歪んだ愛。

 僕は母の全てを奉仕した。けど、程なくして母は天へと飛び立った。


 僕たちは今、文字通り一体となっている。これこそ完成された永遠の愛。僕が生きている限り母も生きている。

 真実の愛が死如きで崩れるはずがないだろう!

 僕は母といるために生きる!


 僕はマザコンだ。

 童質は母と(マザー)の交信(コミュニケーション)


 母の声は未来を視ているように僕を導いてくれる。



(しゃがんで)

 導き通りにしゃがめばさっきと同じように頭上で空間に切れ目が入る。

 今度も口元に扇子を持っていっている。


 やっぱり母は偉大で愛おしいです。

 これなら蓮華桜せ、蓮華桜にもそう簡単に負けないと思います。




 なんだこいつ、さっきから私の攻撃を避けててる。いや、攻撃するタイミングで避けてる?

 予めそこに攻撃が来るのをわかってるように避ける。そんな簡単に避けられるような攻撃じゃないんだけどな。

 久々に技を使うかな。



切吹(きりふき)

 広げた扇子の先を男に向けて口元に持ってくる。ふぅっ、ふぅっ、ふぅ、と小刻みに扇子に息を吹きかけた。


 さあ、今度はどう避ける?



(右手上げて。左手上げて。右足上げないで。左足上げて)

 よっ。ほっ。そぉれっ。両手片足を上げたから右足だけでバランスを保つ。

 体スレスレでカマイタチの様な風の刃を感じる。

 いよいよ蓮華桜の攻撃が激しくなって母も盛り上がって来たね。

 にしてもそれ危ないよ。引っかかったら切れるから。




 これは完全に先読みされてるね。いいよ、どこまで出来るか試してあげる。


 存外楽しくなってきたじゃん。

吐切(とぎれ)嘴射(すいしゃ)

(ふぅっ)

 吐いた息を扇子で✕印に切る。四つの三角錐が飛んでいく。



(両手上げて。ジャンプして。宙返りしてから地に伏せて)

 見えない攻撃に対して僕は完全に母の声に身を任せた。

(ズザっ)


 伏せた後、頭上を速すぎる何かが通り過ぎる。

 まじでどうする。こんな相手に突っ込む勇気ないんだけど。

 距離が近づく程、さらに回避はシビアになる。母の声だけじゃ対応出来る気がしない。


 首狩(くびかり)吐息(といき)

 吐いた息が刃となって対象を切り刻む。


 射程、速度、威力、全てが聖気の量、質に依存する。

 限界射程は測定不能。最高速は音速到達。生物の体を抵抗無く切断可能。

 理論上、その場でくるりと回りながら息を吐くだけで円形の刃が出現し可能な限り伸びていき、一歩も動かずに日本全土を更地にすることが可能だと言われている。

 ついた異名は切込(きりこみ)隊長(たいちょう)

 性格も相まってそう呼ばれるようになった。


 僕は知っている。ずっと前に近くで見て体験したことがある。


 なんだってこんな人と…。

 勝てる見込みはありますか?

(私が十全なバックアップをして、さらにその眼を合わせれば私たちに敗北は無い。

 それを使いこなせればだけどできるよね?

 私と散々特訓したんだからできる。


 子の背中を押して信頼するのが母の務め。

 大丈夫。どんな時でも私が着いてる。後ろは振り返らないで。

 愛してる)


「わかってる。もちろんオフコースさ!」


(それじゃあ意味が重複してるよ。先が思いやられるわ)


「久しぶりだから最初は手伝ってくれよ」

(ズバっ)

 目深に被ったニット帽を脱ぎ捨てて走り出す。目の前の蓮華桜を視界に入れて。


 ブレる蓮華桜の動きに脳が縮む。

「くっ。頭がおかしくなりそうだ」

(半歩左っ)




 男はブツブツ言いながらニット帽を脱いだ。

(はっ)


「その顔は……。愛美(あいび)か」


 覚えてる。私の記憶にバッチリと残ってる。

 忘れるはずが無い、教え子の顔は。



 愛美(あいび) (たける)

 交差した期間は短かった。

 いくら鍛えても戦闘能力は向上しなかった。それに加えて童質が無かった。

 そんな特殊な人物だったが、さらに特殊だったのはその童眼(どうがん)


 未来視。本人曰く三秒先の未来が視えるらしい。非常に優れた能力で特別視されていた。

 が、戦闘センスの無さと極端なシングルタスクということから童眼を使うと体が固まってしまうという本末転倒な始末に陥った。


 周りからの羨望の眼差しは薄れ、重なるようにして母親が亡くなった。

 そうして彼は聖童師界から姿を消した。


 そんな彼がどうして目の前にいるのか。しかし困惑よりも歓喜が上回った。

 どんな理由があってここにいるにせよ、私の攻撃を避けるまでに成長した事に素直な喜びを感じた。



(はっ!!)

 知らぬ間に興奮させられていた。

 心身ともにそれほどの相手だと認識したのか。抑えきれない昂りが息を荒くする。

(ハァ…ハァ…)


「感涙」


「覚えてくれてたんですか」


「けど、たった三秒先の未来を視て私と戦えると?

 気の赴くまま、風に乗せてお前を斬る」



(しだ)息吹(いぶき)

 頭上から降り注ぐ無数の刃。これは私の矛となり盾となる。

 未来視を使いこなせてるんだとしたら、これくらいじゃ物足りないか。

 時止めと未来視、どちらが厄介かね。




(ちゃんと制御出来てるね。ここからは完全にサポートに回るから混乱したら手を貸すよ)

「視える。視えるよ。

 考えまで透けて視える」


 どうせ僕を試しているんですよね。だったらどこまでも食らいついてみせますよ。

 母の命に懸けて。


(私もう死んでるんだけどな)


 不規則に降ってくるけど着地点がわかればなんてことは無い、ただの作業。

 答えがわかってる迷路と一緒でその道を辿ればいいだけ。


 刃が降ってこない所を全力で駆け抜ける。


「いいね、最短距離。その眼しっかり使えるようになってるな」


 そうです、使えるようにしたんです。

 今でも負担が大きいから普段は使わないようにしてますけどね。

 母が24時間365日そばにいたから出来たんですけどね。それくらいしなきゃ扱えないほどの代物なんですよ、これは。


 僕がさらに近づく前に蓮華桜は動く。


切吹(きりふき)

 扇子の角度を見れば刃の角度も自然とわかるんですよ。未来視するまでもない。


 地面を蹴って頭上を取る。右脚を上げて勢いのままに蓮華桜の頭へと振り下ろす。


(どぁっ!)


 既に視えてる未来とは違う攻め方をする。そうすれば一度で二度攻防の結果がわかる。

 数打って蓮華桜の攻め方を模索する。今は攻撃を当てられる気がしないから。


 振り下ろした脚は腕でガードされてそのまま滑るように掴まれた。

 それを見越して腕を反対の脚で蹴り上げるが、脚を離されて空中に放りだされる。


 わかってる。

 地面に手を着いてそのまま後ろに跳んで距離をとる。

 すぐさま飛んでくる刃を半身になって避ける。

 ったく。休めないよ。


「体術でなら勝てると思った?」

「最初から上手くいくとは思ってません。

 退避前提の攻撃ですよ。視えてますから」

「そうかい。強くなってて嬉しいよ」

「母のおかげです」

「ふーん。

 私の童質は獲物の殺し方なら知ってるんだけど捕獲の仕方は知らないんだ。難儀なもんでしょ。

 君が吸血鬼になってくれれば話は簡単なんだけどね。そういう訳にもいかない」


 そう。僕が人間の時点でこの戦いは僕にとって有利な状況なんだ。聖童師には吸血鬼を殺す権利はあっても人間を殺す権利は無い。

 殺せば終わりの吸血鬼退治とは違って牢屋にぶち込む必要がある。

 それこそ僕にとってのアドバンテージ。


 絶対的な力量差を埋める為の最高のカード。殺意増し増しの童質だからさぞやりづらいだろうな。


 それはそうと素手じゃ埒が明かないから僕も武器を持とう。

(にゅふっ)

 僕はナイフを取り出した。




「ナイフなんてどこに隠してたの。その格好じゃ隠す場所ないでしょ」

「裸でも隠せる場所はありますよ。刑務所入る時なんかもそこを調べるとか聞いた事ありますからね。それを参考にしました」

「それはいったい…」

「お尻ですよ」

「ほぁっ!?」

「お尻で挟んでましたからね。今まで以上に動きが速くなりますよ」

「そんな汚いの私に当てたら容赦しないよ」

「容赦してくれてたんですか。本気にさせてみたいですね」

「あんまり期待出来そうにないな」

「安心して下さい。視えてますから」


 んー、長引きそうだな。

 慎重に進めないとぽっくり殺しちゃいそうで踏み込めない。

 中途半端な強さなのが一番めんどくさい。大して強くないのに未来視が本人の強さを大幅に底上げしてるせいで、ある程度戦えてしまっているから本人は錯覚してしまっている。


 自分の弱さを見ない者の成長はすぐに止まる。見えてるものだけを見る、果たしてそれは本物かな。


 愛美を倒すには四肢欠損か心を折るか。

 どうだろうか。四肢を切り落として行動不能にしたとして、ここから欠損部位の治癒をできるやつの所まで運ぶのが間に合うだろうか。

 間に合わなかったとして、その責任を負うのは非常に嫌だ。金もかかるし。


 心を折って戦意喪失させる。これはまあ、時間かかりそうだけどできる。

 けっ。吸血鬼と当たったやつはラッキーだな。


 扇子を閉じて帯に差し込む。

息突(いきづく)止無(やむなし)


 大きく吐いた息が無数の粒となって一斉に飛んでいく。

 狙撃銃と散弾銃の良いとこ取りのような形で、一つ一つが高威力で当たれば肉片が飛び散る。

 でもこれは避けれるんでしょ、わかってるよ。


 危なげなくサイドステップの連続で弾幕を避ける。これはこれで見てて面白い。

 その動き出しを見ると私でもその先に弾幕の中に空白の隙間があるのがわかる。隙間が道みたいになってて綺麗にそこを辿ってる。


 その動きに毎度驚かされるね。もっと弾の間隔は狭くする必要があると。

 新しい発見がある。こいつ…使える。


 いやいや…卑しい私が出てきたよ。


 もっと試したくなる気持ちを抑えて飛び込んでく愛美を迎え撃つ。


 できることなら体術で完膚なきまでに叩き潰して心を折る。


 今までに無い格闘戦。

 変なタイミングで狙いを変えてきたり、動きを止めたりで型にはまらなくて読みづらい。

 聖気のゴリ押しで威力は最低限ある。

 未熟ながらも未来視で結構補ってくるじゃん。


 だからこそもったいないね。この程度でしか動けないのがもどかしい。未来が視えてるならもっと相手に選択肢を与えるような戦い方をすれば優位を取れる。

 それが未来視の特権でしょ。


(んあーーーーー!!)


 って、結構粘られてんじゃん。ちょっと今のままじゃ厳しいかな。


「ふぅっ」


 息を吐いて避けてる隙に一回距離を取って立て直す。

 戦意喪失させる。これが大事。





 僕から距離を取った蓮華桜はおもむろに着物の裾をまくってカチャカチャと股をいじる。

 な、何してんの。戦闘中なんですけど。

 白い脚が大胆に露出する。


(ズドォン!!)

 何かいじっていた股から何かが地面に落ちた。それも相当重い何か。


「ふっ、私の貞操帯は三十kgだ」

「な、なにぃっ!?」

 そんな制限をつけていままで戦ってたのか…。

 未来視のサポートを受けてた僕と同等以上に。

 これは少し、気合いを入れないとやばいかな。


「ねぇ、もう一度愛の言葉を囁いてよ。

 そしたら力が漲るからさ」

「なにを言ってんだ?」

(愛してる。死んでも世界で一番愛してる)

(僕もだよ)


「驚きましたよ。露出趣味があるのかと」

「お前たちと一緒にすんな。ちゃんと下着履いてるから」


 それで勝ったつもりか蓮華桜。勝負はまだ、決まってない。




 久々に貞操帯を外しての戦闘だ。風通しがいいねぇ、腰が軽い。

(スンっ)


 跳ねるように踏み込んだ一歩で十メートル先にいた愛美を捉えた。

 想像以上に体が軽い。


 足を払って胸を突いて押し倒す。


「こはっ!」(み━━)


風華(ふうか)


 無限大の数と形の刃が生まれ、天まで伸びる巨大な竜巻となって私と愛美を取り囲む。


 誰が見ても勝負あり。未来を視てる愛美はどうかな。


「…お母さん」

「誰がお母さんだっ」

 思わずツッコんじゃったけど、これはあれだ、私には言ってない。

 きっとどこかで見守ってる母親に向けて放った言葉だ。




(ここにいるよ。どこにいようとどんな時だろうと私たちはずっと一緒だから。

 今日も一緒に寝ようね)

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