五十七話 世界の定め
東京都。
「ねぇ、なにあれ。
変な雲ぉ。周りに一つも雲無いのになんか不気味ぃ〜」
「ほんとだ、なんか渦巻いてる。
写真撮っとこ。これは映える!」
((カシャッ))
空を見上げた者たちは、どこからともなく流れてきた雲の写真を撮り、SNSが盛り上がる。
ちょうどその時、五人の男女が東京の空を歩き雲の上に到達する。
「よぉ、変態集団。東京観光にでも来たのか?生憎とモラル持参の上、改めて地上からお越しくだされや」
「あら、浄静司くんじゃない。
わざわざ五貞をよこすなんてよっぽど聖童師界を崩壊させたいようね。
存分に楽しんでいってね、この天蓋降積の花園を。
天道ちゃんたちが来るかなって予想してたんだけどな。はずれちゃった。
あそこは可愛い子多いから、年下キラーの私が直接絞りたかったんだけどね」
「気色悪いぜ花園。世紀を超えた恋愛は人外の証だぜ」
「あらやだ。レディーは最も美しく咲いた時、時間が止まるのよ。だからなんの問題も無いじゃない。
それと私の事はマスターアダルトって呼びな」
「弘法筆を選ばず。花園 形を選ばずってか?
人を愛し吸血鬼を愛し男も女も愛し。
ははっ。生命の神秘じゃねぇか」
「よくわかっているね。私はただ愛でているだけなの、生物として当然の種の繁栄。それをしないのはもったいないじゃない。
あなたたちにもわからせてあげる。
それが人と吸血鬼から生まれた私の使命なのだから」
歴史上唯一確認された人と吸血鬼との間に生まれた生物。それが花園杏奈。
サンプルが無いから誰もこの女の体の仕組みを知らない。
「君たちに勝って東京に勝利の雨を降らせようか」
それにしてもその服装はどうにかならないかね。一瞬の判断ミスになりかねない。
特に野呂間、あいつはむっつりだからな。
「御託はいい。とっとと始めようぜ。
強姦魔たちの監獄輸送をよ」
「穢らわしい。種の繁栄の手助けって言ってよ、浄静司くんっ」
((((((シュっ!!))))))
直径八kmの円形塒雲を十二分に使う感じでそれぞれが散らばって行った。
俺が追ったのは青色のブーメランビキニを着た黒髪オールバックの男。
変態と呼ぶに申し分無い男だ。その格好でヤンキー座りは許されないだろ、色々とアウトだ。ほんとにギリギリを攻めてるな。
そしてこの男の情報は一切無い。つまり戦いの中で対応していかなきゃならなねぇ。
向こうは俺の事を知ってるだろうし。いや、自惚れてる訳じゃねぇけど、これでも五貞だから。有名税として戦う相手は基本俺の童質知ってんだよな。
その緊張感がいいんだよ。
てなわけで初めは慎重に蹂躙する。
(スパっ)
(何も無いところから手袋を出したか。
聖具か、はたまた童質か)
わざわざ自分の色に合わせたのか、両手には青色の手袋がはめられていた。
ますます変態度が高まってるんだがな。そこは考慮してんのかどうなのか、なんてことは知ったこっちゃねぇ。
必要なのはあの手に触れてもいいのか、ダメなのか。
花の絨毯を踏み均して前に出る。距離さえあればどうとでもなる。
厄介なのは概念に干渉されること。物理限界の範疇での出来事なら対応できる。
そんで空間支配の優位は絶対に取られちゃならねぇ。
つまりは慎重に相手に何もさせず、先手必勝で御し伏せる。
オールオーケー、問題無し。
大きく跳んで腰から抜いた毘沙羅紗を投げつける。
(シュっ!)
当たればラッキー、動きを止めればラッキー、あからさまな動きを見せてくれればラッキー、避ければ空間を縮めて引き戻しながら、格闘戦に持ち込む。
さあ、どうする。
放たれた毘沙羅紗は縮められた空間を通って一瞬で目の前まで移動した。
男は目の前に来た毘沙羅紗を掴もうと手を伸ばした。
(はい、決定)
掴まれる前に引き戻す。手元に戻った毘沙羅紗をしまって格闘戦に移行する。
あの手には注意しつつさらに考えるか。
とにかくあの手は刀じゃ切れないとみた。単に切れないだけか、破壊能力が付いているのか。
そこは自分の体で試すかな。
(ドンっ)
右拳を腹に叩き込む。伸びてくる腕は空間を伸ばして見送る。
「くっ」
「届かねぇよ」
回避する事すら不要。俺は空間という不可侵に守られている。
そこから左拳を脇腹に叩き込むが、こいつビクともしねぇ。
(世界が定める。
浄静司定俊の攻撃は効かない)
俺の童質が一度発動してしまえば何者も逆らうことは許されない。
それが世界のルールだから。
親には子がいて、兄には妹弟がいて、弟には兄姉がいるように。
海は塩辛く、空は青いように。
味噌汁は出来たてが美味しく、カレーは一日置いたらさらに美味しくなるように。
かき氷のシロップは味が一緒だって言うけど本当に一緒なの?って思うように。
浄静司定俊の攻撃は効かない。
(さあ、どうする!浄静司定俊!)
ああ…やられたわ。こいつが何か干渉した事に俺が気づいてないやつだ。
こいつそっち系かよ。武闘派な見た目してんのによぉ。
現状わかってんのは俺の攻撃が効かないのと防御はできるって事。
一旦距離置くか?何らかの制限があるなら正解だけど、無いなら無意味。むしろマイナス。
毘沙羅紗は使わないのが吉だな。
さてと、どうすっかなぁ。
あんまし本体は強くねぇんだよな。聖気の練度もそこそこだし、体術も無い。
童質全振りだな。
「なあ、戦いは好きか?」
「好きか嫌いかでやってない。これが定めだからやってるんだ」
こいつとは分かり合えねぇ。俺たちは根本的に違う人種なんだ。
理性で戦うか、本能で戦うか。
こいつは前者で俺は後者。
何が言いたいかって?相性最悪だぜ。
こういう奴らは正面から戦う事をしねぇからめんどくせぇ。戦いが無駄に長引いて気持ちよく終わらねぇ。
拳を交えても熱を感じねぇ。それが何よりつまんねぇ。
攻撃が効かない相手にどうするか。
答えは簡単、世界の理を崩す。
ただし、童質を創り変えるんじゃなくて頭を創り変える。
今回は摂理の崩壊じゃなくて真理の崩壊。
去年、道楽(童帝)に言われた事が頭を離れなくて一年山に引き篭った。
主観から客観への切り替え。それが意味するのは空間の捉え方が全く異なるということ。
ただただどこまでも際限なく広がっているのが空間では無く、一律で揃えられた立方体の空間が集合体となって存在しているに過ぎない。
何も無い所でも、何かある所でもそれが変わることは無い。
不変の連立空間こそが俺が導き出した新たな空間の捉え方。
部分的余剰次元の視覚化。
空間ブロック化の認識が特異点になった。
余剰次元の空間を動かせるようになった俺に攻撃が届くことは無い。
例えば弾丸が飛んで来た場合、空間の収縮によって生じたズレによって横を過ぎさる。
何がすごいかって、相手はそれを認識出来ない。不可視の絶対防御。
これは攻撃時にも適応できる。
あらぬ方向へと飛んでいった弾丸が、あれよあれよと気づけばこめかみに。
さらに、空間を動かすことによって生じた空間の隙間。認識出来ない空間が発生する。
そこには光が当たらない、けれども確かにそこに存在してるのに触れることが出来ない、そこは物質が存在しない暗黒空間。
パンドラの箱を開けたぜ。
余剰次元的暗黒空間の生成。
俺はそれを認識出来ないということを認識している。
ブラックボックス。
そんなふうに見えてる俺の世界はまるでゲームだ。地図に描かれている座標がまんま目の前に広がっている。透明なブロックの連なりがどこまでも。
ひょいと空間を動かせばこいつの拳は俺を避けていく。
まるで、ピーマン嫌いの子供がピーマンを避けて食べるように、自然と攻撃が避けていく。
(世界が定める。
浄静司定俊は動かない!)
「「」」
ぐあっ!?めっちゃ聖気持ってかれた!!
くそったれ、攻撃当たんなくて焦って選択をミスったか。
浄静司の童質は完全に動き、変化に重きを置いた能力だ。それを制限するっつうのは少しやりすぎたか。
それでも攻撃が当たらねぇってのはどうゆう事だよ。こんちきしょー!
無防備な浄静司の顔面を殴ろうってのに、俺の拳が避けていきやがる。
既にやつの術中にハマってんのか。
縮尺調法。あらゆるものの縮尺を変えられる。その童質の攻撃性の無さから、殺傷能力の高い聖具を持ち歩いてる。
それが毘沙羅紗。接触時間に応じて触れたものを凍らしていくっつぅ、厄介な武器だ。
だからこそ、初っ端で壊しておきたかった。
浄静司に距離の概念は存在しない。視界内、その全てが間合い。ただし、直線に限る。
障害物の多い所で戦うのが唯一の対策だが、残念ながらここには花壇しか無い。
浄静司にとっては最高のフィールドだ。
空間を縮めて詰めて来るのは脅威でしかない。でも、それは今封じられている。
防御しか出来ないなら怖くない。と思っていたがこれは…。
童質を使った回避か。空間に作用できるんだから当たり前か。今の現状にも理解出来る。
拳の先の空間をねじ曲げて逸らしてるのか。
てか、空間をねじ曲げるってなんだよ。セコォ。
ならどうすればいい。考えろ。
新たなルールを世界に刻め。俺が勝つために。
1、空間を曲げられる前に拳を届かせる。
2、曲げられた空間を突き破るほどの力を込める。
3、童質を使えなくする。
1だな。2は物理的に考えていくら強化しても多分無料。3は俺の聖気が絶対足りない。動きを制限するだけでめちゃくちゃ持ってかれたからな。
ってわけで1なんだが、どうすればいい。
浄静司の認識速度を超える力をどうやって。
そんなの決まってる。限界を超えればいいだけだ。
(世界が定める。童質改変)
童質で肉体の限界のその先を強制させる。
ぶっ飛んでるがこれが一番最善だ。自己犠牲無しに倒せる相手じゃねぇんだよ!
俺だって聖童師の端くれだ。戦いに慣れてなくてもやらなきゃならねぇ時が来た!!
既に新たな童質のイメージは定めた。
亜寒 一志。
なんでもいいから一つ、なりたい自分を見つける。それが親が付けてくれた俺の名前。
何よりも速い男になる。
世界に刻むぜ俺の存在!
『速人』
脚だ。跳躍して一瞬で近付く。そのために脚を強化する。
(ムリっ)
恐ろしく太くなった脚はしゃがみ込むと収縮する。
(ミリミリっ)
今にも爆発しそうな程にパンパンに膨れ上がる大腿筋。
(バチュンっ!!)
俺の体は弾丸となり放たれた。
(突然体が変形したっ!)
前言撤回。おもしれぇじゃねぇか。こいつは今、後者になりやがったんだ。
俺を倒す為に戦いへ一歩身を投じたんだ。
その体勢は俺に突っ込んでくるつもりか。
(バチュンっ!!)
「速ぇぇ」
亜音速に到達してるかもな。
が、勘違いしてるようだが、その程度で破れるほど俺とお前の壁は薄くねぇよ。
俺が対処する前に攻撃しようとしてるようだが、既に俺の対処は終わってんだ。
曲げられた空間に突入した。
(くそっ!)
亜音速を超えた時、俺は勝利を確信した。
自分でも制御出来ないような速さ、人間が追いつけるわけが無い。
そう思った。
浄静司の横を通り過ぎる。気づいた時には失敗していた。
足りなかった…。速さでは越えられない、この壁は!
だったらどうすんだ。決まってる…ぶち破る!
越えらんない壁はぶち破るのが常套手段。
(もういっちょ!童質改変)
『堅人』
これは偽りの童質改変。そんなことができるのは俺の童質が特殊だから。
童質改変を強制させるように童質によって定めた。
だからこそ、色んな自分を創り出せる。
さっきはイメージの中で特に速そうな名前を付けた。だから今回は堅さを。
体が変形し強ばる。体の前でクロスした腕は手先がピンと伸びて固まった。
自分で刃と錯覚してしまうほどに鋭い輝きを放つ。
一番硬いのはなんだ?ダイヤモンドか?
だったらこの腕はダイヤモンドすら砕く!
「空間を突き破れ!!」
さっきみたいな速さはもう無いから、そしてさっきの速さに目が慣れたから、見えてしまった。
空間の歪み。その本質を。
(バキィンっ!)
一瞬、自分の腕が消えた。そんなふうに思った次にはぐにゃりと関節を無視したありえない曲がり方をして浄静司の顔の横を通り過ぎ、回り込んで俺の顔に当たる。
手も顔も固くて変な音がした。
本来、俺の腕の長さでは到底届かない位置に、その拳がある。
異常事態。何かがそこにある。
俺には認識出来ない何かを俺は認識した。
浄静司と目が合う。
途端、全身に電気が走った。
(ビクっ)
脳の許容量をオーバーしたその情報は発散され、最も重要な事だけがフレッシュな脳に残った。
『浄静司定俊は次元を超えている』
さっぱりわからないが、その文言は理解した。
その一つの仮定から推測し対応する。
俺にはそれが出来る。
「世界が定める。
浄静司定俊を一次元に━━━」
(ブンっ…)
なんの前触れも無く、亜寒は縮んだ。
(俺が…やったのか)
頭が勝手に働き、遅れて理解する。
咄嗟に出た行動は本能だった。俺が知らない、でも俺にできる事。
空間を対象にすることにより人、物、関係なく縮尺の変更が可能となった。
空間が縮めばそこにいる人、物だって等しく縮む。
そうだ。あらゆるものは空間があって初めてそこに存在する。何事にも空間が優先されるんだ。
前までは絶対に出来なかったんだ。空間をブロック体として捉えることで成せるようになった。
俺が直接手を加える必要は無い。
蟻サイズになったこいつの足下に毘沙羅紗を突き刺すと地面を伝って凍っていった。
間接的になら凍らせることはできんのか。
とりあえず放置だな、拘束具持ってねぇし。
浄静司 定俊。
齢四十にして、神域へと足を踏み入れた。
危なかった。それだけは分かる。
あの時、俺の首には死神の鎌が添えられてた。もちろん実際にいるわけじゃねぇが。
死を予見したんだ。
あのまま放って置いたら負けてたのは俺だった。
今まで積んできた経験が体を動かした。
経験の差で勝ったってことだな。
けっ。、鼻血が出てきやがった。それに多分目も充血してるだろーな。
一年前ん時もそうだ。あん時は無意識に使ってたから一瞬だったってのに、酷く頭をやられた。
普段認識してねぇ空間を認識してるんだ。どれだけ脳に負担がかかっているのやら。
(ふん!)
片方の鼻の穴を指で塞いで血を吹き飛ばす。
肉体が限界を迎えたか。
ふはっ。その先には限界を超えた肉体が待っている。
まだまだ俺は成長しているぞ!
それにしてもあいつ…体鍛えれば相当強くなんぞ。もったいねぇ。
メリークリスマスです。もう終わりですけど。
もっと早く更新したかったですがダメでした。




